第四話 二つの狂気(柏 南)
死亡確認をされて、早3日。
動脈を切ったことによる大量出血で、ショック死と言われた。
私はあれから精神科に通わされている。東の眠る病院だ。
私は、立ち直れていない。まぁ、誰でも、好きな相手が死ぬ現場なんかみたら、3日やそこらで立ち直れるわけがない。しかも、返り血まで浴びたのだ。気違いでもない限り、正常でいられるはずもない。
ただ、私は気違いだろう。今オモウと、彼の血を浴びた事が嬉しくオモウ。
私は、冷静だ。でも、気違いだ。冷静な気違いだ。
悲しい。寂しい。悔しい。
私が死ぬはずだったのに、何で彼が死んでしまわなければならないのか。何で、庇ったんだろうか?。
私を愛してたからか?これが愛ならば、幼馴染み独特の家族愛に似たものなのか?、それとも、恋人とかの、愛するものに対してのモノなのか?、あるいは、困っている人を助ける感覚で、たまたま、動脈を切ってしまっただけの事か?。
私は二番であってほしいと願うが、死人に口無し。
どうあっても、答えなど分からない。
学校にも行っていない。でも、親友の山田さんが、毎日プリントを持って来てくれる。
持つべきものは友である。
妹の沙良や雅お姉ちゃんや両親が心配してくれて、ちょくちょく私の部屋にやって来てくれる。
雅お姉ちゃんは、私が泣いていると、思い詰めた様な顔をして抱き締めてくれる。
あぁ、私の周りには温かいオモイがいっぱいだ。でも、不幸だ・・・。
いや、少し言葉が違うかな?
不満?これも違う。物足りなさ・・・。うん!多分、これだね。
アハハハハ。贅沢~。
私はなんて、贅沢な子なんだろう。
でもさ、欲しいモノがないって、どうなんだろう?物足りなくならない?気持ち?うーん・・・。確かに気持ちをいただけるのは満足だよね。でも、これとそれは別じゃないかな?
あっ、ごめん。もう、7時45分だ。
私は立ち上がり、窓を開ける。すると、家と家の間を駆け抜ける風が寄り道とばかりに、私の部屋に入ってくる。
毎日、毎日、これを感じる。
向かいの窓に手を掛ける。東を起こさなくちゃいけない。
窓を開けると、東の部屋に繋がる。いつものように、胸一杯に空気を吸って、声を上げる。
「東!!じ・・・か・・・。」
最初は、勢いのある声を出せたが、現実の嵐に掻き消されるように萎えていく声。
一階から階段を駈け上がって来る音。私の部屋のドアが開かれる。
「お姉ちゃん!!」
「あ・・・。」
私と同じ漆黒の艶やかな髪に私より一つ多い尻尾に束ね、私とは対象的に強気で、積極的で、ポジティビティ溢れる妹が、私を呼ぶ。
「ごめんな・・・。」
私の謝罪を遮って、妹が怒鳴った。何だか、殺意に似た、負の感情
をぶつけられているようだ。
「おじさんやおばさんや雅ねぇの事も考えなよ!!。もう、3日経つんだよ!!」
そうだ・・・。分かっている・・・。
「おじさんたちは、仕方ないって、言ってくれてるけど、絶対に辛いはずだよ。お姉ちゃんだけじゃないんだよ!!」
そうだ・・・。分かっている・・・。
「雅ねぇ、泣いてた。お母さんに泣き付いてた。あの、男勝りの雅ねぇが、わんわん泣いてたんだよ。私だって・・・、私だって・・・。」
そうだ・・・。分かっている・・・。
沙良の声はだんだん掠れていく。
「お兄ちゃんが死んで悲しいんだよ。辛いんだよ。寂しいんだよ。それに・・・。」
そうだ・・・。分かっている。
「それに、私だって、お兄ちゃんのことを愛してた。」
そうだ・・・。分かっている・・・。
分かっているのに、沙良が気を使ってくれてたのに、私は・・・、私は・・・。
「何でよ!!何で・・・、何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で!何で・・・何で・・・。」
この先を言わないのは、沙良の優しさか、はたまた意味をなさない事を知っての上か・・・。
あぁ・・・。何で、私が生きているのだろう?
