【ウィークタイズ】「ちょっとした知り合い」が扉を開く魔法 1/4
王都ギルド『暁の翼』の併設酒場は、今日も今日とて冒険者たちの騒がしい声で満たされていた。
木製のジョッキがぶつかり合う音、武勇伝を語る大声、そして任務に失敗した者のぼやき。
アリサはカウンターの端で、常連の冒険者パーティー『鋼鉄の牙』の面々を眺めながら、小さく溜息をついた。
「はぁ……。またあそこで固まってるわね」
リーダーの重戦士をはじめ、魔法使い、盗賊、僧侶。彼らは腕の立つ中堅パーティーだが、酒場ではいつも決まった席に陣取り、身内だけで酒を酌み交わしている。
彼らが今、喉から手が出るほど欲しがっているのは、装備を強化するための希少素材『幻影の鱗』の入手情報だった。
「――おい、今日も収穫なしか?」
「ああ。路地裏の情報屋も、武器屋のオヤジも『知らねえ』の一点張りだ。結局、俺たちだけでダンジョンの最深部まで潜るしかねえのか……」
彼らの会話は、ここ数日間ずっと同じ場所で停滞している。
仲が良いのは素晴らしいことだ。しかし、彼らは「自分たちの仲間内」という極めて狭いコミュニティの中で、同じ情報だけをぐるぐると回し続けているのだ。
(もったいないわ……。すぐ隣のテーブルには、西大陸から来たばかりの行商人が座っているのに。あっちの席には、珍しい魔物を研究している学者の卵もいるのに!)
アリサはバインダーをぎゅっと抱きしめ、彼らの元へ歩み寄った。
「こんにちは、『鋼鉄の牙』の皆さん。今日も『幻影の鱗』の手がかりはなし、ですか?」
「おぉ、アリサ嬢。……見ての通りだ。俺たちの仲間はみんな『見たこともねえ』って言ってる。こうなったら、明日からまた一ヶ月くらい、総当たりで森を探索するつもりだぜ」
重戦士のリーダーが、ジョッキをドンと置いて投げやりな口調で言った。
アリサは、彼らのテーブルに並んだ「いつもと同じ顔ぶれ」を見渡し、少しだけ声を潜めて言った。
「皆さん、仲が良いのはとても素敵です。でも、今の皆さんは『強いつながり』の中に閉じ込められてしまっているんです。それでは、新しい情報は一生入ってきませんよ?」
「強いつながり……? そりゃ当たり前だろ。生死を共にする仲間なんだ、絆は強ければ強いほどいい」
「もちろん、冒険の最中はそうです。でも、『情報収集』においては、強すぎる絆は時に邪魔になるんです」
アリサは空いている椅子に座り、ビジネス用語(魔法)を披露するための準備を整えた。
「皆さんは、いつも同じメンバーで飲み、同じ情報源を頼っていますよね。でも、仲が良い者同士というのは、持っている情報も似通ってしまうんです。これを、私の学んだ魔法では【強いつながり(ストロング・タイズ)】の罠と呼びます」
「罠だと……?」
「ええ。対して、皆さんが今必要としている『全く新しい未知の情報』をもたらしてくれるのは、実は身内ではなく、『ちょっとした顔見知り』程度の関係の人たちなんです。これを、第三の魔法【ウィークタイズ(弱いつながり)の強さ】と言います!」
アリサは人差し指を立てて、自信満々に言い放った。
冒険者たちは顔を見合わせ、首を傾げた。
「弱いつながり……? そんな、一回話したことがあるかどうかの奴の話なんて、信用できるのかよ?」
「信用ではなく、『広がり』の問題です。例えば、あちらで一人でワインを飲んでいる、あの商人の男性。彼は昨日、王都に到着したばかりなんです。もし彼と名刺交換をして、ほんの少し雑談をすれば、皆さんの身内が誰も知らない『幻影の鱗』の目撃情報を、彼は持っているかもしれません」
「……」
「身内だけで固まって飲むのを、今日一日だけお休みしてみませんか? 全くの異業種、自分たちの生活圏とは違う人たちの輪に飛び込むんです。そこにこそ、皆さんの運命を変えるチャンスが眠っています!」
アリサの熱いプレゼンテーションに、冒険者たちは半信半疑ながらも、重い腰を上げた。
「……分かったよ。アリサ嬢がそこまで言うなら、ちょっと試しに、あそこの小難しい顔した学者の卵にでも声をかけてみるか」
「はい! その時は、前回お教えした『オープン・クエスチョン』を忘れないでくださいね!」
アリサに見送られ、彼らは自分たちの「聖域」だったテーブルを離れ、見たこともない他人の輪へと足を踏み出していった。
それを見届けたアリサの背後に、いつの間にかシレーヌが立っていた。
「ふふっ。ようやく『場の構造』に目を向けられるようになったわね、アリサ」
「シレーヌ先輩! はい、仲が良いのは良いことですが、人脈を広げるには『居心地の良さ』を捨てる勇気が必要なんだって、今の彼らを見て改めて気づきました」
「ええ。快適なコンフォート・ゾーンから抜け出した先にこそ、本当のチャンスがある。……さて、彼らがどんな『予期せぬお宝』を持ち帰るか、楽しみね」
シレーヌは優雅にティーカップを揺らし、少しだけ期待を込めた眼差しで酒場の喧騒を見つめた。




