教誨(きょうかい)など無く
【あらすじ】
仲間とともにアルバネヒト(通称・東国)を訪れたユンリは、亡き国王フェルディナンの姪、キアを救出。邪悪な魔物と同化するのを自ら望んだリシュア王妃を倒し、アイネスの兵士たちを撤退させることにも成功した。
異端者という偽りの汚名や指名手配は撤回され、名誉も回復して貰えたユンリは、嘗ての仲間と和解。小休止を挟んでからイエローエルフの守護竜イルヤンを倒し、シュノーブへ帰還したあとは、東国でパーティを組んでいた歩兵のコフォンとアイネスへ向かうことに。
手始めに、死灰竜が根城にしている王城のなかへ入れるか探ってみようと決めた二人だったが、待ち受けていたのは強力な障壁。なかには入れず、現れた大勢の死体に追い込まれてしまうも、城の様子を見に来ていた元・一糸のゼアに助けられて難を逃れる。
アイネスに来た理由をユンリとコフォンから教えて貰ったゼアは、アンシュタットが結界を張っている集落へ案内した。
ゼアが瞬間移動で往来できる道具を使ってくれたおかげで、難なくカロルに会えそうな流れになったが、地上で暮らす人々の心を陰鬱な気分にさせる、降りそうで降らない分厚い雲に覆われた曇り空が頭上にあるせいか、建物の数に違いがあることや針葉樹が植っていること、人が居る以外はこれといった変化が無いように感じる。
風は吹かず、気温は一定のまま。影が現れる方角も常に同じ。
(太陽が動いていない?)
地面を見て奇妙に思ったユンリは、先頭を歩くゼアに話しかける。
「なぁ、ちょっといいか?」
声をかけられた彼は立ち止まり、振り返る。
「便所?」
「まだ行く予定は無い。じゃなくて」
ユンリは空を仰ぎ見た。
「アイネスに夜はあるのか?」
ゼアは、やや気怠そうな目をした。
「わからねぇ。いつが朝なのかさえ全然てくらい、どんよりしたままだ。オレ様と嬢ちゃんが戻ったときには既にこうだったぜ」
三人は再び、一列の状態で歩く。
最後尾を歩くコフォンはゼアに、
「食糧は?」と訊ねた。
「何とか賄えてるが、このまま悪天候が何ヵ月も続けば作物が育たねぇ。雨は降るには降るけどよ、良いことなんざ何も無いぜ」
「飲み水にするか、生活用水として使うくらいですか」
ゼアは吐き捨てるように「はっ」と笑った。
「なるほど。他国とは条件が違うってか。
此処の集落はアンシュタットの結界が破られない限り安全だが、一番来てほしくないのは雨だな」
「豪雨災害でも起きるのか?」と、ユンリが訊ねる。
「そこまで酷い天候には遭ってねぇな」
コフォンは、
「魔物ですか?」と訊ねた。
「ご名答。出現するのは魔物ではなく、死族だけどな。
洞窟や遺跡へ逃げ込んだら安全って考えは捨てろよ?奴らの巣窟になっていなかった所が、次行ったらなってた話は何度も聴いた」
「ッ……」
「おまえらも結界の外へ出るときは準備万端にしてから行け。雨はいつ降るか、予測不可能だからな」
雨に濡れた状態で戦闘になると手が滑りやすくなったり、動きが鈍くなってしまう。体力を消耗する早さも侮れない。だが、それらはコフォンが防水効果を付与する水魔法を使えば解消できる。
困るのは、死族の体が魔術師だった場合だ。
アンシュタット一族のような高位の魔術師がもとになっていると倒すのに手間取る。集合体に襲われたら、ユンリとコフォンの二人だけでは勝率がぐっと下がる。
「そんで、もう一つ助言だ。危険度が最も高い地域は王城。二番目がこの辺りを含めた、首都から大して離れていない場所だ。厄介な魔物が現れる。
ッつうわけで、戦闘用の治療薬を作ろうにも、手に入る素材には限りがあってだな」
「!」
「探索するなら、消費するだけの活動は遠慮しろよ?」
