襲撃
パウエルはオルゼスの街に恨みを抱いていた。
土地や仲間を奪われることは自分の人生を奪われることに等しい痛みだ。
恨むなというのも無理な話だった。
街へと帰る前に出会ったルイという少年のあの言葉を聞いてパウエルは心を固めていた。
ルイと別れた後、パウエルは同じく土地を奪われた仲間を連れてとある場所に訪れた。
そこは街外れの潰れた集落であり、数年前から人が住まなくなった場所だった。
今現在そこに居座っているのは皆、盗賊などのならずものばかりだった。
「ジェイド殿に取り継いで頂きたい」
見張をしているジェイドの部下にパウエルがそう伝えると、その男の使い魔らしき兎が建物の方へ駆けて行った。
暫くするとモヒカン頭で目つきの悪い男が現れた。
「パウエルか。待ちくたびれたぜ、お前の返事をよ」
「ああ、我々もアンタたちに加わることにする」
「ククク、いいのかい? 同じ人間同士なんだろ」
「覚悟は既に出来ている。例えこの手で人の命を奪うことになろうと構わない」
己が悪の道に堕ちることは承知の上であった。
それ程の覚悟がなければ奪い返すことは出来ないとパウエルは思っていた。
ジェイドの配下は現在三十人程度だ。
元からいた魔王軍時代の部下三人、そしてこの近辺で悪さをしていた魔族が八人。
残りのメンバーは人間であり、皆盗賊だった者たちだった。
彼らが本物の悪人であることは見るだけで分かる。
纏っている雰囲気が違う、目つきが違う。
荒んだ様な、濁った様なその目つきにパウエルは嫌悪感を抱かざるを得なかったが、彼らと共に街を襲うということは自分も限りなく彼らに近づくことに他ならないのだと自覚していた。
「いいだろう。倉庫から好きな武器を選んで持っていけ。作戦は明日の昼決行だ。ロッツ・バルザーニの名の下に人間どもに恐怖を刻み込んでやる」
ゾクリと背筋が凍える様な感じがした。
パウエルは荒事に疎い男であるが、それでもこのジェイドという男が恐ろしく強いことは何となく感じ取れた。
これからあの街は凄惨な殺戮劇が始まる。
それを止めることもう誰にも出来なかった。
そして翌日、ジェイド一行はオルゼスへと向かった。
街は相変わらず賑わっており、多くの人々が行き交っている。
若い労働者、子連れの女性に老夫婦。
誰も彼もが数年前にやってきた人々だ。
忙しそうにする者や幸せそうな者を見てパウエルは激しい憎悪を抱いた。
(どいつもこいつも我が物顔で歩きやがって……ここは俺たちの土地なんだぞ。許せん、穢らわしい簒奪者どもめ。俺たちが皆殺しにしてやる)
パウエルは人通りの多い場所を狙って爆弾を投げた。
耳をつんざく爆発音と閃光が共に広がると同時に幾人もの人が瞬時に物言わぬ肉塊と化した。
その光景を目にしたパウエルたちは自分たちがしたことの恐ろしさに怯むが、側にいるジェイドから放たれるプレッシャーが引くことを許さない。
(そうだ……俺たちは奪われたんだ。こいつらに俺たちの人生を奪われたんだ。だから、やってやる……やってやるしかない)
パウエルは無言で武器である大槌を取り出して、己を鼓舞すべく雄叫びを上げた。
「お前ら行くぞぉぉぉぉ!」
パウエルの仲間たちもそれに呼応してそれぞれ武器を取り出して住民たちに襲いかかった。
怒号と悲鳴が鳴り響く。
パウエルは勢いに任せて近くにいた男に大槌を振り回した。
硬いゴムを叩いた様な不快な感触と共に男が地面に倒れ伏す。
手に伝わる感触が罪悪感を呼び起こすが、それを憎悪の炎で黒く塗りつぶしてパウエルは次々と襲いかかって行った。
その様子を確認したジェイドは高い建造物の上に登り、大声で住民たちに呼びかけた。
「我々はロッツ・バルザーニ! 破壊と殺戮を繰り返し貴様らに恐怖を与える存在だ。聞け、哀れな人間どもよ。お前たちは今日ここで死ぬ。抵抗も、逃げることも全て無駄だと知れ。その身に恐怖を刻み込み、苦しみを味わいながら死んでいけ」
そしてジェイドが視線を下に向けると、五人の衛兵たちが杖を構えていた。
「貴様、ロッツ・バルザーニにの配下だな! 無駄な抵抗をせず大人しく降りてこい」
ジェイドは彼らを一瞥して鼻を鳴らした。
「あれは最新式の兵器だな。単杖とかいうやつか……だからなんだという感じだが」
単杖は魔力の弾飛ばす術式が刻まれた誰にでも扱える杖だ。しかし肉体強度に優れる魔獣や魔物に対しては有効であると言い難かった。
「容赦はせんぞ、撃て!」
号令と共に衛兵たちは一斉に魔弾を発射した。
幾つもの魔弾がジェイドに襲いかかるが、それらは全て身に纏う魔力によって阻まれた。
「雑魚どもが、ただの魔力も貫けねぇんじゃ話にならねえよ」
建物から飛び降りたジェイドは降りながら壁を蹴って加速し、そして姿を消した。
「き、消えた!?」
衛兵たちは見えなくなったジェイドに戸惑い、その姿を探そうと必死に辺りを見回した。
「ぎゃあ!」
すると衛兵の一人が悲鳴を上げて倒れ伏した。
「何だ、何が起きている」
倒れた衛兵を見れば一撃で胸部を貫かれているのが分かった。
ジェイドは全くの丸腰であり、武器の類は持っていない。
