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28,行方

 夏休みとはいえ平日の昼間なので、JRの駅へ向かうバスは割りと空いていたので、最後尾の席に並んで座れた。正確には青野春彦が窓側にドカリと足を組んで座り。一人分くらいの間を開けて市村が、その横に沙希が座った。

 沙希がもうちょっと詰めてよと小声でいうけれど、市村は身を呈して阻止した。

 御木本家を出る前に、春彦がもう一度電話を掛けたりして、良太と深刻に話していたけれど、それきり一言も話していない。


 良太は笑顔で接していたけれど、春彦はどうにも機嫌が悪いようにしか見えない。そもそも悪いのか、良いのか、まったく見分けがつかなかった。とにかく、これ以上不機嫌にしないようにと、広いスペースを与えるしかないと信じた。

 隣に沙希が座っているという状況は嬉しいのだけれど、彼女は真次郎の事が心配でたまらない様子だ。笑顔が無いのはさっきの電話のせいだろう。 

 春彦は車窓の外を睨むように見て、何か考え込んでいるようだ。


「もしもし、えっ、青野?そう、ベンだよ。まあ、元気だけど。なんか久し振りだね、夏休みに入ってから顔会わす事も無いもんね。どうしたの?こっちに越してから電話なんて初めてじゃない。真次郎?うちには来てないけど、青野も知ってるでしょ、真次郎は、うちに来れないよ。何か、あったの?・・・家出って、もう十日だって?そんな・・・どこ行ったかなんて分からないよ。でも、良くは知らないけど、もしかしたら・・・親に聞かないと分からないけど、父親には聞けないっていうか、聞いても・・・お母さんに聞いてみるよ。え、今から?分かった、待ってるよ」


 JR駅までバスで行き、駅の反対側からまたバスに乗る。駅前のごみごみとした駅前通りを抜けて、大分建物が少なくなってきた辺り、電話で教えられた通りに六個目のバス停で停車ボタンを押すと、流れていた景色が、ゆっくりと現実を取り戻していく。減速して近づくバス停に、天然くりくり頭の奥山がいた。こういう時は目立って分かりやすい。

 バスを降りると、奥山は「よっ」と、小さく手をあげた。後から降りてきた二人に気付いて見交わすので、説明しようかと思うより前に、良太の妹の沙希が「こんにちは、御木本沙希です。真次郎くんとは同じクラスです」ぐいっと前に出て、笑顔を見せて名乗った。

 沙希の可愛らしさに、奥山が思わずドキリとするのが伝わった。「ど、どうも」なんてよそ行きの返事をしていやがる。


「おいおい、弟を慕ってる娘に色目使ってんじゃねえよ」と、冗談目かして言う。

「あ、青野、なに言ってるんだよ、バ、バカじゃないの」半音上の声で言い返してきた。いつもの調子だ。少し曇っていた顔もいくらか晴れたようだ。

「し、慕ってる」沙希はぼそりと呟いて、俯いた顔を耳まで真っ赤にしている。

 奥山の肩に腕を回し「まったく、節操無いんだからあ」とからかうと「青野と一緒にするなよ」と、腕を剥がしながら言った。

「御木本沙希ちゃんて、御木本良太の妹だよね」

「はい、そうです」

「いつも真次郎を気に掛けてくれて有り難う」奥山が頭を下げて丁寧に言う。

「そんな、とんでもない」沙希が目を潤ませる。

 自分が家を出て行った後の真次郎が心配だと、以前に奥山が言っていたのを思い出させた。


「あのう」

 後ろから市村が申し訳なさそうに声をかけてきた。「すいません、僕もいます」

「うるせえな知ってるよ」と、無下にすると、奥山が「あおの」と、咎める。

「ええと、市村くんだよね、いつもありがとう」

「いえ、は、はい」と、どっちだか分からない返事をした。

 バス停の前は大きめの公園になっていて、むせ返るほどの緑が威圧してくる。アブラゼミがジリジリと鳴いて後押しする。ちょっとした憂慮もかき消すほどだったが、沙希が堪らずに訊いた。

「あの真次郎くんは、どこに行っちゃったんですか、元気なんですか」


 沙希は攻め立てるほどの勢いで、奥山も少し怯んだけれど、さすが年上というか、いつの間にか大人びていた。川名の家にいた頃は内向的だったし、たまに癇癪起こすし、俺が言うのも何だが、もっと子供っぽかった。そんな奥山が、薄笑いなんて浮かべていやがる。

「もうお母さん帰ってるから、話を聞こう」

 そう言うと、奥山が先導して緑の生い茂る公園の中へ入っていく。


 奥山の新しい家はデカかった。公園を抜けた先は、造成がまだ途中というよりも、これから始まる感じだった。周囲にはあまり家が無いのと、曖昧な境界線でどこまでが奥山の家か分からないので、その広い敷地に建った洋館が、ちょっとした旅館、というより、ペンションのようだった。ペンションなんて泊まったことも無いけど、軽井沢特集なんかのテレビで見た建物がしっくり来た。家の後ろの自然公園の森がさらに雰囲気を出していた。

