ルイ・フォルティシモ
ルイ・フォルティシモ
眠りにつけばいつだって見るのは去っていった者たちの夢だった。
魔族最強の剣士、デレク。
廃滅の魔女、アイリーン。
そして父である魔王。
ルイは夢の中で彼らの背中を追い続けているばかりだ。
「待ってよ、僕を置いていかないでよ」
幼いルイは彼らを追いかけるも追い付くことは出来ない。
いつか肩を並べたかった彼らはもうこの世界にはいないのだから。
「まだこの夢を見るんだな」
目を覚ましたルイは少し痛む頭を抱えながら体を起こした。
魔王城で共に過ごした者たちは十年前に皆命を落とした。
もうあれから十年も経ったのに未だ彼らの姿を思い出してしまう。
デレクとアイリーンという二人の師を失い、そして父も勇者によって斃された。
あのとき生き残ったのはルイとセリカのみで他の者は皆勇者とその仲間たちに殺されてしまった。
「本来なら憎むべきなのだろうな、人間を」
だがそれでもルイは人を憎む気にはならなかった。
魔族と人間のハーフだからか、それともただ単に他者への情が薄いだけなのか。
自身でもよく分かっていないが、兎に角ルイは復讐心を抱くということはなかったのである。
だがそれでも勇者個人に対する感情は別だった。
人の身でありながら魔王を上回る力を手にした勇者に対しては畏敬の念を持つと同時に何か胸を締め付けられる様な気持ちにさせられるのだった。
ルイは勇者と魔王が対峙する場面に出会し、そしてその戦いの一部始終を見届けていた。
そしてそのとき覚えた感情は未だ胸の内に残っているのだった。
ルイはその感情の名前を知らない。
ルイには道徳心を説いてくれる人がいなかったからだ。
きっと旅を続けていけばその感情の名も分かるようになるだろう。
そんな期待を抱きつつ、ルイは出かける準備を始めた。
髪型を整え、服装を正して宿を出る。
一応セリカが部屋に戻ってきたときの為に書き置きを残しておいた。
ルイは生まれて初めて街へと繰り出す。
魔王の息子として生まれたときから魔王城の中で暮らし、魔王の死後はあの猛吹雪の結界に囲まれた森の屋敷で生活していた。
人生の殆どを引き篭もって生きていたルイにとって街へ出るという行為はかなり刺激的に感じるものだった。
弾むような足取りで小遣いを握り、街を闊歩するルイは目を輝かせて周りを見回した。
「やはり街というのは面白いな。見たことの無い物が沢山ある」
屋台に商店、それから様々な施設が所狭しと建ち並ぶ。
ルイがまず注目したのは香ばしい香りを漂わせる屋台だった。
「何を売ってるんだ?」
店主に話しかけたルイは串に刺さった物が何かを尋ねた。
「ピピベスのクットロ焼きさ。一本二百リロだよ」
この串に刺さった背びれのあるトカゲがピピベスらしいがクットロ焼きというのがどの様な焼き方なのか分からなかったルイはとにかくそれを食べてみることにした。
そしてルイはそれを二本買い、両手に持って散策を始めた。
街を歩けば冒険者風の人々や服が泥に塗れた鉱山労働者たちとすれ違う。
景色も音も匂いも何もかもが新鮮に感じられる。
「おお、あれが噴水というやつか」
散策しているうちにルイは広場へ辿り着いていた。
中心には円形の噴水があり、住民たちの憩いの場となっている様である。
そんな場所に一人、暗い表情で俯いている黒髪の少女の姿があった。
何となく気になったルイはその少女に話しかけることにした。
「そこの君、何か嫌なことでもあったのか」
見上げる様にしてルイを見た少女の頬には涙の跡が見えた。
「はい? まぁ、その……色々あって」
突然です話しかけられた少女はしどろもどろになっていた。
「結構強いだろ君、達人といった雰囲気だ。そんな君が何故そんな浮かない顔をしているのか気になってね」
「……そう言う貴方こそ、めっちゃ強いんじゃない。上手く偽装してるつもりだろうけど魔力で分かるわよ」
少女はジトっとした目でルイを見てきた。
「強いか、嬉しい言葉だね。僕はルイ、君は?」
「ナナコ」
「変わった名前だね。ナナコ、君の話を聞かせてくれないか」
何故いきなり話しかけてきた男に自分の話をしなければならないのかと内心疑問に思うナナコであったが、ルイの顔がそれなりに好みだったので彼に付き合うことにした。
