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『ラノベでスッキリわかる!異世界ギルドの人脈を広げる5つの魔法 ~受付嬢アリサのギルド奮闘記~』  作者: ぽてと


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【返報性の原理】奪う前にまず与える「ギブ・アンド・テイク」 2/4

色鮮やかな薔薇が咲き誇る庭園の奥。

 豪奢なガゼボ(西洋風のあずまや)の陰で、一人の初老の男性が眉間を揉み解しながら深い溜息をついていた。


彼は、今回アリサがターゲットに定めている『東方貿易商会』の王都支部を任された男、ウォン支店長だ。

 東の異国から王都にやってきたばかりの彼は、今日このガーデンパーティーで、王都の貴族や商人たちから猛烈な「すり寄り」を受けていた。誰もが東方の珍しい絹や香辛料の独占契約(おいしい汁)を吸おうと、ハイエナのように群がっていたのだ。


「……王都の人間というのは、どいつもこいつも自分の利益ばかり要求してくる。少し休ませてくれんものか……」


ウォン支店長が疲れたように呟き、手元の書類に目を落としたその時だった。


「おっ! あんたが東から来たっていう金持ちの支店長か!」


またしてもハイエナが……いや、ハイエナよりもタチの悪い『テイカー(奪う者)』が突撃してきた。先ほどヴァレリアン侯爵から冷たくあしらわれていた、あの態度の悪い中堅冒険者・ザックだ。


「俺は次世代のSランク候補、ザックだ! あんたの商会、東の珍しい魔法剣を持ってるんだろ? 俺のスポンサーになって、その剣を俺にタダで譲ってくれよ! 俺がそれを使って活躍すれば、あんたの商会のいい宣伝になるぜ!」


ザックはワイングラスを片手に、さも「いい提案をしてやっている」というような恩着せがましい態度でウォン支店長に迫った。

 自分の実績は何も提示せず、ただ「タダで剣をよこせ」という身勝手な要求。ウォン支店長は冷ややかに目を細め、傍らに控えていた屈強な護衛に顎で合図をした。


「……っ!? な、なんだよお前ら! 俺はいい提案をしてやってるのに……っ、離せ!」


護衛たちに両脇を抱えられ、ザックは無様にガゼボからつまみ出されていった。


「……やれやれ。自分の『欲』を隠そうともしない輩ばかりで、本当に嫌になる。これだから王都のギルドは信用できんのだ」


ウォン支店長が忌々しげに吐き捨てた、まさにその直後。


「――お疲れのようですね、ウォン支店長」


スッ、と。

 涼やかな声と共に、バインダーを胸に抱えたアリサが、絶妙な距離感を保ちながらガゼボの入り口に現れた。


ウォン支店長は警戒心を露わにし、ピクリと眉を吊り上げた。


「……またギルドの人間か。言っておくが、投資の話も、専属護衛の売り込みも、東方品の優先提供の話も、すべてお断りだ。私は今、王都の複雑な倉庫申請の手続き書類で頭が痛いのだ。悪いが、他を当たってくれ」


明確な拒絶。

 先ほどのザックや、有象無象のテイカーたちと同じ「何かを奪いに来た人間」だと認識されているのだ。

 しかし、アリサは全く怯むことなく、むしろふんわりと柔らかい、最高級の営業スマイルを浮かべた。


「ご安心ください、支店長。本日は商談でも、お願い事でもありません。王都へようこそいらっしゃいましたという、ギルドからの『歓迎のご挨拶』に伺っただけですから」

「挨拶、だと?」


「はい。……それと、もしよろしければ、王都の複雑な手続きでお悩みの支店長に、ほんの少しだけ『プレゼント』をお渡ししたくて」


アリサはそう言うと、持っていたバインダーから真っ白な羊皮紙を一枚取り出し、銀色の羽ペンでサラサラと何かを書き込み始めた。


(相手は、自分の利益ばかり要求してくる王都の人間テイカーにウンザリしている。……なら、私は絶対に『要求』はしない。まずは相手の頭痛の種を取り除くための、とびきりの価値ギブを提供するのよ!)


