信条と救い
【あらすじ】
サラとリラの糸を断つことに成功したエリカだったが、オリキスことクリストュルは契約に従い、皆の前で姿を消した。
何が起きるか知らされていなかった彼女は死んだ彼を生き返らせてシュノーブへ帰そうと、再び旅に出る。
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【パーティメンバー】
・エリカ……アルデバランの娘。世界の片割れの器。
・サラ………シュノーブの王子。クリストュルの弟。
・ユンリ……東国の英雄と呼ばれていた青少年。世界の片割れの魂。
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イ国の南部にある首都ヒュースニアをサラたちとともに訪れたエリカは先に一人で神殿へ入り、ハンスが信者たちと言葉を交わし終えるのを、礼拝堂の椅子に座って待った。
彼女は、最後の一人を見送ってから立ち上がり、此方から近付く。
「枢機卿様、ご無沙汰してます」
「いつぞやかは、スフ様の件で大変お世話になりました。サマラフ殿は?」
ハンスは元気そうなエリカの姿を見て正しき方向へ進んでると思い、歓迎したが、同行していたはずの大使の姿が見当たらないことに微かな違和感を覚える。
「残念ですが、あの一糸は居ませんよ?」
サラが不敵な笑みを携えて、礼拝堂へ入った。
予期せぬ人物の登場に、ハンスは警戒心を強める。
「あなたはサラ様?それと……」
出入り口付近に立って待機している、フードを目深に被った青少年の姿。
サラはエリカの右側に立ち、自分の唇の前で、右手の人差し指を立てて、胡散臭い笑みを浮かべた。
「内密でお願いします」
正体を明かせない不審人物を連れて聖なる場へ入ってきた乱暴な行動に対してもハンスは不快に感じ、眉間に皺を寄せたが、サラは余裕綽々。右手を下ろし、エリカの顔を一瞥してから説明した。
「彼女はククリになった呪いとやらでサマラフの記憶を失い、名前を聴き取ることも、読むこともできません」
「なんと……!」
サマラフが感情の一線を超えて離れ離れになった事実に、ハンスは驚きを隠せなかった。
だが、死亡したという最悪の報せは、まだ届いていない。
「ッ……。サラ様は何用で、私をお訪ねになりました?」
「舞踏会の賞典に、真の姿を映し出す『月見の鏡』があると聞きました。それが欲しいのです。譲っていただけませんか?」
「どなたに使うのです?」
「ヤマタヒロの太守殿に」
エリカは、
「何者かが、ショウエンさんに成りすまして悪事を働いてる可能性があるんです。憑依されてるにしても、解決しなくちゃいけなくて」と、説明を加えた。
ハンスは……。
「サラ様。あなた方が納得できる事情をお話くださったところで、私はおいそれと差し出すことはできません。参加なさる方々に敬意を払い、舞踏会で優勝し、お受け取りください」
舞踏会とは、三年に一度、イ国で開催している社交パーティー。参加者たちの多くは交流を一番の目的にしているが、目当てはもうひとつ。巧く踊った一組に授けられる賞典への興味も大きい。
特に今年は、貴族と王族に長年愛されていた宝飾品の細工師、亡・エルティオットによる遺作『月見の鏡』。それをシュノーブが勝手に持って行ったとなれば大事だ。
あっさり渡してくれるわけがないのを承知してたサラは手のひらを上に向け、両手を肩口まで上げる。
「わかりました。まどろっこしいのは嫌いですけどね」
「月見の鏡の情報は、何処で入手したのですか?」
「ある人物からとしか答えれません」
「…………、神殿の正面でお待ちください。参加証をお渡しします。代わりに」
「取引ですか?」
「いいえ。エリカ殿と二人で話をする時間をください。長くはかかりません」
サラはハンスのことを疑ってるが、消えたクリストュルを救い出したいと強く願ってるエリカが此処で自分たちを裏切ることはないだろうと信じている。
「わかりました。どうぞ、ごゆるりと。
ーーエリカ、先に行ってるぞ」
彼女は頷き、「うん」と言って快諾した。ハンスは孫娘が嫌々シュノーブの王子に付き合わされているのではないとわかり、不可解に思う。
「サラ様と行動をともにして、危険な目に遭っておりませぬか?」
「強い敵に遭遇したとき大変ですけど、命を賭けて戦ってくれる心強い仲間です」
「ご無理なさっていらっしゃるのでしたら、ほかのどなたかに匿って貰っては如何でしょう」
提案してくるハンスに向かって、彼女は深々と一礼。眉尻を下げ、困った風な微苦笑を浮かべる。
「心配してくださって有難うございます。でも、大丈夫ですから」
信じてほしいとは言わない。求めない。
アルデバランの娘がもたらす行く末をハンスは心配しているのであって、エリカは自分個人に向けられたものではないと思っている。
(…………本当に、大丈夫なことなどあるのか……?)
ハンスは娘の、テレースの言葉を思い出した。
『お父様。私を心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だから』
久しぶりに顔を見せた彼女はそう言って出発した。行き先も告げずに。
次に再会したのがロアナの獄中。処刑直前が最期になるとは思わなかった。
「枢機卿様。もう行きますね」
「……。エリカ殿」
「はい」
「ショウエン殿は悪しきチカラを使って予見ができる類いゆえ、自身に迫る危険を感知するのも早いはず。あなた方が群島ヤマタヒロへ着く頃には、島の外へ脱出している可能性があります。先回りして退路を断っておくほうがよいでしょう」
助言をくれると思っていなかったエリカは、目を丸くして驚いた。
「どうして、教えてくれるんですか?」
「……。呵責からです」
「……」
「懺悔を致しますと、スフ様を助けてくださったご恩もありますが、今しがた、大事なことに気付かされました。私は水鳥信仰の長であるにも拘らず、何か悪いことが起きないか心配するばかりで、あなたを信じきれずにいたのです」
「……。お父さんとお母さんが心配の原因を作ったから、ですよね?」
「知った上で、シュノーブの味方をしていらっしゃるのですかっ?」
「はい。サラ様とクリストュル様が、お父さんとお母さんの罪をわかってて私を大事にしてくれたから、返せる物は返したくて……」
「…………」
「生きてていいって、希望を持たせてくれました」
彼らに出会い、どれだけ救われ、心を与えて貰ったのか。嬉しそうに表情を綻ばせるのを見ればわかる。と、同時に、ハンスは祖父として恥を感じた。サマラフが連れてきたとき渡したのが旅費だったのを思うと、天と地ほど差がある。肩書きに不相応な、見すぼらしい考えとおこないだった。
「……あまりに遅すぎたように思いますが。私もその一人になれるでしょうか?」
思いがけない言葉にエリカは喜び、ひとつ頷いて、
「はいっ……!」
と、元気よく答えた。
ハンスは胸の前で手を組み、頭を下げて祈りの言葉を贈る。
「あなたに、水鳥の加護があらんことを」
「枢機卿様にも、ご加護がありますように」




