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30,青い春の夏

「先生、青野君がぐったりしてます」

『余計な事言うなよ』

 きのう夜中にやってた、チャレンジャー号爆発事故の特番見ていて、タバコの換気に、窓を開けたまま寝ちまったのがマズかった。記録的冷夏ナメてた。

「何、いつもだろ。どーした青野、夏休み呆けか」

『ほっとけコノヤロウ』

「なんか、顔色悪いですよ」

『そっとしとけヨ、頭痛いんだから』

「熱あるのか?誰か、おでこ触ってみろ」

「嫌だよ、殺されちゃう」

『触ったら殺すって、どんな奴だよ』

「お前触れよ」

「嫌だ、妊娠しちゃう」

『コラ、コラ』

「保健委員、保健室連れてってやれ」

 ガタンと大きな音を立てて立ち上がる。というよりも、ふら付いて大きな音になった。

「一人で行けるよ」黒板の前に立つ教師に吐き捨てて教室を出る。

 教室を出ると中がどっと沸いた。どうせ俺をネタに、くだらねえ事言って笑いを取ったんだろ。

 その笑い声もすぐに消えて、静寂が広がる。

 授業中に廊下を歩く時の、非現実的な感じの静けさは嫌いじゃない。

 ときどき、どこかの教室で教師の冗談に笑う生徒の声が、静かな廊下にまた響いてすぐ消える。

 今年の夏にしては、貴重な晴れ間が窓の外に広がってる。本当なら、夏の終わりの貴重な晴れの日に、じっとしちゃ居られないのだが、ちょっとフラつきながらも辿り着き、暗い顔で、保健室の扉を開ける。

