半壊の迷宮
僕は周囲の静止を振り切り、黒煙の立ち込める半壊状態の大神殿へと単身飛び込んだ。
かつて静かに歩いたあの暗い通路は、今や崩落した瓦礫で無残に埋め尽くされ、天井の隙間からは絶え間なく轟々と火の粉が降り注いでいる。
熱気と有毒ガスで息が詰まりそうになる中、僕は喉が張り裂けんばかりの声で叫び続けた。
「アイシャ!どこだ……どこにいるの、アイシャーーッ!」
「カ……カース……様……?」
ゴホゴホと激しい咳き込みと共に、薄暗い通路の奥、崩落した巨大な石柱の影から、微かな声が聞こえた。
煙を掻き分け、必死に駆け寄った僕の目に飛び込んできたのは――倒れた大理石の柱に右脚を激しく潰され、血を流して身動きが取れなくなっている彼女の姿だった。
煤に汚れ、苦痛に顔を歪めながらも、彼女は僕の姿を認めると、あり得ない奇跡でも見たかのようにその大きな瞳を潤ませた。
「お逃げ……ください……。私のような、神の器は……ここで神殿と運命を共にするのが……巫女としての、誉れ……」
弱々しく、消え入りそうな笑みを浮かべ、生を諦めかけた手で、彼女は僕の頬にそっと触れようとした。
「愛する、カース様に……イジェプタの、大いなる加護があらんことを……」
「――馬鹿なことを言わないでッ!!」
僕は喉への負担も、天使としての品位もすべて忘れて激昂した。
カストラートとして、エゴまみれの大人たちに『呪い』のような歪な人生を背負わされた僕が、同じように理不尽に未来を奪われた彼女を、ここで世界の不条理に大人しく明け渡してなるものか!
「神の器なんかじゃない!君は、アイシャという名前を持った一人の人間だ!死なせない、絶対に僕が君をここから連れ出す!!」
『カース、柱を持ち上げるのよ!あそこの支点に体重をかければ、今のあなたの身体でも10秒だけ隙間を作れるわ!』
脳内で『私』の計算が弾き出されると同時に、僕は火事場の馬鹿力で巨大な石柱をわずかに持ち上げた。
「くっ……あああああッ!!」
骨がきしむ音を無視して隙間を作り、彼女の身体を強引に引き抜く。
そして、以前よりは少しだけ頼もしくなった自分の背中へと、その小さく軽い身体を迷わず背負った。
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