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24,反射

 雨上がりの空は既に赤く、濡れた路面に年代物のスーパーカブの頼りないライトと、残り僅かな陽の赤い光が薄闇に反射している。

 なので、後ろに乗った斎藤浩介には前がよく見えていないのに、室戸亘高がカブの車体を倒して勢いのまま曲がって行くので、振り落とされない様に必死にシートのヘリを握りしめる。


 JRの中山台駅近くの公園でカブを止めると、室戸が「ここだよな」と、降りて無人の公園の中へ歩いていくので、慌ててカブの後部座席を降りた。地面を踏んだ瞬間にふらついたが、「はい」と、大きく答え、室戸の後を追う。

「おーい、生きてるかー」

 室戸が公園の中に声を掛けた。


「ずいぶん遅いじゃねえの」

 無人かと思っていた公園に、力の無い声が聞こえた。

その声の方に目をやると、生け垣の石段に背を預けて足を投げ出している宇田川健がいた。

「おお、おお、派手にヤられたなあ」

 室戸が宇田川を見下ろして言う。

「うるせえ、ヤられてねえっての」

 隣のベンチの影が動いた。木製のベンチに横たわっていた青野春彦が声を絞り出して言い返したのだ。


 衝撃だった。想像すらしたことの無い先輩達の姿を目の当たりにした驚きで、言葉が出なく、その後に怒りが沸き、心配になって震えた言葉が出た。

「先輩!」

「だからうるせえっての、誰だよ」横になったままの春彦が毒づく。


「なんだよ春彦、斎藤が心配して来てくれたのによお、その態度はあ」

 室戸が、だらりとベンチから落ちた春彦の足を軽く蹴る。

「痛えなコノヤロウ」春彦が声を上げる。

「ああ、なんだその態度は」そう言って脇腹を突っつく。

「いて、バカ、テメー」室戸の悪ふざけで、もう春彦の声に生気が戻っている。

 立ち上がろうと石垣に手を掛けている宇田川に気づき、「先輩」と駆け寄り肩を貸す。

「おお斎藤、悪いな」

 あの宇田川先輩が礼を言った事に驚いた。それほどの事が起きているのだと実感した。胸が熱くなる。

「なんだ斎藤、泣いてんのか」

「泣いてないっすよ」


 立ち上がると、宇田川はもう平気だという仕草で肩に回した腕をほどくと、無言で腹を優しく叩いて、既に立っている春彦と室戸に歩み寄る。

 心配を余所に、平気そうな姿に安心した。こうして三人が揃っているのを久しぶりに見たきがして、やっぱり格好良いなあと、その姿に見惚れてしまう。

「さあて、それじゃあそろそろ行くかあ」

「おい斎藤、その辺に角材とか落ちてないか、パイプとかよ」

「はい?」


 ついさっきまで動けないで倒れ込んでいた人たちが、いったい何を言っているんだか分からなかった。

「アイツら何処にいるか分かってんだろうな」

「え?」

「あの開襟シャツの野郎は絶対許せねえ」

「はあ、開襟野郎は俺がヤルんだよ」

「今時はみんな開襟シャツじゃねえのかよ」

 室戸だけ一人で冷静のようだ。


「あ、あの」たまらず声を上げて会話を止めた。

「あ、何だよ」

 いつもの宇田川に戻っていて、物凄い威圧感で怯んだ、けれど奮い立たせ言う。

「あの、これから行くんですか」

 一斉に三人がこちらを向いた。恐怖と憧れと尊敬が混ざり、射抜いてくる。物凄いプレッシャーだが、どこか高揚感がある。

「はあ、なに言ってんだ」

「今行かないでいつ行くのよ」

 いつも言い合いばかりの宇田川と春彦だが、こんな時は意見が合う。笑みが浮かびそうなのを打ち消して言った。

「さすがに、ボロボロじゃないっすか、怪我だってして」

 斎藤に最後まで話させずに宇田川が言い返す。

「こんなもん、何でもねえんだよ、引っ込んでろ小僧」

「す、すいません」

 思わず反射的に謝ってしまう。


「斎藤に当たってんじゃねえよ」

 春彦が宇田川を窘めて止めるのかと思えば、

「でもよ、今日の事は今日の内に片付けとかねえとなあ、宇田川」

「おうよ、目覚めが悪いってやつだぜ」

 珍しい組み合わせで盛り上がる二人を見て諦めた。端から二人を止めるなんて出来やしないとは思っていたけれど、口を挟まずにはいられなかった。実はこの先輩達の事を、以外にも好きだったんだと実感した。