「詳しいことは話せないけど、ついさっき酷い負け方をしたの。自分のプライドがズタズタになるくらいにね」
そこからナナコは自分が聖浄機関であることを隠しながら自分のことを語り始めた。
それを興味深そうに聞いたルイはナナコの持つ若さに似合わない達人の気配に得心がいった。
「なるほどね。中々波瀾万丈な人生じゃないか」
「でしょ? これでも結構苦労してんのよ。それで、今度は貴方の番だけど、私だけ話すのは不公平ってもんよね」
と言う感じで今度はルイが自分は魔王の息子であるということを隠して自分の過去を語った。
亡国の王子という設定で話をしたためナナコは目を丸くしたのだった。
「貴方が元々王子? まぁ確かに立ち居振る舞いとか雰囲気はちょっと高貴な感じがするけど……まぁいいわ、これ以上詮索はしない」
「助かるよ。きっとそれがお互いの為になる」
ルイはわざとらしく笑顔を作った。
魔王の息子ではあるので一応亡国の王子という話もあながち嘘ではない。
本当のことを知ればナナコは何も喋らなくなるどころか下手すれば敵対する羽目になるだろうという予感がルイにはあった。
「それはそうと君と仲間を倒したっていうその魔族。どんな奴なんだ?」
「メイド服を着た植物系の魔族だったわ。戦闘態すら見れなかったけど」
セリカだったかー、とルイは遠い目をした。
となるとナナコの素性も何となくルイは分かってきた。
冒険者ではなく聖浄機関の下っ端といったところだろう。
神の力を感じないことからルイは組織内ではナナコがまだ下っ端であると判断した。
聖浄機関は階級が上がるにつれて神の祝福を強く受ける様になる。
異国出身のナナコには強い信仰心がある訳では無さそうなので聖浄機関で成り上がることは恐らく難しいだろうなとルイは察した。
「まぁ、リベンジを果たしたいなら強くなる以外にないだろう。気分転換に歩かないか?」
ルイの誘いに乗ったナナコは立ち上がってルイに付いてきた。
「そうだ、これを一つあげよう」
「何これ、串焼き?」
「ピピベスのクットロ焼きだ」
「要らないわ、なんかキモいし」
そうか、とルイは残念そうに言いそれを齧った。
二人は並んで街を散策した。
街の景色をキョロキョロと見回しながらあれは何だこれは何だと質問してくるルイを見てナナコはまるで都会に出てきた田舎者みたいだなと思った。
「何だあの大きな建物は!」
興奮した様子でルイが指さしたのは最新鋭の建築法で建てられた施設だった。
「あれは冒険者ギルドよ。ちょっと立ち寄ってみる?」
「ああ、興味がある」
なるほど、これが冒険者ギルドというものかとルイは嬉しそうな様子で中へ入っていった。
「人が多いわね」
ルイと共に入ったナナコは大勢の人でごった返したギルド内を見て顔を顰めた。
ナナコは人混みがあまり好きではないのだ。
対してルイはやはり興味深そうに周囲を観察していた。
「あまり強そうではないが彼らは皆冒険者なのか?」
ギルドでたむろしている者たちを指してルイはナナコにそう尋ねた。
「……そうね、ギルド職員も何人かいるけど武装してる連中は大体冒険者だと思うわ。それと、人前であまり強くなさそうとか言うのは止めといた方がいいわよ」
「おっと、すまん。他者と関わるのも久しぶりだからついな」
戦闘用の装備を揃えた屈強な冒険者たちを見て強くなさそうと評したルイをナナコは少し恐ろしく感じた。
ルイの強さは未知数であるものの、隣で歩くだけで彼が強い戦士だということは何となく分かっていた。
まるで揺るがない魔力から感じる気配が尋常なものではない。
静かで、氷の様に冷たく研ぎ澄まされているのだ。
「ナナコ、あそこに似顔絵があるぞ。あれは何だ」
そんな気配を振り撒きながらルイは壁に貼ってある手配書を指差した。
「あれは賞金首ね。こいつは盗賊王ロッツ・バルザーニ、極悪人よ。それで隣は伝説の殺し屋、ローガン・キルシュタイン。どいつもこいつも関わらない方が良い様な連中ばかりよ」
「へぇ、このバルザーニという男はこの辺に居るのか」
ロッツ・バルザーニの手配書には彼に関する情報が記されていた。
「そうね、バルザーニは犯罪組織を作ってビークランド王国を中心に活動範囲を広げている、今一番危険な男よ」
