37 片をつける①左手
話を通すべき相手は何人かいた。
だが、時間は有限だ。
通しやすいところから通し、俺は街を出る。
闇夜の街道は危険だ。
夜は魔物の活動が活発化するからだ。
だが、そんな夜道を行くものもいる。
魔物より恐ろしいものがいる奴らだ。
車軸が折れそうな速度で馬車が走る。
四頭の馬はいずれも汗だくだ。
仮借ない鞭に怯え、疲れた脚を回転させる。
その馬たちが、急に脚を止めた。
馬が急停止すると馬車が馬に追突してしまう。
慌てて御者がブレーキをかけた。
「な、なんだおまえら! 言うことを聞け!」
鞭が飛ぶ。
だが、馬は動かない。
わかっているのだ。
彼らの前に、鞭などより恐ろしい者がいることを。
同時に、護衛の魔剣士を乗せた馬たちも止まる。
「な、ななな、何が起きた!?」
馬車の中から顔を出し、御者に怒鳴る男。
ホーリーナイト拝剣殿に現れた奴隷商だ。
「わ、わかりません、急に馬が……」
「ええい、無能め!
くだらん言い訳をするな!
すぐに馬を走らせろ!
次の街につけるなら潰してもかまわん!」
「わ、わかっていますが……!」
一方、護衛の魔剣士たちは冷静だ。
いや、冷静にならざるをえなかった。
ぴんぴんと感じる尋常ならざる殺気。
彼らは手にかいた汗を拭って馬を降りた。
そして、魔剣を構える。
馬車の中からも複数の魔剣士が降りてきた。
合計で十人。
いずれもそれなりの使い手だ。
ランクAクラスの魔剣士ばかりを揃えてる。
だが、魔剣士たちの面差しはカタギじゃなかった。
金で裏の仕事を受けるような魔剣士だろう。
でなければ、この場にいようはずもない。
つまり、容赦はいらないってことだ。
俺は、暗夜の中から進み出る。
今の俺は、ホーリーナイトの鎧を外してる。
白い服だけを着ていた。
右手に折れた魔剣だけを携えて、な。
にじり出た俺に、魔剣士たちが怯んだ。
俺は懐から書状を取り出し、読み上げる。
「奴隷商ルドルフだな?
ホーリーナイト拝剣殿からの特許状だ。
おまえを逮捕する。
抵抗すれば生死不問だ」
「なっ……!」
奴隷商・ルドルフが息を呑んだ。
「執行人は、Cランクホーリーナイト・ナイン。
つまり、俺だ」
「し、Cランク……?」
ルドルフが戸惑った声を漏らした。
そして、すぐに太い笑みを取り戻す。
脂ぎった唇から笑いが出た。
「ふ、ふははははっ! 笑わせるな!
こちらにはAランクの魔剣士が何人もいるのだぞ!」
ルドルフは、太い腕で控える魔剣士たちを示した。
魔剣士たちも拍子抜けした顔をしている。
「そう言うなって。
入門十日でCは記録なんだぞ?」
「はっ、それがなんだと言うのだ!?
おまえら、この身の程知らずを叩っ斬れ!」
強気を取り戻し、ルドルフが叫んだ。
魔剣士たちが剣を構える。
その目に浮かぶのは油断と嘲弄。
最初の殺気はもう抑えたからな。
「なっ、抵抗すると言うのか!?
生死不問なんだぞ!?
本当に、本当にいいのか!?」
俺は仰け反り、大げさに驚いてみせる。
うろたえる俺に、ルドルフがふんぞりかえる。
「運がなかったなぁ、Cランク!
分不相応な任務を与えた拝剣殿を恨め!
おまえら、いいから斬り捨てろ!
斬った奴にはボーナスをやろう!」
そのセリフに、魔剣士たちがニヤついた。
「……ククク……」
俺の口から、禁じきれない笑いが溢れる。
『ふん、見事に罠に嵌ったな!
さあ、ナイン!
