雲間さえも実は幻で
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エリカは湯浴みを終えたあと、用意された服に袖を通して通路へ出た。待っていた騎士から今日はこのように過ごしてください、これこれは禁止ですと説明された彼女は一拍置き、少し驚いた顔で「わかりました」と承諾。
(……何かあったわけではなさそう)
なぜ、移動範囲が制限されたのか不思議に思う。何者かが攻撃を仕掛けてきたときは城内の警固が厳しくなるが、歩いててもそのようなことがあった形跡は何処にも見当たらず、ピリピリした空気は漂っていない。立っている騎士の人数も平時のときと同等くらいの数。
エリカは前を歩く、案内役の騎士に訊ねた。
「サラ……、様は?」
旅の癖で、つい呼び捨てにするところだった。
騎士は前を向いたまま、エリカの質問に、にこやかに答える。
「重臣の皆様方に帰還をお伝えしようと自らお出向きになられたり、不在のときに困ったことは無かったかご確認されるなど、とてもご多忙でいらっしゃいます」
「戻ったばかりなのに元気ですね」
「えぇ。さすが、我々の指揮官です」
「ユンリくんは何処に?」
「湯浴みをお済ませになったあと、兵舎のほうへ戻っていただきました。雇用なさってるのはクリストュル様ですが、命令が下らない限り、ユンリ殿の衣食住を任されているのは騎士団ですので」
「東国の元英雄なのに?」
エリカは指摘したつもりではなかったが、鋭いツッコミに感じた騎士は苦笑いを浮かべる。
「えぇ。シュノーブとしては当初、丁重におもてなしさせていただくつもりでした。それが、華美な場所で暮らすのは息苦しいから嫌だと仰られまして。
まぁ、夜間でも緊急時は出動して貰えますから、騎士団にしたら有難いことこの上ないんですけどね」
(ユンリくんらしい)
「騎士たちからも頼りにされてる御方ゆえ、次の出発までに騎士団のほうでひと仕事しなくてはいけないかもしれません。お会いできる時間が少なくても、がっかりなさらないでください」
「わかりました。サラ様もユンリくんも大変ですね。
教えてくれて有難うございます」
エリカは機を見てクリストュルが元気か訊ねたかったが、返されるのが取って付けたような説明ばかりでは遠慮せざるを得ない。
(何だか、堅苦しい?かも)
拭えない違和感に、密かに落ち込みつつあるエリカ。
前を歩いてる騎士の心のなかは……。
(うわぁ〜〜!顔を見ながらの説明だったら疑われる所だったよ〜〜ッ!)
『エリカ様に質問されたら、適当に答えておくように』とエンからお達しを受けている彼は怪しまれないか心配で、心臓をどきどきさせていた。
なお、此処で言う適当とは、「適切」という意味である。
ユンリのときは、先ほどまでサマラフ大使がこの城に居たことはエリカ様に教えないよう命令されてますのでご協力くださいと伝えたところ、微かに怪訝そうとも取れる表情をされ、三十秒ほど間を置かれた。
基本的に、喜怒哀楽をあまり表に出さない淡白そうな青少年であるのを案内役の騎士は知っていたが、その間の長さからこれは嫌だって意思表示なのかと焦り、何かご不満でしょうかと質問。
すると。
『俺は気にしないけど、面倒臭いことに協力させられて大変っすね』
同情して貰えた騎士は、じ〜〜んと感動。思わずユンリの右手を両手で握らせて貰ったが、
『あ。エリカさん勘が働くときあるんで、お気を付けて』
返された言葉にマジかと思って固まった。
(人間、勘が冴えない日ってあるよな)
客室の前まで行くと、騎士は足を止めてドアを開け、エリカに向かって「お入りくださいませ」と言い、先に入るよう勧めた。
彼女は室内をぐるりと見渡す。綺麗に掃除されたままの状態。机の引き出しのなかを覗いてみても中身はそのままにしてある。
「エリカ様。此方のお席へどうぞ」
「はい」
食事をする際、案内役の騎士の代わりに給仕を任された騎士が交替で一人付いた。しかし、話しかけようものなら、必要以上に会話しないようにと命じられてますのでと苦笑いを添えて返される。
エリカは出発前とは異なる違和感が、確信へと変わったのを感じた。
(やっぱり、変な気の遣われ方をされてる)