アリサは書き終えた羊皮紙を、ウォン支店長の目の前にあるテーブルにそっと置いた。


「王都の倉庫管理区画の申請書類、読みにくい貴族言葉で書かれていて大変ですよね。でも、実はその書類……『ギルドの第三窓口』に、火曜日の午後二時から三時の間に提出するだけで、二週間かかる審査を『即日』でパスできる裏技があるんです」


「なっ……!? 即日だと!?」

 ウォン支店長は驚いて、身を乗り出した。


「はい。その時間は、審査に厳しいベテランの監査官がお茶の休憩に入っていて、代わりに新人職員が窓口を担当しています。彼らは『東区画の第七倉庫』と『南区画の第三倉庫』を指定した申請書なら、事前の身辺調査を免除して即日ハンコを押すという、ギルドの特別通達を知っているんです」


アリサが手渡した羊皮紙には、その『即日パス』のための具体的な手順と、新人職員に渡すべき特定の合言葉(ただのギルド内用語だが、外部の人間は知らない)が、簡潔にまとめられていた。


「……こ、これは……」


ウォン支店長は、震える手でその羊皮紙を受け取った。

 東方貿易商会にとって、王都での拠点の立ち上げスピードは命だ。倉庫の審査で二週間も足止めを食らえば、莫大な保管料と機会損失が発生してしまう。

 アリサが今、ポンと無料で差し出したこの『小さな情報』は、商会にとって数百万ゴールドにも匹敵する、とてつもない価値を持っていたのだ。


「王都ギルドの筆頭受付嬢として、新しい風を運んできてくださる東方貿易商会様を心から歓迎しております。このメモが、少しでも支店長のお力になれれば幸いです」


アリサは深々と、美しいお辞儀をした。


「で、では……。私はこれで失礼いたします。良いガーデンパーティーをお楽しみくださいませ」


そして、本当にそれだけを言い残し、自分の名刺を渡すことも、見返りを求めることも一切せず、クルリと背を向けて立ち去ろうとしたのだ。


「ま、待ちなさい!!」


ガタッ! と音を立てて椅子から立ち上がり、ウォン支店長がアリサを呼び止めた。


「君は……この情報を私に渡して、一体何を要求するつもりだ!? 東の絹か!? 香辛料の独占権か!?」


当然の疑問だった。これほどの価値ある情報ギブを提供しておいて、何も見返り(テイク)を求めない人間など、魑魅魍魎が跋扈するビジネスの世界に存在するはずがないからだ。

 しかし、振り返ったアリサの顔には、一切の下心のない、純度百パーセントの笑顔が浮かんでいた。


「何も要求しませんよ? だって、これはギルドからの『歓迎のプレゼント』ですから」


アリサは首を傾げ、ふわりと笑った。


「見知らぬ土地で手続きに困っている方がいたら、知っている者が手助けをする。……ギルドの受付嬢として、当たり前のことをしたまでです。では!」


今度こそ、アリサは小走りでガゼボから離れていった。


取り残されたウォン支店長は、手に握りしめた『裏技のメモ』と、アリサの遠ざかる背中を、呆然と交互に見つめていた。

 これまで王都で出会ってきた、自分の利益ばかりを要求する『テイカー』たちとは、全く違う存在。

 純粋に自分の窮地を救い、見返りを求めずに去っていった少女。


(……なんという娘だ。王都にも、あんな『無私の人間』がいるとは……)


その瞬間、ウォン支店長の胸の奥底で、人間が本来持っている強烈な心理的メカニズム――【返報性の原理】が、激しく稼働し始めた。


(このまま、彼女から一方的に恩恵を受け取るだけで終わらせていいはずがない。……東方貿易商会の名にかけて、必ず彼女に、この恩を『お返し』しなければ……!!)


ウォン支店長の目に、先ほどの疲労感とは全く違う、商人としての熱い使命感が宿っていた。

 アリサが蒔いた「ギブ」という名の種が、見事に相手の心の中で芽吹いた瞬間だった。

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