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27,不詳

 駅前のファーストフード店の自動ドアが開くのももどかしく、店に入るなり奥の席に高階と斎藤を見つけて駆け寄った。

「慌ててどうしたよ、市村。トイレなら奥だぞ」

 息をきらす市村の勢いを高階がいなし、「とにかく、まあ座れば」と、斎藤が話を聞く姿勢を見せる。


 市村は、もう一度店内を見回し、「どうも」と、挨拶して椅子に座る。

「あの、今日は真次郎来てないですよね」

「え、奥山?見てないけど」

「駅に居ないなら川名だろ。お前ら一年がいつも溜まってる、ほら、公園の横の電話ボックス、あそこじゃねえの?」

「最初に行ったんですけど居なかったんです」市村が眉をひそめて気落ちして言う。

「奥山に何か急用かよ」

「いや、そう言う訳じゃないけど、もう三日ですよ、あれから三日経つのに連絡取れないんっすよ」

「家にもいないの」

「行ったんですけど誰も居ないみたいでした・・・。また、あの連中が何かしたんじゃないですかね」市村の言葉に動揺がチラついていた。

「それは無えって。先輩たちが裏山で大暴れしてたって、お前も聞いてるだろ」

 高階の言う話は市村も知っていた。公園のボックスに溜まっていた時に、皆が興奮して話していたのを聞いた。


 場所は黒沢とかいう、三つくらい上の先輩の家に近い裏山の空き地で、山と言っても住宅地と隣接しているし、昼間から怒鳴り声を上げていたのだから目撃者も割りといたらしい。

 同級生の話によると、その近くにあった、家庭菜園に毛がはえた程度の畑に、たまたま来ていた専門学生の兄が、その現場を目撃したらしく、事の一部始終を聞いたのだという。地元の中学の制服らしい三人と、フードを被った如何にも怪しい連中が十人いて、そのフードの連中はバット等の武器を持っていたんだ、と、兄が話すのを真似て、さも自分が見て来たかの様に語っていた。


「ちょっと多勢すぎで武器まで持っていたから、流石に止めに入るべきかと思ったんだよ。そうは言っても、人数の多さに怖さもあったし、わざわざ揉め事に顔を挟むのもと、どうしようかと躊躇っていたら、フードの連中が、あっという間に半数は倒されていたんだよ。


 唖然というか、何か格闘技の試合でも見ているみたいな高揚があったかもしれないな、つい見入っていたよ。あの三人は中学の制服のようだったけど、とても中学生には見えなかった。中でも、一人は自分よりも背が高いんじゃないか、ってほどの体格だったからな。中学を卒業して5年以上たつから、もう知っている生徒なんていなかったけれど、誰かが「ムロト」と怒鳴っていたのを聞いて思い出したよ。怒鳴っていた方は、良く見るとすぐ近くの黒田さん家の息子だったのも驚いたけどな。

 そのムロトはさあ、たいして仲良くもなかったけれど、同級生に室戸という女子がいたんだよ。モデルのように背が高くて目立っていてさ、綺麗とか可愛いというよりも、近寄りがたい空気だったのを覚えているよ。だからほとんど接点は無かったんだけど、体育祭とかかな、そういう何かのイベント時に、その弟と一緒にいた事があって、たまたま少し話した事があったんだ。


 たしか、弟は小学五年とか四年だったと思うけど、当時から背が高くて、本当に小学生?なんて話したと思う。身体が大きいから他の小学生と比べると貫禄あったけど、人当たりの良い感じは小学生っぽさがあったなあ。それはお姉さんと一緒だったからかも知れないけどな。お姉さんの方も、弟と一緒だったから、普段話さないおれなんかとも話してくれたんじゃないかな。棘の無い柔らかな受け答えは、普段は見せない以外な一面だったからね。


