第一章 この世の死
「……名前」
ふと思い出して呟いた。少女は不思議そうな顔をして、小動物のように首を傾げる。
無表情と言うのは、ともすれば純粋に見えるのだろうか、その仕草に何故かどきりとする。
「そう言えば、俺はお前の名前を知らない」
「言ってない」
悲しいかな。あれだけ俺の思い出に残っていた《あの子》は、一度も名乗らなかったようだ。未練がましいのだろうか、俺。
といっても、あれはたった三日間の出来事。そこまでの仲に発展しなかっただけだろう。化け物に追われ、命を助け合った事も多々あったが、どうやら吊り橋効果も発生しなかった模様。
それとも、この子はあの子とは別人と言う事か。
「じゃあ、教えてくれないか?」
「無理」
思考すら必要ない断言である。いちいち、どうして即答で返して来るんだ。深々と俺の心を抉ってくる。せめて少し位考えてくれ。
「私は名前が無いから、無理」
「……なんか、ごめん」
なんだか辛い過去がありそうで、訊くに訊けなかった。話してくれるのならば聞くが、こちらからはどうにも尋ねづらい。
それとも、この子はゲームの存在、AIなのか?
軽く項垂れる俺を少女は見つめてくる。その真っ直ぐな瞳は宝石みたいで、思わず覗き込んでしまった。
「だから、つけて」
「へ?」
何を言っているのか解ってしまったが、それ故に恍けたように惚けた声を出す。
だってそれは、とても大事な事だ。俺なんかが決めていいとは思えない。それこそ、自身でも良いと思うのだ。
なにより、俺はそういう才能が無い。
そんな俺の些細な抵抗なんて無視して、少女は再度言う。
「名前、つけて」
と、じっと俺を見上げる少女。その黒真珠のような瞳に、その場任せの言葉は吐けない。
恐らくこれは、ゲームの名前を決めていなかった、なんて意味の台詞じゃなく、本当に俺同様名前が無いのだ。
だから(『ナイン』なんて馬鹿げた名前を付けられた俺としては)、ちゃんと名前をつけてやりたい。
極めて感情の起伏に乏しく、無表情に近い。訊かれた事にはちゃんと答え、俺の言う事をちゃんと聞く。
AIみたいな少女の名前。
「じゃあ……フィリア、なんてどうだ?」
ここはゲームの世界。別段日本人らしい名前である必要ないだろう。それに、現実の彼女はもう……。
これはゲームだ。楽しいゲーム。
別れと再会有り、愛別離苦のデスゲームなのだ。
少女は何度もそれを反芻し、頷いた。
「フィリア……。ん、それで——ううん、それが良い」
さりげない言葉選びに嬉しくなる。名付け親としてだろうか。いや、親ってどうなんだろう。
「……意味は?」
尋ねてくる少女——フィリアに、有名なゲームの台詞よろしく、俺は言う。
「特に意味はない」
本当はあるけれど、それは言えない。
言えるはずが無いのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
デスゲームにチートは有りのようだった。
あれからの俺の洞窟攻略は、まさにこの一言に尽きる。
俺があれだけ苦戦したオークは、
「ブァアアアアア!」
「うるさい」
手に現れる狙撃銃。ズダンと銃声が響き、ずしんとオークが倒れ、カラカラと魔法の炎に焼かれても手放さなかった槍が転がった。
オークを倒した! 10000の経験値、25000ptを手に入れた! 覇王の槍を手に入れた!
