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22,私は見下ろして彼は見上げた

カラフルな内装のファーストフード店の小さいテーブルを三つ繋げて、座り心地を無視した硬い椅子に座り、皆で揃って青野先輩を待ちながらハンバーガーを頬張った。

休日のファーストフード店はそこそこに混んでいたけれど、駅から移動した、青野先輩を除いた七人でも、何とか席があった。ちょっとした団体客のように幅をとっている。


「菜穂先輩、食べないんですか」

御木本沙希が、先ほどまで駅に居た時の泣き顔とは打って変わって、弾けるような笑顔で顔を覗き込んできた。やっと安心したのだろう。それは私も同じなのでよくわかる。

「うん、あまりお腹空いてなくて」

そう言って、コーラの入ったカップのストローに口をつけて飲んだ。爽やかな刺激が喉を流れていく。まるで、さっきまでの尖っていたものも流されていくようだ。


「松田先輩、ダイエットっすか」

市村が軽薄で不躾な質問をしてくる。さっきは半べそをかいていたのに、なるほどお調子者だ。

「ちょっとアンタ、菜穂さんに何言ってるのよ、ダイエットなんて必要な分けないでしょう」

沙希が市村に噛みつくものだから、笑いが起きて「ちょっと、沙希」と、恥ずかしくなって窘めた。


こんな風に皆の笑い声を聞いていると、さっきまでの事が嘘みたいだけど、奥山くんや市村の腫らした顔を見ると現実なのだと思い知る。特に沙希のお兄さんは酷い痣だ。

市村がまた沙希に怒られて、また笑いが起きた。笑い声に潜り込むように向かいの席に座った沢田が訊いてきた。


「どう、少しは印象変わったかな」

最初は何の事を言っているのか分からなかったけど、そう言えば駅前の公衆電話にいた時の話だと気づいた。

「どうだろう、良く分からないけど」

考えながら答えるのを、必要以上にニコニコ顔を向けてくるのが鼻についた。

「少しは嫌じゃなくなったでしょ」

「あの、別に嫌ってた訳じゃないのよ、ただ、どんな人なのかなって・・・」


目の前の沢田智則が、見た目には、申し訳ないけれどとても進学校の生徒には見えないが、その進学校の生徒が、どういう経緯で親しくなったのだか分からないけれど、青野先輩たちと仲が良いのは凄く分かったし、信頼のある関係性だとも窺えた。同学年の高階や後輩たちも知った仲のようだし、今回の事でも、実は結構重要な位置付けにいる気がした。ただ、言ってしまえば、時々見せるどや顔と、分厚い胸板を見せつける様な仕草は、あまり好きではなかった。けれど、青野先輩をサポートする姿勢や言動は信頼できた。


青野先輩が地元では有名な不良なのは、私でも知っている。室戸先輩と宇田川先輩と三人で、UMAと呼ばれているのか、名乗っているんだか知らないけれど、教室で高階たちが「未確認生物」と、自慢げに話しているのをよく耳にしていた。


青野先輩とは接点もないので、恐い印象しか無かったけれど、周りに憧れてる女子生徒は少なくなかった。どんな人なのかと、多少なりとも興味はあったが、それこそ未確認だった。

皆が巻き込まれて傷ついた事に憤った私が、いったいどういう人なのかと、青野春彦の事を否定するように訊いた時に沢田が答えた。


『青野くんの事を見て見ると分かるよ。相当な悪党のくせに、正義の味方みたいな箏するんだけど、別に考えてやってた訳じゃなくて、気まぐれで自分勝手にした結果が、たまたまそうなっただけなの。腹立つでしょ』


そう言われたから、と言う訳ではないけれど、青野先輩の言動は気にして見ていた。この状況なのだから、皆が注目していたのだけれど。それでも、少しは分かったか、という問いに答える程の理解は無かった。むしろ、余計に分からなくなった。


奥山くんは別の問題だったけれど、青野先輩が関わって問題を大きくしたように思えたし、その争いに、沙希のお兄さんや市橋まで巻きもまれて傷ついた。それを更に暴力で解決しようとしている。傲慢で身勝手な印象を持ったからだ。


