第一章 それはやっぱり魔法なのかもしれない
すっかり忘れていた事だが、《あの子》はとある特殊能力を持っていた。それは透明になる能力だったのだが、むしろ透明じゃない時間の方が少なく、それゆえあの子はポルターガイストと呼ばれていたのだ。
エデンの門では、確か人数を数えていると言っていた。
このままフィリアを連れて帰れば面倒になりそう。というか、随分と召還獣が居残れるシステムだな。時計を見なかったので正確な時間は解らないが、俺がフィリアを召還してから少なくとも十時間は経っている。
なんと言えば良いのか悩んだが、適当に声をかけてみる。
「じゃあ、フィリア」
「ん」
俺の意図に気付いたのか、ふっと消えるフィリア。どうやら自分の意志で消えられるようだ。自分で言っておいて何だが、消えられるって、どういう事だろう?
召還獣って、本当よく解らない。
門を潜ると、住民らしき男がパッと駆け寄って来た。
タンスの中にあった村人っぽい服に身を纏った男で、どうやら彼が門番みたいな役割の人物のようだ。
「お疲れ様! 大丈夫か?」
「え? ああ、まあ……?」
「お前が最後の冒険者だな。よし、今日も無事みんな生き残った」
「俺が最後? 他はもう帰って来たのか?」
日は沈んでいるし、街の街灯がついているので『もう』ではないだろうが、俺が最後か。なるほど、道理で最もゲームクリアに近い男の出迎えがいない訳だ。
「まったく、お宅も早く帰って来てくれよ! 今日が何の日か解るだろ?」
「今日? ……あ、悪い」
すっかり忘れていたが、そうだ。
今日はクリスマスだった。
「ゲーム攻略も良いが、今日と言う日も楽しまなきゃ駄目だぞ! じゃあな、少年!」
走って行く男に、夜中に出かける奴は心配しないのか? と思うが、そこは自己責任なんだろう。
というか、クリスマスの晩にわざわざ危険を冒すような馬鹿もいないか。
「今日、クリスマスなの?」
「ああ、そうだ。すっかり忘れてたな……って、え!?」
極自然にフィリアが横にいた。いや、そうか。あの子なら、透明になれるんだったな。さっきは消えたんじゃないのか。本当、召還獣って謎だらけ。
「じゃあ、プレゼント」
「え? あー、えっと……」
用意してないな、と思うがよくよく考えると、誰かと過ごすクリスマスは初めてじゃないだろうか。そりゃ、忘れて当然だ。
なんとか即席でフィリアにプレゼント渡せないか頭をフル回転させるが、どうにも違ったらしく、ちょいちょいと服の袖を引かれた。
「プレゼント、あげる」
どうやら、フィリアが俺にプレゼント、だったようだ。
胸にじーんと来る。用意する時間なんて無さそうだったが、一体どうしたんだろう。
「後ろ向いて」
「わ、わかった」
後ろを向く? 一体なんだろうか。
油断した所にまさかの撲殺? あり得る。ドッペルゲンガーだの、シャドーランサーだのという悪質な魔物を生み出すこのゲームなら、あり得るぞ。
ごくりと俺が唾飲むとほぼ同時に、俺の後頭部に感触有り。
そして……。
「出来た」
謎の一言と共に、俺はフィリアの方を向き直りながら、今なお感触が残る後頭部に触れた。
「こ、これ……」
切って短くなった髪がピンと張っている。すごく無理矢理だ。
けど、何も言えない。
だってそれは、俺と《彼女》の大切な絆の証で、死んだ《あの子》がつけていた、もう失ったはずの物。
ピンク色のリボンだった。
俺は『運命』という言葉に、つくづく縁があるようだ。
「大事って言ってた、から」
ほろりと、頬に何かが伝った。思わず、フィリアに背を向ける。見ていられない。
それはまぎれも無く、《あの子》しか知りようが無い過去。
些細な事でも、言葉は大切なんだな。俺があの時、その言葉を言わなければ、きっとこうはならなかった。
「泣いてるの?」
「ば、馬鹿。泣くわけないだろ」
こっそりと、MPを消費して魔法を使う。
消費MP16の範囲魔法、[粉雪]。
魔法の力で無理矢理生み出した雪がエデンの街に降り始めた。気温なんて存在しないだろうから、普通に雪はしんしんと降ってくる。
「……ああ、なんて雪だ! 全然寒くないから、すぐ溶けるじゃないか!」
魔法の雪はそう簡単に溶けたりしない。苦し紛れの言い訳だ。涙腺が緩くなったのも、きっとゲームの設定だ。
それでも十分だった。
「……綺麗」
完全にフィリアの興味は俺ではなく、突如降り始めた雪に移行した。見れば、外を歩いていた者が叫び、次々と人が出てくる。
ホワイトクリスマス、なんて現実じゃ中々お目にかかれない。