ユンリはゼアに、
「教えてくれて有難う」と、素直に感謝を伝えた。
(……此処も、早々に解決したほうがいいな)
止まった時のなかに閉じ込められたような状態に耐えれず、精神が極限状態に来てしまった者が、屋外だけでも何人か見受けられる。ユンリは、この状況を生み出した原因が十二糸の糸を断ったエリカにあって、自分もそれに協力したという自覚はあるが、カロルが他国にしてきたことや創造主のイナバに逆らった罪がアイネスの民に降り注がれたとの見方もできると思い、同情を口にしなかった。
ゼアも、関係ない人々の不幸をエリカ個人が望んだわけではないのを知っている。
ユンリは「話は変わるけど」と言って質問。
「此処の指揮は、誰が執ってるんだ?」
国王のハバが死灰竜に姿を変えたいま、光がある方向を全体に指し示せる者が居るとすれば、思い浮かべる人物は一人だけ。ユンリは、軍を動かす権利を握っていたカロルが担ってると思った。
しかし、立ち止まって振り返ったゼアの口から出た名前は、想像したものとは違っていた。
「フレデリカ様だ」
「え?」
「アイネスでは、三人のお美しい妃様が役割を分担してたのさ。
第一王妃のアレイヤ様は王様の疲れたお心を癒やし、お世継ぎをご懐妊。訓育するのが仕事だった」
ユンリは移動速度を落としてコフォンの右に並び、「訓育って何だ?」と、小声で質問。「立派に育てることだよ」とコフォンは教えた。
ゼアは言う。
「第二王妃である嬢ちゃんは主に軍事方面と外交、侯爵としての仕事を兼任。第三王妃のフレデリカ様ってのは、王様のために、アイネスの領主や重臣たちのあいだを取り持つのが仕事だった」
「ハバ様から見て、カロルさんが一番ってわけじゃないのか」
ゼアは右手でガシガシと頭を掻く。
「あ〜〜〜〜。一夫多妻を勧めたのは嬢ちゃんからだぞ?」
ユンリは驚きのあまり、数秒間、絶句した。
「……王妃様というか、女性でも色んな人が居るんだな」
自尊心が人一倍強そうな印象を与えるカロルが、自ら立場を損ねることをするとは思わなかった。
「それだけどよ、嬢ちゃんのことを女っつう目で見るのは一番遠慮しろよ」
「体は女性、脳は男性ってやつなのか?」
「本人は女であるのを嫌ってるが、男になりたいわけでも中身が男でもない。何て言えばいいんだろうなぁ〜〜」
彼女は織人事件の際、サマラフに出会ったせいで、女になり損ねたのを知った。王妃に召し上げられてからは、男優位の思考を隠さない城内の者たちに侮られないよう、一部の親しい人物や仕えてくれる妖精以外の前では弱音を吐かず気弱な態度を見せないようにしてきたが、ハバから辱めを受けて以降は、それすら無くなった。
カロルは女である誇りや尊厳を傷付けられたのではない。女としてしか見られていないことへの憤りも無かった。
地位で人を束縛するだけでは飽き足らず、自身の欲を満たすために相手が望んでいない行為を強要させた国王の思いやりの無さや情けなさは、アイネスの王族に仕え続けてきたアンシュタット一族への侮辱行為だと捉えた。
サマラフさえ知らない彼女のそんな裏側を、本人の許可無くユンリとコフォンに話すのはさすがになと、ゼアは思う。
「……。俺、未だにカロルさんの内面てやつをよく知らない。どんな人か興味はある」
「エリカっちが言いそうなこと、おまえまで言うなよ」
「なんで?」
「嬢ちゃんは信念が相容れない相手から同情されたり、理解しようとされるのが無理なのさ」
「和解するのが嫌ってのか」
コフォンは、
「誇りが強いんですね」
と、皮肉にも聴こえる言葉を発した。
ゼアは苦笑いを浮かべて、
「だよなぁ」
と、肯定した。




