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ダークナイトはやめました  作者: 天宮暁


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44 打ち上げ③管を巻く

「やってられないわよ、まったく!」


 メリーアンがグラスをテーブルに叩きつける。


「まあまあ、代表。いつものことじゃないですか」


 サリーがメリーアンをそうなぐさめる。


 頬を赤くして管を巻くメリーアン。

 俺とルディアは置いてけぼりだ。

 

「ナイン、お酒って怖いですね」


「だろう。大人になっても適量を守れよ?」


「適量ならいいのですか?」


「気持ちが和らぐ効果はあるからな。

 それだけなら、一杯も呑めば十分なんだが」


 と言いつつ、俺も杯を重ねてる。


 酒を注ぐ俺に、サリーが言う。


「……ナインは顔色が変わりませんね」


「酔ってないわけじゃないぞ」


 実は俺は、巡(めぐり)で酒を分解できる。

 というか、勝手に分解してしまう。


(闇の魔剣が左腕に一体化してるからな)


 酒が巡るうちに分解されてしまうのだ。

 それでも、ある程度の酔いはある。


「まったく、こっちが若いからって舐め腐って!」


 メリーアンが怒ってるのは代表会議のことだ。


 代表会議。

 七つの拝剣殿の代表による決定機関だ。


 俺は、現在の七剣代表を思い浮かべて言う。


「海千山千が揃ってるからなぁ」


 現在の七剣代表の中では、リィンが最年少だ。

 次点が、目の前にいるメリーアンである。


 今回の件では、その二人が連名で動いた。

 形式上、代表二人の裁可があれば特許は出せる。

 だが、年配株からは不満の声が出たらしい。

 

 いわく、最年少二人が予告もなしに動くなと。

 ルール違反ではないが筋は通せと。


(筋なんて実体のないもんを持ち出されてもな)


 後出しで、なんとでもいちゃもんがつけられる。


「ゴルドン! あの岩石親爺!

 頭まで石でできてんじゃないの!?

 ウィンドのレベッカも酷いもんよ!

 『緊急事態とはいえ勝手は困りますね。

 あなたももう落ち着いてもいいお歳でしょう?』

 ですって!?

 余計なお世話よ!

 風流ぶってるクセに言うことが陰険なのよ!」

 

 ゴルドンは地の拝剣殿の代表。

 レベッカは風の拝剣殿の代表だ。

 

 サリーがフォローを入れる。


「まあまあ、代表。

 スルトさんは賛成してくれたんですよね?」

 

「『んなヤツは殺されて当然だ、ザマーミロ』

 だそうよ。

 『言えば俺が殺ってやったのに』ですって」

 

 スルトは雷の拝剣殿の代表だな。

 アブナいヤツで通ってる。


「アクアナイトの方はどうだったんだ?」


 と、聞いてみる。

 

「どっちつかずの反応ね。

 アクアナイトはファイアナイトとは仲が悪いわ。

 内心では喜んでるんでしょうけど」

 

「珍しく、自分たちから堕剣を出しましたしね。

 その上火(・)の不始末を光と闇に取られてしまった。

 内心は複雑ということですか」


 サリーがそう補足する。


「賛成なら賛成と言えばいいじゃない!

 あの陰険なコウモリ野郎が!

 責任を逃れることばかり考えて!」

 

「まあ、今回はリィンさんが味方でしたし。

 これもナインさんのおかげですね。

 闇とはあまり接点がなかったんですけど」


「リィンもねぇ……。

 何を言われても馬耳東風。涼しい顔よ。

 こっちにばかり風当たりが強くなるじゃない」


「代表もリィンさんを見習えばいいんです。

 拝剣殿の代表に上下なんてないんですから」


「……それができればやってるわよ……」


 ぶすっとした顔で、メリーアンが黙り込む。

 なかなか苦労性なようだ。


「代表は、リィンとは?

 年齢的には近いだろ?」


「ここではメリーアンでいいわよ、ナイン。

 これは公務でもなんでもないんだから」


「むしろ、完全に内輪の飲みですよね。

 私情でずるずるべったりの……。

 代表のための合コンみたいなもんですよ」


「ゴウコンってなんだ?