「でかっ」と、思わず口にする。

「ほんと、無駄に大きいよ」と、自嘲気味にいうけれど、表情は得意気だ。

 家の中も広くて、玄関には無駄にキラキラとした飾りの幾つもの電球が吊るされていた。豪華なんだか分からないけど、なんだかクネクネした足の付いた家具が並んだリビングに通されて、そこに奥山の母親がいた。

「いらっしゃい」

 あまり表情を変えずに挨拶してくれた。ようこそと言った感じでは無いようだったが、あの美保子のような嫌悪を込めた感じは無かったが、好かれている訳でも、歓迎している様でもなかった。

 反発の強い革張りのソファーに促された。氷がグラスぎっしり入った麦茶がいかにも冷たそうで、すぐに手を出して喉を潤すと、少し汗が引いて落ち着いた。気づかないうちに平静では無かったようだ。何を憂いているのか、いや、さすがに心配するだろうと、内心で呟く。

「真次郎がいないんだってね」

 奥山の母親の言葉は真次郎を心配してる風ではあるけど、呆れというか、しょうがないなあといった色合いが濃かった。

「こちらに居るはずだって、言っていたんです」と、市村がいう。

「誰が言ったんだい」

「えっと、あの」市村がいいよどむと、奥山の母親が笑った。

「そりゃあ、何て行っていいか分からないよねえ、あの女の事は」その笑い声で一気に角がとれたように感じた。

「あの女が何て言ったか知らないけど、残念だけどここには来てないよ。まったく、どこに逃げ出したんだか」そう言うと奥山の母親はソファーに深く座った。

 奥山から聞いてはいたけど、市村と沙希の落胆の色は濃い。

「どこに行ったのかって見当もつか無いよ」

「さっきも少し話していた、真次郎のお母さんの家はやっぱりだめなの」

 奥山の話を誘導する言葉に、沙希がすがり付くようにいう。

「そうです、きっとそこに奥山くんがいるって、そう思って来たんです」

 堪えていた涙が、沙希の頬に零れた。

「あんた達が来る前に、昌から聞かされたけどさ・・・もう十日だって?心配なのはわかるよ、ほら、涙拭きな。あの子も果報者だねえ、こんなにかわいい娘が涙流してくれるなんて、昌じゃあ、こうはいかないだろうね」

「ほっといてよ」奥山が流れ弾に被弾する。沙希が鼻をすすりながらも、少し笑った。

「真次郎の母親の実家だよねえ、たしか千葉だったかなあ、もうご両親は亡くなられていて、今は姉夫婦が継いでいるんだよ。真次郎のお母さんが亡くなってから、すぐだったって聞いたよ。真次郎のお母さんは東京で働いていたんだけど、昌、あんたの父親がたぶらかして子供作っちまったんだよ。本当にどうしようもないクズだよ」と、恨みを込めていい放つ。

「子供達にこんな話しない方がいいと思っていたけど、この際だから曖昧な話にはしないよ、自分達で考えて受け止めるなりするんだね」

 奥山の母親は、みんなを見回して、テーブルの上の、大理石のカップに指してあったタバコを取り出して火をつけた。

「まあ、うちの元クソ亭主も、あれでも羽振りがいい時期があったからねえ、さんざん遊んだんじゃないのかねえ。こっちが昌を必死に育ててる頃に、よろしくやっていたって訳だよ。それで真次郎を東京で産んだんだけどね、乳飲み子抱えていちゃあ仕事にもならないさ、そりゃあ大変だったろうよ、同情なんかしたかないけど、口に出来ないような苦労もあったろうさ。さ。けどさ、結局は千葉に帰ったんだよ。地元で仕事に就いて、働いている時は実家に預けたんだろうね。赤ん坊の頃はまだ良かったんだよ、実家の連中も協力してくれたんだろうね、けれど、愛くるしい赤子が物心ついた頃からは、そうもいかなくなったんだよ、あの子の頑固な性格はその頃からだろうね、実家の母親、真次郎のお祖母さんだね、それと叔母さんの言う事を全く聞かなくなったんだよ。理由はわからないよ。でね、言うこと聞かないから、実家の人達が叩くだろ」

「叩くって」沙希が悲鳴のような声をあげるが、続く言葉を飲み込んで黙った。

「お嬢ちゃんには刺激が強いかい」と、奥山の母親は沙希に優しく言うと、「あんたらは、少しは分かるんじゃないかい、男の子は特に叩いて躾るなんて親も少なくないからね、うちの昌は、良いんだかどうだか分からないけど、物分かりが良すぎる子だったから、そんな事は必要無かったけれどね」

