疽(そ)の根
ユンリとコフォンは、アンシュタットが警護する屋敷へ入った。屋内の雰囲気は物々しいだろうと思い、覚悟していた二人だったが、漂っているのは葬儀中のような辛気臭さ。配置してる人数は厳重体制とは言えない数で、気力などほとんど無いに等しい表情をする者が散見される。敵国であるはずのアルバネヒト側の者が来ても不審がらずあっさり奥へ通すのは、カロルのゼアに対する信用の厚さが窺えるのもあるが、細かい所まで疑り深く気にする余裕がすり減っている証拠でもあった。
二階へ続く階段を上り、三階まで来たユンリたちは、仲間に背中を支えられながら下の階へ向かう顔色の悪い女魔術師とすれ違う。そして、下りていく後ろ姿を心配げに見つめる、一人の中年の男魔術師……。ゼアは、彼に労いの言葉をかけた。
「お疲れ」
声をかけられた男は、ゼアに向かって礼儀正しく一礼した。
「お帰りなさいませ。城は如何でしたか?」
「相変わらずだ。
さっきのは?」
「私の部下です。故郷に住んでる妹たちのことを心配するあまり、気に病んで目眩を……。
そちらのお二人は?」
「拾ってきた。戦力は保証する」
「助かります」
ユンリは既に解決済みの国なら現状を教えることができると思い、
「彼女の故郷って何処ですか?」
と、男魔術師に訊ねた。
「クダラです」
そちらは元・十二糸のジルバドとイシュトゥに任せたが、吉報どころか連絡は未だ届いていない。
コフォンはユンリの代わりに、
「妹さんたち、無事だといいですね」と、男に言った。
「はい。ご心配くださり、有難うございます」
ゼアたちは短い立ち話を終えると、此処から三十歩ほど進んだ先にある、ドアが無い小広間の前で立ち止まった。出入り口に護衛は居ない。
それまで真面目な調子だったゼアは室内へ入るときに明るい笑みを浮かべ、じゃじゃーーんと、おどけたように発表する。
「オレ様、頼りになる援軍を連れてきたぜ!つっても、二人しか居ねぇけどなッ」
壁になっていたゼアが横へ移動したことで、ユンリとコフォンの姿がカロルの視界へ入った。
椅子に座って机に向かっていた彼女は前身の向きを彼らのほうに変え、煙たそうに、眉間に皺を寄せる。
「余計なことを」
「偶然、会ったんだよ。いいじゃねーか」
わざとらしく唇を尖らせて怒ったような態度をとるゼアにカロルは構うことなく、ユンリの目を見て拒んだ。
「私の国の問題だ。早々に立ち去るがいい」
少しムキになったユンリは彼女に接近。机上に片手を着けて前屈みになり、至近距離から真っ直ぐ、青い瞳を見下ろした。
「あなたのじゃないでしょう?」
カロルは、ふっと嘲笑って挑発した。
「私たちがおまえたちにしたことを忘れたのか?」
コフォンは室内へ入り、加勢する。
「我々は、あなたのために来たのではありません。状況を良くするために来ました」
「この男を一度は見捨てた者が、よく言えたものだな」
ユンリは背筋を伸ばし、二歩後退した。
「俺はコフォンが東国に残ってくれて助かりました。欺くことができたので」
売り言葉に、買い言葉。ぴりっとした空気が漂う。
と、そこへ。
髪を後頭部で一つに束ねた一体の妖精が、ひゅ〜〜っと飛んできて二人のあいだへ割り込んだ。
「カロル様は他者に対して、前々から言葉が不器用なのです!申し訳ございません!」
仲裁に入られたカロルは、バツが悪そうな顔をした。
「トナ」
妖精のトナは眉尻を下げ、いまにも泣きそうな顔をする。
「私のような者ではカロル様の代わりにはなれないと思いますが、いくらでも頭を下げます。お望みであれば土下座も厭いません。怒りが収まるのであれば、煮るなり焼くなりしていただいても……」
礼儀正しく一礼されたユンリは毒気を抜かれ、心を大人しくさせる。
「いや、そこまでは……」
カロルの靴先に、雨粒のような涙が落ちる。
「……。不本意だが」。彼女はトナに免じて、やむを得ぬと判断した。
「死灰竜を倒すには、私とゼアだけでは限界がある。手助けしてくれると有難い。
但し、条件は付ける」
「!」
「アイネスの地をおまえたちに渡すつもりは無い。支援を理由に侵略されるのも好かぬ」
「約束する。だから、あなたたちも他国の植民地化をやめて欲しい。兵士を撤退させてくれ」
カロルは涙を拭ったトナの目を一瞥する。
「……わかった、書面に残そう。私の権威が有効であるうちでしか、効果は発揮しないだろうが」
ユンリはカロルの言葉に違和感を覚えた。
「立場を捨てて逃げるつもりか?」
「さぁな」
「全うして、責任を取ってくれ」
はぐらかすことをユンリは許さなかった。
死で贖えとは言わない。罰も要求しない。
大勢の人生を狂わせ、苦しめた罪を、何かしらの形で償ってほしいと思った。
カロルは、ゆっくり立ち上がる。
「トナ。見栄えが良い、高価な紙とインクを頼む。それと茶を」
「はい」
「私は隣室へ行き、ユンリと話をしてくる。ゼア、おまえはドアの前で見張りをしろ。コフォン殿は、私たちの会話が終わるまで此処で待機だ」
同席できないコフォンは不信感を表情に出し、
「何をする気ですか」
と、警戒した。
カロルは、今度は嘲笑しなかった。
「話に割り込まれるのが嫌なだけだ」




