【オープン・クエスチョン】尋問にならない会話のキャッチボール 2/4
「クローズド・クエスチョン……閉ざされた質問、ですか?」
アリサは首を傾げ、手帳と羽ペンを取り出した。
先ほどルーグが座っていた無人のテーブル席に腰を下ろし、シレーヌは優雅に足を組んで解説を始めた。
「ええ。あなたがさっきルーグに浴びせた『魔道具作りは大変ですか?』『楽しいですか?』という質問。これらはすべて『はい』か『いいえ』の二択でしか答えられない質問よ。これをビジネス用語で【クローズド・クエスチョン】と呼ぶわ」
「はいか、いいえの二択……ああっ! 確かに、さっきのルーグさん、全部『はい』としか答えてくれませんでした!」
「当然よ。相手は極度の人見知りなのだから、聞かれたことに最低限の単語で答えて、早く会話を終わらせようとするわ。それなのに、あなたが次から次へと二択の質問を連射するものだから、完全に『衛兵の取り調べ(尋問)』になってしまったのよ」
シレーヌの容赦ない指摘に、アリサは「うぐっ」と胸を押さえた。
「アリサ。あなたは最近、覚えたての難しいビジネス用語と、持ち前の『勢い』だけでどんな大物でも突破できると勘違いしているようね」
「うっ……! そ、そんなこと……あります。正直、勢いさえあれば天下を取れると思ってました……」
図星を突かれ、アリサはシュンと肩を落とした。
確かに、先週の大商人たちを相手にした時は、その『勢い』と『結論から伝えるビジネスの型』が完璧にハマった。しかし、目の前の相手と関係を深めるフェーズに入った途端、その勢いはただの「暴力的な押し売り」になってしまっていたのだ。
「勢いで扉を蹴破る(エレベーターピッチ)のはいいわ。でも、部屋に入った後は、泥だらけのブーツを脱いで、暖炉の前で相手と温かいお茶を飲む技術が必要なのよ。……それが【オープン・クエスチョン】という魔法よ」
シレーヌはアリサの手帳をトントンと指先で叩いた。
「オープン・クエスチョンとは、『はい』や『いいえ』では答えられない、相手に自由な言葉で語らせるための開かれた質問のことよ。簡単な話、『どうやって?(How)』『なぜ?(Why)』『どんな?(What)』という言葉を、質問の頭につけるだけ」
「どうやって、なぜ、どんな……」
「例えば、さっきの『魔道具作りは大変ですか?』というクローズドな質問を、オープン・クエスチョンに変換するとどうなるかしら?」
アリサはうーんと腕を組み、脳細胞をフル回転させた。
「ええと……『どんな魔道具を作っている時が、一番大変ですか?』……とか?」
「正解よ。そう聞かれたら、ルーグはどう答えるかしら?」
「『はい』か『いいえ』じゃ答えられませんよね。えっと、『火の魔石の加工が一番大変で……』みたいに、具体的な言葉を喋らなきゃいけなくなります!」
「その通り。相手が自分の言葉で文章を喋り出せば、そこには必ず『相手の感情』や『こだわり』が混ざるわ。それを拾い上げて、さらにオープン・クエスチョンで深掘りしていくの」
シレーヌはニヤリと笑い、さらに高度な魔法の詠唱を続ける。
「そして、会話をさらに滑らかにするための補助魔法が【バックトラッキング(オウム返し)】よ」
「ばっくとらっきんぐ……オウム返しですか?」
「相手の言った言葉の『語尾』や『キーワード』を、そのまま繰り返して相槌を打つ技術よ。例えば、相手が『最近、火の魔石の加工が大変でね』と言ったら、あなたは『火の魔石の加工、ですか! それはどうして大変なんですか?』と、言葉を繰り返しながらオープン・クエスチョンを投げるの」
シレーヌの説明を聞きながら、アリサの頭の中でパズルのピースがカチリと組み合わさっていく音がした。
「なるほど……! オウム返しをすることで『あなたの話をちゃんと聞いていますよ、興味がありますよ』という共感になって、相手がもっと話しやすくなるんですね!」
「そういうこと。極度の人見知り相手に、あなたの暑苦しい『勢い』をぶつけるのは逆効果。あなたはただ、相手の言葉を優しく受け止め、オウム返しをして、『それで?』『どうして?』と転がすだけでいいの。主役は相手。あなたは聞き手に徹しなさい」
アリサの瞳に、再びギラギラとした光が戻ってきた。
無敵の「勢い」に、「傾聴」という新たな武器が加わった瞬間だ。
「分かりました、シレーヌ先輩! クローズドを封印して、オープン・クエスチョンとバックトラッキングで、ルーグさんを気持ちよく喋らせてみせます!」
「ええ。お手並み拝見といきましょう」
アリサはバインダーを抱え直し、勢いよく立ち上がった。
酒場の中を見渡すと、先ほど逃げ出したルーグが、会場の隅にある柱の陰で、身を小さくしてちびちびとエールを飲んでいるのを発見した。
(よーし、待っててねルーグさん! 今度こそ、あなたの心の扉を開いてみせるんだから!)
アリサは深呼吸をして、先ほどの「獲物を狙う猪」のような突撃オーラを完全に消し去った。
そして、あくまで自然に、お盆に新しいエールと軽いおつまみを乗せて、柱の陰で孤立しているはぐれ者の天才職人の元へ、静かに歩み寄っていった。




