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23,サイクリング

 鉛色の厚い雲が青空を覆い隠し、急に特撮モノの異世界にでも迷い混んだような暗灰が迫ってくる。

「これマジで降りそうだね、あっちは晴れているのに」

 市中の原稔が自転車を漕ぎながら、後ろの荷台に座る青野春彦に言った。

 さっきまでは遥か遠くに見えていた積乱雲が、更にぶ厚い雲塊となっているが、その隙間から微かに青空が見えた。しかし、その希望とも取れる陽射しを背にして、濁りの中へと自転車を走らせて行る。


「ああ、これは雨降られて濡れさせちゃうな、悪いな」

 春彦が存外、殊勝な事を言うので、原はむず痒くなる。

「雨くらいいいんだけどさあ、でもよお、皆に言わなくて良かったの?一緒に連れて来れば良かったんじゃないの、沢田とか、強いし」 

「沢田は喧嘩させちゃダメなんだよ、部活あるんだから」

「え、そうなの?喧嘩強いのにねえ」


 原は、いつだったか駅裏の公園で、沢田が南中の土井をワンパンで伸したのを目の当たりにしていて、強烈な印象を受けていた。その後で大原と春彦のバトルを見せらたものだから、もはや引いてしまうほどだったのだけれど。

「それに、流石に今回はヤバそうだからなあ、あいつらは連れて行けねえだろ」

「えっ!」

 思わず首を後ろに振り、さらりと言う春彦に向く。

「前向けよ、ばか」

そのせいで自転車がフラついたので、後ろからの頭を押し戻される。原は頭を押し戻されなからも狼狽して訊き返す。


「いやいや、今ヤバイって言ったよね、言ったよね」

「この天気ほどはヤバくないよ」

 春彦の能天気な答えに納得した訳ではないけど、ペダルを踏む足に力を込めて、JR線の駅に向かって自転車を進ませる。


川名の生徒と名乗って掛かってきた電話の言う通りに、原は知らない番号に電話を掛けた

気味が悪かったけど「川名の青野からの伝言です」と言われたから、気が進まなくても従って電話した。

「公衆電話なのでワンコールで一度切って、もう一度かけ直して下さい。またワンコールで出なかったら切って、少し間を開けてからかけ直して、繋がるまでワンコールを繰り返して下さい」

 公衆電話に電話しろなんて、そんなもの繋がるのかと俄には信じ難かったけれど、ワンギリの後のワンコールで繋がった。

春彦が電話に出ると思っていたけれど、知らない声だった。生真面目で丁寧な対応だったが、声に緊張感があって、何か面倒な事が起きているんだと直感した。

昔から、嫌な雰囲気だとか、空気を察知する能力に長けている節があって、お陰で今までも随分と面倒を免れてきた。親の機嫌が悪いのを早く察知して、収まるまで外に避難したり、先輩が荒れて後輩に八つ当たりする時も、先輩側にスッと寄って回避したりと、その程度だけれど、今回もその察知能力で、電話の雰囲気から面倒事の空気を感じ取っていた。


電話を終えてから、少し、いや、随分と悩んだけれど、結局は言われた通りに自転車で駅に向かいはしたのだ、けれど駅の階段の下の所で、小さな集団が、人目を引いているのが見えた。まさかとは思ったけれど、それが春彦たちだった。

揉めている様にも見えたけれど、そういった雰囲気でも無さそうだ。泣いている者も、女子もいて、何だか近づき難くて、少し遠巻きから観察していた。

そのうちに、その集団は笑いながら階段を上がって行ってしまった。明るい雰囲気に少し安堵して、その集団を追いかけるべきかどうか悩んでるうちに、春彦が階段を降りて戻ってきた。


