11 いくら時を重ねても、君を思う僕の気持ちには決してたどり着けない
11 いくら時を重ねても、君を思う僕の気持ちには決してたどり着けない
森の木々は煙を立てて、燃え盛るのを止めていた。後に残ったのは、かろうじて木々であったことが分かる、黒い焦げ跡のみ。
そんな中を越えて、燃えることのなかった木々の中に躍り出る。
「もう少し丁重に扱ってほしいな。」
「少し我慢しろ。」
ただ、一つの矢となり駆け抜ける。幽霊屋敷を抜け、スライムの村を抜け。そして、カリテのいる王座に舞い戻る。
「カリテ!」
「よくぞ戻った!」
カリテは椅子から立ち上がり、俺たちを迎える。
「ヒュドラは。」
「あそこだ。」
カリテの指さす先には葉で作られたベッドがあった。そこに体を横たえ、眠っているヒュドラとそれを傍で見守るネフィリムがいた。
「ネフィリム!」
俺はヒュドラの元へと向かう。
「さあ、ブエル。ヒュドラを治してくれ。」
「そうだな。」
ブエルは難しそうに顔をしかめている。
「どうした?」
「この呪いを解呪するのは難しい。」
「なんだって?」
ここまで来て、それはないだろう。
風に揺れる木々は、俺の努力を嘲笑うかのようにかさかさと音を立てて揺れている。
「だが、一つだけ方法はある。それには犠牲が必要だ。マンティコア。お前にはこの女を救うほどの覚悟はあるか?」
「一体どうすればいい。覚悟なんて問う必要はない。」
「模範解答だ。いいだろう。」
ヒュドラに目を向けていたブエルは俺に向き直り、じっと目を見て言う。
「呪いは決してなくならない。だが、別のものに移すことができる。お前は天使の呪いを受ける覚悟はあるか。」
そんなの、あるに決まってる。
「待って、マンティコア。バカなことしないで。」
ネフィリムが何故か泣きそうな声で俺に言う。その目は血走っていて、今にでも殴り殺されそうだった。
「そんな犠牲を払って、ヒュドラが喜ぶとでも思っているの?」
「ヒュドラなんて関係ない。」
俺はネフィリムにきっぱり言う。
「ヒュドラのことなんか知ったもんか。俺は俺たちの努力が無駄になるのが嫌なだけだ。俺は俺と仲間のためにヒュドラを救うんだ。」
「ならば、早いうちに終わらせよう。時間がない。」
ブエルは俺に、掌をヒュドラの胸に置くことを命じる。ヒュドラの胸は張りがあり柔らかく俺の掌に吸い付いてきて――
「発情するな。ボケ猫。」
「う、うるせぇ。」
ネフィリムからの視線が痛い。
ヒュドラの胸からかすかながら心臓の鼓動が聞こえる。肌はほんのりと温かい。
俺は別にヒーローになりたいわけじゃない。あわよくば、なんて考えたりもするけど、あくまであわよくばだ。
「では、始めるぞ。」
ブエルはどこの国の言葉なのかわからない呪文を唱え始めた。それは清廉ながら、純粋な呪いの言葉。誰も呪っているわけでもないのに、何かを呪う言葉。
腕にじんわりと、何かが這ってくる感触が伝わる。それは俺の管という管、神経という神経を痛めつけながら、体中に駆け巡ってくる。
「う、うう。」
ここで負けるわけにはいかなかった。
「終わったぞ。」
ブエルがそう言った瞬間、俺は大きく体を仰け反らせる。体中が言うことを聞かないほどに痛い。痛いなんて言葉で言い表すのが軽薄だと思うほどに、俺の体はおかしなことになっていた。
「獅子は勇者の象徴。なれば、呪いも死に至るほどのものではなくなるだろう。だが、今までの能力は制限されることになるであろう。」
「うん?お前も獅子だったよな。じゃあ、お前が――」
「痛いのやだもん。」
「お前ら、本当に――」
「やったのね、マンティコア。」
ドスンという音とともにアルラウネが空から降ってくる。
「スライム。あんた、ぷにょぷにょなんだから、クッションになりなさいよ。」
「いやあ、僕は決して人の下敷きにはならない主義なんだ。むしろ、上に載って支配してお姉さん方を虜にするからね。」
サキュバスは無関係そうにぱたぱたと羽をはためかせ、降りてくる。
「ははははは。」
俺は心の底から笑った。
「何を気味悪く笑っているのよ。」
アルラウネたちは俺を不気味そうに見ている。
異世界に飛ばされて、マンティコアとかいうマイナーな怪物になったけど、これはこれで楽しいからいいかもしれない、なんて俺は柄になく思ってしまった。
「さて、次の仕事だ。」
カリテが不穏な言葉を口にする。
「マンティコア。お前に嫁がある。お前の嫁を迎えに行け。」
前言撤回。スリラーパークはとんでもないブラック企業でした。
清楚なほどに透き通った空気。その心地良い冷たさに、ヒュドラは目を覚ました。
辺りを観察する。そこはかつて自分がいた沼でもなく、また、槍で貫かれた密林でもない。威厳を誇示するかのように佇む王座と、自分の傍らで三角座りをしている女。
「あなた、泣いてるの?」
肩を震わせている女にヒュドラはそう語りかける。
「別に、泣いてなんか・・・」
だが、それが強がりであることは誰にでもわかる。
ヒュドラは大切なことを思い出して、傍らの女に話しかける。
「あのぼけ獅子はどうしたの?」
ただの気まぐれで助けたまだ若い男のことを思い出していた。何故か、胸が熱くなる。その感情にヒュドラは戸惑っていた。
「さあ。嫁を迎えにでも行ったんでしょ!」
うえええん、と成人した女とは思えないほどの泣きざまで、女は泣いた。
その言葉を聞いたとき、ヒュドラの胸は痛んだ。だが、それは死に至るほどの呪いを受けたものとは違う。
どうして、私は生きているの?
そんな時、ぼろぼろの男の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。拭おうとしても、力を失ったように、男の姿をかき消すことができない。
「お互い、大変ね。」
ヒュドラは傍らの女に同情していた。