 妖獣人ゴルゴンの仲間かなにかか?」


「ナイン……さすがにそれは」


「一睨みで石にできるなんて羨ましいわね。

 今あなたを石にしたいと思ったわ」


 サリーとメリーアンがため息をついた。


「って、こんな話ばかりじゃルディアに悪いわね。

 ごめんなさいね、大人の愚痴に付き合わせて」


「えっ、いえ、知らないことばかりですので」


 いきなり話を振られ、ルディアが驚く。


(ちょっと退屈そうだったな)


 知らない奴への愚痴ばかりじゃそうもなる。


 かといって、


(ルディアにうかつなことを言われるのも困るな)


 俺はうなずき、立ち上がる。


「あら、どうしたの?」


「まあ、見ててくれ」


 俺はそう断って、自分の足下にしゃがみこむ。

 影の中に、ずぷりと手を突っ込んだ。


「な、なによそれ!?」


 メリーアンがのけぞった。


「いや、見てほしいのはこれじゃなくてだな。

 ……ええと、だいぶ奥の方にあるな。

 っと、これだ」


 俺は「それ」を影の中から引っ張り出した。


 大きな枇杷(びわ)のような胴に、長い首。

 首の先から胴に向かって伸びる五本の弦。

 胴には丸く穴が空き、中は空洞になっている。


「キタル、ですか?」


 サリーが俺の手にしたものを見て言った。


「ああ。一応、心得があってな」


「……あの、それはなんでしょうか?」


 ルディアがキタルを覗き込んで聞いてくる。


「楽器の一種だ」


 俺はそう言って、指で弦をかき鳴らす。

 ぼろろろん……と、和音が鳴った。


「わっ、優しい音です」


「そうだな。南方の吟遊詩人がよく使う楽器だ」


「いえ、あの……

 影から取り出したことの方が驚きなんですが」


 と、サリー。


「これじゃあなんでも隠し放題じゃないの……」


 メリーアンも呆れ顔だ。


「おいおい、興の醒めることを言うなよな。

 人前では滅多に弾かないんだぞ?」


「えっ、弾けるの?」


 メリーアンが目をむいて言った。


「そりゃ、弾けるから出したんだろうが」


 半眼で突っ込みつつ、俺は弦をかき鳴らす。

 久しぶりだが、音は狂ってないようだ。


「ま、レパートリーは少ないけどな。

 本職の吟遊詩人には敵わないさ」


「弾く……というのはどういうことでしょう?」


 ルディアが首をかしげて言ってくる。


「さっそくやってみせようか。

 まずは……そうだな。

 明るい曲から行ってみよう」


 じゃらんと鳴らしながら譜面を思い出す。


「じゃあ、一曲目。

 『醸(かも)せトルッカ、踊れよ娘』」


 俺が言うと、メリーアンたちが口をつぐんだ。


 俺はキタルに集中する。

 左手で弦を押さえ、右手で弾く。

 剣に比べると、格段に細かい指使いになる。


 まずはイントロで、聴衆の注意を惹き付ける。


 単純で、明るい、生の喜びに満ちた曲だ。


 俺はおもむろに歌い出す。


♪ 醸せよ、醸せ、おらが酒

  踊れよ、踊れ、村の娘

  酒は村の宝じゃ、活力じゃ

  

  呑んだくれて目覚めてみれば

  酒盃の酒はどこかに消えた

  

  呑んだ覚えもないってのに

  酒盃の酒はどこかに消えた

  

  おらが酒を呑んだのは

  おまえか、街の旦那衆

  

  おらが酒を呑んだのは

  おまえか、うちのドラ息子

  

  おらが酒を呑んだのは

  やっぱりおらか、すいやせん

  

  酒盃の酒はどこかに消えた

  だから今夜も酒を呑もう

  

  おらが酒が消えちまう前に

  それより早く、呑んじまおう

  

  呑んだくれて目覚めてみれば

  酒盃の酒は消えていた

  

  醸せよ、醸せ、おらが酒

  踊れよ、踊れ、村の娘

  酒は村の宝じゃ、活力じゃ


 歌いきったら、後はアウトロをゆっくりと。

 じゃじゃじゃん、と最後にかき鳴らす。


 メリーアンとサリーは口をあんぐり開けていた。

 一拍遅れて、盛大な拍手をくれる。


「すごいじゃない!」


「見事な歌いぶりでした!」


「いやいや、お粗末様でした……と。

 って、ルディア?」


 見れば、ルディアが固まってる。


「す、すごいです!

