45 打ち上げ④その後
「あぁ、うう……代表は孤独なのよ……
慰めて、ナイン~。
わたしもう折れちゃいそう……」
メリーアンはぐでんぐでんだった。
(最後は泣き上戸だったな)
代表の重圧、察するに余りある。
(リィンに投げて本当によかった)
ただ強いだけでは務まらない立場だ。
俺よりあいつのほうがよっぽど向いてる。
「すみません、代表ったら調子に乗って……」
サリーがメリーアンの肩を支えて言ってくる。
「いや、べつにいいけどよ。
業務に支障が出なければいいが……」
「それは大丈夫だと思います。
一晩で抜けるみたいですから」
「こんだけ呑んでか?」
「ひさしぶりの楽しい飲み会でしたので。
はしゃぎすぎたんでしょう」
「そうか。楽しかったならよかった」
「それはこちらのセリフですよ。
あなたたちのための打ち上げだったんですから」
「そういえばそうだった」
俺はルディアをちらりと見る。
蒼銀の頭が少し揺れてる。
眠くなってきたのだろう。
「俺もルディアも楽しませてもらったよ。
メリーアンにもお礼を言っておいてくれ」
「こちらこそ、楽しませていただきました。
代表はわたしが送っていきますので。
今日はこれにて解散ということで」
「ああ。じゃあまた。
っても、明日には会うか」
魔剣士に気をつけて帰れと言っても仕方がない。
巡を使えば、メリーアンを運ぶのも問題ない。
送っていく、というような虚礼は不要だろう。
サリーの腕を疑うようで、失礼になる。
「ええ。これからもよろしくお願いしますね」
「こっちこそな」
黄昏の馬車亭前でサリーたちと別れた。
俺とルディアの宿まではすぐだ。
「楽しかったです」
歩きながら、ルディアが言う。
「そうだな。眠くないか?」
「少しだけ……。
あと、竜鱗が……」
「なにっ!? 苦しいのか!?」
「い、いえ、それほどでは……。
少し動悸がしただけです」
「倒れてからじゃ遅い。
遠慮せずに言ってくれ」
「楽しかったので、邪魔をしたくなくて。
本当に大したものじゃないんです」
「そうか……。
宿に帰ったら治癒の剣だな」
「はい、お願いします」
ほどなくして、宿についた。
仮の宿ではあるが、戻ってくるとほっとする。
一階の食堂はまだやってたが、人影はまばらだ。
俺たちは階段を上がり、ルディアの部屋へ。
俺は影から聖剣ハルディヤを取り出す。
ルディアは大物殺しを壁にかけ、背を向ける。
「すみません、留め金を」
「ああ」
俺は鎧の留め金を外してやる。
ルディアは鎧を宝物のように床に置く。
そして、ベッドに腰掛けて上着を脱ぐ。
買ったばかりの下着をつけた胸に、竜鱗がある。
「これも外したほうがいいのでしょうか?」
「だから肌を晒すなって」
「その基準がよくわからないのですが……」
「裸や下着は他人に見せるもんじゃない。
理由は説明しにくいが、そういうもんだ」
「そういうもの、ですか。
でも、メリーアンのドレスは胸が開いてました」
「大事なところはちゃんと隠してたろ。
最低限でもあんな感じだ。
あれよりは、ちゃんと隠したほうがいい。
少なくとも、自分で意味がわかるまではな」
「よくわかりませんが……
ナインが言うならそうします」
そう言って、ルディアがベッドに横になる。
俺は、竜鱗の上に聖剣を重ね、
「ええと……こうだったな」
魔力を込め、治癒の剣を使う。
(纏とも巡ともつかない感じだな)
剣に魔力をまとわせる意味では纏だろう。
だが、その魔力を相手に巡らせる感触もある。
聖剣から、青白い優しい光の雫が溢れだす。
雫が、銀色の竜鱗に落ちて、吸い込まれる。
「あっ、ん……」
ルディアがうめいた。
「苦しいか?」
「いえ、心地いいです。
ナインの熱が伝わってくるようです」
「どういう感じなんだ?」
「荒々しくなっていた竜鱗がほぐれていきます」
「怪我してるわけじゃないんだよな?」
治癒の剣は、本来怪我を治すためのものだ。
「怪我、ではないですね。
魔力の流れが整っていく感じがします」
「ふぅん……やっぱ竜鱗の力が強すぎるのか」
竜鱗は、ただの鱗ではない。
それ自体が魔力を生み出す器官であるらしい。
上位の竜のみが持つ特殊な器官なのだ。
竜が巨体を維持できるのは竜鱗のおかげである。
そんな説を唱える学者もいるらしい。
(一般に、上位の竜ほど大きいからな)
その説も、あながち的外れでもないだろう。
(ハルディヤとルディアじゃ身体が違いすぎる)
蟻に象の心臓の一部をつけたようなものか。
どだい、無理があるのだ。
「もともと、お母様の一部ですから。
やはり、わたしにとっては異物なのでしょう」
すこし淋しげに、ルディアが言った。
「ルディアとハルディヤは親子だよ。
身体のちがいなんて大した問題じゃないさ」
「……ありがとうございます」
「ハルディヤは聖竜だ。
ホーリーナイトとは相性がいいだろう。
極めれば、竜鱗を自分で制御できるかもな」
「だと、いいのですが」
「いい目標じゃないか。
この聖剣も、いずれはルディアが握ればいい」
「ナインが、ではないのですか?」
「俺は、あまり魔剣は選ばないほうだ。
でも、ルディアは違うだろ?」
俺が、ルディアにそう言うと、
『ほう、魔剣を選ばないとは言ってくれるな』
腰に提げた剣が言ってくる。
「なんだ、ザカーハか」
『なんだではないわ。
おまえは強力な魔剣を宿しておるではないか。
黑閻劍グラムシーザ、だったな。
あれも選ばなかったと言うつもりか?』
「実際、そこまでこだわりはないんだよ。
どんな剣でも戦えるのが俺の理想だ。
結果的に強い魔剣が手に入っただけさ」
治癒の剣は終わってる。
俺は聖剣を影に戻しつつ、
「……なんだ、ひがんでんのか、ザカーハ?」
『ひ、ひがんでなどおらぬわ!