歓声を上げる人達を見て、後ろに居るフィリアを感じて、俺は思う。
やっぱり、ゲームは楽しんでこそだと。
「ねえ、その子誰?」
「えっ!?」
「…………」
宿屋に戻って来た俺達にかかった第一声がそれだった。勿論、声の主は昨日と同じくご立腹のサラである。
ちらりと俺の後ろに付いて来ているだろうフィリアを見れば、確かにいる。
正直言うと、フィリアは俺にしか見えていないんじゃないか、と考えていたが、どうやらそれは無いらしい。俺の場合、ポルターガイストと呼ばれていた頃でも見えていたので、差別化出来ないのだ。
当時、あの子は人との接点がほとんど無かった。これは、喜ぶべき事だろう。
当のフィリアは、もの珍しそうに辺りを見渡していた。
「えっと……、仲間、だ」
そう答えたは良いが、どうしよう。
さすがに素直に召還獣だと言うわけにはいかない。俺自身、フィリアが本当に召還獣であるかを疑っているのだ。フィリアがプログラムに過ぎない、なんて俺には断言出来ないし、したくもない。
なにより、召還『獣』ではないだろ。
「そうなの!? 可愛い子だね!」
きゃーと甲高い声を上げてフィリアに抱きつくサラ。目をパチパチさせて驚いているフィリアは、完全になすがまま。サラに頬擦りされて、きょとんとしていた。
しかし……まずい。
今現在、フィリアはマントで全身を包んだ格好だ。だが、その下は蠱惑的な忍び装束。黒い布で秘部を隠しただけ、ではないのだがそれに近い、服とは呼べない何かだ。露出した太腿がもろに目に入り、垣間見える鎖骨には思わず目をそらさせる何かがある。意外とある膨よかな双丘は正直、その布で隠しただけの服の構造上、顔が真っ赤になるので直視出来ない。
だから言ったのだ。精神衛生上よろしくないと!
「やばい……」
ぽたりと冷や汗が落ちる。このゲーム、そういう変な所で無駄にリアルだ。いらないから、そういう心理表現。
別に俺がその格好をさせた訳ではないのだが、ゲームとして考えれば、俺の想像上の存在である召還獣フィリア。俺の記憶を元に作られたのなら、俺がその格好をさせたも同然じゃないか。いや、俺の記憶があの子の服装を忠実に再現しただけなんだが。
とにかく、このままではヤバい。
フィリアが召還獣である事、着ている服がアレな事を知られる前に、どうにかしなければ。
「じゃ、じゃあ俺達、ちょっと話す事があるから」
と、フィリアの手を取って、二階の自室に向かおうとし——、
「えっ! こんな時間に、女の子を部屋に連れ込む気!?」
思わず階段で転びそうになった。下らないことでHPは消費したくない。
「まだ八時だろうが! 大体、俺達はそんな関係じゃない!」
言った瞬間、ぞわりと背中が震えた。全身に鳥肌が走る。だから、どうしてこういう些細な事に本気を出すんだ。
——ヤバい。
未だかつて感じた事の無い、俺には理解出来ない狂気を感じる。超直感、とも言うべき俺の危機感知能力が警報をけたたましく鳴らす。
どうしてこの状況で? エデンは安全じゃないのか?
今になってあのアナウンスが疑われるその困惑は、ほんの一瞬だった。
「主従関係だから」
爆弾投下がすぐ側で確認出来たのだ。
いい気なもんで、爆弾投下犯は美術館にでもいるみたいに宿屋のあちこちを見て回っていた。そして、共犯者らしき俺はというと、食堂でサラと二人で話をしていた。
説教? 無い無い。ちゃんと説明したら、解ってくれました。
考えてみれば、サラは俺の半裸を見ても許してくれた、菩薩のような精神を持った女の子だ。
「……召還獣、ね」
そのサラも、俺の話を聞いて難しそうな顔を浮かべていた。
ちなみに、服の件は話していない。バレてないなら、別に話す事も無いだろう。バレたらバレた、忘れていた事にすれば良いだけの話だ。
「ナイン君は、どう思ってるの?」
「どうって……」
「フィリアちゃんの事、本当にプログラムだと思っているの?」
「…………」
このゲームは、プレイヤーの思考を実現する機能を備えていると言っても過言ではない。だからこそこのゲームでは、完全なオリジナルのアイテムを作り出せるのだ。
それと同じ要領で召還獣は形成されていると考えられる。
だから召還獣は、俺の記憶から形成された姿形とキャラ設定に、完璧なAIを備えたNPCではなかろうか。
なんて、
「説明は出来ても、納得出来るもんじゃないんだよな……」
彼女がリボンをくれたのも、俺の命を案じてくれたのも、全てAIによるものだと言うのか?
