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10 いくら俺が強かろうと、勝利の栄光にはたどり着けない

10 いくら俺が強かろうと、勝利の栄光にはたどり着けない


「森が燃えている――」

「何をパリは燃えているみたいに言っているのだ。」

 ブエルは冷静に答える。

「いや、どうしてお前こそそんなに冷静なんだよ。」

「こういう時は冷静が一番というのが私の信条でね。数多くの知識を有している五本脚の獅子の身としては、別段恐るることではないよ。」

「いや、焦ろうよ。」

「焦げちゃう。いやぁん。」

「そこー!変な声出すなー!」

 サッカーの審判がホイッスルを吹くようにアルラウネを注意する。まったく、なんだか疲れる。でも、こんな状況でもふざけたことが言えるなんて、俺ではできないし、なんだか、不謹慎かもしれないが、楽しくなっていた。

「で、ブエル。どうするんだ?」

「どうって?どうもしない。」

 訂正。考えているだけで何もしない無責任な人でしたー。

「私が思うに、問題はそこではないよ。」

「僕もそう思う。」

「どういうことだ?」

「火の立たないところに煙は立たない。つまり――」

「火種がないところに火は立たないということか。」

 と、森の火が火の球となって、リバー魔ウンテンの洞窟の中に入って行く。

「まずいな。」

 ブエルは険しい顔をする。

「黄金の果実が狙いか。」

「黄金の果実?」

「スリラーパークの宝の一つだ。全てが失われたとき、スリラーパークは滅びる。」

「まずいじゃないか。」

「ああ、非常にまずい。」

 だが、誰一人動こうとしない。

「どうしたんだ。世界の危機だろう?」

「熱血漢ね。」

 アルラウネはバカにしたような顔で俺を見る。

「なんなんだよ。お前ら。」

「別にこの世界がどうなろうといいじゃん。なにいい子ぶってるの?」

 急に人が変わったようにスライムは言った。

 俺は――


 俺の人生は碌なものじゃなかった。きっと何かを救おうとしていたんだろう。でも、それに裏切られた。そして、心を壊した。そこからの俺はひどいものだった。狭い部屋から出られず、訳の分からない苦しみに心臓を締め付けられ、トイレに駆け込み、胃の中のものを吐き出す。薬がなければ生きていられなかった。別に危ない薬じゃない。きちんと処方された精神科の薬――


「俺は、バカだと思うが、みんなが好きだった。この世界が好きだった。バカみたいなことして笑って。だから、救いたいんだ。この世界を。やり直したいんだ。二度目の人生を。」

「尻尾撒いて逃げた負け犬のセリフだな。」

 サキュバスのその言葉を聞いた瞬間、俺は逃げ出した。

 俺が負け犬だなんてこと、分かってるんだ。何もできないクズだってこと。でも、今はできる。だから、やりたい。やらないといけないからやってきた今までと違う。俺はこの世界で本当にやりたいことを見つけたから――

 俺の頬を生温かい感触が伝い、冷えた地面に落ちる。俺は迫りくるダンジョンの壁をぶち破り、ぶち破り、前へ。どこに黄金の果実があって、どこに火の球が迫っているのかはわからない。でも――