春彦は、すぐに植栽の縁石に座って、うだうだとしているのに気づいて近づいてきた。

「おう原坊。来てたのか」

「まあね、呼ばれたからね」

「なんだよ、腑抜けた面しやがって、寝てたのか」

何をやらされるのかが不安でと、答えたかったが、大きなため息を一つ吐いて言う。

「なんか、雲行きが怪しいなって」

「本当だ」

揃って遠くの曇り空を仰ぎ見た。遠くにあった入道雲は灰色になっていた。

「で、何するの、俺は」と、原は観念するような思いで訊いた。

「とりあえず、乗っけてってくれるだけでいいから」

「どこに」

「これから探すんだよ」

春彦があっけらかんと言うので、もう一つため息をついて、立ち上がった。


「まずはJRの中山台駅だな」

 植栽の縁石に雑に立て掛けてある自転車を起こして荷台に座り、バネの錆び付いたサドルをポンポンと叩いて、原を急かす。

 原は、少し大袈裟に肩を落として自転車に跨る。

「本当に雲行きが怪しくなって来たな」と、小さく溢す。


「誰もいないじゃない」

さも残念そうに言ってみるが、実のところは裏腹に胸を撫でおろしている。

JR中山台の駅前公園に来てみたが、ロータリー脇の小さな公園は駅へ通り抜ける通行人が多少いる程度で学生の姿は無く、つっぱった輩は見当たらない。

「本当にここなのかよ」

「いや、最初に思いついたのがここ。よし次行ってみよう」

 自転車の荷台の春彦が、淡々と言ってみせてから、ハンドルを握る原の背中を叩いて発車を促す。

「そういう感じね」

自分に言い聞かせる様に言った言葉に、春彦が答える。

「こういう感じ」

 大きく溜息を吐くと、軽く脇腹を小突かれたので、ペダルを踏みこんで進み出した。


「次は、どこ」

「まあ、反対側だろうな、そっちの方が栄えてるだろ誠実屋あるからな、違うか、今はタイエーだっけ、あの辺行けば、アホみたいに目立つ奴いるだろ」

「確かに、あんな派手な連中すぐ見つけられそうだわな・・・でも、この駅には居ないかもしれないよね」

「そうかあ、居るだろう普通。ほれ、そこ踏切渡れって」

 春彦が腰を押して踏切へ曲がるように促す。まるで後ろから自転車ごと運転しているかのように操られて、カンカンと逆撫でするような甲高い警告音を潜って踏切を渡っていく。


 タイエーの裏口から奥に居酒屋やスナックなどの飲み屋街、というよりも区画があり、女性の名前の看板が目立って並ぶ、幾つかの看板には明朗会計と書かれていて、その明朗の意味を看板のお陰で知った。まだまだ日暮れには早いけれど、もう16時を回ったので何件かの店のドアは開いていて、気配はないけれど、店の中で開店準備などをしているのだろう。

 昼間のその区画は店も閉まっていて、人気も無く、タイエーの明るさと対に、薄暗くて不気味で、今にも降り出しそうな灰雲が、更に不気味さを増す。

 その薄暗いタイエー裏口の横の溜まりに、変形学生服のズボンに黒地に黄色い柄の入った派手な開襟シャツで座り込んでる男たちがいた。


「あ、いたいた」

連中を目にした春彦が、嬉しそうに声を上げたて、背中をポンポン叩いて知らせて来た。

 ちょっと、流石に失礼でしょ、と、言いたかった言葉を飲み込んだ。話の持って行き方によっては無駄な争い避けられるのに、まったく交渉術がなっていない。

「なんだコラ」

 ほら、そうなるよ。楽しそうかは、分からないけれど、友人と談笑している所を失礼な言葉で邪魔したんだから当たり前の反応だ。きっともう、何を訊いても教えてくれないだろう。

