第一章 少女の病
呪い。
今思えばあれは病気なんかではなく、呪いだったのだと思う。
『——————』
今は思い出す事の出来ない約束。それはきっと、悪魔との契約。
前世の記憶。
それが私を蝕んでいた。
一番古い記憶は、髪の長い『私』。この頃の記憶はもうほとんどない。ただ、私が今の私になった原因は彼女にある。
《彼》に恋をしていた彼女は、死ぬ運命にあった。
彼女は彼ともっと生きていたい、彼と一緒にいたい、死にたくないと願う。
だから、彼女は男に願いを叶えてもらった。
『彼と再会出来ますように』
その願いは、魔法のような、奇跡によって叶えられた。
時間を遡って。
気がつけば私はそこにいた。いただけった。
透ける。
私は何も触れなかった。誰も私に触れられなかった。
私は確かにここにいるのに、何も感じ取れない。
春の太陽の暖かさも、夏のうだるような暑さも、秋の吹き抜ける冷たさも、冬の凍えるような寒さも私には感じられない。街の喧騒も、人の会話も聞こえない。見えるだけ。
世界の全てが私を無視する。
気を抜けば地面すらも透ける。地に足を付けて置かないと、私は消えてしまいそうだった。
人の温もりが恋しくて、けれどどんなに頑張っても私は触れられない。
私はただ見ているだけ。
私は生まれ変わった。私が生まれた年に。
亡霊として。
どれほどの歳月が過ぎたか解らない頃、私はその男と出会った。
男には私が見えて、私を世界につなぎ止める力が合った。けれど、男は私を救わない。
また契約。
世界にいたいのなら、人を殺せと言われた。
だから私は、暗殺者になった。
私は《彼》の死を知っている。彼が死ぬのを知っていた。
曖昧になってきた前世の記憶は、ただの恨みの対象でしかない。前世の自分の事だが、よくもこんな身体にしたなと恨んだ。
だから。
私の記憶にもいる、この現実にもいる彼を殺せば、私は救われると思った。この記憶のしがらみから解放されて、普通に暮らせると思った。
前世の私に取って、彼は大切な人みたいだったから。私がこんな運命になる程に。
スコープ越しに見た彼は、笑っていた。
苦しくなる。これ以上その顔を見ていれば、もっとだろう。
だから私は引き金を引いた。
引き金を引けば、彼は簡単に死んだ。ほんの僅かでも葛藤した事が無駄だったみたいに、呆気なく。
だけど、気がつけば私は泣いていた。どれだけ拭っても涙は止まらない。
よく解らない。何で私は泣いているのか、全然解らなかった。胸が苦しくて、涙が止まらない。これまで何人も殺して来て、こんな気持ちになったことはなかったのに。
そして、私はその理由を知った。
男に契約を破棄され、再び幽霊に戻った私の手を彼は握った。
化け物だらけの世界で、無力な彼が私を引っ張る。
『俺がお前を助けるから!』
知恵くらいしか取り柄の無い彼は、無力を感じながらも必死だった。
どうやってと尋ねれば、頑張る! と答える。無駄と断言すれば、頑に首を振る。
私は呆れて、けどその手を振り払えなかった。
仲間に殺されそうになっている彼に馬鹿じゃないのかと言えば、俺は死んでも良いと笑う。私をこの世界に繋ぎ止めてくれるのが彼だけなので、それでは困るので頑張ろうと言ったら、優しい手で頭を撫でてくれた。
以前いつ頭を撫でてもらったのか、全然思い出せない。
でもそれは懐かしくて、少し暖かな気持ちになった。
私と彼は、利害関係。
彼は力が無いから私と一緒にいたい。私はこの世に存在するために彼に付いて行く。力が必要になれば、私が代価をもらって彼の力になる。
一緒に行動していると、色々と気付く事がある。
彼の軽率な行動が減った。私以上の機転を利かせて場を切り抜ける。どんな絶望的な状況でも、辛いはずなのに彼は笑って私を導く。
引かれる手は、いつしか自然な物になっていた。
『言っただろ? 俺が助けるって』
一度、小さなピンチから私を救って、彼は自信満々にそう言った。
彼は無力だ。化け物の蔓延る街においてそれは、武器も持たず戦場にいるような物だ。
だから彼は努力していた。無力に努力を足せば、小さくともプラスの力になる。
彼は、ちゃんと私を助けるために努力してくれていた。
驚いて、胸が弾む。
気付けば、私は彼ばかり見ていた。
彼の真剣な思案顔、私を笑わせようと振りまく笑顔。苦しむ顔を見れば慰めたくなる。喜ぶ彼と一緒に笑うために、苦手な笑顔を浮かべる努力をした。
頼りなかった彼の背中と背中合わせ。彼に見られないのを良い事に、背中に感じる彼の温もりに私は嬉しくなって笑う。
気付けば、もう遅い。
想像が止まらない。恥ずかしいくらいに大きな鼓動。
彼を見つめる瞳に熱がこもる。
私に取ってその時間は楽しかった。
けど、そこは地獄。
私は二度目の死を迎えた。
はずなのに。
