天牢の闇に伏す者(1)
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「いやぁ、ティック先生がご贔屓にしてくださってるおかげで、うちの店は助かってます」
「大袈裟だ」
夜道を歩いて目的の店に向かってると、花屋の店先で男店主から大きな花束を渡され感謝されている、狼の毛皮を被った長身の男が居た。
謁見の間で見かけた、あの怪しい人物ーー。
サマラフは男の右方向から近付き、責めるような声で話しかけた。
「あなたが、魔術技師のティック殿だったのですね」
正体がバレたティックは彼のほうへ前身を向け、少し意地悪い笑みを浮かべる。
「開店前に遭遇するとはな。種明かしになってしまった」
「初めからこういう流れになるよう、画策してたのですか?」
「君が興味を持ってくれる確率は二割くらいだろうと思っていた。別に会わなくても、互いに不利になることは無い。俺から聞き出した話を有利な情報にできるかは、君の調理次第だ」
ティックは花束をサマラフに差し出す。
「これは?」
「店への贈り物だ。君が持参したと言って渡すといい」
サマラフは裏が無いか勘繰ったが、店主の顔を見ると考えすぎのように思えた。
両手で、花束を受け取る。
「さぁ、移動しようか。俺に会うために、それなりの覚悟はしてきたのだろう?」
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「…………」
いま思えば、リラの父親ハスベルクの反応がなぜあぁだったのか理解できる。
ベゼに着いた直後、サマラフは唖然とした。カニヴは興奮を隠せない。セティナは半眼になって呆れる。ティックに連れて来られたのは娼館だった。
入館すると、好奇心旺盛な女たちがサマラフたちを囲む。
「あら。今日は色男を連れて来られたの?」
「此方のお姉様は、素敵な筋肉をお持ちですわね」
エルフのセティナにも群がっている。性別、種族を問わないといったところだ。
「この花束は私たちに?」
「そうです」
「ふふ、嘘が下手な人ね」
女の一人が花束を受け取り、サマラフの右耳に唇を近付けて、色っぽく「でも、好きよ」と囁く。
それで顔を赤らめたりする彼ではない。色香を使った社交辞令にも慣れてる。
ティックは彼女らに、
「そちらの客人は、俺の話し相手だ」
と、言った。
彼女たちはつまんないわねと返し、くすくすと笑って冷やかしを済ませると、サマラフたちから離れて客を待つ。
ティックは一室に三人を招いた。店の目的とはかけ離れた、高貴な雰囲気を味わえる内装と家具。その部屋の真ん中に置いてある五人掛けのソファーを陣取るように、横になって本を読んでる女もまた、謁見の間に居た女呪文刑吏だった。
ティックは私服姿の彼女に声をかける。
「ルディワール。拾い物をしてきた」
「此奴はまた、面白い玩具を連れてきたわね」
「『閉ざした耳』をかけてくれ」
「あいよ」
ルディワールは体を起こして座り、この一室だけに呪文をかけた。『閉ざした耳』は術者がいま居る部屋に防音効果を張る。壁の外側に、声が漏れ出ることは無い。術者が内側からノックする、または外側から物理的に壁を壊されたときは破られ、無効となるが……。
サマラフは、ルディワールに訊ねた。
「エンは解呪を使えます。無意味になりませんか?」
「彼奴なら、今夜は忙しくて来れない。最低限の予防で十分さ」
ルディワールが立ち上がって一人掛け用のソファーへ移動すると、彼女の体温で温かくなった席へティックは座り、被り物を外して横へ置いた。
「先にサマラフを誘ったのは俺だ。顔を見せないのは礼儀に反するだろ?」
耐性の無い者ならば彼の素顔を見た瞬間、魅了されてしまうが、サマラフは美しさに潜む得体の知れない恐怖を感じた。
ティックは、テーブルの向こう側にあるソファーに「かけていいよ」と促す。サマラフが「失礼します」と言って座るなか、セティナとカニヴが壁際に移動し、別々の場所に立つと、そんな警戒しなくてもいいのにとティックはふっと小さく笑った。
「ティック殿とルディワール殿のご高名は、前々から存じ上げております」
「君ほどではないよ、サマラフ卿。
そちらはイ国王の円環騎士セティナ殿に、忍ノノビ族のカニヴ殿でいいかな?」
「シアン様かエリカにお聴きになりましたか?」
「俺の耳は特別だから、二人に頼らなくても聴こえてくる。クリストュルが知らない、エリカ殿の両家の血筋もね」
サマラフは、自身の膝上に置いてある手の指先に、僅かに力を込めた。
「ところで、君が知りたがってることに、此方が何でも答えるのは公平ではない」
「国の命運を賭けているのにですか?」
「魔術技師という、自国に奉仕する責務を負った職であるにも拘らずって?君たちが思うよりは献身的だ。
ーールディワール。
紙を四枚と飴玉を」
彼女は、自分が座っているソファーの肘掛けを開けた。手のひらよりやや小さめの正方形の紙を四枚と、透明の飴玉が入った小瓶を取り出し、テーブルの真ん中に置く。
ティックは左の手のひらを上にして、目の前にある物を指した。
「もう一つ、覚悟を見せてほしい。質問するたび、君の魔力を俺に分けてくれ」
対価を要求されたサマラフは、怪訝な表情をする。
「回復薬では駄目ですか?」
「十二糸の魔力のほうが味は良いだろ?」
「まるで、魔物みたいな口振りですね」
「生みの親が親なら、子も子。あながち間違いではないな」
「……。四枚ということは、質問は四つが上限ですか?」
「一枚は見本用だ」
ティックは小瓶の蓋を開けて飴玉を一個取り出すと紙の上に置いて包み、両端を捻った。
次いで、包みを開ける。
先ほどまで透明だった飴玉は淡く光り輝く、美しい緑色に変わっていた。
「捻った瞬間、魔力が注がれる仕組みだ」
「魔術技師の技ですか」
「考えたのは俺じゃないよ。流用するつもりも無い」
サマラフは飴を包み、テーブルの中央に置く。
「エリカについて、何か情報をいただけますか?」
「知りたいのは一糸として?
仲間として?
或いは男としてか?」
「男としてです」
「君は愚直すぎるな。駆け引きができる狡猾さを身に付けずに、あのロアナでよく生きてこれたものだ」
「ユマ様のおかげです。近々、反故にされたと叱られ、刑を言い渡されるかもしれませんが」
同情を誘ったつもりは無いが、ティックの表情が真面目なものになる。
「愚策だな。リュイ殿と結婚し、権力を使ってアイネスに圧力をかけ、イ国に頼んでエリカ殿を保護して貰ったほうがいいんじゃないか?」
「ティック殿はクリストュル王の味方ではないと?」
「俺はエリカ殿が誰を選ぼうが知ったことではない。『世界』の片割れの選択肢でも、それくらいの自由、あってもいいだろう」
「水鳥信奉者ですか」
ルディワールが笑みを浮かべる。ティックと同類、ということだ。




