【オープン・クエスチョン】尋問にならない会話のキャッチボール 1/4
先日の『合同懇親会』での大成功から数日後。
王都の職人街にある中規模の酒場を貸し切って、ギルド職員と地元職人たちによる『技術交流会』が開催されていた。
会場の入り口で、アリサは両手で自分の頬をパンッと叩き、気合を入れた。
(ふふん、今日の私も無敵よ! なぜなら私には、シレーヌ先輩直伝のビジネス用語(魔法)があるんだから!)
先日の大舞台で、大商人たちを相手に『エレベーターピッチ』という必殺技を叩き込み、見事に勝利をもぎ取ったアリサ。
本来の彼女は、頭の回転が特別早いわけでも、複雑な駆け引きができるわけでもない「少しおバカな普通の受付嬢」だ。しかし、難しそうな『ビジネス用語』を武器にして、持ち前の『勢い(モメンタム)』で突撃すれば、どんな大物でもなんとかなる――という、謎の万能感と勘違いに近い自信を手に入れていたのだ。
「よーし、今日も勢いでガンガン人脈を広げちゃうわよ! ターゲットは……あそこね!」
アリサが目をつけたのは、酒場の片隅で一人ポツンとエールを飲んでいる、ボサボサ髪の青年だった。
彼はルーグ。王都でも指折りの腕を持つ『魔道具職人』だが、極度の人見知りで無口なため、どのギルドとも専属契約を結んでいないという「はぐれ者の天才」だ。
もし彼と仲良くなり、王都ギルドの専属になってくれれば、ギルドの設備環境は劇的に向上する。
(エレベーターピッチで私のメリットを伝えて、勢いで名刺交換! 完璧な作戦ね!)
アリサはバインダーを小脇に抱え、弾かれたようにルーグの元へ突撃した。
「初めまして! 王都ギルド『暁の翼』で筆頭受付嬢をしております、アリサと申します!」
ビシッと美しいお辞儀を決める。
ルーグはビクッと肩を跳ねさせ、おずおずとアリサを見上げた。
「あ……どうも」
「ルーグさんですね! 突然ですが、本日はルーグさんの魔道具を王都ギルドで一括購入し、安定した収入と研究費を確保できる『専属契約』のご提案に参りました! ご興味があれば、後日詳しい資料をお持ちします! 名刺交換をお願いします!」
息継ぎなしの三十秒。完璧な勢いと情熱のプレゼンテーションだ。
しかし、ルーグの反応は、先日の大商人たちとは少し違った。
「えっと……専属契約。……はい、まあ。名刺なら、ここに……」
ルーグは怯えた小動物のように目を泳がせながら、ポケットからクシャクシャになった名刺を取り出し、アリサに手渡した。
(やった! 勢いで名刺交換クリア! さあ、ここから親睦を深めるための歓談タイムよ!)
「ありがとうございます! えっと、ルーグさんは魔道具を作るのが得意なんですよね?」
「……はい」
「すごいですね! 最近は、お仕事お忙しいですか?」
「……いえ、それほどでも」
「そうなんですか! じゃあ、今ならギルドの依頼も受けられますか?」
「……はい」
「……」
ピタッ、と。
アリサの持ち前の『勢い』が、急ブレーキをかけたように止まってしまった。
おかしい。言葉のキャッチボールが、一往復で必ず地面に落ちてしまう。
ルーグは決して怒っているわけではなく、ただ本当に口下手なだけなのだが、「はい」か「いいえ」しか返ってこないため、会話が全く膨らまないのだ。
(や、やばい……次に何を質問すればいいの!?)
アリサの脳内で焦りのサイレンが鳴り響く。
「エレベーターピッチ」という最初の一撃(必殺技)は決まった。しかし、その後の「普通の会話」という泥仕合になった途端、ビジネス用語以外の語彙力がないアリサは、完全に弾切れを起こしてしまったのだ。
「え、えっと……魔道具作りって、大変ですか?」
「……はい」
「楽しいですか?」
「……はい」
……沈黙。
まるで、罪人を尋問している衛兵のような空気になってしまった。
ルーグはいたたまれなくなったのか、「あ、あの。お手洗いに……」と席を立ち、逃げるように去ってしまった。
「あぁぁっ……私の最強の勢いが、完全に殺されたぁ……」
アリサはその場にガクリと膝をつき、真っ白に燃え尽きた。
「ふふっ。勢いだけでなんとかなるのは、最初の三十秒だけよ、アリサ」
背後から、クスクスと笑う声が聞こえた。
振り返ると、いつものようにどこからともなく現れたシレーヌが、呆れたような顔でティーカップを傾けていた。
「シレーヌ先輩! どうしよう、私、相手の『はい』という壁に阻まれて、会話の勢いが死んじゃいました!」
「当たり前よ。あなたがいま撃ちまくっていたのは、相手の言葉を殺す『クローズド・クエスチョン』という名の毒矢だもの」
「く、くろーずど……?」
「ええ。人脈作りにおいて、名刺交換はただのスタートライン。その後の会話を弾ませ、相手と『仲良くなる』ための魔法を知らない限り、あなたは永遠に彼とビジネスパートナーにはなれないわ」
シレーヌはアリサのバインダーをコツンと指で叩いた。
「さあ、頭の悪い猪突猛進はここまでよ。次は、どんなに無口な相手でも無限に言葉を引き出す、第二の魔法の授業を始めるわ」




