36 初仕事(11)自由
「ぐぐぐ……えええいっ!」
気合いの声とともに、ルディアが鉄杭を引き抜いた。
「はっ……?」
ギャリスが間の抜けた声を漏らす。
たしかに、現実味のない光景だった。
幼い美少女が岩に突き刺さった鉄杭を抜くのは。
鉄杭が抜けた痛みで、竜の目に怒りが宿った。
竜は首を振り抜いた。
首だけでも、同じ大きさの岩より重く硬い。
首はギャリスを直撃した。
ギャリスの身体がひしゃげ、吹き飛ぶ。
四肢の折れ曲がったギャリスがドームに激突した。
壊れた人形になったギャリスが溶岩に落ちる。
岸壁についた血肉だけが、ギャリスがいた痕跡だ。
「うわああああっ!」
奴隷たちが逃げ出した。
奴隷たちの烙印はギャリスの魔剣。
ギャリスが死んだ今、彼らを縛るものはない。
冷えた溶岩の橋を渡って、谷の方に逃げていく。
「ちくしょうがっ!」
バフマンが罵りの声を上げた。
そのバフマンに、竜の頭が落ちてくる。
「ば、爆速っ!」
バフマンは巡を間に合わせかろうじてかわす。
竜の頭が台地に激突し、台地がぐらつく。
台地が斜めに傾いた。
斜面を、態勢を崩したバフマンが転がっていく。
「くそ、があああっ!」
バフマンは魔剣を床に突き立て、勢いを殺す。
その間に、ルディアが別の鉄杭を抜く。
右腕だ。
竜が解放された腕を台地に叩きつけた。
その震度で、バフマンの剣が宙に浮く。
バフマンはなすすべなく転がった。
最後の最後で、台地の縁を掴んだようだ。
「て、めえ、ら……!
そいつを解放したらどうなると……!」
ルディアが左腕の鉄杭を抜いた。
竜が両腕を突っ張る。
その力で、残りの鉄杭が全て吹き飛ぶ。
――ギャオオオオオッ!
亜竜がいなないた。
亜竜の足が地面を打つたび台地が跳ねる。
俺はルディアに駆け寄った。
抱きしめ、床に這いつくばる。
亜竜が台地を横切った。
片手の指先で縁にしがみつくバフマンを睥睨する。
「へっ……いい面構えするようになったじゃねえか」
言ったバフマンに、竜の前足が叩きつけられた。
†
――ギャオオオオッ! ギャオオオオッ!
亜竜が興奮に我を忘れて吠え猛る。
気持ちはわかる。
十分な。
だが、
「ど、どうすんだよ、これ!」
「わ、わかりませんよ!」
俺とルディアは崩れゆく台地の上で震え上がった。
「ええい、とにかく逃げるっきゃねえ!」
俺はルディアの手を引いて走り出す。
台地にかろうじて残った橋の一本。
そこに駆け込んだ途端、足下が崩れる。
「どわっ、ひいいいっ!」
俺はルディアを左手で掴む。
そして、橋の向こうに向かって放り投げた。
「きゃああああっ!?」
吹っ飛んでいくルディア。
俺の目の前では橋が崩れていく。
その下は煮えたぎる溶岩だ。
俺は巡を使って跳躍、崩れかけの橋の上に乗る。
俺が乗ったことでその場所が崩れる。
そんな中をひたすら前に駆け抜ける。
宙を飛んだルディアがドームの岸壁にぶつかった。
受け身は取れたらしい。
橋からジャンプ。
外壁に飛び移りつつルディアをキャッチする。
「ひ、ひどいですっ!」
「文句は後だ! ここも危ない!」
しかたなく、俺はズルを重ねることにした。
左手の疼きを感じながら、使い慣れた巡をかける。
ルディアを抱えたまま外壁を抜け、谷へと戻った。
背後を振り返る。
暴れる亜竜。
崩れるドーム。
怒りをぶちまけ、その手応えに歓喜の声を上げる。
崩落した岩石が溶岩に落ち、溶岩の柱が上がった。
亜竜といえど、岩石や溶岩には抗えない。
だが、
――ギャオオオッ! ギャオオオオオッ!
亜竜は喜びの声を上げ続ける。
「わかるぜ、あいつの気持ち」
自分の意思で選んだことなら。
破滅だって喜ばしい。
他人の意思で押し付けられたことなら。
生きていることすら煩わしい。
「わたしは……彼を助けようと……」
ルディアが泣きそうな顔で言った。
「助けたさ。あいつは自由になったんだ」
生きていれば、いずれ魔剣士に狩られる運命だ。
奴らは、この亜竜が真竜へ進化すると信じてた。
事実かどうかはわからない。
だが、真竜は激甚な被害をもたらす。
リスクを考えれば、亜竜のうちに討つしかない。
ルディアがなんと言ったとしても。
俺自身、この亜竜に同情してたとしても。
もし外へ向かうようなら討つしかなかった。
「ルディアの気持ちはちゃんと届いた」
「で、でも……!」
「行こう。ケジメをつけるべきことが残ってる」
俺の目に何を見たのか――
ルディアはこくりとうなずいた。