「あら、青野君」

 養護教諭の江崎先生が、生徒の手当をしながら、こちらを振り返える。

 手当てを受けてる生徒意外に、窓際の長椅子にも座っていた。なんだか混んでいる。

 その手当をされていた男子生徒が、「コンチワっす」と、不意に大きな声で立ち上がるから「ちょっと」と、座り直させる。

「なに、またサボりに来たの、今日はちょっと忙しいのだけど」

 忙しくなかったら、サボりに来てもいいのか。とも言いかけたが飲み込んで、「違うよ、頭痛くて」

「えっ、本当に」と、顔を覗き込んで「顔色悪いね、取り敢えず熱計って」

 体温計を受け取って、長椅子にドサっと座わり込む。フラフラする、ちょっとヤバそうだ。

「青野先輩、オツカレサマです」いや働いてないから疲れねーよ。具合が悪いだけ。

「山田、先輩にちゃんと挨拶しろよ」

 手当てされてる生徒が、振り向いて長椅子に座ってる方に喋りだすから、江崎先生に「ほらっ」と、向き直される。

 言われて、長椅子の剃り込み頭の山田とか言う生徒が会釈した。

 いいね、そのくらいの挨拶でいいんだよ「どうも」と、返して、体温計を脇に射して計る。

「はい、終わり。一応、病院で診て貰ったほうがいいから、親御さんに連絡してくるね。あと、山田君だっけ、教室戻っていいよ」

 江崎先生が、腕の手当てを終えた生徒に言って席を立ち、ベッドのカーテンを開けて中に入って行く。寝てる人も居たのかと、初めて気付いた。

「松田さん、ちょっと職員室に行って来るからね」

 そう言って、江崎先生が保健室を出ていく。

「先輩、自分、2年の鈴木ッス。コイツが山田で、2学期から転校してきたばっかりで、よく分かってなくてスイマセン」

 なぜ謝るのか分からないが、その鈴木君が、俺の前に立って話し出した。良く分かってないのは鈴木君でしょ『気お付け』は止めなさいっての。

「鈴木だっけ、腕どうしたのよ」

 どうでもいい事だったけど、目の前に立ってるものだから、聞いてみた。

「いや、ちょっとフザケてたら、階段から落ちちゃいまして、腕やっちゃいました。先輩は、風邪ですか?」

「あっ、忘れてた。5分経ったか?」

「いや、多分まだです。山田と縺れて一緒に落ちたんですけど、コイツは擦り傷くらいなんですよ」

「お前が軟弱なんだよ」と、山田がチャチャを入れる。

「はあ」山田を睨み返して「コイツこんな感じで生意気なもんで、この前、宇田川先輩にぶっ飛ばされたんですよ。よせって、言うのに向って行きやがって、身の程知れつーの」

 確かに、吊り上がった目が、いかにも生意気に見える。しかし、知らない所で、そんな事が起きてたとは。

「あの宇田川に向って行くなんて、根性あるじゃん」素直に思って言った。褒めたつもりだった。

「はぁ、先輩っ、大物ぶって、上から言わんで下さいよ、宇田川先輩には負けてヤキ貰いましたけど、先輩みたいなサラサラ頭の、ただ歳が上ってだけの人にまでナメられたら、アイパーで気合入りまくりの宇田川先輩に、俺が怒られますよ」と、山田が、上体を揺らして凄む。