 ともかく、その時の子が目の前で大立回りしているんだと思うと何とも言い難いよ。警察に通報するべきか考えたけど、とてもそんな気にはならなかった。他の二人も、もの凄い強さでさ、結局は警察が駆けつける前に、残りの数人も倒してたよ。何を話してたまでは分からないけど、少し黒田さんの息子と話してから、すぐに何処かに立ち去ったよ。でもフードの連中と黒田さんの息子は、悔しそうに地面を殴り付けたりする者もいたけど、動けないのか、その気がしないのか、まだしばらくそこにいたよ。


 あの息子はたしか高校生だったはずだから、中学生が高校生を圧倒的に負かしたわけだから凄いよなあ。喧嘩は良いとは思わないけど、格闘技とかスポーツやったら良いところまでいくんじゃないのかな。いやいや、ほんと凄かったよ。しばらくして、連中もぞろぞろとそこを後にしだしたけど、丁度そこにと言うか、もたもたしてたからか、警察官がスーパーカブでやって来たんだ。誰かが通報したんだろうけど、今更って感じだったよ。連中を止めて何か話してはいたけど、そのうち何事も無かったように居なくなってたよ」


 自分が目撃した本人のように語る同級生の熱弁は、蹴りを受け止めてなぎ倒したとか、右フックで人が殴り飛ばされるの初めて見たとか、後ろからバットで殴られて大丈夫かなと心配したけど、平然とバットを奪って殴り返してた、とか、格闘シーンまで鮮明に再現しての語りだった。語りはともかく、聞かされた皆は話す者同様に興奮を覚えた。もちろん市村も同様に熱くなったのだ。

なので、その「裏山事件」と呼ばれる出来事は、市村以外にも翌日には皆が詳しく知っていたのだ。


「凄かったらしいじゃんよ。つうか、三人揃ってるってのが凄いぜ、レアだぜ」

 高階も自分の事のように胸を張って言う。

「俺たちには受験勉強なんて言ってたのに、格好良いよな」

 斎藤が感銘を受けて、憧れを込めた言いようだ。

「受験勉強って、喧嘩で受かる高校ってどこよ」

「先輩らならトップ合格だな」

 ファーストフード店に響くほどに二人が笑った。


「多那柄高校とかはどうなんですか」

 市村の問いに笑い声が止まる。

「ガラ高かあ、ガラクタの集まりで、通称ガラ高。名前が書ければ入学出きるって聞くよ、だから各中学の落ちこぼれ達が集まるっていう、ガラの悪い高校だろ」

「喧嘩がどうのって言うより、悪党って感じだよな。どっちかって言うと早淵高校の方が硬派って感じだよな、ほら、この前の有森さんとか。あの江藤とかってクズは、実際はブチ高だったけど、どっちかって言うとガラ高って感じだったもんな」