ルイはそう説明されてしげしげと手配書を見つめた後にこう言った。
「報酬が良いな。こいつを生け取りにしたら三千万リロだか。ナナコ、どうしたらいいんだ」
「正気? 王国が手を焼く相手よ……ギルドに登録すれば簡単に報酬を受け取れると思うけど」
「よし、早速登録しよう。案内してくれ」
私は観光ガイドじゃないんだけど、と思いながらもナナコは受付の方までルイを案内した。
「ここで冒険者の登録が出来るのか?」
ルイは受付にいた年老いた男性にそう聞いた。
「そうだよお坊っちゃん。君も冒険者になりたいのかな?」
「ああ、誰でもなれると聞いたんでな」
「そうだな、この測定器で基準を超えることが出来ればなれるさ。ほれ、ここに手を置いてみな」
受付の老人がカウンターの下から取り出したのは水晶玉だった。
ルイは躊躇うことなく水晶玉の上に手を乗せた。
すると水晶は淡く発光して一瞬だが魔力がルイの体内を駆け巡った。
「ほう、これは面白いな。見てみな」
老人は水晶玉の機能で念写された紙を二人に見せてきた。
筋力B
敏捷B
持久力B
魔力B
魔法適正B
総合評価B
「こいつはちょっとした珍事だぜ、お前さんは全ての能力値が均一になっていやがる。気味が悪いくらいにな」
どうやらこの水晶玉の機能は手を置いた者の能力を測定する機能が備わっているらしい。
ルイの能力値は全てBということは全ての能力が高水準で均一になっているということだ。
通常人間は得て不得手があるのが普通であるのだが、ルイは不自然な程にそれがなかった。
「それで、僕は冒険者になれるのか?」
無論、ルイにとって能力値がどうのとかいう話はどうでも良かった。
重要なのはギルドに登録してライセンスを得られるかどうかなのだ。
「ああ、基準は十分に満たしている。ライセンスを発行するからちょいと待ってな」
受付の老人はカウンターから離れて奥の方へ引っ込んで行った。
「ねぇ、貴方ってホント何者なの? こんなことってあり得ないと思うんだけど」
「……あの水晶玉の魔道具は探知魔法と尋問用の魔法を応用して作られたものなんだ。水晶玉に手を乗せた瞬間そこから魔力が流れてくるのを感じた。僕はそのとき反射的に魔力で妨害してしまったんだ」
「そんなことが出来るの? じゃああの能力値は……」
「偽装されたものだ」
ナナコは思わずズッコケそうになった。
「それじゃあ測定した意味がないじゃない。能力値がもっと高い可能性もあったのに。高ければ高い程ランクの査定は有利なのよ」
「いや、誰かに実力の一端でも知られれば何れそれが不利な状況に繋がるかも知れない。自分の本当の強さは常に隠しておくべきだ」
「能あるたかは爪を隠すということかしら……」
これでナナコにとってルイの得体の知れなさが更に増してきた。
彼の正体を知りたいと思う反面、知ってしまえば何処か後戻り出来なくなる場所へ立ち入ってしまうのではないかという感じもする。
そうこうしている内に受付の老人が戻ってきた。
「ほら、こいつがライセンスだ。再発行には金がいるから無くすなよ」
「分かった、ありがとう」
ルイはライセンスを受け取ると、ナナコと共にギルドを出た。
「ありがとうナナコ、君のおかげで登録できたよ」
「別に、礼なんて言わなくていいわよ。私はただ貴方を放っておけなかっただけなんだから」
「そうか、ナナコはいい奴だな」
「わ、私はそんないい人とかじゃないわよ。貴方が話しかけてきたから相手してるだけなんだからね!」
頬を染めたナナコは照れ隠しにそっぽを向いてしまった。
「私、もう帰るから。先生の看病しなきゃだし……」
「おい、ちょっと」
ルイが帰ろうとしたナナコを呼び止めようとしたとき、近くで何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「何かしら」
「事件だな、行ってみよう」
ルイは強引にナナコの手を引いて走った。
「え、って速!」
ルイの走る速さはスピードに自信のあるナナコをして速いと思わせるものだった。
(ヤバい、足もつれる……何なのよもう)
もうどうにでもなれという感じでナナコはルイについて行ったのだった。