「山田テメー、誰に言ってるのか分かってんのかよ」鈴木君が言い返す。

「おい、鈴木君」なるべく穏やかに声を出した。

「はいっ」

「5分、経ったんじゃない?」

「ああ、はい、そろそろ」拍子抜けの声をして鈴木が答える。

 体温計を取り出すと、体温で温められてた水銀が膨張して上昇して目盛を刺している。38-2度だ。

「うは」思わず変な声を漏らした。目盛りを見ると急に辛くなってくる。

「先輩、すごい熱じゃないですか、大丈夫ですか」と、鈴木が体温計を見て心配気に言う。

「あれ、仮病じゃねーんすね」と山田は茶化す。

「お前、さっきから失礼だぞ」鈴木が声を荒げた時に、扉が開いて江崎先生が戻ってきた。

「鈴木君、お母さんが、お迎えに来られるから、すぐ帰る準備して、教室の先生に私が説明するから、早く行こう」

「マジっすか、親来るのかよ」と、嫌がる素振りで、「てか、先生、青野先輩すごい熱ですよ」

「えっ、本当に」と、寄って来て体温計の目盛りを確認し、額に手を当てて来る。

「あら、本当だね、青野君、この薬飲んだ事あるかな、飲んで何ともなかった?」と、市販の風邪薬を出して見せる。キョンキョンのヤツだ。見覚えのある薬を見て頷く。

「辛そうだね」と、顔を顰め「とりあえず飲んでて、すぐ戻るから」

鈴木に向き直り「じゃ行こう。ほら、山田君も」と急かす。

「先生、僕は、先輩が薬飲むの手伝います。もうチャイムなって休み時間だし、残ります」

 薬を飲む手伝いって何だよ、とも思ったが。山田の言い訳を受け入れたのか、江崎先生は時計に目をやって「薬飲んでね」と言って教室を出た。

「先輩、お先に失礼します」

 鈴木が、いちいち頭を下げて続いて出た。

扉が、区切りを着ける様に音を立てて閉まり、保健室がシンとなる。

 それを破って、山田が口を開いた。

「鈴木の怪我、実は俺がやったんですよ。揉み合ってて、押したんだけど、俺も引っ張られて一緒に落ちちゃって」と、笑って得意気に話し出した。鼻に付く笑い方だ。

「鈴木も、俺にやられたって、言いたく無いんじゃないかな、転校生にやられたんじゃ、アイツの立場無いっすよね」

 しかし、コイツなんで居んのかな、なんか語り出してるし、誰がやったとか、興味ないんだけどな。

「ちょっと、水くれよ」

「はぁ、嫌ですよ、そんなの自分でやってよ」山田が悪態をつく。

 なんかもう、ぶっ飛ばしちゃおうかなとも思ったけど、身体が怠いので止めておいて、立ち上がって、フラつきながらも隅にある洗面台まで行き薬を飲んだ。

「お前、手伝うって残ったんじゃねーの」手伝うって何、と想いながらも聞いてみる。

「手伝うって何すか、赤ん坊じゃあるまいし、勘弁してよ」やっぱり殴ろうかなと思う。

「俺が残ったのは、あれっすよ、あれ」

 カーテンに仕切られたベッドの方を、顎をクイっと出して指した。

「今、寝てる娘、同じクラスの松田菜穂って娘なんだけど、知ってます?結構かわいいんすよ」乗り出して小声で話してるつもりが、小声になっていない。

 確か、室戸だったか、一個下に可愛い娘がいるって騒いでたのが、松田って娘で、たぶん、あの時の娘がそうだろう。

「クラスの奴が言ってたんだけど、松田って、大学生の男がいて、ヤリまくってるらしいんすよ。頼めば大丈夫じゃねーのって」

 他人の恋愛事情に興味無いけど、こいつの話し方はなんかムカツク。

「実は俺、転校してきて速攻で告ったんだけど、フラれちゃったんすよ。今、チャンスじゃないっすか」ニヤニヤと、卑しく笑う顔はとても卑猥で見ていられない。

「フッた事後悔させてやりますよ」

 クズだなコイツ。まあ、誰と誰がどうなろうと俺には関係ないんだけど。

「先輩も行きますか?」山田がいやらしく笑い、立ち上がりながら「まあ、シャバ僧先輩は黙って見ててよ。つか、高熱でそれどころじゃないか、ハハハ」

 お道化て、ベッドに向かって歩いていく。

「松田ちゃーん、ねてるー?」押し殺した気色の悪い声を出して、カーテンを開けて、中に潜り込んで行く。

「おいっ」背後から呼び掛ける

「なんだよ、あおのっ」と、山田が苛立って振り返たところを。胸倉を掴んで引きずり出しす。

 床に転がされた山田が、急に背後に居た事に驚きながらも、急いで立ち上がる。

「なんだよ、病人がしゃしゃり出てくんじゃねーよ、それとも何、先にやらせろってか、たく、辛抱できねーのかよ」と、山田が声を荒げて、睨みつけて凄んでくる。

 ベッドを囲むカーテンがシャッと開いて、中から松田って娘が出てきた。

「あー、松田ちゃん起きちゃったじゃねーかよ」

 少し長めのスカートの松田菜穂が、レイヤーセミロングの髪を上げて、山田を睨みつける。俺とも視線が交差した。大人びたスタイルの割には、幼さの残る可愛らしさがあった。

 当然、全部聞こえていただろう。この娘は、怖くて蹲ってるだけの娘じゃないみたいだ。

 山田が、松田菜穂に近付いて手を掴む

「松田ちゃん、告白の返事聞かせてよ」

「放してよ、ちゃんと断わったでしょ」

 松田菜穂が、山田の手を振り解いて、身体をすくめる。

「一緒に寝ようよー」山田がまた腕を取る。

「おい、お前」