 高階は神妙に話し、斎藤はドリンクをストローで吸い込んで喉をならした。


「もう少し良い高校行けるようにしねえとなあ」

「そうだな、ガクブチはヤバそうだもんな」

 市村も頷いて聞いていたが、その話をしに来たのではないと思い出す。

「いあ、高校の話じゃなくて」

「お前が、多那柄って言い出したんだろう」と、斎藤に指摘される。

「そうなんですけど、真次郎と、あの日から三日も連絡取れてないのって、ちょっと心配で」

 二人とも、硬い椅子にもたれて座り直して腕を組んで考え直す。


「夏休みだしなあ、家族で出掛けてるとかは」

「いやあ、真次郎の家は無いと思います」高階の意見を打ち消す。

「確か、翌日の海に行った日は具合が悪いって言っていたんだろう。悪化して入院とかかな。それは流石に教えてくれるよな」

「どうですかね、もしかしたら教えてくれなそうですけど。でも、ぜんぜん元気だったですよね、入院とかって、普通に歩いてたし」

 市村は、泣き出してしまいそうな、なんともほろ苦い声で言う。

「泣くなよ」

「な、泣いてないですけど」


「可能性の話だよ。どちらにしろ連絡取れなきゃ始まらないんだから、何度も電話して、家にも行ってみろよ、な」と、市村を諭す。

「はい」と、力なく頷いた。

「夏だしよ、遊びに行ってるんじゃねえの。夏だしよ」

「だと良いんですけど」

 高階の能天気な回答に、願いを込めて同意して、店内の隅まで聞こえるほどのため息を吐いた。


「もう何日も帰って来てないのよ」

 毎日通っていて、八月に入った何日目かに、やっと真次郎の家の人に会う事が出来た。

「え、いつからですか」市村は慌てて訊いてしまう。

「もう、一週間はたつのよ。まあ、向こうの家に行っているんでしょうけどね」と、たしか美和子というらしい、真次郎の家の人が言った。

「えっ、一週間ですか?向こうって?」市村は矢継ぎ早に訪ねる。

「昌ちゃん、お兄ちゃんのところよ。別にどこに行ってもいいんだけどさ」

 美和子は煩わしそうに答える。

「そこに連絡して真次郎がいるか聞いてもらえないですか」と、市村が頼む。

「嫌よ、何で私があの家にお伺いたてなきゃならないのよ」と、吐き捨てて、「もし、真ちゃんに会ったら、一度くらい連絡よこしなさいって言っておいてちょうだい」と、ついでのように、逆に市村に頼んだ。

 挨拶をして、奥山の家を出る。葉の茂った庭にある真次郎の離れに目を向けるが、人の気配は無かった。


「つまり、ベンちゃんのところに真次郎くんが家出して行ってるって事なの」

 御木本良太は市村の話を親身になって聞き返した。

「はい、真次郎の家の人が言うには。なんか少し怒ってました」

 優しく頷く良太を見て、市村は御木本良太を頼ってよかったと安堵する。真次郎の家で美和子に言われた翌日には、学校の連絡網で御木本沙希に電話をした。初めての事なので、心臓が飛び出るほどに緊張しながら番号を押した。呼び出し音が鳴っているときは切ってしまいたいほどだった。


 電話を掛ける前に何度も声に出して練習した。

「もしもし、御木本さんのお宅でしょうか、学校で同じクラスの市川と申しますが、沙希さんいらっしゃいますか」

 御木本さんの・・・沙希さん・・・沙希さんいらっしゃい、いますか、どっちかなあ、なんて繰り返して練習していたのに、実際は呼び出し音の、今か今か、というプレッシャーに負けてしまった。

 電話が繋がって「もしもし」と聞こえた途端に、喉が詰まって声が出なくなってしまい、怪訝そうな「もしもし」と繰り返す声に、慌てて「も、もしもし」と、なんとか発声し、「あの、さささ、さきさん、いらっしゃいましか」と、声を裏返してしまう。


「沙希ですけど・・・どちら様ですか」

 怪しむ声の主が本人だと分かり、全身の汗が吹き出すようだ。

「あの、い、いち」と、どもっていると、

「いちむら?」と、沙希が、不審な電話の主を市村だと当てた。

「そう、いちむら、市村です」

「ちょっと、なによお。いらっしゃいましか、って何よ、ましかって、笑わせないでよ」

 沙希が砕けて話してくれたお陰で、緊張がほぐれた。

「それで、どうしたの」と、笑いながら訊く沙希に、「実は真次郎が」と、用件を言うと、「真次郎くんがどうしたの?」と、前のめりに訊いてくる。


 もう、沙希の気持ちにはさすがに気づいていた。先日の海でも、結構いろいろな話をしたけれど、沙希の話しは大半が真次郎の話しだった。

 気づいた時には悲しかったし、悔しかったけれど、真次郎なら仕方ないかなと思えた。真次郎はそういうのには鈍いから、早くその気にさせなきゃいけない。沙希のためにも、一肌脱いでやらなくてはと、海から帰った翌日に、モヤモヤを引きずりながらも真次郎の家に行ったけれど留守だったのだ。それからずっと、もう十日近い。そのくだんの件の話をすると、そわそわと心配する声が受話器から漏れる。くだんの件って、頭痛が痛いみたいだな、なんて、くだらない事を考えている場合ではない。