色々な人達に申し訳無く思う。
沙良はその場で泣き崩れてしまった。私もつられるように、泣き崩れてしまう。
わんわん泣いた。どのくらいか泣いた。
すると、東の部屋のドアが開く音が聞こえた。
私は、何かを期待して、振り返るが、現実の嵐は甘くはない。
腫れぼった目の雅お姉ちゃんが、東の部屋に入ってきた。
「お前たち・・・」
今にも泣き出しそう。私の視界は涙で歪んでいるはずなのに、それだけは鮮明に、捉えることが出来た。
「お姉ちゃん」
窓を越え、すがるように雅お姉ちゃんに泣きついた。私は、わんわん泣くことしか出来なかった。
そんな私に、辛いはずなのに、優しく抱きしめ、愛おしそうに頭を撫でてくれた。
「沙良もおいで。」
その言葉に、沙良も窓を越え、抱きつく。
「雅ねぇ。」
よしよしと、声を掛ながら私たちの、頭を撫でてくれる。
頭の上に生暖かい、水滴が落ちてくる。
私たちは、三人で泣いていた。
雅お姉ちゃんは暖かい。この温もりは、東に似ていた。やはり、姉弟何だなと、思った。
泣きまくって、かなりの時間が経過する。
おじさんやおばさんや両親は私たちに気を使ってか、そっとしていてくれた。
出るものも出ない。三人とも、そんな感じだ。
三人は各々の部屋へと戻ることになった。
呆気ないものだ。だって、そうじゃない?こんなことで気が紛れてしまうのだから。
本当に?紛れたの?と、言われればそんな訳はない。
それにしては、何だか、気楽そうじゃん?
ああ、そう見える?
多分、何かのタガが、外れてしまったんだと思う。正直、狂ってるんじゃないかなぁと、思う。
人とは違う部分から崩れていく。
心の中は空っぽ。
まるでオモミノナイオモイ。
私は、今、とても軽いのだ。って、何をいっているのだろう。
愛しさだけを、残して、伝えたいオモイは、伝えられず、そんな私は、これから先、何を夢見て、歩いていけば、良いのだろう・・・か・・・。
お昼になり、カウンセリングをしに、病院へ行く。母が運転する車はとにかく安心、安全、法廷速度厳守。さすが、元婦警さんである。ハーメルンの笛吹の如し、行列が出来ている。
「次回からは週2回の通院になるそうよ。」
母が複雑そうに言う。喜ばしいことだと私は思う。だって、この4日間毎日通いづめで、内2日は警察の人が来て事情聴取。今日も来ると思われる。
「玄さんは、子供相手でも、容赦ないわね。」
事情聴取初日に、母が言った言葉だ。この人には何度か会ったことがあった。母の婦警時代の直属の上司で、たまに、外で会うと母と立ち話をしている人だ。
初老の白髪のおっさん。それが私の感想だ。
病院に着くと、毎日鳴り響くサイレンの音。もう、さすがに聞き慣れた。
医者と看護婦さんが真剣な顔で、車輪付きベッドに駆け寄る。
ヘルメットをかぶった人が忙しなく、手振りを交えながら説明をしている。
それを見届けて、私は、慣れた足取りで、診療室に向かった。
母は多分、玄さんの所だろう。私のために連日の事情聴取を間隔を開けて欲しいと頼んでいるに違いない。
まぁ、私としては、別に構わない。あの日の事はいずれ薄れてしまう。だから、再度、思い出せるよう、整理する場でもあると、考えている。
苦しくないのか?