どんな魔剣でもよかっただと?
そんな言われようが不本意だっただけだ!』
「そう聞こえたならすまねえな。
だが、魔剣と魔剣士は巡り逢いだ。
運命みたいなもんだろ?
俺が選んだみたいに言うのはおこがましい。
どの魔剣もこの一本と決めて握ってるつもりだ」
『ふん、ならばよいわ』
「わたしとエリザベータも巡り逢いでしょうか」
ルディアが、壁に立てかけた大剣を見て言った。
「そうだな」
「でも、お母様の聖剣もあります。
いずれ、どちらかを選ばないといけませんか?」
「あー……」
たしかに、悩ましい問題かもな。
「どっちも両手剣だしなぁ。
二刀流ってわけにもいかないな」
ルディアの力なら振れなくはないか?
(いや、さすがにキツいだろ)
大物殺しは、かなりの大剣だ。
聖剣ハルディヤも、まずまず大きい。
どちらも両手で握ることを想定してる。
「状況に応じて使い分ける、か?
でも、それだと両方持ち運ぶ必要があるな」
俺みたいに「影」が使えればいいのだが。
『当面は、その聖剣は使えまい。
まだ先の話であろう』
「まあな」
俺ですら、聖剣ハルディヤは振れそうにない。
魔剣としての格が高すぎるのだ。
俺の黑閻劍に勝るとも劣らない強剣だ。
「まずはエリザベータと仲良くなることだな」
「はい、そうですね。
よろしくお願いしますね、エリリ」
『ふっ、その魔剣が喜んでおるわ』
「みたいだな。なんとなくわかるよ」
「そう……なのですか?」
「ルディアならすぐにわかるようになるさ」
お世辞じゃない。
魔剣は、その声を聞こうとする者に囁くのだ。
もちろん、ザカーハみたいには喋らないけどな。
「ルディアの気持ちは伝わってるだろ。
その素直さがあれば大丈夫だ」
「そういうものなのですか」
「ああ。ただ、魔剣の呼び声には危険もある」
「危険?」
「堕剣の話はしたな?」
「はい。魔剣の力に魅入られ堕ちるのだと」
「心を開きつつ、心を許さない。
信頼しつつ、依存しない。
魔剣は、魔剣士の鏡と言われる。
魔剣は、魔剣士の魔力を引き出す器だ。
魔剣の力は、魔剣士自身の影でもある。
その姿に見惚れてはいけない。
それは、自惚れるのと同じことだからな」
「よく、わかりません」
「ルディアなら大丈夫さ。
だが、この先堕剣と出会う可能性もある。
そういうものだと知っておく必要はあるんだ」
「自惚れる、というのはどういうことでしょう?」
「自分に酔えば、外の世界が見えなくなる。
自分に酔えば、外の世界がうとましくなる。
自分の思い通りにならないのが現実だろ?
その現実を、自分の力で塗り替えたくなるんだ。
そう願ってしまった魔剣士の末路が堕剣なのさ」
「なんだか、悲しいですね。
それに、寂しいです」
「寂しい?」
「はい。
その人の世界には、もうその人しかいません。
世界に自分、たった一人なんて、寂しいです」
つぶやくルディアに、俺は言葉を失った。
「そうか……そうかもな。
一人だけじゃ寂しい、か」
『身に積まされているようではないか、ナイン?
おまえも堕剣と似たようなものだな』
そうからかってくるザカーハに、
「ナインは違いますよ、ザカーハ」
ルディアがきっぱりと言った。
「ナインは温かい人です。
強くて優しい人です。
ナインの世界にはたくさんの人がいます」
『そうか?
こやつは己の力しか見ておらんのではないか?』
「みんなが、ナインを頼りにしてます。
ナインの強さにはちゃんと意味があります。
みんなを助けられる強さなんです」
『破滅を求めるダークナイトが、か?』
「ナインは不器用なんです。
だから、強くなろうとするんです。
そして、その強さでみんなを助けるんです。
強くなることで、みんなと繋がってるんです。
ナインは決して一人じゃありません」
『強さを利用されておるだけではないのか?』
「誰かを守れるなら、いいじゃないですか。
お母様はとても強かったです。
強いことが悪いわけじゃありません。
優しさだけでは、守れないこともあるんです」
そうつぶやくルディアの目は暗かった。
俺は、蒼銀の頭を軽く撫でる。
「……ありがとう、ルディア。
そう言ってくれると救われるよ」
これじゃ、どっちがどっちを慰めてるんだかな。
「ま、明日からまたお仕事だ。
そうそう俺の力が役に立つこともないだろうさ」
ゆっくりのんびり。
着実に力をつけていけばいい。
時間はいくらでもあるんだからな。
――こうして、守る力を求める俺たちの戦いが始まった。




