捕食
逃走を図ったジェイドは全身を襲う痛みに耐えながらも必死に森の中を走っていた。
完全な敗北を喫し、更には右腕も失った。
だがそれでも再起は不可能ではない。
惨めな思いは何度だって味わった。
守るべき物を見捨て、誇りを失ってなお立ち上がり続けた。
アネモヴロホは完全に壊滅。
恐らく部下たちも皆殺されるか捕まるかしているだろう。
ルイ・フォルティシモに掛かれば造作もなく鎮圧されているはずだ。
完全に一人、ロッツ・バルザーニにも相手にはされないだろう。
だがそれでも、何度でも……。
不意に人影が現れ、ジェイドは足を止めた。
普通の人間なら無視するか殺すかするのだがそうしなかったのは現れたのが見知った人物だったからだ。
「久しぶりですね、残念ながら元気ではなさそうですが」
「会いたくなかったぜ。アンタには」
ジェイドの前に現れたのは巨大な馬を連れたセリカだった。
「そりゃそうだよな。アンタはルイの専属メイドだったんだから居るに決まってんだよな……で、俺に何か用か?」
「強かったでしょう、御坊ちゃまは。恐らく現在の魔族の中ではトップクラス……そして人間の中でも指折り数える程の実力者になっています。ただし、まだ経験不足ですけど」
「だな、俺は良い経験値稼ぎに使われたって訳だ」
「そうですね。貴方が現れたのは非常に良いタイミングでした。御坊ちゃまが本物の実戦を体験するには丁度良い相手でしたからね」
ジェイドは何故ルイが本気を出さなかったのか、その本当の理由が何なのかを理解した。
それは苦戦を経験することだったのだ。
敢えて魔族としての力を制限することで自ら苦戦を演出し、アルマ・テールムと魔法のみで戦った。
生まれながらの強者が苦戦を経験するには自ら敵と同じレベルで戦わなければならない。
必死に修練してそのレベルの強さを身に付けた者としては全く巫山戯た話だとジェイドは思った。
「少しばかり、貴方を労っておこうと思いまして。感謝していますよ、このタイミングで御坊ちゃまの前に立ちはだかってくれて」
「……アンタ、何を企んでいる。あの魔王の息子を使って何をするつもりなんだ」
セリカの物言いに嫌な物を感じたジェイドは後退りしながらそう質問をした。
「そうですね、あの方には私たちの王になって頂きたいと思っているのです。真の絶対者、真の魔王に」
「魔王だと? だがヤツは支配者の器ではないだろう」
ルイと戦ったジェイドだからこそ分かるものがある。
ルイは支配者にはまるで向いていない。
彼は自らの手で自分の道を切り開く力を持っているとは感じるが、多くを支配する者にはなれない。
「ジェイド殿、王とは支配者のことではありませんよ。我々の王というのは先導者のことです。古き者たちを新たな時代に導いてくれる……私は御坊ちゃまにそれを期待しているのです」
「成程、それが真の魔王の姿だとアンタは思うんだな。そんで、その時代にはアンタの姿はあるのかい?」
セリカが魔族の中でもかなり古い存在であることをジェイドは知っている。
時代が変われば古き者は消え去る運命にある。
セリカが語るその新しい時代に自分の姿はないだろうなとジェイドは感じ取っていた。
「どうでしょうかね……ああ、そんなことよりも少しお腹が空きました」
セリカがそう口にした瞬間、ジェイドは身体が動かなくっていることに気がついた。
足下を見てみれば地面から伸びてきた根が自らを侵食しているではないか。
「まぁ、こうなるわな」
セリカが現れた瞬間からこうなる予感はしていた。
魔族は人間を喰らうことによって強くなるが、最も古い魔族は魔族を喰らうことで強くなる。
神々に見捨てられ、魔に魅入られた一族。
その最も古い魔族の一人であるセリカは魔族を喰らいその力を取り込むことが出来るのだった。
セリカの白乳色の髪に飾られた赤い花の髪飾りが急激に肥大化する。
そして歪な異形の姿……巨大な花の怪物に変貌したセリカはジェイドを一口で飲み込んだ。
(なぁ、母ちゃん……結局俺はダメだったよ。強くなろうと頑張ったけどここが限界みたいだ。けど、不思議と悪い気はしないんだよな。きっとアイツなら俺が見れなかった強さの向こうにあるものを見ることが出来るだろうからな。あの戦いの中でアイツはきっと色んなものを掴み取った。後はアイツに全てを託すだけだ。ルイ・フォルティシモ、魔王の息子よ。お前はその手で新たな世界を切り拓いていけ)
そしてジェイドはセリカの中に取り込まれていった。
元の人間の姿に戻ったセリカはラファールを連れて街へと戻っていった。
森は元の静寂さを取り戻し、何事もなかったかの様に風に靡いた。