 奥山を微笑して見つめる母親を見て、最初の印象が大分変わっているのに気付いた。思えば、奥山とこの母親も、数年は離れて暮らしていて、やっと一緒に暮らせる様になったばかりだった。そんな事を思いながら改めて奥山を横目で見ると、照れ隠しに麦茶のグラスに手を伸ばし、視線に気付いて、「なんだよ」と、はにかんだ。

「最初は躾のつもりだったんだろうさ。真次郎が言うことを聞かないから、祖母や叔母は、母親が仕事から帰ってくるなり文句を言うんだろ、今度は優しい筈のお母さんまで、何でおばあちゃんの言うこと聞かないのって泣いて叩くんだよ。みんなが叩くから、真次郎は自分が悪いって思ったんじゃないかね。けれど、あの子には自分のどこが悪いか分からないだろう、だって悪くないんだから、直りっこないんだよ。実家の連中は都合のいいように扱おうとしてただけさ、おそらくね。そんなだから、そのうち実家では預かってくれなくなったんだよ。まだ三才くらいだったろうけど、赤子の頃に比べれば預かってくれる施設もあったからそっちに預けたんだよ、幼稚園にはまだ早かったからね、でも、そういう場所はお金がかかるだろう、だから必死に働いたんだってさ。どうだか知らないけど、父親もたまには会っていたのかねえ、実家には助けて貰えなくなったらしいから、少しは援助していたのかね。私はその頃そんな話は知らないからね、隠れて何かやっていたにしても大した事は出来なかっただろうね、昌も小さかったし、以前ほど余裕も無かった頃だしね。母親が無理するしかなかったのさ、結局は、あの子が五歳の頃に、身体を壊して亡くなっちまったよ。これが真次郎を引き取るってなった時に聞いた話だよ。父親がどうしようもない男だってのは分かってるけどね、人様の家庭に手を出すからだよ」

 奥山の母親は、最後に皮肉を付け足すと、目頭を軽く押さえて鼻をふんと鳴らした。

「だからさ、真次郎が母親の実家に行くことは無いだろうよ、もう五歳だったからねえ、恨む事があっても、頼る事は無いさ」

「じゃあ、真次郎くんはどこに行ったんですか、なおさら、ここしか行くところない気がします」沙希が涙声で訊ねる。

「真次郎には、周りの連中が母親を辛い目に合わせてる様に写っていたんだと思うよ、どんどん悪くなっていく母親を見ていたから、殺されたくらい思ったかもしれない。そのくらいに拒否していたよ、あの頃の真次郎は。こっちにしたらね、人の亭主寝取った女の子供なんてね、本当なら憎たらしく思うところだよ。聞いた話なんて、悲しいけれどそれほど珍しい話じゃないさ、たいして同情なんてしないよ。だからその事で亭主とさんざん揉めたよ、嫌になるほどね。けれどね、実際にあの子の身体の痣を見ちまうとねえ。あの子の目があんなに敵意に満ちていて、たった五歳の子の目じゃなかったよ。そんなもの気になっちまうよ、こっちが辛くなるほどさ。憎む相手の子供を家の中に入れたんだ。引き取ったのはわたしなりの譲歩のつもりだったよ、本当は親の事なんて子供に関係ないからね。でも真次郎には、私の事も母親を傷つけた連中の一人だったんだろうね、どうにかしたかったけどね、ダメだった、私にはね。だから、この家に来ることも無いんだよ。本当にどこに行ったんだか」

 奥山の母親はため息を一つ吐いて、向かいに座る皆を見渡した。

「あんたならどうする、家出したらどこ行く」そう言って目を見てきた。もう最初の印象は無かった。

「もう中学生だ、すぐ見つかる場所になんて行かないだろ。でも中学生だ、お金だってそんなに無いだろう、そうすれば帰ってくるしかないはずなんだけどねえ」

 奥山の母親の、お金が無いという言葉にビクリと反応した。

「れでも母親の実家の住所が知りたいなら、教えるように私から父親に言ってやるよ。やっぱりあっちの家に聞いた方が何か分かると思うけどね、私は真次郎にずっと会っていないし、今のあの子の事を知っているのはあっちの方だからね」

 奥山の母親は、そう言うと大理石のカップから取り出した新しい煙草に火をつけた。

「そうは言っても、あの女じゃねえ」奥山の母親が大きく煙を吐いた。その煙が高い天井まで昇っていくと、天井でゆっくり動いている回転扇が煙を散らした。

「まさ、お前一緒に行って話してやりな」

「そのつもりだよ」

 そう言って奥山が口を結んだ頃には、麦茶の氷の大半が溶けていた。湿っぽい話のせいって訳では無いのだけど、結露で水滴のついたグラスにそってテーブルまで濡れていた。


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