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ダークナイトはやめました  作者: 天宮暁


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38/46

37 片をつける①左手

 話を通すべき相手は何人かいた。

 だが、時間は有限だ。

 通しやすいところから通し、俺は街を出る。


 闇夜の街道は危険だ。

 夜は魔物の活動が活発化するからだ。


 だが、そんな夜道を行くものもいる。

 魔物より恐ろしいものがいる奴らだ。


 車軸が折れそうな速度で馬車が走る。

 四頭の馬はいずれも汗だくだ。

 仮借ない鞭に怯え、疲れた脚を回転させる。


 その馬たちが、急に脚を止めた。

 馬が急停止すると馬車が馬に追突してしまう。

 慌てて御者がブレーキをかけた。


「な、なんだおまえら! 言うことを聞け!」


 鞭が飛ぶ。

 だが、馬は動かない。

 わかっているのだ。

 彼らの前に、鞭などより恐ろしい者がいることを。


 同時に、護衛の魔剣士を乗せた馬たちも止まる。


「な、ななな、何が起きた!?」


 馬車の中から顔を出し、御者に怒鳴る男。

 ホーリーナイト拝剣殿に現れた奴隷商だ。


「わ、わかりません、急に馬が……」


「ええい、無能め!

 くだらん言い訳をするな!

 すぐに馬を走らせろ!

 次の街につけるなら潰してもかまわん!」


「わ、わかっていますが……!」


 一方、護衛の魔剣士たちは冷静だ。

 いや、冷静にならざるをえなかった。

 ぴんぴんと感じる尋常ならざる殺気。

 彼らは手にかいた汗を拭って馬を降りた。

 そして、魔剣を構える。


 馬車の中からも複数の魔剣士が降りてきた。


 合計で十人。

 いずれもそれなりの使い手だ。

 ランクAクラスの魔剣士ばかりを揃えてる。


 だが、魔剣士たちの面差しはカタギじゃなかった。

 金で裏の仕事を受けるような魔剣士だろう。

 でなければ、この場にいようはずもない。

 つまり、容赦はいらないってことだ。


 俺は、暗夜の中から進み出る。


 今の俺は、ホーリーナイトの鎧を外してる。

 白い服だけを着ていた。

 右手に折れた魔剣だけを携えて、な。


 にじり出た俺に、魔剣士たちが怯んだ。


 俺は懐から書状を取り出し、読み上げる。


「奴隷商ルドルフだな?

 ホーリーナイト拝剣殿からの特許状だ。

 おまえを逮捕する。

 抵抗すれば生死不問だ」


「なっ……!」


 奴隷商・ルドルフが息を呑んだ。


「執行人は、Cランクホーリーナイト・ナイン。

 つまり、俺だ」


「し、Cランク……?」


 ルドルフが戸惑った声を漏らした。

 そして、すぐに太い笑みを取り戻す。

 脂ぎった唇から笑いが出た。


「ふ、ふははははっ! 笑わせるな!

 こちらにはAランクの魔剣士が何人もいるのだぞ!」


 ルドルフは、太い腕で控える魔剣士たちを示した。

 魔剣士たちも拍子抜けした顔をしている。


「そう言うなって。

 入門十日でCは記録なんだぞ?」


「はっ、それがなんだと言うのだ!?

 おまえら、この身の程知らずを叩っ斬れ!」


 強気を取り戻し、ルドルフが叫んだ。

 魔剣士たちが剣を構える。

 その目に浮かぶのは油断と嘲弄。

 最初の殺気はもう抑えたからな。


「なっ、抵抗すると言うのか!?

 生死不問なんだぞ!?

 本当に、本当にいいのか!?」


 俺は仰け反り、大げさに驚いてみせる。

 うろたえる俺に、ルドルフがふんぞりかえる。


「運がなかったなぁ、Cランク!

 分不相応な任務を与えた拝剣殿を恨め!

 おまえら、いいから斬り捨てろ!

 斬った奴にはボーナスをやろう!」


 そのセリフに、魔剣士たちがニヤついた。


「……ククク……」


 俺の口から、禁じきれない笑いが溢れる。


『ふん、見事に罠に嵌ったな!

 さあ、ナイン!