一体何が起きているのか衛兵たちには理解出来なかった。
そして一人、また一人と悲鳴を上げて倒れていく。
ジェイドの姿は見えない。
あまりにも速すぎて姿が見えないのか、それとも常に死角を突かれているのか。
ジェイドが姿を現したときには最後の一人が胸を貫かれたときだった。
ジェイドは全員の胸部を貫くと同時に心臓を抉り出しており、その全員分の心臓を左手で束ねる様にして持っていた。
そしてそれに齧り付く。
鋭い歯で弾力のある心臓を噛み切り、咀嚼して飲み込む。
「ば、化け物だ……」
そんなジェイドの姿を見た住人たちは恐れ慄き悲鳴を上げて逃げ惑った。
「おいおい、そんな風に逃げてくれちゃあ狙ってくれと言ってる様なもんじゃねえか」
早々と五人分の心臓を食べ切ったジェイドは地面の石畳を叩き割り、粉砕されて小さくなった瓦礫を数個掌に乗せてそれに魔力を込めた。
そして大きく振りかぶって小石を投擲。
単杖から放たれた魔弾以上の威力で投擲された小石に当たった住人たちは肉片を撒き散らしてバタバタと倒れて行った。
「ほらもう一丁」
ジェイドからすれば狩猟よりも簡単な的当てゲームの様なものだった。
二度の投擲で一気に十人以上の命を奪ったジェイドは意気揚々と次の獲物を探そうと辺りを見回した。
そこで視界に入ったのは四人の冒険者であり、手練の雰囲気をその身に纏っている感じだった。
「貴様、人喰いの魔族だな。ロッツ・バルザーニの名を出していたそうだが、何が目的だ」
冒険者パーティーのリーダー格らしい重装戦士が、ギロリと睨みを効かせてそう質問を投げてきた。
「目的? そんなの決まってんだろ。破壊と殺戮、それだけだよ」
「そうか」
冒険者たちは武器を構えてそれ以上言葉はいらないと態度で示した。
そして先ずは前衛の剣士が先制を取る。
アルマ・テールムで形成した曲刀を構え、ジェイドに斬りかかった。
動きが速いと感じたジェイドは一旦大きく交代する。
剣士はそれを追いかけることなく、後衛の魔女に追撃を任せた。
「チェイシング・バレット」
魔女の杖から放たれた六発の魔法弾がジェイドを追尾する。
それらをジェイドは魔力を練り上げた両腕で叩き落とすが、そこから更に剣士が接近して鋭い斬撃を放った。
本来ならば岩石を両断できる威力の剣戟であったが、ジェイドはそれを片手で受け止めた。
「馬鹿な……」
「甘いんだよな、魔力の練り方がよ」
不味いと感じた重装戦士の男が雄叫びを上げながらジェイドの脇腹を槍で狙う。
その攻撃を察知したジェイドは舌打ちしつつ剣士を足蹴にした反動で槍を回避した。
「皆さん、お待たせしました。封魔結界」
後衛に控えていた僧侶の女が神聖術の一つである結界によってジェイドの動きを封じ込めた。
神々の力を借りる神聖術は魔族にとっての弱点でありその術師は天敵である。
これによっと生まれた大きな隙を活かすべく冒険者たちは一斉に攻撃した。
集団リンチじみた一斉攻撃によってカタがつくと思った冒険者たちだったが、その思いは瓦礫が砕ける音によって崩れ去った。
ジェイドは全ての攻撃を練り上げた魔力で受け止めつつ、地面を強く蹴って瓦礫を前方に飛ばした。
そして飛んでいった瓦礫は後方に控えていた信徒の女に直撃し、一撃でその脳天を砕いて絶命させる。
その瞬間、完全な自由を取り戻したジェイドは高速で動きその場を離れて姿を消した。
「な、野郎よくもやりやがったな! クソ、何処に行きやがった」
仲間がやられたことに憤りながらも姿を消したジェイドを探そうと冒険者たちは先程の衛兵と同じく周囲を見回す。
「こっちだ馬鹿」
声がした方を振り向くと、重装戦士の首が手刀で刎ねられていた。
「テメェーー!」
完全にキレた剣士は無我夢中で襲いかかるも、冷静さを欠いた動きではジェイドに敵うはずもなくなす術なく胸部を貫かれ心臓を引き抜かれた。
「ひ、ひぃ……」
次々と仲間が斃され自分一人になった魔女は腰を抜かして立ち上がれなくなっていた。
「どんなもんかと思ったがお前ら全然駄目だわ。基本がなってねぇよ。どいつもこいつも魔力がまるで練れてねぇ。ただ纏ってればいいって訳じゃねぇんだよ」
魔力は練り上げれば防御力が上がり、攻撃時には威力を上げる効果を得られる。
そしてそれは魔法を使う時も同様であり、同じ術でも練られた魔法とそうでない魔法では威力に大きな差があるのだ。
「お、お願いします、命だけは」
腰を抜かした魔女は必死に命乞いをするが、ジェイドがそれを見て憐れに思うことなどなかった。
「何言ってんだ、お前は生きたまま食うに決まってんだろ。今回のメインディッシュだぜ」
強い魔力を持つ人間を捕食すればその分魔族は強くなると言われている。
冒険者たちの中でもこの魔女は頭ひとつ抜けて強い魔力を持っていた。
ジェイドはこの魔女を生きたまま食べるためにわざと殺さずに置いていたのだ。
「そ、そんなヤメて……」
魔女の悲鳴が鳴り響く。
既に住民たちはこの場から逃げ去っており、その凄惨な光景を目の当たりにした者は誰一人いなかった。




