弱き者の強さ
魔族の世界は強者こそが正義の世界だ。
彼らにとってこの理こそが絶対であり、強さこそが支配者の証でもあった。
魔王が現れる前の時代からセルレーム大陸の北東部にはどの国の領土にも入っていない秘境があり、そこには魔族たちが住む大きな集落があった。
その名も無き集落に住む者は全員が魔族であり、幼かったジェイドもその集落の住人だった。
生まれながらの固有能力持ち、しかしながら透明化の能力は臆病者の能力だと馬鹿にされ続けていた。
「また虐められたの? 本当にしょうがない子ね」
ジェイドの母はボロボロの姿になって帰ってきた息子をそう言ってよく慰めていた。
そして魔王が現れたあの日、ジェイドは強さに憧れを抱く様になっていた。
戦っている姿を見ずとも魔王が最高クラスの強者であることは明らかであり、その男が魔族の未来のために人間と戦うのだと口にした日からジェイドは魔王に仕えることを決意した。
ジェイドは揺るぎない強さを手にするべく修練を積み、己の力を研究した。
そして彼が辿り着いた答えこそが正しくこの透明化能力を利用した戦闘方法だった。
「次は全力で行かせて貰うぞ。小僧とは言えテメェはあの魔王の息子だからなぁ」
ジェイドはルイが幼い頃からデレクとアイリーンの二人から剣術と魔法の指導を受けていたことを知っていた。
そして以上なまでの速度で成長していっていたことも。
ジェイドに油断も慢心も存在しなかった。
新たな魔王の座に着くという夢は生半可な覚悟では目指せない。
だが強者の血肉、魔王の息子であるルイを喰らうことでその目標に大きく近づけるだろう。
例え才能に溢れた強者であっても今の自分ならば全力を出せばルイを圧倒出来るとジェイドはそう考えていた。
全身を黒い魔力の殻で覆いその姿を大きく変貌させる。
戦闘態になればより戦いに特化した姿となり、魔族はその力を大きく増加させることが出来る。
そしてジェイドクラスの魔族になれば固有能力を最大限に活かすことの出来る姿へと変化する。
その姿は人間とはかけ離れた怪物の姿だった。
背中から生えているのは四枚の虫の翅。
全体的に身体が縮み、その代わり両腕には鋭利な針が伸びている。
ルイはその姿を一目見ただけでジェイドの得意な戦法を看破した。
透明化能力を最大限に活かした一撃離脱戦法。
ルイの背筋にゾクリと怖気が走る。
「来るか……」
ルイは集中し、精神を研ぎ澄ませて待ち構える。
速度で上回られているため逃げることは難しい上に、透明化の能力によって何処からどの様な攻撃が来るかも分からない。
ジェイドは身体を透明化させた。
実体が消えた訳ではなくただ姿が見えなくなるだけであり、視覚に作用する能力であることは既に見抜いている。
だがその能力のカラクリを解かなければルイに勝利はない。
闇雲に広範囲に広がる魔法で攻撃しても恐らくは無意味だろう。
魔王軍の幹部だった男がその程度の攻撃に対して対策をしていない訳がない。
音もなければ空気の揺らぎすらも感じないが、刺し貫いてくる様な殺意ははっきりと感じている。
そしてルイは背後から心臓を目掛けて攻撃してきた感覚を覚えた。
「何だと……!」
これに驚いたのはルイではなくジェイドだった。
動揺したジェイドに生じた隙をルイが見逃すはずもなく、攻撃された方向に向かって刺突した。
が、鋒に感触はなかったので上手く躱わされた様だった。
何故ルイが背後からの攻撃を受けなかったのかと言えば、それは事前にとある魔法を使っていたからだった。
ジェイドの攻撃はピンポイントで張られた障壁によって阻まれていたのだ。
「お前も見覚えがあるだろう。これは僕が最初に教えてもらった魔法の一つさ」
「アイリーンの自動障壁、それも詠唱や発動モーション無しで……あの女が特別目を掛ける訳だ」
攻撃を防がれたジェイドは一瞬だけ姿を表してそして再び透明化する。
「だがその魔法は既に種が割れているぞ!」
再び透明化したジェイドによる攻撃が始まる。
ルイは攻撃方向を限定するために素早くステップして建物に背を向けた状態で待ち構えた。
ジェイドの攻撃はその一撃一撃が不可視の必殺だ。
見えないという優位性は相手に対して理不尽なまでの不利を押し付けてくる。
死が目前に迫ってくる様な状況の中でルイは額に汗を浮かべながらもその内心は高揚していた。
