三度目の正直は(2)
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(……うぅ、無理があったかも)
諦め切れない気持ちが心の隅っこで正座している。そのせいで、就寝前になっても眠気が来ない。
寝台の上で横になってるエリカは恋しさを抑え切れず、夢見がちな想いを視線に込めて何度もドアに向けては体を仰向けにしたり横向けにしたりと繰り返したが、ひたすら待ち続けたところで無駄骨と思い、結局は諦めることに。
(頑張って寝なきゃ)
がばっと頭まで布団を被り、瞼を閉じる。
(そういえば。旅をしてるときにユンリくんが、「眠れないときは数字の百から0まで数えるのも有りだよ」と教えてくれたっけ)
思い出したエリカは実践してみることに。
途中、数字を間違えては百に戻り、また0に向かって引いていく。
……八十七………………六十二……………………四十五…………二十九。…………十四まで来て、うつらうつらと眠気が来始めた。
ーー コンコンッ
「!」ドアをノックする音が聴こえ、がばっと布団を剥いで上半身を起こす。一気に眠気が吹っ飛んだ。
(今度こそ……!!)
期待したエリカは好機を逃すまいと返事をする。
「はい!」
「起きてるか?」
(……………………あれ?)
返ってきたのはサラの声だった。
「ん?起きてるから返事したんだよな?何言ってるんだオレ」
(自分で発した言葉にツッコんでる)
サラに訊かれたのだろう、巡回してる男騎士が「さあ?」と返事する声まで聴こえた。
エリカは何かあったのかと思って、急いでベッドから降りる。室内履きに足を通し、ぱたぱたとドアに駆け寄ってノブを回した。
「どうかしましたかッ?」
旅をしてるとき、サラは彼女にタメ口でいいと言った。帰ってもその調子で会話すると思っていた彼は環境に対する順応の速さを目の当たりにし、僅かに驚いた顔をして黙る。
「サラ様?」
「一人で眠れてんのかと思ってな。様子を見に来てやったぜ」
悪い話ではなかった。エリカは、やわらかい笑みを浮かべる。
「気にかけてくださって有難うございます」
「違ってたなら、睡眠の邪魔して悪かったな」
「いいえ。サラ様の予想は的中でした」
彼は右手に持ってる小瓶をエリカに見せる。
「眠気が来そうな物を飲ませてやろうか?」
「お酒ですか?」
「あぁ。少量でも寝れる体質だろ?」
「弱い人の特権ですね」
「ははは。何だそりゃ」
サラは室内に入り、後ろ手でドアを閉める。エリカは作業用の机の上に置いてある燭台に近付くと、互いの姿をよりはっきり見えるように明るさを調整。
「これ、便利ですよね。私の自宅にも一台欲しいです」
触れた人間の魔力に反応して火が灯る燭台を見たのは、現時点ではアイネスへ行ったときだけ。煌びやかな物を愛する王が居るロアナでさえ置いてなかった。
サラは飲食や対話のときなどに使うテーブルのほうへ行き、置いてある椅子に座った。小瓶の栓をきゅぽっと抜いて訊ねる。
「オレとリラの糸を切ったあとは島に帰るのか?」
エリカは食器棚の硝子扉を開け、小さなグラスを二個取り出して、テーブル上へ置いた。
「その日が来てから決めます」
「移住先の候補でもあるみたいな口振りだな」
「ありますよ。バーカーウェンに帰らずシュノーブに住んで、一般人として働くのもいいかな、なんて思ってます」
エリカが食器棚の扉を閉じてる最中、傾けた瓶の入口からこぽこぽと音が溢れ、すっきりした少し尖りのある、だが、線の細そうな香りが一緒に出てくる。
「度数は低めだ。味は、ちょっと辛い」
彼女が、向かい側の席に座る。
「ほかに候補はあるのか?」
「イ国も選択肢に入れてます」
「彼処なら、故郷との往来がしやすそうだな」
「それだけじゃなくて、シアン様がクリストュル様のもとを訪ねたとき、私の面倒を見ると言ってくれて。……」
サラは眉間に皺を寄せ、半眼になって背凭れに重心を預ける。
「あんな男が良いのか?趣味悪いだろ」
「誤解です。そっちの好意はありません」
「……」
糸が切れるまで、あともう少し。
それはエリカとの別れでもあるのを、サラは失念していた。
「おまえが居なくなったら、兄貴が寂しがるぞ」
「出会う前に戻るだけです」
「…………」
消えてしまうような言い方をされたサラはグラスに口を付けて視線を下ろし、何か考えてる風な顔をする。
「クリストュル様、元気そうでした?」
「仕事が山積みで疲れてるってさ。大臣のラドリックにも手伝わせて量を減らしたとか何とか言ってたな」
(サラが話し相手だと、訊きやすくて助かる)
仲の良さが深まったのもあって、回りくどいことを訊かずに済む。
「おまえが元気か、兄貴の奴、気にしてたぞ」
「有り余ってて困ってます」
「悪いな。オレもユンリも構ってやれなくて」
サラが本当に申し訳なさそうな真面目な表情をするのを見て、エリカは左右に小さく首を振った。
「いいえ。こうして来てくださっただけで嬉しいです」
彼女は「飲んでいいですか?」と訊ね、「いいぜ」と返事を貰ってからグラスに口を付けた。五秒後には頬がほんのり赤く染まり、瞳の表面が潤んでいく。酒の度数は低くても関係なし。酔いが回るのが早い。
サラは右手で頬杖を着き、意地悪い笑みを浮かべて茶化す。
「つうか、何だよ。城に帰った途端、大人しくなっちまって」
「サラ様は王子様で、偉い立場のお人じゃありませんか。だから、お世話になってる側としては、ちょっとは人目を気にしなきゃと思ったんです」
「明日には変わってるんじゃねぇの?」
「それは朝を迎えたらわかります」
「ははは、面白いこと言うんだな。ッてか、おまえらしくないからてっきり何かあったのかと思ったが、そういうトコ変わってなくて良かったぜ」
サラは(疑われてないな)と思った。
(サマラフとの距離が縮みやすくなった。オレたちとしては、此処でおまえに記憶を取り戻されたら計画が台無しになるかもしれない。それじゃあ困るんだよとは口が裂けても言えねぇ)
旅の途中、エリカが一時的にパーティから外れたとき、ユンリがサマラフと邂逅した。今回もしもサマラフに行動を読まれてるにしても、『世界』の預言通りなら、呪いの関係で二人は会えないはず。だが、乗り越えるほどの縁で結ばれているとすればかなり厄介だとサラも警戒してる。




