【オープン・クエスチョン】尋問にならない会話のキャッチボール 3/4
「あの、ルーグさん。お隣、よろしいですか?」
アリサがそっと声をかけると、柱の陰で小さくなっていたルーグは、ビクゥッ! と肩を跳ねさせて振り返った。
先ほど、弾丸のように言葉を浴びせてきた『圧の強い王都ギルドの受付嬢』だ。彼は「また尋問が始まるのか」と、露骨に怯えた表情を浮かべた。
「あ、えっと……はい……」
逃げ出したいのを必死に堪えているルーグの隣に、アリサは静かに腰を下ろした。
先ほどの彼女なら、座った瞬間に「では専属契約の件ですが!」と食い気味に突撃していただろう。
しかし、今の彼女は違う。シレーヌから授かった『第二の魔法』を胸に秘め、まずは相手の緊張を解くための、優しいトーンで語りかけた。
「先ほどは、急にまくし立ててしまってごめんなさい。私、王都ギルドの代表として成果を出さなきゃって、少し焦っていたみたいです」
「えっ……あ、いえ。僕の方こそ、上手く話せなくて……」
自分の非を認めて素直に謝罪するアリサの姿に、ルーグは少しだけ警戒を解いたように目を瞬かせた。
「ルーグさんは、こういう人の多い交流会は苦手ですか?」
アリサが尋ねると、ルーグは気まずそうに俯いた。
「……はい」
(来た! クローズド・クエスチョンへの「はい」の返事。ここからが勝負よ!)
アリサは心の中でガッツポーズをしつつ、間髪入れずに次の魔法【バックトラッキング(オウム返し)】と【オープン・クエスチョン】の合わせ技を繰り出した。
「交流会、苦手なんですね。(オウム返し)……どのようなところが、一番苦手だと感じられるんですか?(オープン・クエスチョン)」
「えっ……?」
『はい』や『いいえ』で答えられない質問を投げかけられ、ルーグは少し戸惑ったように視線を泳がせた。
しかし、アリサが急かすことなく優しい目で見つめてくれているのを感じ、ゆっくりと、自分なりの言葉を探し始めた。
「……その、僕は職人なので、人と話すよりも、工房でずっと作業をしている方が好きなんです。ここは人が多くて、騒がしくて……」
(喋った! ちゃんと文章で喋ってくれたわ!)
アリサは歓喜の声を上げそうになるのをグッと堪え、大きく頷いた。
「工房での作業がお好きなんですね!(オウム返し)……普段は、どんな魔道具を作っていらっしゃるんですか?(オープン・クエスチョン)」
「ええと……最近は、家庭用の『魔力温風機』の改良を……」
「温風機の改良、ですか! それは、どういった部分を改良されているんですか?」
アリサのオウム返しと絶妙な質問の連鎖に、ルーグは次第に自分のペースを取り戻していった。
彼のような職人にとって、自分の技術や作品について興味を持ってもらえることは、何よりも嬉しいことなのだ。
「今の温風機は、魔石の消費が早すぎるんです。だから、内部の送風回路の形状を『螺旋状』に変更して、魔力のロスを減らす研究をしていて……」
「螺旋状ですか! なるほど、風の通り道を工夫するんですね。そのアイデアは、どうやって思いついたんですか?」
「えっと、それは……その、竜巻の魔法陣の構造を応用できないかと……」
ポツリ、ポツリと。
最初は怯えた小動物のようだったルーグの言葉数が、目に見えて増えていく。
「竜巻の魔法陣を温風機に! それはすごい発想ですね。でも、魔法陣を組み込むのって、すごく難しそうです。一番苦労されたのはどんなところですか?」
「……回路の冷却です!」
ルーグが、パチッと顔を上げた。
その瞳には、もはや人見知りの怯えはなく、技術を愛する「職人の熱」が宿っていた。
「そうなんです、竜巻の構造を入れると、どうしても内部の温度が上がりすぎてしまって。だから僕は、外装に『氷冷石』の粉末を混ぜてコーティングすることで、熱を逃がす仕組みを考えて……!」
そこからのルーグは、堰を切ったように喋り始めた。
自分がどれだけ魔道具作りを愛しているか。今の王都の流通回路がどれだけ非効率か。そして、本当はもっと高性能な魔道具を作って、一般の家庭の生活を豊かにしたいという、熱い夢。
アリサは一切自分語りをすることなく、ただ「すごいですね!」「それで、どうなったんですか?」と相槌を打ち、彼の言葉の泉を掘り進めるオープン・クエスチョンを投げ続けた。
気がつけば、一時間が経過していた。
「――というわけで、この回路を使えば、魔力効率は三倍になるんです! ……あっ」
ルーグはハッとして口を閉じ、顔を真っ赤にして俯いた。
「す、すみません。僕としたことが、つい夢中になって、専門的なつまらない話を延々と……。あ、アリサさん、退屈でしたよね……?」
「とんでもないです!」
アリサはバインダーを胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。
「私、ルーグさんが作っている魔道具の凄さも、それを愛する熱意も、すごくよく分かりました。……王都ギルドは、そんなルーグさんの技術を一番活かせる場所だと思っています。ぜひ、前向きに専属契約をご検討いただけませんか?」
アリサの真っ直ぐな言葉に、ルーグは驚いたように目を丸くした。
最初の強引な「勢い」だけの勧誘ではない。自分の話を一時間も真剣に聞いてくれ、その熱意を理解してくれた上での、心からの提案。
「……はい。アリサさんがそこまで言ってくださるなら。……前向きに、考えさせてください」
ルーグは照れくさそうに頭を掻きながら、小さく、しかしはっきりと頷いた。
(やったぁぁぁっ!!)
心のなかで盛大なガッツポーズを決めるアリサ。
「はい/いいえ」の尋問の壁を越え、相手と深く心が通じ合った瞬間だった。




