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カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜  作者: nhhtn
実家編

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招かれざる見舞い客


『私』からの猛烈な発破を受け、「よし、やってやる!」と拳を握りしめた日の晩。

近く始まるであろう地獄のレッスンに備え、早めに休もうとベッドに入ったとき。

コンコン、と控えめなノックの音が静かな室内に響いた。


「兄上、ジュリアスです。お体の具合はいかがですか?」


「どうぞ」と声を掛けると、入ってきたのは双子の弟、ジュリアスだった。

年の割にどこか冷めた雰囲気を漂わせる、彫像のように整った顔立ちの少年だ。


彼は静かにベッドの傍らに歩み寄ると、痛ましそうな、それでいてどこか芝居がかった視線を僕の布団のあたりーーちょうど失われた僕の「栄光」があった場所ーーへ向けた。


「……酷い災難でしたね。あんな大人しい名馬が、突然狂ったように暴れて兄上を蹴るなんて……。本当に、信じられない不幸です」


「ああ、心配をかけたね、ジュリアス。でも、もう大丈夫さ」


僕は苦笑いした。

ジュリアスは探るような目で僕をじっと見つめ、おずおずとした口調で切り出してきた。


「ーーそれで、父上から聞いたのですが。兄上、次期当主の座を辞退し、僕に譲ると仰ったというのは本当ですか?」


やはり見舞いの挨拶は建前か。

こっちが本命だな。


「ああ、本当だよ。この体じゃ、伯爵家を継ぐ資格はないからね」


あっさり答えてやると、意外そうな顔をしつつ尚も食い下がる。


「その代わり、『芸術の道』に進むとお聞きしましたが……」


ふいに、ジュリアスが片眉を吊り上げ、フッと小馬鹿にしたような溜息を吐いた。

猫を被るのをやめたらしい。


「『芸術の道』、ですか?失礼ですが、本気で仰っているのですか?誇り高き我が一族から、河原乞食のような真似をする者が出るなど……。一体、何を企んでおられるのです」


(おおう、相変わらず可愛げのない。生意気なやつだな……)


下手な探りでは手応えがないと判断して、露骨な挑発に切り替えたのだろう。

だが、そのあまりに雑な煽りに、僕の心はぴくりとも動かなかった。


((まあ、こいつが生意気なのも無理はないか。たしかジュリアスは、僕よりずっと座学の成績が良いんだよな。法律も領地経営の知識も、僕より遥かに優秀。

父上は、思い切りの良い僕を当主に据えて、賢いジュリアスをその補佐に付けたがっていたみたいだけど……。

同い年で、自分の方が優秀となれば、二番手に甘んじるなんて馬鹿らしいよな。最初からジュリアスが当主になった方が、きっとこの領地にとっても幸せだよ、うん))


僕は内心で弟の思惑を補完し、勝手に納得した。


「企むだなんて人聞きが悪いな。僕はただ、自分の新しい可能性に賭けてみたいだけさ。……ジュリアス、これからはお前がこの家を引っ張っていくんだ。頼んだぞ」


一点の曇りもない笑顔でそう言うと、ジュリアスは毒気を抜かれたように呆けた顔をした。

そして、フイッと顔を背ける。


「……お労しや、兄上。馬に蹴られたショックでそのように腑抜けてしまわれるとは。これでは僕が父上の跡を継ぐより他ありませんね。これ以上、トラッドの名を汚さぬよう励んでください。では、お大事に……」


腑抜けとは心外な。

「思い切りが良い」とか、「切り替えが早い」と言ってほしいものだ。


((正にそういう性質たちを評価して、父上は僕を次期当主に指名していたというのに、見る目のない奴め。))


背を向けて部屋を出ていくジュリアス。

去り際、小さく何かを呟いた気がしたが、早く休みたい僕は気にも留めなかった。


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