検問突破
「……おかしいな。小競り合いの形跡すらない。この海域は我がブリタニアとの最前線のはずなのに、敵の船影が少なすぎるぞ」
スカロが望遠鏡を片手に、険しい顔で水平線を見つめながら不審そうに呟く。
『当然よ。あっちの上層部も馬鹿じゃないわ。大陸でローデンブルク帝国がフラネル共和国を抱き込んで不穏な動きを見せているもの。アルゴスは陸軍戦力のほとんどを北部国境に向けてるわね。海軍もその穴埋めとして、今は沿岸警備に徹さざるを得ないのよ。要するに、ブリタニアと小競り合いしてる余裕なんて1ミリもないってことね』
脳内の『私』の読み通り、連合国の防衛網は完全に『対帝国・対フラネル』にシフトしていた。
とはいえ、いくら余裕がないからといって歓迎されるわけでもない。
あくまでここは敵の領海であり、僕たちが乗っているのはバリバリのブリタニア籍の私掠船なのだ。
沿岸の強固な要塞検問所に差し掛かると、当然のように、何隻もの軍艦に包囲され、臨検という名の厳重な足止めを喰らうことになった。
一歩間違えれば、不審船としてそのまま一斉砲撃を浴びるか拿捕されかねない、一触即発の緊迫した空気。
銃口と砲門がこちらを向く中、僕は船首へと歩み出て、その華奢な身体を堂々と彼らの前に晒した。
「――私はカース・ディ・トラッド。『SMPC音楽院』の主席カストラートであり、聖なるロムルス教会が認めた『権天使』の筆頭です。連合国の誇り高き海軍卿閣下へ、我が主・聖下からの極秘の密書と、この国の未来を救う緊急の伝言をお取次ぎ願いたい!」
澄み渡る、神聖さすら帯びた僕の声が海原に響く。
連合国において『権天使』の絶対的なブランド力、そして彼らが熱狂的に信仰する『ロムルス教会』の名を出されては、末端の衛兵や臨検官ごときでは無下に突っぱねることなど不敬すぎて不可能だ。
僕の素材をフルに活かしたあざとい聖職者ムーブと、堂々たるハッタリは見事に功を奏した。
「……ただのブリタニアの密偵ではないな。すぐに上層部へ繋ぐ、船内で待機せよ」
数日間の足止めの末、僕たちはついに連合国の海軍卿、ひいてはアルゴス=カスティエラ国王陛下への直接の謁見という、超特急チケットをその手にもぎ取ったのだった。
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