呪いが、私を殺さなかった。
『君が救われるまで、この契約は解かれない。何度でも繰り返してもらう』
奇跡が、私と彼を再会させた。
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浮遊感の直後、私達は洞窟の入り口にいた。逃げたのだ。
彼の手が背に回っている。受け止めたのは私なのに、いつの間にか抱きしめられていた。
「……ごめんなさい」
声が震える。嫌われたかもしれない。ううん、敵視されたかもしれない。
どうしよう。
彼を危険に追い込んだのは、他ならぬ私。
あの時、私の攻撃に合わせて敵の動きが速くなった。チェスはターン制。きっと、私が攻撃しようとした事で相手の行動が速くなったのだ。
彼の指示に従っていれば良かった。彼を、もっと信頼していれば。
(私……邪魔かもしれない)
最初は、私もちゃんと役に立てた。出会いは好印象だったはず。豚に襲われて青い顔の彼を助けた。彼じゃ倒せないボスを倒して。
けど、それもすぐに終わった。
彼が私を庇って、死にかける。
彼が死ぬと思うと、何も考えられなくなった。
私は剣。彼に力を与えるのが私の役目。
剣は無くなれば新しいのを手に入れれば良い。だけど持ち手の命は、失われればもう戻らない。
生きていた彼にゲームだと言うので、それを召還獣という単語を使って彼に伝えた。
ちゃんと解ってくれただろうか。
けど、悔しい。
彼に守ってもらえた事を、嬉しく思う私がいる。
それじゃ、駄目なのに。
私と彼は違う。彼は何も感じていないみたいだけど、私は歩けば疲れる。周囲の大きすぎる環境変化に付いて行けなかった。
砂漠は熱かった。じりじりと肌を焼くような強い日差しに参る。彼がくれた服を着れば、驚く程快適になって、その時はなんとか頑張れた。けど、続く雪原、三十度以上の温度差には耐えられなかった。
風邪を引いて、迷惑じゃなかっただろうか。
わざわざ専用装備まで買ってくれたのに、その雪原では私は何の役にも立てなかった。続く遺跡や廃都市でも、敵の腐敗臭に参ってしまって満足に戦えない。溶岩地帯では私の攻撃が効かなかったり耐えたりする敵が出て来て、彼に頼りっぱなし。沼地は何も出来なかった。
不安になる。
私は、本当に一緒にいて良いの?
気付けば、彼の手が私の頭に乗っていた。
「もーまんたい。気にするなよ」
「も、もー?」
どういう意味だろう?
首を傾げると、優しく頭を撫でられる。
「ちょうど良いんだ。俺が傲慢なくらいに自分に自信を持ってるんだから、フィリアのように心配してくれる奴がいた方が。どっちにしたって俺、死ななかっただろ?」
ニヤリと笑みを浮かべ、彼は胸を張った。どこまでも不遜な態度は、私に元気をくれる。
……ずるい。
彼は私の好きな物をくれる。私も、少しは彼に何かあげたいのに。
「ありがとう」
クリスマスに上げたリボン。
私には、それとこんな言葉くらいしか上げられる物が無い。
「……当たり前だろ。嘘にしたくないんだから」
顔をくしゃくしゃにして、彼はそんな事を言った。
そして、一度落ち着こうと深呼吸をして、私の瞳を見て笑う。
「『俺がお前を助ける』。あれ、まだ有効だよな?」
「…………」
また、だ。
胸の奥を摘まれた感じ。言いたい事が言えなくなる。
嬉しいのに、とても苦しい。
「準備を整えて、また明日だな」
「……ん」
彼の背中に飛びつきたいと思うようになったのは、いつからだろう。
そんな恥ずかしい事出来ないから、私は彼の少し前を歩く。
記憶だけなら私は彼の年上だから、精一杯の見栄を張る。
本当は不安でどうしようもない気持ちに嘘をついて、何でも無いように振る舞う。
初めてこの世界に来てから、ずっと不安。
私は一体なんなの?
それを考えると、胸が苦しくなる。
どうして、私は死んだのにまだ生きているの?
胸に手を当てれば、いつかの感情、とくとくと息づく心臓の鼓動を感じる。
不安に目を覚ませば、彼が隣で寝ている。
私……邪魔じゃないよね?
ベッドを軋ませて、そっと彼に近づく。彼は朝日が昇るまで、絶対に起きない。
いつも自信満々な彼の寝顔は、いつもの不敵な態度が嘘のように可愛いもの。
彼の顔を見つめていると、胸が苦しくなる。
駄目。あと少し、我慢。
彼はこのゲームをクリアする。
そしたらお別れ。
私に取っては本物でも、ゲームのこの世界は終わりを迎える。
中途半端な事をしたら、駄目。
彼はゲームをクリアしたい。だから、その目的を妨げるような事はしちゃ駄目。
でも。
誰の迷惑でもないから、一緒に寝るくらい、良いはず。
眠る彼の胸に頭を乗せる。
暖かいと感じられるのは、人の温もりをくれたのは彼。
人じゃない私の、人のような感情。
これは呪い。とっても苦しい、一つの病。