 どうなってるんですか!?」

 

 ルディアが俺の持つキタルに顔を近づける。


「これか? 中が空洞になってて……」


「それはわかります!

 そうじゃなくて……、

 『おら』も『娘』もいないのに……

 まるでここにいるようでした!」


 ルディアが目を輝かせて俺を見る。


「そ、そうか。感動してくれたならよかった」


「もう一回、もう一回、今のキョクを!」


「いや、他にも曲はあるし、こういう場だ。

 もう二、三曲弾いてみよう」


「他にもあるのですか!?」


 興奮するルディアを落ち着かせ、席に戻す。


「いいわねえ。音楽を聴きながら酒を楽しむ。

 こんな贅沢ができるとは思わなかったわ」


「なら、次はゆったり飲める曲にしようか」


 そこから数曲、俺はキタルを奏でたのだった。


    †


「意外です。あのナインが楽器を嗜むとは」


 一通り弾き終えたところで、サリーが言う。


「なんであれ、芸の道は参考になるからな。

 剣の上達に詰まった時には役に立つ」


 一芸を続けてると、伸び悩む時期もある。

 そんな時に他の芸をやるのは気晴らしになる。

 自分が前進してるという証にもなるしな。


「なるほど、あくまでも剣のため、ですか。

 ひょっとして、他の芸道にも?」


「楽器なら、笛や太鼓もかじったな。

 絵画や彫刻もやったことがある。

 弓や水泳なんかもやってる」


「多芸ですね」


「結果的にそうなっただけだ。

 俺は基本的に一芸特化の人間だよ」


「一芸は多芸に通じるということかしら。

 あなたならどの道でも大成したのでしょうね」


 メリーアンが薄赤い頬で言ってくる。


 対照的なのはルディアだった。


「うう……ぐすっ。悲しいです……。

 どうしてお別れしなきゃいけないんですか……」


 どうやら最後のバラードが効きすぎたらしい。


「ルディアちゃんは純真ねえ」


「まるで音楽を聴いたことがないみたいですね」


 メリーアンとサリーが若干不審そうに言った。


(やべ、藪蛇だったか)


 俺は内心焦りながらルディアに言う。


「まあまあ。

 別れた先で、また別の出会いがあっただろうよ。

 この仕事も、出会いと別ればっかりだ」


「ううっ、ぐす、そうです、ね……」


「俺とルディアみたいに出会うこともあるだろ?

 別ればかりにはならないさ」


「はい……

 ううっ、二人が幸せになってほしいです……」


 ルディアはようやく落ち着いてきたようだ。


「『俺達みたいに出会うこともあるだろ?』

 ですって、サリー」


「わたしも言われてみたいものですねえ……」


 メリーアンとサリーが遠い目で言い合ってる。


「ん? どういう意味だ?

 メリーアンやサリーとだって出会っただろ。

 俺は、いい出会いができたと思ってるぞ。

 ホーリーナイトを選んでよかったと思ってる」


 そう言った俺に、


「もう……これよ、これ。

 何の自覚もなしにこんなこと言うんだから」


「砂に釘、カーテンに腕押し、ですね。

 それなのにかっこいいからタチが悪いです」


「あら、あなたもずぶずぶになる?」


「いえ、わたしは結構です。

 リィンさんに殺されたくはないですから」


「まるでわたしは脅威じゃないみたいな言い方ね」


「代表はすぐに燃えるけど醒めるのも早いですし。

 尾を引かないから遺恨は残らないでしょう」


「そ、そんなことはないわ!

 わたしは毎回本気なのよ!?」


「何回もある時点でおかしいじゃないですか。

 前のは忘れてるってことですよ」


「こ、今度こそは本気よ! 本気の本気!

 奪い合ったら遺恨残しまくりになるわ!

 そりゃもうたっぷりと!」


「遺恨ですか?

 ぶっちゃけ、代表なら残っても大丈夫です。

 戦いになっても互角だと思いますし」


「言ってくれるわね……。

 そりゃリィンと比べられても困るけど。

 まだまだ若い人には負けないわ」


 余裕で言うサリーを、メリーアンが睨む。


「お、おい!

 なんでガン飛ばし合ってんだよ!?

 酒は楽しく呑もうぜ、な?」



「「誰のせいだと思ってるのよ(ですか)!」」



 ……いや、マジでなんでこうなった。

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