 ただ、悔しい。裏切られたようで悔しい。そんな悔しさを拭うように、俺は階段を飛び降りる。

 殴れ、殴れ、ひたすら殴れ。殴るたび涙が落ちてくるけど。寂しくて涙が止まらないけど。

 走れ、走れ、ひたすら走れ。涙を乾かすように。心細さを拭うように。

 落ちろ、落ちろ、ひたすら落ちろ。自分の未熟さを笑うように。誰かに笑われても耐えられるように。

「階段だぞ!」

 階段の下から人の声が聞こえる。俺はその真っただ中に突っ込む。

「お前はあの時の――」

「お前らこそ――」

 なんとなく見覚えのある、粗野な顔つきの男たち。それは勇者の従者であった。

「カリテはどうしたんだ!」

 怒りの底から湧き上がる声。それは喉を通さず、一直線に飛び出して、耳が痛くなるほどにダンジョンの中を反響する。壁にひびが入る。

「小賢しいやつだ。」

 重々しい足付きで歩いてくる姿。それはあの勇者。

「みんなはどうした!」

「さあ。死んでしまったかもな。」

 簡単に言いやがる。仲間を殺しておいて。ヒュドラをあんな目に遭わせておいて――

「一つ質問がある。」

「なんだ。死にぞこない。」

「お前は男か。それとも――」

「女だ。そして、その質問をしたヤツは必ず死ぬ。」

 殺気が俺の頬を掠める。だが、そんなの、少しも怖くない。

「うおおあああ!」

 俺は雄たけびを上げる。迫りくる恐怖なんかぶち壊してやる。

「ふん。ますます化け物じみているな。」

 何がおかしいのか、勇者は笑っていた。俺も少し頬を緩める。

 強敵。拳と拳を交える瞬間。その喜び。全く、どこの少年漫画なんだか。

「俺は第二の人生を謳歌している!」

 ごおおお、という雄叫びの元、勇者に向かって飛び込む。勇者は俺に剣を叩きこむ。

 袈裟切り。俺の胸を剣が切り裂く。呪い殺されそうなほど痛い。だが――俺は勇者に拳を叩きこむ。腹に一発。勇者は俺の拳に弾き飛ばされるように壁に激突する。だが、感触がおかしかった。俺は勇者に触れていない。まるで磁石のSとSのように反発しているように見えた。

「なるほど・・・私はお前を見くびっていたようだな。」

 血糊かと見間違うほど大量の血を口から吐いて、勇者は言った。

「名は何という。」

「マンティコア。」

「なるほど。道理で呪いが効かない。獅子は勇者の象徴。獅子の怪物とは想定外だったな。」

 はっはっは、と勇者は笑う。

「我が名はハレイシャ。東の大陸、ゼルエル国の勇者だ。」

 勇者は怪我をもろともせずに俺に槍で向かって来る。コイツはどこから武器を出しているのか、なんて考えている暇はない。俺は向かって来る槍を腕に挟み、そして――勇者の剣が再び袈裟切りにした傷に合わせて俺を斬る。

 決して浅い傷ではなかった。それをさらに深く切り刻む。骨が完全に砕けたのを感じた。

 勇者は道化顔負けの跳躍力で宙に跳び、無数の矢を俺に浴びせる。体にひっついていた肉が飛び散る。地面に降り立った後、俺の首を狙い、斧で一太刀――

 俺は自分の右腕で横なぎを防ぐ。そんなので防げるなんて思っていない。いや、防ぐんだ、バカ者!

 ごりごりと骨が砕ける音。でも、今首を落とさせるわけにはいかないんだ!

「うおあああああ。」

 声で勇者を吹き飛ばす。どんだけ怪物じみてるんだよ、俺は。勇者の目にも怪物として映っているだろう。肉は削げ落ち、骨は丸出し。大量の血を噴き出しながら、それでも立っている。完全な怪物だ。物語の主人公とは思えない。まるでラスボスの風貌に違いない。

「まさか、マンティコアがこれほどの怪物だとは。いや、今のお前はオリジナルをも超えているだろう。」

 まるで余裕。こりゃ、負けるな。

 勇者は刀で必殺の構え。光の剣戟とかで一撃だな、こりゃ。

 そんな時、声が響いた。

「黄金の果実を、俺は黄金の果実を手に入れたぞ!」

 粗野な顔の男の手には金色に光る果実。それは暗い洞窟の中に不自然に光っている。それは美しい情景なのだろうが、俺にとっては勇者以上に不吉なオーラを出しているように感じた。