 斯くの如く、くつろいで座っていた柄シャツが立ち上がり、その後を残りの二人の輩が続いてこちらに近づいてくる。

「お寛ぎのところ悪いんだけどさ、江藤とか立川知らないかな、その仲間探してるんだけど」

 春彦が自転車の後ろに座ったままで、近づく柄シャツに声を掛けた。

「はあ、江藤だあ、知るかコラ。中坊があ、口のききかた知らねえのかあ、おい」

 柄シャツが段々と語気を強めて凄みながら、春彦の頭を掴んでクシャクシャと髪を掻き乱した。

 座席の後ろで起こっている事に、背筋が凍る思いでじっと黙った、ああ始まっちゃう、と、声を洩らす代わりに息を飲んだ。


「なんだ、知らねえのかよ」春彦がぼそりと言う。

「ああ、なんだと」と、柄シャツが凄んで顔を近づける。

 その刹那、自転車の荷台に座ったままの春彦が、勢い良く立ち上がったので、柄シャツの顔面を頭でかち上げるような格好で、見事に頭突きが入った。

 不意を突かれた柄シャツは「うぐ」とも言えぬまま崩れ落ち、後ろの二人は呆気に取られて呆然としていた。

「なんなんだよ、丁寧に訊いてるのに、なあ」

 春彦の問いに、こっちに降るんじゃねえよと思いながらも「まあ、な」と、合わせておいた。

「もう一回訊くけどよ、江藤とかのツレ知らねえかよ」

 春彦が今度は、強い口調で二人に訊いた。

「知らねえよバカヤロウ」「てめえ、何してんだコラ」

 唖然としてのまれていたいた二人が、状況が飲み込めてきて、今更ながらに凄んで来た。

「なんだよ、知らねえってよ、どうするか」

 春彦が呑気に、遊びに出掛けた先で次の予定を確認するかのように言ってくる。

 威嚇しながらも気圧された二人の後ろの、建物の影から声がかかった。


「おい、何してんだよ、中坊いじめてんのかあ」

「なんだよ、俺も混ぜろよ」

 ぞろぞろと似たような格好の輩が出て来た。

「おいおい、もしかしてヤラれてんの」

「嘘だろ、シャバいなあ、おい」

 仲間に貶されてか、春彦の前で鼻血を出して踞っていた柄シャツが、ふらつきながらも立ち上がろうとしている。

「こ、この野郎があ、ぶっ殺すぞ」

 血走った目の柄シャツを横目に春彦に訊いた。

「ちょっと、流石にヤバくない?」

「はあ、ビビってんじゃねえよ、このくらい」と、良いながらも、ひいふうみいと、人数を数える春彦に

「八人だよ」と、小声で教えた。


 その間に、立ち上がってきた柄シャツが「このガキが、コラ」と、向かって来ようとしたところに、春彦が蹴りを入れた。

「コノヤロー」「テメー、コラ」と、外野から罵声が飛ぶ。

「原坊、逃げろ!」


 春彦が自転車の荷台に飛び乗っった。

 一瞬、反応が遅れて、「ばか、早く」と、背中を叩かれて我に返り、必死にペダルを漕いだ。

 後ろからけたたましい程の怒声が追っかけて来る。掴まれたのだろう、自転車がグイともって行かれたけれど、春彦が振り払ったのだろうか、すっと、抜けたように車体が軽くなった。

 後ろを見ないで必死にペダルを漕いだ。とにかく前だけ向いて漕いだ。

 後ろの荷台が揺れているのに気づく。春彦がお腹を抱えて圧し殺すように笑っていた。

「何、どうしたの」と、訊いたが、やがて堰を切ったように大笑いした。

「はっはっはっはっ」

 どこかの印籠もった副将軍様かよ、と言いたくなる程の高らかな笑いだった。なにも一件落着してないのだけれど、頭上の曇り空とは対照的で晴れやかな笑顔だ。


 これで終わるはずも無く、春彦の「次行こう」で、必死に自転車を走らせて駅前から離れたけれど、また駅前へと向かう。

 駅前の公園に戻ると、もさっきはあまり見かけなかったのに、派手な連中の姿があった。

「やっぱり、青野がタイエー裏で暴れたからじゃないの」

「早いなあ、話し回るの。まあ、お陰で探さなくて良くなったな」

「あんまり近づくと見つかっちゃうけど」

「見つかればいいじゃん」


 春彦が不敵に笑うのでため息が漏れる。仕方なく近づこうと自転車を漕ぎ出そうとした時に、公園にいた連中が、仲間割れでもしたのか、一人が殴り掛かった、二人が抑え込もうとするが、それを跳ねのけ、あっという間に三人を制した。