「きっとお兄さんの家にいるから」と、沙希を宥めて、「それで、御木本先輩にお願いがあって電話したんだ」と、告げると沙希は電話越しにも聞こえる声で兄を呼んだ。

「真次郎くんのお兄ちゃんしってる?」

 お兄さんの返答はきこえないけれど、想像はついた。

「そのお兄さんが、今住んでるところは知ってる?」

 受話器の向こうで幾つかの会話がされていた。

「もしもし、市村、今からうち来れる」

「えっ」突然の事に即座に答えれなくて、聞き返した。聞き間違いだと思ったのだ。

「早くね」

「は、はい」

 不格好な返事をしたとこで電話が切れた。受話器を数秒見つめていた。御木本沙希の家に呼ばれた。はっとして、心臓がまた早鐘を打つまま、慌てて家を出た。


「いらっしゃい、早かったね」と、沙希に招き入れられ、そのままお兄さんの部屋に通された。裏山事件、の話しも交えて、真次郎の家出の事を説明した。

「それは心配だよね」と、初めて言われた。

 御木本良太先輩は、体格は真次郎よりも小さく、沙希と変わらないくらいだけれど、二学年も上だけあって頼り概があった。あの事件の時も、小さな体を張っていたし、電話を使って皆を指揮していたのは良太だった。なにより優しい物言いが安心させたし、大人だった。頼れる兄貴という感じではないけれど、優しいお兄さんというところが近い。整った顔で笑顔を見せられると、優しいお姉さん、なんて事が頭を過ってしまうのを打ち消す。先輩にたいして失礼だろうけど、それほどに可愛らしい先輩なのだ。さっきお邪魔したときに、玄関で挨拶したお母さんも綺麗な人だったし、さすがは御木本家だ。


「ごめんね、ベンちゃんの連絡先は分からないけど、さっき春彦くんに聞いたら連絡先知ってたよ。もうすぐ来るって言うから、もうちょっと待っててね」

「えっ、青野先輩来るんですか」

 春彦の名前を聞いて、さっきまでと違う緊張が走った。

「うん、すぐ来るって」

 御木本先輩は優しく微笑んでくれるけれど、裏山事件の話がよみがえる。聞いた話の中で推測すると、バットで背後から殴られたのに、致命傷どころかバットを奪って怒り狂ったように殴り返したって人は、おそらく青野春彦先輩だろうと、市村に限らず、話を聞いた大半の者が理解していた。


 崩していた足を正し、背筋を伸ばす。そこに丁度沙希が入ってきた。

「市村、なんで正座してるのよ」

「いや、ほら、青野先輩いらっしゃるって言うから」市村が顔を強張らせて笑って頭を掻く。

「春彦くん怖いもんね」と、御木本先輩が観音様のような笑顔で市村の心境を察し、「で、沙希はどうしたの、出掛ける様な格好して」普段よりも、グッとお洒落な格好の沙希に訊いた。

「だって、奥山くんのところに行くんでしょう」

「沙希も行くの?」

「あたりまえでしょ、行くわ」

 市村の背筋が伸びる。

御木本先輩は少し考えてから、沙希に言う。

「それも良いかもしれないな、春彦くん暴走しそうだし。ただ、家庭の事情もあるだろうし家出の原因も分からないけど、真次郎くんが助けを必要としてるなら、僕の分まで彼の力になってあげてくれるかい」

「もちろん」

 沙希が良太に負けない笑顔を見せる。市村が見惚れていると、玄関で「ピンポン」と呼び鈴が鳴って、市村の背筋が、またピンと伸びた。その間に良太が誰よりも先に玄関へと、階段を駆け下りた。


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