限界領域
ジェイドの魔力が高まっていることをルイは肌で感じ取っていた。
「やるのか、アレを」
戦闘態となった魔族には魔力を使って肉体を強化する能力がある。
正確には肉体そのものではなく出力のみを強化する。
魔力を使えば使う程にその力はリミッターを超えて際限なく上昇し続けるが、肉体強度自体は変わらない為自らのチカラによって肉体が崩壊する可能性もある諸刃の剣となる。
魔族たちはこれの能力をトランセンドと呼びギリギリの戦いの中で僅かでも相手を上回るために使用する。
不可視の猛攻に更なる速度が加わり、遂にそれはルイの反応速度を上回り始めた。
術式による攻撃感知はルイにダイレクトで伝わってくるが、障壁の展開が遅れる矢継ぎ早の二撃目で僅かに回避が間に合わなくなっている。
魔力を纏うことで防御力を上げてはいるが障壁で防げる攻撃でも術式を組んでいないただの魔力では防ぐことは出来ない。
追い詰められた、とルイは感じていた。
このままでは反撃の糸口を掴むことは出来ない。
(戦闘態になるか……いや、人に見られるのはマズイ。もっと相手の動きを観察するんだ。必ず突破口はある)
透明化は無敵に思える能力だが無論弱点はある。
それは持続時間だ。
ジェイドは一度攻撃をした後は必ず姿を現す。
そして再び透明化するまでに二秒のタイムラグがある。
恐らくはそれが透明化能力の限界値であり、そして弱点でもある。
透明化がなければ実力はルイの方が上だ。
攻撃後のジェイドが姿を現すタイミングを上手く叩くしか勝つ術はない。
(持久戦に持ち込めば勝率はかなり上がるがそんな勝ちに意味は無い。全力のコイツを制してきっちり勝つ)
ルイはジェイドの動きを掴むために視覚以外の情報を感じようと試みた。
音、匂い、触覚。
それらを頼りに攻撃の流れを掴もうとする。
攻撃の流れ、動きの流れ……そう、人の動きには一連の流れがある。
ジェイドの攻撃も例外ではなく規則的な流れの中に存在している。
タイミングやリズムをずらしても流れは変わらない。
(分かるぞ、攻撃の流れ……少しずつだが防御のタイミングが合ってきている)
何となくではあるがルイはジェイドの攻撃を防げる様になっていた。
自動障壁の攻撃感知に頼らず感覚で動いている。
「何だ、何があった……俺の攻撃が防がれつつある。どうなってやがる」
攻撃を剣で防がれる様になりジェイドは戸惑った。
完全な優勢が徐々に揺るぎつつあると感じている。
だと言うのに今現在、ジェイドのテンションは最高潮に達していた。
(対応されている。俺が長年積み上げてきた必殺の戦法が。絶対優勢の透明化能力が……魔王の息子であるが故の才能とセンスか。面白ぇ、こうなりゃとことんやってやろうじゃねぇかよ!)
ジェイドの肉体が悲鳴を上げ、骨や肉が軋み始める。
激しく動くたびに内臓がひっくり返る様な感覚に襲われ血管が破裂しそうな程に血液が流れる。
それでもジェイドは攻撃を止めることはなかった。
透明化の度に魔力は消費されていく。
それと同時にトラセンドによる魔力消費もバカにならない。
そんなジェイドとは対照的にルイは攻撃に対応し始めたことによって余裕が生まれつつあった。
(この感じ、はっきりと分かる。アルマ・テールム……僕のメティス・エペの力だ)
アルマ・テールムは魂の形を武器として具現化する魔法だが、魂が進化することによって特殊な力に目覚めることが出来る。
魔族の戦闘態、そして特殊能力に対応すべく開発されたこの魔法は魂と肉体を強くリンクさせることによって魂の成長と共に肉体も強くなり闘神戦技という強力な戦闘技能の使用を可能とする。
そしてその変化は武器の方にも起こる。
アルマ・テールムの第一段階が武器の具現化ならば、第二段階は魂の力を能力として発現させることだ。
今、ルイに起こっている変化は正しくこの能力の発現だった。
(明らかに変わった。今、僕の中で大きな変化が起こったんだ。魔族としての力じゃない……これがアルマ・テールムの力か)
ルイは今、ジェイドの動きの流れを完全に把握していた。
手に取るように分かる、攻撃、離脱、そして息継ぎをする様に透明化を解除して再びの透明化。
その攻撃からの一連の流れ。
川の流れの様に、雲の流れの様にどこから来てどこへ行くのか。
ルイは完全にその流れを掴み取っていた。
「行くぞ、ルイ・フォルティシモ! 全開攻撃だ、コイツで仕留めてやる」
ジェイドはトラセンドの強化を限界領域まで引き上げる。
肉体が崩壊しない限界ギリギリの強化によって身体能力は飛躍的に上がるが、それに伴う苦痛は更に上乗せされている。
歯を食い縛りすぎて奥歯が砕ける。
構わない、目の前の敵を倒せさえすれば。
(魔王の息子、お前を倒すことで俺は証明する。己の強さを、そして己の正しさを)
ジェイドは魔族としてただひたすらに強さを追い求めていた。
(全てを失ったあのときから俺は……)
ジェイドの脳裏に浮かぶのは同族によって陵辱された母の姿だった。
強ければ助けることができた。
弱かったから何もできなかった。
故に弱さは罪であり恥であると心に刻み強さを求めた。
魔王城が陥落したときもそうだ。
ジェイドが勇者よりも強ければあの居場所と地位を失うことはなかった。
そしてこの強烈な喪失感を味わうことはなかった。
