奇跡の賛美歌
静まり返る大神殿前広場。
数万の視線が僕に突き刺さる中、僕はゆっくりと目を閉じ、脳内の『私』と意識を完全にシンクロさせた。
前世の膨大な音楽知識、音響理論、そして神王国の神官たちから叩き込まれた神聖古語の完璧な発音。
そのすべてが、あつらえ向きのパズルのピースのように、僕のこの喉一本へと集約されていく。
すうっと、深く息を吸い込む。
そして静かに、まるでそこにいる一人一人の傷ついた魂に優しく語り掛けるように、僕は歌いだした。
「——『♪〜〜〜خالق السماوات والأرض، فليتمجد اسمه، الإله الأعظم إيجيبتا』」
その瞬間、聖都の重い夜空が、確かに震えた。
カストラート特有の、天上までも突き抜けていくような圧倒的な声量。
それでいて、胸を締め付けるような哀愁を帯びた奇跡のクリスタル・ソプラノ。
それが、完璧な現地の言葉で、彼らが何よりも愛し、敬う最高神イジェプタへの至高の讃歌として響き渡ったのだ。
「おお……おおお……!」
前列にいた誰かが、掠れた声を漏らしながらその場に頽れた。
さっきまで暴力的な熱気と殺意に満ちていた広場は、一瞬にして、神秘的な静寂の海へと変貌していく。
武器や松明を握りしめていた暴徒たちの手が震え、その目からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
僕の歌声は、彼らが抱いていた『手続きの不備への怒り』を、脳髄を痺れさせるほどの『神への純粋な信仰の法悦』へと、一瞬にして上書きしてしまったのだ。
ふと、神殿の柱の陰に目が留まる。
そこからは、先ほどの巫女の少女が、祈るように両手を胸の前で合わせ、涙を流しながら僕をじっと見つめているのが見えた。
((届いてくれ……!みんなの怒りを鎮めて、この国を、そしてあの子が生きる世界を優しく守るために――っ!))
「『♪〜〜〜حامي نظام الكون، أطيعوه أيها الإله الأعظم إيجيبتا』——」
僕の放った最後の美しいロングトーンが、聖都の星空へと溶けて消えるまで。
集まった数万の群衆は、誰一人として呼吸することすら忘れたように、ただただ静まり返っていた。
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