第三話 二つの狂気(柊 東)
学校に行かなくなり、早3日。
暗い部屋で布団を被り、永遠と同じ言葉を頭のなかで繰り返している。
母親や父親、雅、南の妹の沙良、親友の山田が代わる代わる俺の部屋の前に来ては、ただ、ただ、意味のない慰めの言葉を掛けてくる。
今日は沙良が窓から入ってきた。
向かいの窓が開く音に、俺は、何かを期待したが、現実の荒波はそんなに甘いもんじゃない。
俺は怒鳴り散らし、何も考えず、出るものすべてを、言葉にして言うが、言葉に出来る言葉は、些細なものだった。
「お前は!俺を!!俺を苦しめて!!あいつの!!あいつの!!あ・・・。」
沙良が気を使ってそうしたのは分かる。でも、それはあまりにも、今の俺には残酷な仕打ちだ。
そう言って、俺は泣き崩れた。
沙良はその叫びに怯んだが、俺が泣き出したら、窓を飛び越え、俺のもとに行き、優しく抱き締めながら、涙声で話し始めた。
「私だって辛いんだよ!!お姉ちゃんが居なくなって、辛いんだよ!!お兄ちゃんだけじゃないんだよ!!父さんも母さんも、雅ねぇも、おじさんもおばさんも辛いんだよ!!」
そして、俺を包む女の子の細い腕に力が入る。
「お兄ちゃんがお姉ちゃんの事を好きで、お姉ちゃんがお兄ちゃんの事を好きでって言うのは、みんな知ってる。だから、一番・・・ううん、優越はつけれないけど、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの辛さがあるんだろうけど、私にも、父さんや母さんにも、その立場でそれぞれにオモイがあり、オモイが違くても、辛いことは共通で・・・、泣きたいんだよ。」
そのまま、沙良も泣き出した。俺たちは二人で泣いた。泣きながら俺も、自分の気持ちを言葉にする。
「分かってる。でも、あまりにも急で、みんなそうなんだと分かってる。このやり場のない気持ちを何にぶつければいいんだよ!!この気持ちに堪えて、悲劇のヒーローでも演じろって言うのかよ!!」
そう言ってる時だった。沙良の腕の力が緩み、発育途中の胸の圧迫感が離れた。
頬に、玄関の時と同じ衝撃を感じる。そして、直ぐに、唇に柔らかいものが触れた。気が付くと、沙良と大人のキスをしていた。いや、されていたと言うのが正解だ。舌を俺の舌に絡ませようと、ぎこちなく動かしている。
俺は我に返り、沙良を突き飛ばした。
「キャッ」
声を上げ、背中を壁にぶつけ、下を向いたまま何も言わなかった。
俺は、何も考えず口走る。
「お前!!なに考えてんだよ!!なぁ!!」
何も言わない沙良に苛立ち、立ち上がる。そして、胸ぐらを掴み持ち上げる。でも、槍術部で鍛えているとは言え、脱力した、例え女の子でも重く、すぐに離した。
沙良はストンと落下するようにハの字に足を開いて、座り込み、壁に肩をもたれかけた。俺はそれを見下ろしながら、言葉を続けた。
「お前!!何でこんなときに、そんな事出来るんだよ!!」
すると、沙良は吹っ飛ばしたときに、肩にかかったままの、ツインテールの片方を後ろに払いのけ、顔を上げた。
南同様、クリクリっとした二重瞼のかわいい瞳は、光がなく、表情もなかった。静かに、語り出す。
「だって、お兄ちゃんの事を、ずっと愛してた。でも、お姉ちゃんがいて、両想いで、私が入る隙なんかなかった。お姉ちゃんの事も大好きで、やり場のないオモイがあったけど、どうせなら、二人が幸せになれば良いと思うようにして、この思いは封印した。心の中にある、蓋のない貯金箱の様な箱に入れて、納めてた。」
俺は、沸々と怒りと思われるものを感じた。
「じゃ、これ見よがしかよ?!ふざけるなよ・・・。」
沙良はそんな俺の言葉を聞かずに続けた。