「おい、それを早く私のもとに!」

「誰がお前の言うことなんか聞くか!」

「は?」

 俺が間の抜けた声で答えてしまっていた。

「毎日毎日雑用ばかり。もうこりごりなんだよ。女なんかにこき使われて!」

「その気持ち!よく分かるぞ!」

 俺は思わず言っていた。だって、すんごく分かるんだもん。

「黙れ、怪物!」

 そんな俺の同情を無碍にする。

「俺は神になる。黄金の果実の力を得て、俺は勇者をも超えるのだ!」

「よせ!」

 勇者の制止を聞かず、男は果実を口に運んだ。

 ぽとり、と果実は地面に落ちる。落ちた果実は灰となって崩れ落ちた。

「う、がああ。うががががああああ。」

 ああ、言わんこっちゃない。こういう時は、碌でもないことが起きるんだよ。

 男はみるみる肉塊へと姿を変えていく。

「なんだ、これ。」

「バカが。ただの人の身で魔樹の果実を口にするなど――」

 男はだんだんと形を成していく。巨大な角を生やした獣人。これだけは俺でも何者か分かる。ミノタウロスだ。

「迷宮にミノタウロスって、出来過ぎだろうが!」

 ミノタウロスの咆哮は俺たちを容易く吹き飛ばす。地面が割れる。俺の咆哮なんて蠅みたいな者なんだなって恐れ入った。

 がしっ。俺は勇者の手を掴む。勇者は割れた地面に落ちかけていた。

「何故助ける。」

 右手の骨は砕けているので、左手でしか掴むことができない。これでは両方とも死ぬな。

「お前が女だからだよ。」

「離せ!」

ハレイシャは聞き分けのない子どものように体をばたつかせる。

「怪物の助けなど要らない。」

「ふざけるな!」

 勇者の髪を揺さぶる咆哮。

「意地のために死ぬとか、俺以上にバカだ。今はそんなこと言っている自体じゃないだろう。いい加減にしろ!」

 ハレイシャは怒られてシュンとした子どものように黙ってしまった。

 そして、俺はハレイシャとともに地面の割れ目に身を落とした。

「なんてこと、させるわけないでしょうが!」

 どぎつい親父の声。それとともに、俺の右腕に蔦が絡まる。

「痛い。離せ。離せってば。」

「先ほど私を叱ったのは誰だったか。」

「揚げ足取りだけは上手だ。」

 洞窟に良く響く重低音。サキュバスが羽をはためかせ、勇者を持ち上げていた。

「お前ら・・・」

 アルラウネは繋がっていない俺の腕を力いっぱい引っ張る。

「だから、まだつながってないんだってばよ。」

「忍術でなんとかしなさい。」

 んな無茶な。

 俺とハレイシャは救い出された。

「よく無事だった。」

 ブエルは偉そうに胸を張って言う。

「お前が一番何もしていないだろうが。」

 俺はコツン、と幼女の頭を小突く。

「この借りはいつか返すぞ!」

「いつでも取り立てに来い。」

 涙目で訴えるブエルに俺は言った。俺は笑っている。

「スライムはどうした。」

「ミノタウロスと戦っておる。」

 今、ミノタウロスの柱のような腕がスライムを叩き潰していた。ぐしゃり、と音を立てて、スライムの中身が飛び散る。

「スライム!」

「なんだい?」

 スライムは飛び散った中身を集結させて、元の体に戻る。

「万能だな。」

 心配した俺が損した。

「でも、これは僕でもキツイね。」

 そう言いながら、スライムは必殺の腕を伸ばし、ミノタウロスの首を引き裂く。だが、手の面積が小さいのはもちろん、人体であれば致命的な頸動脈の傷をいとも簡単に再生してしまう。

「どうすればいいんだ。」

 俺は知識庫のブエルに聞く。

「ふむ。あの怪物に打撃を与えられるとすればあれだな。」

「勿体ぶるな。」

「毒だ。それも即死級の。」

 にやり、とブエルは俺に言う。ミノタウロスの咆哮がまた聞こえ、地面を割ろうとする。

 また、俺かよ。

「だが、俺は毒がまだ出せない。」

「信じてるぜ、相棒。」

「お前の相棒になった覚えはない。」

 サキュバスは俺の肩に手を置く。

「はあ。分かったよ。」

 俺たちは暴れくるい、山を崩しかけている迷宮の怪物に向き直る。まるで二十世紀少年のラストだな。

「私も協力させてくれないか。」

 ハレイシャは俺たちに申し出る。

「あら。僕の魅力に惹かれたのかな?」

「バカを言え。クソガキ。」

「ああ。それも新鮮でいい。」

 スライムってアルラウネと同じくらいヤバいんじゃなかろうか。

「さあ。ラストバトルだ。」

 倒したらまた復活とかがないことを祈るばかりである。

 何も作戦を立てずとも役割はそれぞれが出来ていた。スライムとハレイシャがミノタウロスを惹きつけ、アルラウネとサキュバスで俺がミノタウロスまで向かう援護。とにかく、ミノタウロスの頸動脈を狙う。