それはまぁ、苦しいよ。いや、苦しいと言うよりは狂しいだと思う。
日に日に、確実にじわじわと、感覚が可笑しくなってきている。
この短期間で、それを感じるのだから、この先、順調に壊れてしまうだろう。それか、周りの人とは違う感覚で物事を捉え、違う言動をしてしまうだろう。
それは、大変困ることだ。社会不適合者になってしまう。
私が沙良とは対象的なのはまさにそこにある。私は、根が暗く、周りと違うことを嫌い、だから、自分の意見には自信がなく、自ら発言する事のない、内気で物静かな、女の子なのだ。
そんな私だ。このまま壊れていけば、晴れて負のスパイラルに意図も簡単に墜ちるだろう。
だから、先生の話には曖昧に答えている。
「今日は気分はどう?」
ここは無難に、
「普通です。」
と、答える。
この先生はこの答えを返すと、困ったような、笑みを浮かべる。
その後も、世間話のような話をして過ごす。その度、当たり障りのない、無難な返答をする。
今日は主に、スポーツの内容が多かった。
私は、東が槍術を始めた影響で、棒術を始めた。あれは確か、6才位の小学校に入学し、最初の夏だった。
お互い長い、棒を扱う事もあり、よく二人で、練習した。
沙良も、小学校に上がると、私もと言い、薙刀を始めた。
それぞれ、扱い方は違うが、それぞれの技を取り入れ、かなり異彩な使い手となった。例えば、槍を棒の用に、打撃の打ち方をしたり、棒を薙刀のように打ち落としたり、薙刀の構えが棒を操る構えだったり、互いに互いの、技を応用し、自分たちの武器の技へと昇華させたりした。
その甲斐あってか、私たちはそれぞれ、全国大会などの大きなイベントに参加するほどまでの、腕前になった。
まぁ、そんなこと、先生に話したところで、意味はない。
診察が早く、終わって欲しい。
それを察したのか、何時もより10分ぐらい早くに終わった。
診察室をでて、母を探す。
居ないことを確認して、私は、周りの気配に気を使いながら、エレベーターに乗った。
人は乗っていない。乗っていたら、いつもいなくなるまで、エレベーターの前でボタンを押しながら待つ。
私は迷うことなく、B3を押した。
エレベーターの扉は閉まり、動き出す。F2、F1、B1、B2、と下って行くにつれて、鼓動が早くなるのを感じる。途中で止まるのではないかと、不安を感じながら、心は穴を埋めたいと、叫びを上げる。
B3についた、チャイムがなる。扉がゆっくり開くのが歯痒く、開ききる前に、体を横にして出ていく。
地下と言うこともあり、ひんやりとしている。空気は、埃っぽく、独特な臭いが鼻をつく。
でも、気にせずまっすぐ歩いていく。辺りは常夜灯の弱々しい光が照らすのみ。ここの電気のスイッチがどこにあるか分からない。
途中、幾つかのドアが左右の壁と一体となってある。
それの、三番目の左側のドアを私は開けて入る。
ここにある、全てドアには鍵が掛かっていない。何でかは分からない。鍵がない訳ではないが、無用心だな、と思う。
中には車輪がついたベッドと壁にびっしりと取っ手が付いた、大きな引き出しがある。
私はそこの左から二番目、上から三段目の引き出しへ迷わずに、向かった。
ネームプレートを確認する。
“柊 東”
私は取っ手を握り、地面をしっかり踏みしめて引いた。
中から出てきたのは横になる、東の遺体。首の傷は綺麗に縫われている。
髪も血糊がなく、顔も綺麗に洗われている。
倒れたときの擦り傷が、頬に少し残っている。
死体洗いの仕事がよく行き届いている。
彼は寝ているようだ。でも、起きない。無表情なのは当たり前で、この体には、魂はない。
でも、それでも、良い・・・。
私は愛しさと切なさをたたえた瞳で、彼を見つめる。
そして、何度もキスをした。
死者の匂い。東の匂いじゃない。でも、それでも・・・。
この4日間のこの瞬間、私は自分に狂気を感じるが、それ以上の感情は芽生えなかった。