「私は悲しい。お姉ちゃんが死んで悲しいし、寂しいし、辛いし・・・、気がついたら心の中にある箱を壊してた。この気持ちを和らげようと、箱に入れてたオモイにすがった。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
何度も言う。
だけどね、さっき、お兄ちゃんと泣いてたら、抑えが効かなくなっちゃった。」
そう言い終え、立ち上がる。
身長が俺の喉元くらいの沙良が、俺を見上げる。
「お兄ちゃん。私もこの気持ちを何にぶつければいいか分からないの。悲しさと寂しさと辛さと愛しさと切なさとお兄ちゃんとお姉ちゃんとが混ざりあったこの気持ちをどうすれば良いかな?」
そう言うと、沙良はスカートに手をかけ、フックを外した。スカートはそのまま落下する。
「ねぇ。どうすれば良い?」
光のない瞳だが、確かな切なさを秘めて、俺を覗き込む。
俺はその時気がつく。これは狂気の沙汰だと。
「おい・・・」
今度は、ワイシャツを脱ぎ出す。
俺の静止の声も虚しく、ワイシャツはあっという間に、地面にヒラリと落ちていった。そして、すがるように胸元を掴まれ、顔を押し付けてくる。
涙声で懇願してくる。
「お兄ちゃん・・・。助けて・・・。苦しいよ・・・。辛いよ・・・。壊れちゃうよ・・・。」
悲痛な叫びだ。俺も、助けてほしい。もう・・・。
俺は沙良を抱き締めようと手を沙良の背中へ回そうと持ち上げる。
沙良の細い体に触れようとした時だ。南の顔が頭をよぎった。
表情は、よくわからなかったが、あまり良いものではなかった。
俺は沙良の背中へ下ろしていた腕を上に持ち上げる。そして、肩を掴み、引き離した。
そんな行動に、沙良は相変わらず、光のない瞳に無表情だが、哀しげな雰囲気を全身から放っている。
俺は、首を横に振り、窓を指差す。
すると、下を向いてしまった。
俺は、下に落ちている沙良の服を拾い上げた。拾い上げたはいいが、どうしたら良いのか分からない。
とりあえず、それを脇に抱えて、窓の前まで、沙良の手を引いた。よく分からないが、とりあえず、ワイシャツを着せてみる。
その時、初めてわかったが、思春期の女の子が放つ、あの、熟した果実の様な、誘惑的な匂いを感じた。正直、頭の中がどうかしちまいそうだった。
でも、何故か、そう言う思考には至らなかった。さっきは取り乱していて、勢いだったが、今は冷静だ。やはり、ショックは大きく、今にも泣き出しそうだ。
でも、今はそれどころじゃない。 ドアの方を向きながら、思う。
こんなところ、誰かに見られたら・・・、特にお互いの身内に・・・、身内?。そういえば、あんなに大騒ぎだったのに、何故か、身内が一人も来ない。何でだ?。
そんな、俺の心情を察したのか、沙良が感情のない声色で、説明した。
「私の両親も、おじさん、おばさんも、雅ねぇも、今日は留守だよ。」
その言葉に俺は振り返る。
「今日はお姉ちゃんの葬式の打ち合わせに行ってるよ。私はお兄ちゃんが心配で残ったの。」
俺は、無言になる。
何をオモウかって?あいつは死んだ。
死んだ?誰が?誰が死んだって?
あれ?可笑しいな?笑えば良いのか?
あぁ、死んだ死んだ。何かが死んだ。
それは俺か?
いーや、生きてるねぇ。
「お兄ちゃん?」
何でこんなに悲しいんだ?
何が死んだ?あいつが死んだ?
あいつって誰だ?
あぁ、あいつだ・・・。
「あいつが死んだんだな。架空の、妄想の、悪夢の、絶望夢の、現実の、空想の・・・、あいつが死んだんだな。」
腹を抱えて、笑った。乾いた、棒読みの様な笑い声を発していた。
そして、気がついた。これも、狂気の沙汰だと・・・。