「ほえー、凄いなあ」遠巻きから見ていても強さが分かる。

「あれえ?」

 何かを見つけたのか、春彦が目を細めながら自転車を降りて、公園の方に近づいていく。


「ちょっと、えっ、なに」

 慌てて、自転車を押して付いて行く。

「あれえ、あれえ」

春彦が声を上げて近づいて行くので公園の連中もこちらに気付いた。三人を伸した奴が、中ランにワタリの大きいボンタン姿で、ポケットに手を突っ込み、アイパーで短く整ったリーゼントをこちらに向けて睨みつけている。

「おい、おい、おい」と、春彦が、その、さすがの貫禄に向かっていく。やれやれと、想いながら、ふと、中ラン、アイパーと、単語が巡る。が、出てこない。中ラン、アイパー、春彦、と来て思い当たる。その時にはもう、春彦が駆け足で寄って行っていた。


「何だよ宇田川、てめえ、何しに来たんだよ」

やはりそうだ、宇田川だ。会った事は無いけれど勿論知っている。川名のUMAのUの宇田川健だ。仲間の宇田川に、何故か春彦が喰って掛かる。

「ああ、やっぱりテエメかよ。タイエー裏で揉めただろう、こいつ等がいきなり絡んで来たぞ。つうか、誰だソイツ」

「バカヤロウ、彼は勇敢な運転手の原坊だ」

 変な紹介に異論もあったけれど、苦笑してかるく手を上げた。

「ああ、市ヶ尾のか、そういやあ沢田が言ってたな」

 眉間に皺を寄せて顰め面で言う宇田川に、知られてる事にも驚いたけれど、本当に同級生かよと思うくらいに顔が怖い。


「それより、コイツ等のツレが一人戻って行ったけどよ、仲間呼びに行ったんじゃねえのか」そう言う、蹲っている戦意喪失の男の胸倉を掴んで訊いた。

「どうなんだ、おい」と、宇田川が凄む。

「まあ、いいじゃねえの、手っ取り早くて結果オーライだろ」春彦が気楽に言う。

 宇田川が、フッっと、鼻で笑って、男の胸倉を放して向き直る。


「おめえ、江藤の方は片付いたんだろうな」

「はあ、てめえこそ、立川とかいうボンクラはどうしたよ」

 二人が睨みあうが、お互いの顔を見ればどうなったか理解できたようだ。

「ウチの、川名の上のモンが元凶って聞いたか」

「ああ、黒沢とか言うゲス野郎だろ」

「テメエが、いつだかワンパンかました奴だろ、根に持たれてんじゃねえよ」

「知るかよ、あんなクズ如き、すぐ終わらせてやるってえの」と、春彦が嘯く。

「それが、そうそう楽じゃ無えんだよ。高校で江藤や立川みてえなのとツルんでから悪党まっしぐらでよ、何処ぞのチームも絡んでるらしいんだよ」宇田川の声のトーンで真面目に話しているのが伝わる。

「まあ、何となくは聞いたけど、関係ねえっての」

「まあ、関係ねえはな」


 二人並んで浮かべた笑みが、二人の決意のように見えた。ふと、春彦が振り返って言う。

「原坊、サンキューな、後は大丈夫だから」

「いやいや、付き合うよ」と言ってから、後悔が押し寄せるが、それを振り払う。

「いや、沢田に連絡しておいてくれよ」笑みの消えた顔で言ってくるので、気圧される。

「頼むはあ、ハラボウ」宇田川が、あの怖い顔のまま言う。それでも一緒に行きたい思いもあったけれど、「分かったよ」と、従った。


 公園の先の駅前ロータリーに連中の仲間と思わしき集団の影が見えた。自転車に跨って二人の背に振り返る。大して自分と変わらない背中。


「で、チームって」

「ん、ああ、赫耶王」

「それは、それは」

 去り際に聞こえた二人の会話から、赫耶王の名に、変な声が出そうになったけれど、歯を食いしばって自転車で走り出す。早く知らせなければ。いくらなんでも、流石に二人じゃどうにもならない。

 

自転車のペダルを漕ぐごとに、後ろで聞こえた怒鳴り声が、どんどん遠くなって行く。

「急げ」その想いを揺らがすように、雫がポツリと頬を撫でる。一瞬、泣いているのかと錯覚したが、大粒の雨がポツリ、ポツリと降り出した。


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