第一章 見えない先
俺は必要とされて生まれた存在だ。
それだけ聞けば愛されているんだろうな、と思うだろう。けれど、実際はそうじゃない。
とある実験のための道具だったのだから、そりゃ必要とされるはずである。
生まれた意味があったから、その役目を果たした人生の余暇だから、俺はこんなデスゲームであろうと、残りの人生を楽しもうなどと思えているのかもしれない。
早い老後だ。
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十二月三十一日。今年最後の一日。
羽根つき帽子の羽根を整え、溶岩でも溶けない[天馬のブーツ]を履き、補助魔法を自分で掛けたお手製魔法装備に身を包む。
物理攻撃半減魔法、[レジスタンス]を掛けたシャツに、俊敏上昇魔法[アクセレーション]つきのズボン。低確立で攻撃を無効化する魔法、[パーミエイト]を掛けた小手を填めた。
切り札は二つ。
こちらの攻撃を通すための裏技。舞台を機略縦横とする奇策。
この準備が杞憂であれば良いが、はたしてそう上手く行くかどうか。
ほんのりと冷たい冬の朝に、布団に包まっているフィリアの前髪を梳く。
「……俺も、そろそろ限界かもしれないな」
フィリアの小さな唇に目が釘付けになる。気を抜けばすぐにでも薄桃色の果実を奪いそうになっていた。やばいやばい。
昨日、いつもより早い帰宅で時間があったので、サラに頼んで一緒にフィリア用の部屋を探しに行った。だから、仮に今日五十層攻略出来なくとも、フィリアがここにいるのは最後になるはずだ。
なんとか理性が持って良かった。あと一日二日遅ければ、その場の流れでやってしまっていたかもしれない。
「……ん」
くすぐったかったのかフィリアが起きるが、瞳はぼんやりと開かれている。眠そうに目元を擦るフィリアは、俺が側にいた事に気付くと、何か言いたげに見つめてきた。
言いたい事はちゃんと解っている。
「おはよう」
「……ん」
言葉、挨拶は大事だ。
おはようのキス、なんて出来るはずが無い。
今日がこのデスゲーム最後の一日になると信じて、着替えをしているフィリアを部屋に残し、エデンの街を朝の散歩と洒落込んだ。
朝日に照らされたエデンの街は、なかなか風情がある。
早朝の静かな街に響く水路を流れるせせらぎ、街路樹のざわめきが心地良い。冬の寒さで引き締められた朝の空気を吸い込む。
その反面、今日が大晦日なのを忘れていないエデンの街。
門松だの七五三飾りだの、ゲームの雰囲気ぶち壊しで紅白幕を飾っている店がある。日本人の季節を楽しむ感覚を忘れていないのだ、とか若干美談に。
戻ってくるつもりだが、ゲームをクリアすればどうなるか解らない。
この光景をしっかりと目に焼き付け、俺は門へと向かった。
「今日、世界が変わるのぉ」
「ありがとう。俺の勝利フラグを立ててくれて」
老人の朝は早い。廚爺が門にいた。
自称エージェントらしい、ぴっとした背筋に中々引き締まった身体。持っている杖は仕込み杖ではないかと疑わしい。
「ふむ。良い眼じゃ。老人の朝の運動に付き合うてくれるか?」
「ああ」
十二層ボスドロップアイテム、[木刀]を出現させ構える。
この武器、攻撃力はほとんど無いが様々なスキルを覚えているので便利。
「儂は住民じゃ。御主がどれほど攻撃をしようと、システムで弾かれる。それでもエエかのぉ?」
「むしろそれでいい。俺がこれから戦うのは、そういう奴らだからな」
廚爺の背後を取る。
スキル[スライドスラッシュ]から、朝の運動が始まった。
エデンの街は防衛システムと呼ばれるもので守られている。住民や建築物、消耗品以外の全ての物体に作用し、無限のHPが衝撃をゼロにするようなものだ。