この外道共を地獄に叩き堕とすぞ!』
俺の右手で、ザカーハが意気軒昂に言った。
だが、
「悪いな、ザカーハ。
今回はおまえの出番はないんだ」
『な、何っ……』
俺はザカーハを腰に戻す。
そして、左手を前にかざす。
左手が、ひとりでに震えた。
恐怖じゃない。
こいつが、そんなもんを感じるものか。
これは、武者震いだ。
これから起こる惨劇の期待に身を震わせてるのだ。
「おい見ろよ、あいつ震えてるぜ!」
「鎧もつけずに、バカな奴だ!」
ギャハハハ! と連中が笑う。
腕の震えが止まった。
ずぷりと。
泥に棒が落ちるような音がした。
だが、事態は逆だ。
俺の手のひらから、黒い剣の突端が現れた。
泥沼を破るように、ずぷり、と。
俺の腕が不気味にうねった。
皮下に蛇でも潜り込んだような蠢動だ。
その蠢動に押し出されるように剣先が伸びた。
ずぷずぷと、湿った音を立てて剣が出る。
刀身は1メルロと少し。
片刃で若干反りがある。
刀身に飾りらしきものは一切ない。
刀身が抜けた。
手のひらより広い、十字の鍔も抜けた。
最後に、拳三つ分ほどの長さの柄が抜ける。
その柄を、左手で握った。
おそろしく、手に馴染んだ。
俺はこいつの一部であり。
こいつは俺の一部である。
改めてそのことを確信する。
その頃には、敵の魔剣士どもは静まり返っていた。
剣を握った左手から、闇が伸びる。
不吉な黒いリボンが巻きつくように。
俺の全身を闇が覆う。
闇は手甲になり、鎧になり、兜になった。
脚甲も闇で。
最後に、闇の外套がばさりと翻る。
「嘘、だろ……」
魔剣士の誰かが乾いた声を漏らした。
「だ、ダークナイト……?」
「ホーリーナイトじゃなかったのか?」
「馬鹿野郎!
知らねえのかよ!?
あいつは……あいつは……!」
「ナイン……!?
あいつ、ナインと名乗らなかったか!?」
「ナイン!?」
「ナインだと!?」
「だ、だから、なんなんだよ!?
ナインってのはなんなんだ!?」
「だからなんで知らねえんだよ!?」
「俺らはセブンスソードの人間じゃねえ!
ゆ、有名な奴なのか!?」
「だから……ナインだよ!
ナインなんだよ!
単独での真竜討伐数5。
こないだは堕ちた聖竜を討った……
適正SSS……
Sランクダークナイト……
史上類を見ない、
神の如きダークナイト。
ナイン、だ……!」
「ど、どうしてこんなとこに!?
セブンスソードを去ったんじゃ!?」
「討ち漏らした聖竜を追ってるって聞いたぞ!?」
「聖竜と相打ちになったと……」
「……おいおい、混乱してるな」
俺はつぶやく。
俺の現在についてはリィンが情報を伏せたらしい。
勝手な噂が飛び交ってるんだろう。
「存分に恐怖を味わったところで……
早速だが、死んでもらおうか。
生死不問。
おまえら自身が選んだ道だ」
俺は左手の剣を突きつける。
黑閻劍グラムシーザの荒い息遣いが聞こえた。
もちろん、そんなのは錯覚だが。
この魔剣の魂の震えはたしかに感じる。
「悪いな、相棒。
このところ構ってやれなくて。
その詫びだ。
今日は思う存分血を啜れッ!」
纏も。
巡も。
技も。
魔剣も。
鎧も。
己すら。
今は完全に一つになった。
剣は凶器。
剣は狂気。
煎じ詰めれば剣とは。
敵を斬り、
敵を殺すために造られた兵器。
具現化された殺意。
望まれた殺戮。
殺す以外には何の役にも立たぬ破滅の道具。
その、究極の形が。
その枷を解かれ。
戦場へと放たれた。
戦闘が――
いや。
蹂躙が、始まった。




