【ウィークタイズ】「ちょっとした知り合い」が扉を開く魔法 2/4
冒険者パーティー『鋼鉄の牙』のリーダーである重戦士ガルドは、大きな体を縮こまらせながら、酒場の隅で分厚い本を広げているひょろりとした青年に声をかけた。
「あー……邪魔するぜ。あんた、学者の卵だって?」
「ひぃっ!? あ、は、はい! 王立アカデミーの研究生で、テオと申します……!」
筋骨隆々で顔に傷のあるガルドに声をかけられ、テオはビクッと肩を震わせて本で顔を隠した。
普段のガルドなら、ここで単刀直入に「幻影の鱗について知らねえか?」と聞き、相手が「知らない」と答えれば「チッ、邪魔したな」と去っていただろう。
しかし、今日のガルドの頭の中には、先ほどアリサから叩き込まれた『オープン・クエスチョン』の教えが残っていた。
(焦るな、俺。まずは相手に気持ちよく喋らせるんだ……!)
ガルドは咳払いを一つして、できるだけ威圧感のない笑顔を作った。
「テオっていうのか。こんな酒場で、一体どんな研究をしてるんだ?」
「えっ……? ぼ、僕の研究ですか?」
ガルドが『はい/いいえ』で答えられない質問を投げると、テオは恐る恐る顔を上げた。
「……その、魔物の『擬態能力』と、生息地の『土壌成分』の関連性について調べていて……。でも、冒険者の方には退屈な話ですよね」
「土壌成分の関連性! そいつは面白そうだ。(オウム返し)」
「えっ?」
ガルドは自分でも驚くほどスムーズに、アリサの教え通りに相手の言葉をリピートした。
「つまり、土の成分を調べれば、そこにどんな魔物が隠れているか分かるってことか? どうやって調べるんだ?(オープン・クエスチョン)」
その瞬間、テオの瞳の奥に「研究者としての火」が灯るのが見えた。
自分の専門分野に興味を持ってくれる強面の戦士。テオの警戒心は一瞬で吹き飛んだ。
「そうなんです! 例えば、保護色を持つ魔物が脱皮をした後、その抜け殻から特殊な魔力が土に溶け出すんです! その魔力溜まりの痕跡を特殊な試薬で追えば、目に見えない魔物の生態ルートが完全に丸裸にできるんですよ!」
「すげえな! じゃあ、目に見えない魔物でも、痕跡から居場所を特定できるのか!」
「はい! 実は最近、東の森の奥深くで、非常に珍しい『光の屈折率を歪める魔力痕』を発見しまして……。僕の仮説では、これは『幻影』の名を冠する魔物の脱皮の痕跡で間違いないと――」
ピタッ、と。
ガルドの手から、持っていたエールのジョッキが滑り落ちそうになった。
「……おい、待て。今、なんつった?」
「えっ? 光の屈折率を歪める魔力……」
「違う、その後だ!」
「『幻影』の名を冠する魔物の、脱皮の痕跡ですが……」
ガルドはガタッ! と椅子から立ち上がり、テオの両肩をガシッと掴んだ。
「それだぁぁぁっ!! 俺たちが一ヶ月探し回っても見つからなかった『幻影の鱗』の落とし主だ!!」
「ひぃぃっ!? な、なんですか急に!」
「テオ先生!! その土壌調査、ぜひ俺たち『鋼鉄の牙』に護衛として同行させてくれ! もちろん報酬はいらねえ! むしろこっちから情報料を払わせてくれ!!」
一方その頃。
少し離れたテーブルでは、『鋼鉄の牙』の盗賊メンバーが、西大陸から来たという中年の行商人とすっかり意気投合していた。
「へえ! 西大陸じゃ、そんな香辛料が流行ってるのか!」
「ああ、王都の人間はまだ誰も知らないだろうがね。……そういえば、あんたたち腕の立つ冒険者なんだろ? 実は今度、西から『幻影の鱗』を加工する特殊な研磨剤を仕入れる予定なんだが、王都の鍛冶屋にツテがなくてね。どこか紹介してくれないか?」
「研磨剤!? おいおいマジかよ、俺たちちょうどその鱗を探してて、加工できる鍛冶屋を探してたところなんだ! だったら、西の研磨剤を俺たちが買い取るから、一緒にドワーフの工房に行こうぜ!」
カウンターの端からその光景を見ていたアリサは、信じられないものを見るように目を丸くした。
「すごい……。本当に、ちょっと話しかけただけの人たちから、あんなに欲しがっていた情報がポンポン出てくるなんて……」
「これが【ウィークタイズ(弱いつながり)の強さ】よ、アリサ」
隣でシレーヌが、満足げにカモミールティーを啜った。
「『強いつながり(身内)』は、価値観や情報源が同じだから、居心地は良いけれど新しい情報は生まれない。
逆に『弱いつながり(ちょっとした知り合い)』は、自分たちとは全く違うネットワーク(学者の世界、西大陸の商人の世界)に属しているわ。だからこそ、彼らと繋がるだけで、自分たちのコミュニティには絶対に存在しない『異世界の貴重な情報』が、一気に流れ込んでくるのよ」
「……違うネットワークへの『橋渡し』になるから、弱いつながりこそが最強の情報源になるんですね」
アリサはバインダーにしっかりとメモを取りながら、感動の溜息を漏らした。
もしあのまま、彼らが「身内」だけで森を探索し続けていたら、目的の魔物に出会うまでに数ヶ月はかかっただろう。
しかし、ほんの少しの勇気を出して「他業種の知らない人」に話しかけただけで、わずか十分で解決策を引き寄せてしまったのだ。
「アリサ嬢!!」
ガルドが、興奮冷めやらぬ様子でテオ(学者)と行商人を引き連れて、カウンターのアリサの元へ駆け寄ってきた。
「あんたの言った通りだ! この学者先生が鱗のありかを知ってて、この商人のおっさんが鱗の加工技術を持ってた! 俺たちだけで悩んでたのが馬鹿みたいだぜ!」
「ふふっ、おめでとうございます、ガルドさん。勇気を出して、いつもの輪から飛び出した結果ですね!」
アリサが満面の笑みで祝福すると、ガルドはバツが悪そうに頭を掻き、そして真剣な表情で言った。
「……なぁ、アリサ嬢。俺たち、今回の件で『情報を広く持つこと』の重要性が身に染みた。この学者先生や商人のおっさんとも、今後も長く付き合っていきたいんだが……」
「はい!」
「でも、俺たちは冒険者だ。相手は学者や商人。……どうやったら、こういう『異業種の人たち』と、一過性の繋がりじゃなくて、本当の味方になれるんだ?」
その問いに、アリサの目がキラリと光った。
「……よくぞ聞いてくれました、ガルドさん!」
アリサはバインダーをドンッとカウンターに置き、シレーヌから授かった『第四の魔法』を展開する準備に入った。