俺の先手[スライドスラッシュ]の抜刀は、HPがあるみたいに廚爺の前で何かに接触し止められた。接触した瞬間、半透明な結晶が薄らと視界に映る。
その後、廚爺の見事な杖捌きを避けながら色々なスキルを放つが、時に廚爺の杖で弾かれ、システムによって防がれた。廚爺の攻撃も鋭く、危ないことも何度か合ったが、お手製魔法装備が発動。両者大きなダメージを受ける事無く、十分くらい打ち合った。
「……御主、生まれてくる時代を間違えたのぉ」
「まさかその台詞、俺に返ってくるとは思わなかった。そして、その言葉そっくりそのまま返す」
刀最強スキル[一刀両断]がシステムに弾かれるのを確認して、朝の運動は終わりを告げた。やはり廚爺はただ者ではなかったようだ。
冒険者でもなく、スキルを使う事も無く、純粋な剣術で俺と互角に戦うとか、ちょっとあり得ないだろ。これでも俺は攻略までの七日間、ほぼ毎日武器のスキルを磨いていたと言うのに。
だが、人型の相手とも十分打ち合える事が確認出来た。
「良い運動になった。ありがとう、廚爺」
「老骨に鞭打った甲斐があったみたいで良かったわ」
立ち去る俺に、廚爺は呟く。
「勇ましき者よ。汝がこの先辿り着き得る物は、それ相応の報いであろう」
廚爺の凄さを目の当たりにした今、その言葉はもう無視する事は出来ない。
洞窟の先で俺が見るのは、一体なんなのか。
考える必要は無い。もうすぐ、その答えに行き着くのだから。
宿屋に戻ると、住民達の活動時間に入っていたようで、道具屋のカウンターにうつ伏せのサラを見つけた。食堂の方からは朝食の香り。
「何を寝てるんだ、サラ」
「ふぇ……? ナイン君か。おはよう〜」
顔を起こして俺の顔を見ると、サラは再びカウンターに突っ伏した。
「朝早いからって店員が寝てても良いのかよ」
「いいのいいの。だって、実物を店に置いてる訳じゃにゃいもの」
ふわ〜と欠伸をして、だらしない格好のサラ。ゲームだから許されるが、現実だったら即刻クビだろう職務態度。サラに夜勤や徹夜は不可能に思える。
今日中に洞窟を攻略し終わるつもりだ、なんて言えやしなかった。サラには、この何でも無い日常が必要だと思う。
なんて言ってみるが、実際の所は伝えるのが怖いだけだ。サラに取っては、ここが現実であればいいと思える世界。攻略出来るなんて、希望的観測でもあるし。
言い訳に言い訳を重ねるが、友達という単語に押されて、結局それとなく伝える事にした。
「今日、俺が帰ってこなかったら、フィリアにあの部屋を使わせてやってくれ」
それとなく、最悪の展開を。
「無茶しちゃ駄目なんだからね〜」
寝惚けていても、一応会話の成り立つ返事をくれた。
適当に手を振って、朝食を食いに食堂へと向かう。
あと二層。無茶するしか無いだろ。
食堂で待っていたフィリアと一緒に朝食を取る。甘いスクランブルエッグ、粗挽きソーセージのホットドッグ、サラダに牛乳というメニューだ。
「いつも早いわね、ナイン君は」
昼食のハンバーガーをミドリさんからもらう。さすがに食堂の従業員、サラの母親とはいえちゃんと仕事をしている。
「それはそうと、今日は大晦日だからね。早く帰って来なさいよ。年越し蕎麦出すから」
「努力はする」
クリスマスだって初体験だった。当然、大晦日もそうだ。楽しみかと言われれば、楽しみだ。
けど、多分その席に俺はいないと思う。
今日は確かに大晦日だが、今日はやっぱりまだ今年なのだ。今年の抱負は、今年にしか作用しない気がする。
今日クリア出来なければ、俺はいつまで経ってもクリア出来ないような気がするのだ。
「よぉ、廃人。今日も洞窟か?」
門で出会った男の顔を見るのは、随分と昔に思える。
にやにや笑みを浮かべたダイスケが、門に寄り掛かりながら腕を組んでいた。
「ああ、お人好し。お巡りさんだって? 鍛冶屋はどうしたんだ」