 ミノタウロスが柱のような腕をハレイシャに叩きつける。

「ハレイシャ!」

 潰れてしまったかと思ったが、剣でなんとか踏ん張っている。

「今のうちに急げ、バカ者。私でもこれは持たない。」

「ああ!」

 俺はアルラウネの蔦に乗って、ミノタウロスの体を目指す。ミノタウロスは俺たちに気付き、腕を横なぎに振るう。

「僕を忘れてもらったら困るなあ。」

 スライムは伸ばした腕を巻き付け、ミノタウロスの動きを封じた。

「僕の美しい腕がもげちゃいそうだ。早く決着を着けてくれないと、女性読者が悲しむよ。」

 戯言は置いておく。

 俺は、腕の風圧でバランスを崩し、蔦から落ちそうになる。そんな俺をサキュバスが受け止め、運んでいく。

「ナイスだ。」

「お前だけに格好いいところは見せられない。」

 恰好つけたがりが。

「ほらよ。」

 サキュバスは乱暴に俺を投げつける。俺はなんとかミノタウロスの腕に張り付く。

「もっとちゃんとしろよ。」

 文句を言おうとした俺だったが、文句を言おうとした相手はミノタウロスの鼻息に吹き飛ばされていた。

「あ~れ~。」

 とんだ間抜けだ、バカやろう。

 俺はミノタウロスの腕を駆け抜ける。ドクドクと脈打つ地面。ミノタウロスの脈動。こんなふざけた輩をぶっ飛ばすために俺は駆け抜ける。

 靴が破れ、足から鋭い爪が顔を出す。おはよう。

 メキメキと音を立て、右腕が治っていく。両手にも鋭い獣の爪。こんにちは。

 顔の直前まで近づいたミノタウロスは俺に顔を向ける。あの吐息を防げるかどうかわからない。もう、みんなも限界のはずだ。ここで、立ち止まっているわけにはいかない。一歩一歩小さな一歩でも進んでいくんだ。どんなにのろまな亀でも、いつかウサギに勝つことができる!

「こんばんわ。そして、さようならだ!」

 俺はスライムの抉った辺りに伸びた爪を突き刺す。

 ぐしゅり。

 そんな音を立てて、俺の腕はミノタウロスに飲み込まれていく。

 俺の拳は弱いものを虐げるためのものだった。気に食わないことがあると、いつも妹や弟を殴っていた。そして、自分をいじめていた奴にはその拳を振るえなかった。自分が卑怯者だとは思っていたけど、止めることは簡単じゃなかった。

 でも、マンティコアになってから、俺の殴ることしか知らなかった拳も誰かと絆を結ぶためにあるものだと教えてくれた。卑怯な俺でも、出来ることがあるって教えてくれた。

 だから――

「毒!出ろ!」

 絶対に出ないだろう言葉。でも、俺の体は答えてくれた。

 びゅくっとミノタウロスの首から紫の毒々しい液体が噴き出す。ミノタウロスは首を振り回し、俺を宙に投げ出す。

 全てが終わった。

 俺はそう確信して、眠りについた。


「こんな貧相なやつが、私の力を持つものだとはな。」

 俺の目の前にはライオンがいた。長い爪を生やし、顔は獅子などとは比べ物にならないほど醜悪で、開いた口から紫の液体が垂れている。

「マンティコア、か。」

 獅子は頷くように首を縦に振る。

「俺は死んだのか。」

 辺りは一面真っ白の景色だった。どこまでもどこまでも続く白は、広くておっかなくて、この世のどこにもない風景――

「バカを言え。お前は私の力の一割も引き出せていない。そんなくらいで死なれては困る。」

「そうか。」

 俺は思わず笑ってしまっていた。

「何がおかしい。」

「いや。ありがとな。」

 俺は獅子に言った。

「恨まれこそすれ、感謝される筋合いはない。お前は私を恨んでいただろう。」

「初めはな。」

 こんな怪物にされて俺は運命を呪った。人間に戻れないという絶望は俺から生きる意味を取り上げてしまいそうだった。でも、違った。

「お前のおかげで俺は変わることができた。」

「でも、かつてのお前も紛れもなくお前だろう。」

「でも、今の俺も紛れもなく俺だ。」

「ふん。」

 獅子は面白くもなさそうに鼻で笑う。

「俺から言えるのはただ一つ。運命に抗い続けろ。俺はそのためにだけお前の力となろう。」

 その言葉を皮切りに、俺はどんどん目覚めていった。


「いつまで寝てた?」

「さっき落ちてきたばかりじゃが。」

 どん、という音。ミノタウロスが息絶えて地面にひれ伏したのが。砂埃の波が俺たちに襲いかかる。

「そうか。なら、急がなくちゃな。」

 俺はブエルを抱えて洞窟を抜け出した。


 ミノタウロスについて

 ギリシャ神話で有名なミノタウロス。真っ当な怪物とは言えませんが。『勇者の荷物持ち』を読んでくださっている方にはなんとなく違和感を覚える人もいるでしょう。まあ、スリラーパークに生えているのはこれまた真っ当な樹ではないのです。

 能力的には攻撃力EX、防御力EX、素早さFくらいでしょう。特殊能力(笑)は超回復ですが、これは妖樹の実による拒絶反応であって、本来怪物たちが有しているものが暴走した結果。確かに毒でなければ効果はないです。

 人体における毒についていろいろ考えたりするけど、まあ、毒というのは生物にとって毒でもなんでもなかったりするということは……話してないなぁ。毒というのは大抵体内を循環しないと意味をなさない。なので、蜂などは針で刺すわけである。その毒を循環させるのが血液なのだけれど、ぶっちゃけ、真水とか空気でもそうなれば十分に毒にはなりうる。ある意味毒というのは体内に悪影響を及ぼす要因という概念なのかもしれない。

 ま、難しいことはどうでもいいか。

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