 この外道共を地獄に叩き堕とすぞ!』


 俺の右手で、ザカーハが意気軒昂に言った。


 だが、


「悪いな、ザカーハ。

 今回はおまえの出番はないんだ」


『な、何っ……』


 俺はザカーハを腰に戻す。

 そして、左手を前にかざす。


 左手が、ひとりでに震えた。

 恐怖じゃない。

 こいつが、そんなもんを感じるものか。

 これは、武者震いだ。

 これから起こる惨劇の期待に身を震わせてるのだ。


「おい見ろよ、あいつ震えてるぜ!」


「鎧もつけずに、バカな奴だ!」


 ギャハハハ! と連中が笑う。


 腕の震えが止まった。


 ずぷりと。


 泥に棒が落ちるような音がした。


 だが、事態は逆だ。

 俺の手のひらから、黒い剣の突端が現れた。

 泥沼を破るように、ずぷり、と。


 俺の腕が不気味にうねった。

 皮下に蛇でも潜り込んだような蠢動だ。

 その蠢動に押し出されるように剣先が伸びた。


 ずぷずぷと、湿った音を立てて剣が出る。

 刀身は1メルロと少し。

 片刃で若干反りがある。

 刀身に飾りらしきものは一切ない。


 刀身が抜けた。

 手のひらより広い、十字の鍔(つば)も抜けた。

 最後に、拳三つ分ほどの長さの柄が抜ける。


 その柄を、左手で握った。


 おそろしく、手に馴染んだ。


 俺はこいつの一部であり。

 こいつは俺の一部である。


 改めてそのことを確信する。


 その頃には、敵の魔剣士どもは静まり返っていた。


 剣を握った左手から、闇が伸びる。

 不吉な黒いリボンが巻きつくように。

 俺の全身を闇が覆う。

 闇は手甲になり、鎧になり、兜になった。

 脚甲も闇で。

 最後に、闇の外套がばさりと翻る。


「嘘、だろ……」


 魔剣士の誰かが乾いた声を漏らした。


「だ、ダークナイト……?」


「ホーリーナイトじゃなかったのか?」


「馬鹿野郎!

 知らねえのかよ!?

 あいつは……あいつは……!」


「ナイン……!?

 あいつ、ナインと名乗らなかったか!?」


「ナイン!?」


「ナインだと!?」


「だ、だから、なんなんだよ!?

 ナインってのはなんなんだ!?」


「だからなんで知らねえんだよ!?」


「俺らはセブンスソードの人間じゃねえ!

 ゆ、有名な奴なのか!?」


「だから……ナインだよ!

 ナインなんだよ!

 単独での真竜討伐数5。

 こないだは堕ちた聖竜を討った……

 適正SSS(トリプルエス)……

 Sランクダークナイト……

 史上類を見ない、

 神の如きダークナイト。

 ナイン、だ……!」


「ど、どうしてこんなとこに!?

 セブンスソードを去ったんじゃ!?」


「討ち漏らした聖竜を追ってるって聞いたぞ!?」


「聖竜と相打ちになったと……」


「……おいおい、混乱してるな」


 俺はつぶやく。

 俺の現在についてはリィンが情報を伏せたらしい。

 勝手な噂が飛び交ってるんだろう。


「存分に恐怖を味わったところで……

 早速だが、死んでもらおうか。

 生死不問。

 おまえら自身が選んだ道だ」


 俺は左手の剣を突きつける。

 黑閻劍(こくえんけん)グラムシーザの荒い息遣いが聞こえた。

 もちろん、そんなのは錯覚だが。

 この魔剣の魂の震えはたしかに感じる。


「悪いな、相棒。

 このところ構ってやれなくて。

 その詫びだ。

 今日は思う存分血を啜れッ!」


 纏も。

 巡も。

 技も。

 魔剣も。

 鎧も。

 己すら。


 今は完全に一つになった。


 剣は凶器。

 剣は狂気。


 煎じ詰めれば剣とは。

 敵を斬り、

 敵を殺すために造られた兵器。


 具現化された殺意。

 望まれた殺戮。

 殺す以外には何の役にも立たぬ破滅の道具。


 その、究極の形が。


 その枷を解かれ。


 戦場へと放たれた。


 戦闘が――


 いや。


 蹂躙が、始まった。

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