「そいつもちゃんとやってる。鍛冶の合間に、ボランティアだ。さすがに毎日金槌持ってる訳にはいかねぇし、店番は選り取りみどりでバイト雇えるからな」
確かに、安定行動・挫折組は多い。あって困る物ではないptを巡って、バイト戦争とか起こっているのかもしれない。
「……で、隣の子がフィリアちゃん?」
「ああ、そうだけど」
ちらりと見れば、ぽけーっとしていて当の本人は話を聞いてなさそうだった。放心している事が結構あるフィリア。
「おめぇも男なら、ちゃんと守ってやるんだぞ」
「言われなくても」
自信満々で笑ってみせると、ダイスケはぐぅと何故か唸った。
そして、苦しそうに言う。
「……そのついでで良いからさ、俺の家族も頼む」
「おいおい、お前実は女だったのか?」
「いや、俺、余命半年だから」
心臓が止まるかと思った。
「……は? な、なんて言った?」
信じられない。こんなに健康な男が、どうしてあと半年の命だって……。
「正確には、保って後三ヶ月くらいだな。このゲームにいる間、治療を受けられないから、一ヶ月後から怖いぜ」
努めて明るく話すダイスケを見ていられない。
「……家族にその事は?」
「言える訳ないだろ。言おうとも思ったけどな、言った所でどうにもならないだろ? サラが怪我をしてから、あいつ等があんなに楽しそうなの見た事がねぇんだわ」
思い出したように、サラが現実じゃ怪我してるの知ってるだろ? と付け加える。俺は頷くが、この家族がそんな状態だとは知らなかった。
「……本当、このテストに参加出来て良かった。あいつ等の笑顔が見れてな。このテストに参加してなかったら俺、化けて出るくらい後悔してた。窶れた嫁に今にも死にそうだった娘を残して死ねるかよ、って思いが届いたんだかな」
瞳を閉じてしんみりとするダイスケだったが、すぐに眼を開けて、俺に頼み込む。
「だから、頼む。俺が死んだ後、あいつ等を——」
「断る」
馬鹿馬鹿しい。
死んだ後の話なんて、冗談にしか聞こえないって言うのに、そんな真剣に語るな。
「巫山戯るなよ、ダイスケ。死んでもいないのに諦めるなよ。お前が惚れた女くらい、お前が守れ」
死んでも諦めなかった奴がいる。死ぬ直前まで、絶対に諦めなかった奴が。
そいつみたいになれとは言わない。だが、そんな他力本願は駄目だ。
頼まれなくとも、俺は助けてやる。だから、そんなifは心配するな。
「俺の現在の到達階層は四十九。多少無茶をしても、今日中にこのゲームをクリアしてみせるつもりだ」
「な……はあぁ!? 四十——」
「声がでかい。下手に期待されたくないないから、黙っておけよ」
「ここは、一ヶ月経っても一層がクリア出来ない、じゃないのかよ……」
ダイスケの顔の筋肉が変になっている。笑っているんだか、落ち込んでいるんだか、呆れているんだか何だか解らない。
「俺がクリアして、お前を現実に戻す。だから、ちゃんと治療しろ。そして、もう一度だ」
「もう一度……何だよ」
デスゲームである必要なんて無い。
そのシステムさえ捨てれば、こいつはただのゲームだ。
「今度はきっとただのゲームさ。失ったものを取り戻せる、理想のようなゲームだ。現実逃避? 違うさ。ここは仮想現実。仮想であっても現実だ」
七つの願いがこの世界を作った。
その内一つくらいはきっと、純粋だったに違いない。
「じゃあ、行くか」
エデンの街を背に、俺は隣のフィリアに見る。
こちらをちらりと見て、フィリアはいつも通りこくりと頷いた。
そして、いつもと違ってニコリと笑った。
「……遅くなったけど、クリスマスのお礼な」
そう言って、俺は羽根つき帽子をフィリアに被せた。大きな縁のある帽子の下にフィリアの顔が隠れる。
今日でフィリアと会えなくなるかもしれないと思うと、泣き出しそうで顔を見れなかった。




