ナナチの内実
※ 話を端折ってます。
※ ほぼ台詞。
※ 行方不明になっていた若い娘を家まで送り届けた、その帰りに……。
サマラフは前を歩くナナチに向かって頼む。
「パーティ加入の件、改めて考え直していただけませんか?」
「嫌だね。あんたは得しても、僕にとっては大損だ」
「あなたがユンリ殿と同じ、東国の者たちに裏切られた一人であるなら配慮します。
お願いです、ナナチ殿」
「…………」
小さな背中と沈黙からは、最初に誘ったときの嫌がってる雰囲気は無い。
ナナチは椅子になりそうな石を見つけると座り、顔を左に向けて朝陽を見た。
「僕は真っ向からアイネスに反発したことも無ければ、自ら出て行くと意思表明をしたことも無い。初めは敗戦国の運命だと思って腹を括り、残る気で居たよ。
獄中に居るユンリに『カロルに従っておけば、おまえの冤罪は消して貰える』と勧めるくらいには諦めてた」
何処からともなく飛んできた白い蝶々がサマラフの左肩に留まる。ナナチが右の手のひらを上にして差し出すと、蝶々はそちらへ移動して羽を閉じた。
「……ユンリが投獄された日、フェルディナン様のご遺体を、葬儀用のために綺麗にする作業を任されたときに、宰相のタチェ様から『アルバネヒトに残ったら、あなたは医師の仕事を取り上げられ、アンシュタットに監視されながら人々を苦しめる薬の研究を強要されることが決まっている。早々に逃げなさい』と言われたけど……」
ナナチは失笑した。
「無茶苦茶な人だなぁって思ったよ。僕は背が高いし、髭は剃っても濃い。おじさん臭さ丸出しの顔だけじゃなく髪色も目立つってのに。どうやって逃げるんですかと返した。
…………。
無理だよ、はっきり言って。
僕には親しい仲間も、患者も、助手も居る。フェルディナン様のご息女でいらっしゃるアーシュ様は幼い。
彼らを置き去りにして、一人だけさっさと逃げるのは白状だと思わないか?」
「……」
意気消沈したような、気弱な笑みを浮かべるナナチ。手のひらの上に居た蝶々は近くまで寄ってきた同種の蝶々のもとへ飛んで行き、仲良く戯れながら何処かへ向かう。
「……けど、『世界』は意地悪なものでね。フェルディナン様の姪でいらっしゃるキア様が独断でシャルルレットと手を組み、ユンリを脱獄させ、アフレイド将軍に斬られた。
彼奴、最低だぜ?
『キア様の錆化は進んでいる。生かしておくだけの価値が無い。光輝を使って跡形も無く処分しろ』と命じやがった。医師として、人間としても、奴に憤りを感じたよ」
アフレイドの冷めた表情と声を思い出したナナチは再び湧いてきた憎しみの情を抑えようと、自分の膝上で、拳を二つ作って耐える。
重苦しい雰囲気のなか、サマラフは言う。
「キア王女がお亡くなりになった噂は耳にしてましたが、そのようなことがあったのですね……」
「ーー亡くなってないよ」
「!」
「傷は完全に治療し、仮死状態にした。誰にも姿が見えないよう、空間を切り離して閉じてある」
カニヴは訊ねた。
「では、錆化は進まぬでござるか?」
「眠ってるあいだはね」
セティナが、僅かに怪訝な表情をする。
「おんしが人間の身で光輝を使えるのは混血かと思ったが、禁術による混ざりじゃったとは。命知らずじゃの」
理解できないカニヴは、「ぅう〜〜ん」と唸る。
「何を言っておるのか、拙者にはまったくわからん」
ナナチが説明する。
「仮死状態にし、肉体と魂を保管するってことは、命の循環を止める行為。『世界』の意思を拒むも当然だから、エルフのあいだでは禁忌とされている。
発動した者は、理を穢したのが原因で失敗して亡くなるのが通常だけど、僕を治した先生は奇跡的に成功して亡くなった。光輝の知識も授けてね」
セティナがカニヴのために補足する。
「仮死保管の代償は、術者の血を献上すること。成功しても出血死は免れん目に見えぬ装置が、我々エルフには生まれたときから組み込まれておる」
「隠術の『逼』を彷彿とさせる、恐ろしい術でござるな」
ナナチは浅い溜め息を、はあ……と吐いた。
「話の続き。対価として運良く子どもの姿になれた僕はもうどうとでもなれと思い、アルバネヒトを脱出したってわけ」
「バレなかったのですか?」
サマラフの質問にナナチは肩を揺らしながら、ははッ……と笑い、次いで、苦々しい表情を浮かべる。
「術を試行する前に、『失敗すれば、犠牲者を大勢出すかもしれない。周辺に誰も配置させるな』と言ったら、アフレイドの奴が命じてくれたのさ。
フェルディナン様を殺し、キア様まで斬ったあの男が、自分より立場の弱い者たちやアイネスの兵士は庇うなんてふざけた話だよ」
子どもの姿に変わってしまったナナチは急いで自宅へ帰り、大事な物は地下倉庫に投げ入れ、術者である自分以外の者には視ることも開けることもできなくするという、独自で編み出した術を扉にかけた。
助手の子どもに贈る予定だった新品の服を着て、幅広の布を頭に巻き、髪色と髪型を隠したら、最低限の保存食をポケットに入れて準備完了。これからイ国へ向かう若い夫婦にお願いして二人の子どもの振りをさせて貰い、無事、出国した。
「けど、自分だけ逃げ仰せてアーシュ様たちを置き去りにした時点で、僕とて裏切り者同然だ」
「……」
「希望が一筋じゃなくなった頃に、アルバネヒトへ帰れたらいいなとは思ってる。それまでに僕は医師としてしたいことが山ほどあるから……、
サマラフさん。あんたに会うのは、次の偶然が起きない限り、今日で最後だ」
疲労を感じているナナチの声音と表情。サマラフは諦めた。
「……とても残念です」
ナナチは、ふっと笑って立ち上がり、背伸びをする。
「でもま、死なれちゃ困るから、僕の代わりが務まる有能な魔術師を紹介しよう」
「有難うございます」
「返却は無しだよ?」
「と、言いますと?」
「丁度そいつから組もうって勧誘されまくってて、逃げてる最中なんだ。いやぁ、助かったよ」
「なぬッ。つまり、押し付けるでござるか」
「全然、良い話だと思う。
僕は光輝を使えるけど、さっきの通り、ほかの属性の魔術は大してレベルが高くない。物理に関しては、攻撃力も防御力も低くて足手纏いになるよ」
サマラフは訊ねる。
「その、問題視なさってる方は保証できると?」
「かなりの手練れだ。物理面の攻撃力、魔術の精度、素早さ、攻防ともにあらゆる面で満足できる。ただ、性格に難があってさぁ」
ナナチは腕組みをして項垂れる。かなり参ってるのが第三者の目にもわかるほどだ。




