【ピークエンドの法則】最高の結果を出す「去り際」と「追撃」 1/4
王都の中心にそびえ立つ、白亜の王城・大広間。
年に一度、王都の政財界のトップ、各ギルドの長、そして高ランク冒険者たちが一堂に会する王都最大のイベント『大総合交流会』が、今まさに華々しく幕を開けていた。
シャンデリアの眩い光が降り注ぐ中、アリサはバインダーを片手に、会場を旋風のように駆け抜けていた。
「初めまして! 王都ギルドの筆頭受付嬢、アリサと申します! 本日は魔石の流通コストを二割削減できるご提案に――」
「おおっ、それは凄いな! ぜひ詳しく聞かせてくれ!」
「――というわけで、このルートを使えば安全です! ところで、新しく開発されたポーション、どんな時に一番効果を発揮するんですか?(オープン・クエスチョン)」
「よくぞ聞いてくれた! 実はな、このポーションは深層の毒沼地帯で――」
アリサの快進撃は止まらなかった。
元々、彼女に難しいビジネスの駆け引きや、複雑な経済の知識があるわけではない。しかし、彼女には圧倒的な『勢い(モメンタム)』があった。
シレーヌから教わった「エレベーターピッチ」や「オープン・クエスチョン」といったビジネス用語を、まるで強力な攻撃魔法を詠唱するようにドヤ顔で繰り出し、その真っ直ぐな勢いだけで、並み居る大物たちの懐に次々と飛び込んでいったのだ。
(ふふん、私の『勢い』と『ビジネス用語』のコンボの前に、落とせない大物なんていないわ!)
アリサは心の中で高笑いしながら、次なる超大物ターゲットに狙いを定めた。
会場の中央で、幾人もの貴族に囲まれながらも退屈そうにグラスを揺らしている白髭の老人。
王都の魔法技術を牛耳る『王立魔導院』のトップ、エルロンド院長だ。彼と太いパイプを築ければ、王都ギルドの設備は最新の魔導具で埋め尽くされるだろう。
(行くわよ……! まずは『返報性の原理』で価値を提供して、一気に心を掴む!)
アリサは取り巻きの貴族たちの隙間を縫うようにスッと入り込み、エルロンド院長の目の前に勢いよく飛び出した。
「お楽しみのところ失礼いたします、エルロンド院長! 本日は、魔導院の若手研究者たちが抱えている『実地データの不足』を、無償で解決するご提案に参りました!」
結論から伝えるエレベーターピッチ。
退屈そうにしていたエルロンド院長の目が、ピクリと見開かれた。
「……ほう? ギルドの受付嬢が、実地データ不足を解決するじゃと?」
「はい! ギルドに所属する中堅冒険者たちに、魔導院の試作品を持たせてダンジョンに潜らせます。彼らには最新の魔導具を使えるメリットがあり、魔導院には彼らが持ち帰る『実戦での使用データ』が手に入る。完全なウィン・ウィンの関係です!」
「ウィン・ウィン……! かーっ、はっはっは!!」
エルロンド院長は、腹を抱えて豪快に笑い出した。
「これは面白い! 確かに、温室育ちの研究者たちには実戦のデータが足りておらんかった! 君、なかなかに鋭い提案をするじゃないか!」
「ありがとうございます! 院長の研究室では、今どんな魔導具のデータが一番欲しいですか?(オープン・クエスチョン)」
「うむ、実は最近、ダンジョン内の瘴気を浄化する携帯ランタンを作ったんじゃが……」
アリサの『勢い』と『魔法』の連撃が見事に決まり、エルロンド院長はすっかり上機嫌になって話し始めた。
会話は弾みに弾み、周囲の貴族たちが入り込む隙がないほど、二人の間には最高の熱気が生まれていた。
(やった、大成功!! 院長、めちゃくちゃ笑顔でお話ししてくれてる!)
アリサはバインダーを抱きしめながら、内心でガッツポーズをした。
(このまま私の『勢い』で押し切れば、今日この場で専属契約まで結べちゃうかもしれない! よーし、もっとたくさん質問して、もっともっと仲良くなるんだから!)
アリサはさらに身を乗り出し、前のめりになって次の質問を投げかけようとした。
完全に「勢い」に乗りすぎた彼女は、その時、エルロンド院長の視線がチラリと会場の入り口付近――新しく到着した大物ゲストの方へ向いたことを見逃していた。
「院長! ランタンの瘴気浄化、すごいです! 他には、他にはどんな研究をしてるんですか!? あっ、そういえばギルドの東支部でも最近瘴気が出まして、それで――」
アリサがさらに会話を続けようと早口でまくし立てた瞬間。
エルロンド院長の顔から、先ほどの「最高の笑顔」がスッと消え、ほんのわずかに、しかし明確な『疲労』と『焦燥感』の色が浮かんだ。
「……うむ。まあ、その話はまた今度にしよう。私も今日は、他にも挨拶をしておきたい者が大勢おるのでな」
「えっ……あ、はい。でも、そのランタンの件、もっと詳しく……!」
「君の提案は面白かったが、少々喋り疲れてしまった。悪いが、私はあちらへ行くよ」
エルロンド院長は、アリサの勢いをやんわりと手で制し、足早に別の貴族の輪へと去ってしまった。
「あ……れ……?」
先ほどまでの熱狂的な盛り上がりが嘘のように、ポツンと取り残されたアリサ。
名刺の交換すら、まだしていなかった。
「……やりすぎたわね、アリサ」
呆然とするアリサの背後から、氷のように冷たいシレーヌの声が降ってきた。