高階たちや、その他にも、おそらく大勢の人が、命令されて動かされているようだ。だけど、今もそうだけれど、理不尽な命令をされた、というような感じには思えないほど、皆が笑っている。奥山君が救出されたのだから当たり前かもしれないけれど。


別に暴力を完全に否定している訳では無い。

一年生の時に、先輩に生意気だと言われ、呼び出されて顔を平手で叩かれた事があった。その時に、悔しくて相手を突き飛ばした。もう一発叩き返されたけれど、根性あるとかどうとか、どういう訳か好まれたらしく。それ以上は何も無かった。


やっぱり暴力は嫌いだけど、あの時に突き飛ばしたのも、自分を守るための暴力だった。それは、力に逃げた弱さなのか、守る為の強さなのか分からない。だから、私には人の事を言えないのだと思う。


駅前で高階が奥山くんを連れてバスで合流して来て、私と沙希は、奥山くんの怪我に憤ったけれど、奥山くんは傷など気にも留めず、状況を訊くと、高階と共にそわそわして、うろうろと歩き回り、沙希のお兄さんに『春彦君が大丈夫だって言たから。大丈夫、落ち着いて』と、言われて大人しくなった。


それから皆で『戻るのを信じて待とう』と、なってすぐだった。公衆電話の後ろの窓から、通り見下ろしていた沙希のお兄さんが「来た」と、声を上げたと同時に駆けだして行った。奥山くんがぶつかる程の勢いで窓に突進して外を確認すると後を追って走り出した。 

 

出遅れた私たちも、互いに顔を見合わせて窓へ走り寄り外を見ると、ちょうど青野先輩たちが通りから駅の敷地に入って来る姿が見えた。

誰ともなく走り出して階段を駆け降りる。


踊り場まで来ると、青野先輩に沙希のお兄さんが抱き付いていたのが見えた。涙を流して、無事を喜んでいるのが分かる。

足が止まり、沙希が手を握って来た。沙希もまた泣いていた。

高階が少しこちらを気にしたけれど、ゆっくりと階段を降りて近づいていった。

その先で沙希のお兄さんと奥山くんに囲まれて笑う青野先輩がいる。


夕焼けには少し早い午後。季節が違えばもう西日が射す頃の、そんな陽射しが青野先輩を照らす。

薄暗い駅の建物の影が届かない所で、まるで自身が光を放つように光って見えた。

何に反射していたのか、時折りキラリと赤く光る彼を、階段の踊り場から見下ろしていた。


こちらに気付いて、彼は、少しはにかんだ様にも、睨む様にも見えて、光を纏うようにして踊り場の私を見上げた。

その瞬間、周りの音が、駅の雑踏が消えて、静かにゆっくり時間が流れた。


そんな気がしてけれど、実際はほんの一瞬だった。

赫い光の中で、私が見下ろして、彼は見上げた。


ゆっくりと階段を下りて、彼を取り巻く輪に近づいていく。

沢田が『勝ったよ』と告げた時には、皆と一緒に歓喜して思わず声を上げた。


奥山くんの告白に対する答えも以外だった。

もっと暴力的かと思っていた。

『強くなれる気がした』と、自分の弱さを打ち明けた奥山くんに、彼が言った言葉が印象的だった。


『それが切っ掛けで頑張れるって言うか、踏ん張れるってなら、強くなったって事で良いんじゃねえの』

 根性とか精神論で、弱者の言葉など吐き捨てるのかと思っていた。私の勝手な思い込みだったのだけど、確かに印象は変わった。


独特な音でポテトが揚がった事を知らせるブザーが聞こえて来る。テーブルの向かいの沢田の問いに、上手く答えられずに、逆に訊いた。


「青野先輩、遅いね」

沢田が軽薄に笑って誤魔化そうとする。

「いや、何か急用みたいだよ」と、曖昧に答える。

いつ知ったのかと思ったが、悟ったように「さっき、トイレ行った時に、ね」と、付け足した。

誰も深く追求しないけれど、沢田の言葉で、まだ、終わってないのだと知った。


「やっぱり、私もチーズバーガー食べようかな」そう言って席を立った。

私が抜けた席で、市村がまた沙希に怒られて、皆が笑う。

笑い声が一抹の不安と共に、ファーストフード店の雑踏に消える。


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