ジェイドは針を二本射出した後、翅を動かして加速。
先に放った針を追い越してルイの背後に周り、瞬時に再生させた針で心臓を狙った。
(不可視の挟み撃ちだ。絶対に避けることはできない)
倒せるというジェイドの確信は次の瞬間、霧散する。
ルイはジェイドの方を振り向きバックステップ、射出した針の射線から外れながらジェイドと距離をとった。
内心で悪態を吐きながら追撃するジェイド。
ルイを襲う不可視の猛攻は見えているかの様に全て防がれてしまった。
そして時間切れ、ジェイドの透明化は解ける。
「しまっ……!」
トラセンドによって肉体を限界まで酷使したジェイドに反撃の一撃が炸裂する。
「闘神戦技、グリントスラッシュ」
閃光の斬撃がジェイドを斬り裂く。
僅かに……ほんの僅かに残っていた余力を使って回避を試みるもジェイドは右腕を斬り落とされた。
(ようやく分かった……俺が今まで失ってきたものは居場所でも地位でもない、俺は逃げ出す度に……目の前の立ち向かうべき現実から目を逸らす度に誇りを失っていたんだ)
ジェイドは糸の切れた人形の様に両膝を突く。
完全な敗北、死力を尽くして戦ったジェイドは魔王の息子との力の差を前にして敢えなく敗れ去った。
「よくここまで能力を仕上げたものだ。流石は父上が認めただけはあるな」
「褒められたって何にも嬉しくねぇよ……クソが。ピンピンしやがって、こっちは死ぬ気でやったんだぞ」
ジェイドの言う通り、激闘の後にしてはルイはかなり元気に見えた。
「さて、それじゃあロッツ・バルザーニについて教えて貰おうかな。ヤツは何処にいる」
「居場所を聞いてどうするつもりだ?」
「賞金首だからな。捕まえて路銀の足しにするつもりだ」
ルイは大真面目にそう答えると、ジェイドは腹の底から可笑しいものを見たかの様に笑い出した。
「ククク、あのバルザーニをただの賞金首扱いとは流石魔王の息子だな。だが敢えて忠告するぞ、やめておけ。魔王が力の権化ならバルザーニは悪の化身だ。魔族は強い者にしか従わない。そしてバルザーニは多くの魔族を従え、その中には魔王の配下に加わらなかった者もいる。この意味がお前になら分かるだろう」
つまりロッツ・バルザーニの持つ力はある意味では魔王を上回るということになる。
ルイは正しくジェイドが伝えようとすることを理解した。
「成程、つまりは狩り甲斐のある標的ということだな」
「フン、お前がその気なら止めはしねーよ。だがまぁ、そうだな。お前なら案外やれるのかもな」
ジェイドはルイが本気を出していないことに気がついていた。
ジェイドとの戦いでは見せなかった奥の手があることを感じ取っており、それを使われたらまるで歯が立たなかっただろうと分かっていた。
それでも最後まで戦ったのは意地があったからだ。
「ロッツ・バルザーニ、奴は用心深いヤツだ。人前に姿を見せることは決してない。唯一無二の腹心のみがその姿を知っていると言われているが、その腹心すらも誰なのか分かっていない。下部組織に接触してくるのは連絡要員だけだ」
「つまり居場所は知らないと」
「そーいうことだよ、残念だったな。お前の思い通りにはいかないってことさ。あばよ、王子様!」
突如ジェイドは残った左腕で煙幕を放出し始めた。
しまった、とルイが思った時には既にその姿を消していた。
「全く、逃げ隠れが上手いやつだ」
ルイはジェイドを追跡するつもりはなかった。
探そうと思えば探すことは出来たが、意味がないと感じたのだ。
それよりも、とルイは無惨な姿となったパウエルの遺体に目を向けた。
「誰か、彼を弔ってやってくれ」
そう言うと戦いを見ていた者の一人が進み出た。
「この男も街を襲ったならず者の一味なのだろう。先ずは遺体をギルドに預けたらどうだね」
「死ねば皆神々の膝下へ召されるのだ。弔ってやるのが当たり前ではないのか?」
ルイの言葉を聞いて幾人かの信徒らしき人々がパウエルを弔うべく動き出した。
彼らの姿を見てルイは思う。
(僕は強くなってる。昔よりもずっと……だがこの強さに何の意味があるんだ)
パウエルは故郷を元の姿に戻そうとして結果命を落とした。
ジェイドは強さを追い求めながらも多くの物を失った。
己自身はどうだろうか。
ルイにとって強さとは目的ではなくあくまでも何かを掴むための手段の一つに過ぎないと考えている。
ルイにとっては金も権力も強さも同等の価値を持つ。
故に今ルイは金を稼ごうとしているのだ。
「強さに溺れればいつか破滅する、か」
昔誰かが教えてくれた言葉だ。
誰が教えてくれたのか覚えていないが、今でもルイの胸の中にしっかりと刻み込まれている。
戦いが終わり、街の住人たちはあれやこれやと大騒ぎだ。
片付けをする者、大切な人を探している者。
そんな雑踏の中に紛れてナナコが姿を現した。
「こっちは大体片付いたわよ。そっちも終わった様ね」
「僕の方はまんまと逃げられたよ。報酬が減っちゃうかな」
「いいじゃない、大した怪我も無さそうだし。生きてるだけで儲け物でしょ」
「ま、そうかもな。それじゃあ早速ギルドに顔を出してみるか」
「そうね、山分けの約束忘れないでよ」
ルイとナナコは並んでギルドへと向かっていった。
二人が互いに敵対せざる関係であることをまだ知らないまま。