「珍しいじゃん、お前らが意見合うなんてよ。仲良しじゃん」

 想っていた事を、代わりに室戸が言ってくれた。

「はあ、ふざけんな」

「誰が仲良しだコラ」

 室戸に揃って噛みつく。こういう辺りが、なるほど仲良しだ。

「けどよ、残念だけど今日はもう無理だ」

「はあ、ふざけんな」

「なんでだよ」

 

飛び付いて来そうな猛犬をいなすように、室戸が続けた。

「お前らがこれだけヤられるまで」

「ヤられてねえよ」

「まあ聞けよ、いくら人数が多いって言ったって、お前らが簡単にヤられる訳はないだろ、結構な時間暴れてたって事だろうが、当然、通報だってされてるだろ、よく捕まらなかったな。駅の向こうは警察署が目の前だから、今日はもう、あいつらもバックレてるだろう」

「けどよう」宇田川が不満げに漏らす。

「けどじゃねえよ。とりあえず奥山真次朗は無事に帰って来たし、首謀者の一人の立川は宇田川が、江藤は春彦がやっただろう」

「おう、だから残りの黒沢を始末しに探して来たんじゃねえか」

 宇田川が不満を露に返す。


「中山台に居るって情報らしいけど、流石にもう居ないだろ、江藤たちと待ち合わせていたのは15時頃の筈だろ、話に寄ると何か上のモンつうか、ケツモチみたいのと約束してたんだろう。そこに相棒が来ないんだから、もう何かあったのはバレてて、その上にお前らの騒ぎだぜ、もう、今日は捕まえられないって」

「探してみねえと分からねえだろ」春彦が食い付くが

「お前らが警察に捕まるから、マジで」と、室戸が強く押して言う。

「春彦の先輩の、有森さんだっけ?」

「先輩じゃねえよ」

「いや先輩でしょ。その有森さん達が早渕高校の連中で情報集めてくれてるから、色々と捲れて来たからよ、誰がケツ持ってるとかな。黒沢なんてクズどうでもいいけど、まあ答え合わせに明日にでも家庭訪問でもしとくか」


「明日かよっ」

 春彦が大きな舌打ちをして肩の力を抜いた。

「明日だな」

 宇田川が眉間の皺を濃くして右拳を左の掌にパシンと打ち込んだ。

「まあ、そう言う訳だからよ、帰るべよ」

 そう言うと、室戸が春彦に覆い被さるように肩に手を回して体重を掛ける。

「重いっつうんだよ、ひっつくな」

「なんだよ春ちゃん、つれないなあ」

「コイツはヤられて重症だから労ってやれって」

「誰が、重症だコラ」

 春彦が、横やりを入れてきた宇田川を軽く蹴る。

「いてっ、テメーコラ」

「ウタも重症じゃん」室戸が笑う

「こんなもん、何でもねえよ」

「無理しちゃってえ」

「そうだそうだ、弱いんだから無理すんな」

「誰が弱いだ、勝負するかコラ」

「上等だ、コラ」

 いがみ合いながら、ふらついて歩く三人の後ろ姿に、夕闇に染まりかけた光が反射している。


「そういえば、皆で海に行くって話しだぞ」

「海かあ、悪くねえな」

「いつだよ、それ」

「んん~、明日だっけな」

「明日?ダメじゃん」

「なあ斎藤、明日だったよな」

 そう反射して見えたのは、斎藤の瞳が潤んでいたからかもしれない。

「はい、明日って言ってました」

「明日じゃダメじゃねえかよ」

 その反射する赤い光に慌てて着いていく。



昨日の夕立など無かったかのような、容赦のない夏の陽射しが、駅前の煉瓦敷きの歩道に照りつけ、ジリジリと、油を揚げるような音でアブラゼミが鳴くので、まだ午前だというのに、二割増しの暑さがまとわり付いてくる。


 市村は待ち合わせ場所の銀行に、一人早く着いていた。「銀行」というのは待ち合わせ場所の一つで、駅前には幾つか銀行はあるのだけれど、待ち合わせに「銀行」と言えば、この銀行になるのだ。正確には、銀行の横の壁の植え込みの辺りの事で、腰かける事が出来るから待ち合わせには都合が良いからだろう。


