世界の法の番人
【あらすじ】
クリストュルが突然、目の前から居なくなった。
その場に居る大半の者が呆然とするなか、糸を断たれたリラは隙を見て逃走。王の代理を急に任されたサラは、職務に奔走することに。ユンリは雇われの身としてシュノーブに留まると決めた。
糸を二人分、断てば何が起こるのか知らされていなかったエリカは自責心から自分だけでもと、多忙なサラに話さないまま、首都クォン・タユを出発。
一人になれば攻撃の目を向けられやすくなるがどうにかなるはずだと思い、旅に出た。
「クリストュルの賭けに勝つとは、わたくしたち世界の法の番人にも勝つ、ということなのですけどね」
乾燥し、色褪せた植物のような、渋い薄黄緑色の長髪。真ん中分けの前髪、閉じている瞼。穏やかな老婆に見えて非情と言われるグリーンエルフの長ヨムクルは、エリカの選択が各国に対してどんな変化をもたらすのか愉しみにしている。
「勝っても、王様の望みが叶うわけじゃないでしょ?」
椅子に座った状態で達観したように微笑むのは、守銭奴の代表、ブルーエルフの長である姉御肌のダーラ。彼女はエリカが再び分岐点に立ったとき、クリストュルが真に欲する答えを見つけ出して与えるかは別の話だと言っている。
「娘が世界に勝っても、所詮は人の親が育てた子。叶えたいことはいっぱいあるでしょ」
偉そうに言ったのは、純白の髪を膝裏まで伸ばした少女。背丈は人間の幼児よりやや高め。子どもの落書きのような兎の刺繍が目立つ衣服と鎧を着ているホワイトエルフの長シュッカは、自分の顔の三倍もの大きさの骨肉を頬張った。
「ううん。彼女は優しいよ」
「はあっ?」
「ッ!!ご、ごめんなさい!」
横槍を入れたのは臆病な性格の、ブラックエルフの長。名前はロロ。斜め前の席に座っている好戦的なシュッカにギロッと睨まれ萎縮する。
鼻頭の位置まで伸びてる暗めの生成り色の髪の下には、人間の多くを驚かせてしまう巨大な一つ目があるのだが、長になるため竜に食べられて産まれ直したシュッカにしてみれば、仮に目を見せられたところで怖くも何ともない。
(あ〜あ。相変わらず、負けてやがるな)
見た目は人間の年齢だと五十代。直径が手首ほどある太い弓矢を子どもの玩具のように放てる鍛え抜かれた筋肉に、髭を生やした男臭い外見。赤黒い髪をすべて細かい三つ編みにし、後頭部でひとつに束ねたレッドエルフの長であるボイネは、左側に座っているロロに笑みを向けて訊ねる。
「優しいとは、どういうことか知ってんのか?」
「……ッ……!!」
ロロは、さらに萎縮して黙ってしまった。元々背丈が低いせいか、俯くとより小さくなったように見える。
助け舟を出したつもりが逆効果になってしまったことに、そんなつもりではなかったのだがと、ボイネは苦笑いを浮かべた。
聖人君子のような優しい雰囲気を纏っているイエローエルフのフォムクレイヤは、ロロの代わりに答える。
「優しさの対価は、あらゆる幸福と理想を棄てること。選択の排除だ」
「先代のフォムクレイヤがそうであったように」と、ヨムクルは言葉を添えた。
ダーラは、
「弟子は痛感している」と、そう続ける。
此処で言う弟子とはナナチのことだとわかっているフォムクレイヤは、小さく頷いた。
「手のひらを合わせて閉じると、必ず零れ落ちる物がある。何かを残すために何かを失う。それが摂理。優しさの真実の顔」
シュッカは大きな口を開け、残っている肉に齧り付いて引っ張りすべて剥がすと、噛み噛みして一度にゴクンッと飲み込む。
大きな骨は、ぽーんと宙高く投げられ、ロロの頭の天辺で跳ねて床に落下した。