「だから、何だよ、人の恋路の邪魔すんじゃねーよ、青野」

 確かに、人の恋路は邪魔しちゃいけない。

「お前、さっきアホって言ったろ」だから、因縁を付ける。

「はぁ、何言ってんだよ、言ってねーよ」

「いや、聞いたぞ、アホ野って言っただろ」

「何なんだよ、言ったら何だつーのよ、センパイ、いい加減にしねえとブチ殺すぞ」と、掴みかかって来た所に、ポケットから出した右手で脇腹を叩き、腰を回して刺し上げる。

 山田が「ぐはっ」と声を上げて、上体が折れた所を、右手で頭を抑えて沈ませ、顔面のやや右側を、左膝で蹴り上げた。メリっとした感触を残して、山田が足元に崩れ落ちた。

 そこでチャイムが鳴った、終了のゴングみたいに鳴り響く中で、松田菜穂と目が合った。目を見開いて、両手で口を覆ってこちらを見ていた。完全に怯えてる。気まずい。

 長いチャイムが鳴り終わったと同時に、派手に入口の扉がガラガラっと開いた。

「春彦くーん、調子はどーだーい」陽気な声を上げて、室戸と宇田川が入ってきた。

「ん?どうゆう状況?」

 仁王立ちの俺、その足元に倒れてる山田、驚いて固まる松田菜穂。

 それを見て室戸が「仮病でバックレて、ケンカして、女の子いじめて・・・現行犯だな宇田、逮捕だ」室戸が、俺の手を取って逮捕のフリをする。

 「アホか」と払い除けたら、フラついた。熱があったのを思い出して急に怠さが蘇った。

「ありゃ、こりゃダメだな」室戸が額に手を当ててきて「熱あんじゃん」

「こっちもダメだな、顔がすげえ腫れちゃってるよ、おい、大丈夫か」と、宇田川が山田を揺すると「うぐっ」と小さく唸った。意識はある様だ。

「このかわいい娘は?」室戸が興味深々に訊いて「あれ、松田菜穂じゃん。コンチハ」

 室戸のフルネーム呼びに、小さく会釈を返えす。

「大丈夫?江崎先生来るまで、まだ寝てたら」

 声を掛けてみたけど、引かれてるのか、反応が薄い。それでも、少し落ち着いてきたのか、長椅子に腰をおろした。

「亘高、こいつ連れて行こうぜ、ここに置いとくと面倒になりそうだ」と、宇田川が室戸に声を掛けて山田を担ごうと身体を起す。

「そっち、ちゃんと持てよ」二人掛かりで上半身と足を持って、「じゃあな春彦、こいつ捨ててくっから、ちょっと寝とけよ」

 担いで運んで行こうとするけど、室戸が、長椅子に座った松田菜穂に手を振るから「おい、放すなよ」と。宇田川が文句を言ったりして、もたもたとしていた時に、また扉がガラっと開いて、先生達が入ってきた。

 一瞬、一同に静止したが、室戸が思わず手を放すから、山田が床に落ちて「うぐっ」と声を上げる。

 江崎先生と一緒に来た、学年主任の遠藤が唸った。

「お前ら何してんだー」怒鳴りながら中に入ってくる。

 江崎先生が倒れた山田を見て「ちょっと、どうしたの」山田の前に座り込み「山田君、大丈夫?」と、呼び掛ける。

「お前がやったのか」遠藤が宇田川に詰め寄る。

「あん、知らねーよ」と、突っかかる。

 気付けば、いつの間にか室戸の姿が無い。

 そこで休み時間が終わるチャイムが鳴った。

「ほら、保健室から出ろ」そう言って、宇田川を押し出そうとするが「押すんじゃねーよ」と、つかみ合いになる。、江崎先生が止めに入り、ちょと、ゴチャっとなっている。

 怠くて立ってるのが辛いので俺も長椅子に座った。

 それを見て遠藤が「お前なに座ってんだ」

 と、引かない宇田川からこっちに的を変えてきた。

「おい、テメー」と、興奮している宇田川を江崎先生が手を掴んで抑えている。宇田川は絶対に、江崎先生を突き飛ばしたりしない。

「ほら、立てよ、保健室から出ろ」と怒鳴りながら詰め寄ってくる。

「止めろよ、熱あんだよ」と振り払う。

「嘘をつくな、江崎先生に迷惑を掛けるんじゃない」遠藤も興奮している。

 これが遠藤の本音なのは、大概の生徒の知る所だ。江崎先生に良い所を見せたいのだろう。

「ほら、お前も」と、松田菜穂の腕を掴んで無理やり立たせる。

「何やってんだテメー、その娘は違うだろ」

 立ち上がって、腕を払い除けて、間に入ると、遠藤が平手で頬を叩いてきた。バチンと派手な音が鳴って、ビリっと一瞬痛みが走る。

「ほら、立て」松田菜穂の腕を強引に引っ張っる。

「痛ったい」松田菜穂が声を上げるが「ほら」っと引く。

「おい、放せよテメー」

 松田菜穂を掴んだ遠藤の手を剥がして、彼女から離す。

「おい、テメーいい加減にしろよ」

 押し除けて、松田菜穂を捕まえようする遠藤の左足を外側に左足で払う。遠藤がバランスを崩して、片足のまま左周りで後向きになる所を思い切り蹴り飛ばした。

 後に倒れる所を前に突き飛ばされ、バランスが取れる筈もなく、長椅子に躓いて、隣りのキャビネットの上にあった物をぶち撒いて、そのまま頭からが窓ガラスに突っ込んだ。

 ガシャーンと派手に音を立てる。皆の視線が遠藤集まった。

 遠藤が起き上がろうとするが、上手く動けない、何とか少し上体を上げる。

 血だらけだ。起き上がれずグったりする。

 松田菜穂の悲鳴が保健室に響いて、夏の終わりの貴重な青空に消えた。


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