 その銀行の植え込みから、建物の壁へと這うように伸びた蔓草が、赤に近いオレンジの花を対生に幾つも咲かせ、薄汚れてのっぺりとした壁を、華やかに彩っている。

 市村はその花の事など知らないし、興味も無かったのだけれど、今日に限っては、そのノウゼンカズラの花を見て、キレイだと感じた。壁伝いに上へと伸びていく力強さと、揺れる橙色のラッパ状の花が、まるで燃えてる様にも見える。


 銀行の建物を越す勢いで蔓を伸ばして上に向かう、この蔓草を眺めている市村も、まさに、上に昇って仕舞いそうだ。市村の知らないこのノウゼンカズラは、凌霄花と書き、霄は空の意味で、空をも凌ぐほど高く伸びる事に由来している。こちらは空を凌げるかは分からないが、緊張を押さえるように、大きく息を吐いた。


 殴られた顔の傷はまだ痛んだし、蹴られた痕は軋んだけれど、昨日の悪夢が嘘のようにフワフワしている。待ち合わせ時間までじっとしておれずに、一足早くに待ち合わせ場所に来てしまっていた。集合時間が近づくにつれて、昨日のピリピリとした緊張とはまた違う種類のものが、市村を柔らかく包む。もう何度目になるのか、また駅の公衆時計に目を向け、ふうと、息をはいた。ふと、人が近づく気配がして、さっと顔を向けた。


「おう市村、まだお前だけか」

「斎藤先輩、チャーッス。まだ自分だけッス」

「なにお前、今、明ら様にガッカリしなかったか」

「高階先輩、そんな事ないです」

 慌てて弁解する市村に、高階が肩に手を回してくる。

「本当かあ、御木本先輩の妹の沙希ちゃんだっけ、俺たちが先に来ちゃって悪かったなあ」

「ああ、そう言う事なの、あの娘かわいいもんな」斎藤が納得する。

「いや、そ、そんなんじゃ」

「そんなんじゃって、どんなんだよ、昨日からバレバレだっつうの。せっかく皆で海に行く事になったんだから、ぐじぐじ言ってねえで、バシッと告白でもしろって」

「へえ、もうそんな感じなんだ」

「いや、あの、そんな、告白なんて、その」

「テンパってんじゃねえよ、根性見せろってえの」

「いやあ」

 話題にしただけで動揺して、しどろもどろの市村の脇腹を、高階が突っついてからかう。


「先輩、ギブっす、ギブっす」

 市村は身を捩って高階から逃れながら、思えばいつも怖いと思っていた先輩と、こんなに親し気に接した事など今まで無かったなあと、考えていた。

「ほらほら、言っちゃえよ」と、高階が笑って揶揄ってくる。

「何を言っちゃうの?」

 後ろから声がして、市村が気を付けのままで、一瞬静止する。


「市村がさあ」と、言い掛けた高階を「うっわあ」と、慌てて押さえて「何でもないよ」と、笑顔で挨拶する沙希に向いて答えた。明るいパステルのワンピース姿に見とれて息を飲んだ。

「その後ろから、ゆったりとしたハーフパンツに、ノースリーブのシャツの上に薄手のパーカーを羽織った、夏使用の松田菜穂が、ジャレ合っていた市村たちに笑顔を向けていた。


「こんにちは、もう皆揃ったの?」

「いや、後は、沢田と先輩達と、奥山がまだ」

「え、全然じゃないですか、奥山くん、何してんのよ、もう」

「あれ、御木本先輩は?」斎藤が沙希に訊いた。

「お兄ちゃんは、塾です。受験生ですからね。最近何日かサボっちゃってたみたいだし」

「そうだよな受験生だもんな。でも、後の先輩達は受験勉強関係ないから、そろそろ来る頃でしょ」

 高階が鬼の居ぬ間に、軽口を叩く。


「残念ながら、その御三方も受験勉強だってさ」

 不意に沢田が会話に割って入ってくる。

「おお、ビックリした」急に横に来られた斎藤が驚く。

「マジで、勉強すんの、青野先輩」

「おいおい高階、失礼すぎだし、何で青野くんだけなのよ」

「そういう訳じゃねーけど、そんな感じじゃんよ」

「確かに」と、皆で納得してしまう。


 沢田が菜穂に近づいて小声で言う。

「残念だった?」

「え、何でよ」と、菜穂は即座に返したけれど、図星とまでは言わないが、昨日は話せなかったので、少しは話せるだろうかと、小さな期待はあったのは確かだった。


「じゃあ、後は、真次郎だけッスね」

 市村が、今日何度目になるのか、駅の公衆時計を見上げると、夏の陽射しにノウゼンカズラの赤に近いオレンジが反射していた。


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