納得出来るはずが無い。
俺達とほとんど変わらない存在を、どうしてプログラムだと言えるんだ。
「納得出来ないし……納得したくない」
こればっかりは精神論だ。俺は、どうしてもフィリアをプログラムと思えない。
思えない理由に、俺は恐れている事がある。
このゲームの世界に、ストーリーが与えられていたら。
最後の最後でストーリーの流れとして裏切られたら。感情や過去、これまでの好感度なんて関係なく、ラスボスとして立ちふさがるというなら。
俺は選択出来るのだろうか。
ちゃんと、ゲームをクリア出来るのか。
所詮これはゲームだ。クリアしなければならない、人を死に至らしめるゲームだ。
ゲームであるが故に、プログラムはシステムに逆らえない。
「……くそ。一体、何の意味があってデスゲームにしたんだよ」
このゲームは、一体何を目的に作られ、俺達プレイヤーをどうしたいのか。
呻く俺を心配してか、ちょこちょこと近寄って来て、頭を撫でてくるフィリア。そしてサラを一瞥して言う。
「大丈夫。私は、あなたの味方だから」
「えっ!? 私、ナイン君をいじめてた訳じゃないよ!」
慌てたように叫ぶサラからぷいっと顔をそらすフィリア。どうやら、変な勘違いをしたようだ。
フィリアちゃんに嫌われた! とぎゃーぎゃー騒ぎ、スキンシップでよりを戻そうとする。べたべたとくっつかれて、人と普通に接せられてか、あの子みたいにちょっとだけ嬉しそうに笑みを浮かべるフィリア。
見ていると、なんだか俺も笑えた。思えば、あの事件が終わってから、随分久し振りに自然と笑えた気がする。
と、そんな俺を見て、サラに後ろから抱きつかれながらフィリアが来た。
そして、尋ねてくる。
「元気、出た?」
「——っ」
どうやら、演技だったみたいだ。
その気遣いに、思わず笑みが零れる。
「ああ。……やっと、決心が固まった」
もう迷わない。
やっぱり、俺はこのゲームをクリアしたいのだ。
現実の俺達の身体がどれほど持つか解らない以上、一刻も早くゲームをクリアし、現実に戻りたい。この世界で生きていられるのは、現実の身体が生きている間だけなのだ。
クリアには、フィリアの存在は欠かせない。実力的なこともそうだし、俺の精神的にもそうだ。召還獣だって死んだら甦らないかもしれない。なによりフィリアが死ぬのを見たくないから、やっぱり俺は怒られる事をするだろう。
もし最期に立ちふさがる敵がフィリアであっても。
ゲームのシステムを破綻させてでも、俺はフィリアと一緒にクリアしてみせる。
「ところで、そのリボンは何?」
やっぱり少し変なのだろうか。
もう少し髪が伸びてから付けるとして、懐にしまった。
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夢を見た。
随分と昔のようで、たった数ヶ月前の話だ。
『運命って、信じてる?』
『君とまた会えるなら、信じてもいい』
静かに息を引き取ろうとしている《彼女》。それは、誰がどう見ても死に瀕していた。
だからこそ、俺の言葉に彼女は笑った。
『それは運命って言えないな。運命って言うのは、巡り合わせ。例えば巡り巡って、あなたの所に帰って来たそのリボンみたいな』
失っても戻って来たリボンは、確かに何か因果を感じる。
けど。
『じゃあ、例えば、死んだ人間と再会したなら?』
よく考えると、やっぱり俺は未練がましい。
初めて恋した人を失いたくなくて、何かに縋り付こうと足掻いていた。その結果が、引き蘢ってゲーム三昧の日々である。
呆れたように彼女は笑って、最期を迎えた。
『それは、奇跡か魔法で、やっぱり運命かも』