(いいぞ……この感じだ。この緊張感が欲しかったんだ。さぁ来てみろ、お前の力を見せてくれジェイド)
術式が攻撃を感知し、自動障壁が起動する。
そのタイミングを見計らっていたルイはメティス・エペを振って反撃した。
瞬間、硬い感触を感じたがその手応えは攻撃を当てたものではないと直ぐに気づく。
危機を察知したルイは全身に高強度の魔力を纏い咄嗟に身を捻った。
「グッ……」
その瞬間、不可視の攻撃がルイの脇腹を軽く抉った。
内臓には届いていないが筋肉を損傷し、凄まじい激痛が襲ってくる。
一度目の攻撃はジェイドが射出した針で二度目の攻撃こそが本命だったのだ。
「中々面白い芸当をするじゃないか」
まともに攻撃を受けたのは十年ぶり、デレクに稽古を付けて貰っていたとき以来だ。
痛みと共に緊張感は増す。
それと同時にこの状況を楽しんでいる自分がいることをルイは自覚していた。
「俺の想像通りだったな。アイリーンの自動障壁は一度目の発動と二度目の発動の間に僅かなタイムラグが生じる。高度な術式であるが故の欠陥だな」
そう指摘するジェイドだったが、内心ではルイの戦闘センスに舌を巻いていた。
(俺はこの一撃でコイツを仕留めるつもりだった……だが結果は掠っただけ、致命傷にもなっていない。何故避けられた? 俺の攻撃タイミングは完璧だったハズだ。反射神経? イヤ、有り得ねぇ)
ジェイドは会心の攻撃を回避されたことを単なる偶然だとは考えなかった。
何か仕組みがあるのではないかと疑ったのだ。
そしてその考えは正解だった。
ルイがジェイドの攻撃を避けれたのは仕掛けがあったからだ。
(お前のいう通りこの術式には欠陥がある。だが、この術式の最も優れた部分……本質は防御じゃない。攻撃を感知する機能にあるんだ)
ルイがこの術式をチョイスした理由は自動で攻撃を察知する部分にあった。
障壁の連続展開は確かにラグが発生するのだが、探知そのものは機能している。
ルイは術式の探知機能を利用して攻撃を回避したり攻撃方向を特定して反撃したりしていたのだった。
ジェイドは透明化の能力を駆使して攻撃を幾度となく仕掛けた。
見えないと言うことは常に攻撃が死角からの先制攻撃になると言うことだ。
つまりは全ての攻撃が一撃必殺になり得るということなのだがその尽くを紙一重で躱される。
(対応されている……いや、僅かだがダメージは入っている。俺の優位性は揺らがない。だと言うのに何だ、この焦りは)
戦いは互いの神経を削り合う様な持久戦へと変わっていった。
だが不可視という優位性を持つジェイドからすればこの状況は有り得ないものだったのだ。
押し切れないという苛立ちはやがて焦りへと転換されていき、それが精神的な負荷へと繋がっていく。
(ルイ・フォルティシモ、魔王の息子よ。何故お前は今俺の前に現れたんだ。あのとき魔王城から逃げた俺への当て付けか? クソッ、何が何だか分からなくなってくるぜ)
勇者たちが魔王城に侵攻してきたあの日、ジェイドは戦わずに逃げ出していた。
彼はそのことを後悔してはいないし負い目を感じてもいない。
寧ろあのとき戦わなくて良かったとさえ思っている。
(俺を尻尾巻いて逃げ出した腰抜けだとか言う奴もいたがそれはあの勇者を見てないからだ。アレは人間なんかじゃない……別格だった。魔王なんかよりもずっと上の領域に登り詰めた存在だった)
遠目から勇者を見たときジェイドは生まれて初めて己の死を予感した。
恐怖すらも消し飛ばしてしまう程の死の気配。
勝つとか負けるとかのレベルではない、絶対的な何か。
それを感じたとき、ジェイドは迷わず逃げることを選んだのだ。
(俺の選択は正しかった。確かに魔王の幹部から人間の手先にならざるを得なかったのは業腹だがそれでも間違いはなかった)
生きている限り再び誇りある強い魔族として再起出来る。
ジェイドはそう信じていた……ついさっきまでは。
(魔王の息子よ、お前はそんな俺を否定するつもりなのか? あのとき逃げ出した俺を弱者だと嘲笑うつもりなのか?)
ルイは間違いなく生まれながらの強者だ。
生まれ持った才能のレベルが他とはまるで違う。
そしてジェイドは今そんなルイを倒すことが出来ずにいる。
(だったら俺はそんなお前を否定してやる。見せてやるよ……弱き者の強さってヤツをな!!)