という呆気ない結末だ。
手品師よろしく、狙撃銃を取り出せるフィリア。彼女の正確な狙撃術と、『魔砲』なるチート兵器の前に、先ほどのオークとの死闘が嘘のようにさくさくと進む。
具体的には、攻撃力1000オーバーの銃弾がヘッドショットでクリティカル判定。一撃必殺を必中で決めてくる、えげつない召還獣だったのだ。
しかし、
「召還……獣?」
なんだろうか。
俺の想像では、一回の戦闘で消える気まぐれな俺をサポートしてくれる存在、だったのだが。
「解った。手伝う」
その一言で、フィリアはずっと居続けている。
先行して揺れる黒髪の少女は、決して邪魔じゃない。迷惑ではないし、むしろ大助かりだ。
その前に少しばかり問題があったが、些細な事。
布のような忍び装束から見える胸元、二の腕、太腿、へそ。丸見えの肌に目がいき、まるで集中出来なかったのだ。
彼女の少々過激な衣装は、俺の精神衛生上よろしくなかったのでマントを羽織らせ、今はそれをはためかせながら先を歩いていた。なんか裸よりエロい、そんな忍び装束なのだ。
俺は全く戦闘する必要がないし、フィリアが倒した敵の経験値は全部俺に入ってくるし、会話も楽しい。
「ご飯」
「食べる」
「これ美味いぞ」
「ありがと」
会話、楽しい。一人、寂しい。仲間、大事。
単語で俺達の会話は成立してしまうと言う、驚きのコミュニケーション能力。相手の言葉の真意を読み取る能力が高いと、相手に伝えたい言葉も一言で済むのだ。
いや、単に二人とも口下手なだけかもしれない。
「なんて、冗談だけどな……」
「ん?」
俺の独り言に律儀に反応返してくれるフィリアに、なんでもないと笑みを見せ、静かに溜息を吐く。
訊きたいが、訊けない。訊くのが怖い。
『お前は一体なんなんだ?』と。
あのとき、確かに《あの子》は死んだ。
ならば今いる《フィリア》は、一体なんなんだろう。
俺の記憶の残滓から作り出された、俺に取って都合の良い存在なのか。それならば、フィリアの俺に対するどこか好意的な態度も納得出来る。
俺はあの子と、そういう平穏めいた関わりを望んだのだから。
フィリアを指すHPバーは、一体何を意味するのか。
「……情けないな」
これはデスゲームだ。クリアしなければならない。
クリアすれば——この世界は終わる。俺は二度とフィリアと会えなくなる訳だ。
思わず天井を仰ぎ見る。
駄目だ。これは俺達を殺しに掛かってくるゲーム、情を抱くな。死んだ人間が生き返るか。フィリアはあの子とは違う。ただのプログラムだ。
一瞬、脳裏に二人の顔が過った。
全く同じ、二人の顔。
「——ッ」
違うだろ。本人が認めていようと、それはあり得ない。
そんな、魔法じゃないんだから。
「大丈夫?」
目頭を抑えて天井を見上げていた俺に、フィリアが尋ねてくる。俺の怪しげな独り言にも反応を返してくれて、俺の独り言率が低下の一途。
……これも、プログラムだってのか。
「大丈夫だ。先を急ごう」
俺の返事を聞くとこくりと頷き、フィリアは先行する。
あの時は生きる意志のないあの子を俺が引っ張った。それが、今は自分の意志で先を歩くのか。
これはデスゲームだ。
きっとこの世界でも、あの子は殺されれば死ぬのだろう。
「……本当、酷いデスゲームだ」
[ステータス]
[Name] ナイン [Level] 25
[HP] 1190/1280 [MP] 85/120 [状態] 異常なし
[攻撃] 87 [防御] 95 [敏捷] 130
[種族] 人間 [職業] 魔法使い
[パーティーメンバー] フィリア
ステータス画面に見える文字に心が躍る。仲間が出来た。
その仲間の正体が何なのか、俺は知らない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
大規模殲滅は俺の魔法、ボスや強敵にはフィリアの狙撃というパターンで攻略を進め、時には食事や気休めの休憩を挟みつつ、意外とあっさり、俺達は節目の十層へと到達した。
「……想像以上にさくさくだな」
「ん」
ボスだろうと一撃で葬るチートの少女は、特に偉ぶる事も無く一度だけ頷いた。ボスフロア以外の雑魚魔物を一発で消し飛ばす俺も大概チートだが、正直彼女の功績は大きい。
このペースなら、年が明ける前に洞窟攻略も不可能じゃない! とクリスマスに思う。その目標まで後六日の猶予がある。
ボスのレベルが格段に上がりでもしない限り、一ヶ月以内にはクリア出来そうだ。
十層のボスフロアは、大きめの体育館程度の巨大な空間だった。
少ない松明のため天井付近は完全な闇。暗視スコープ付きの銃でフロアを見渡すフィリアでも、ボスの姿を見つけられない。
「……嫌な予感がするな。フィリア、ちょっとこっちに来い」
所謂カメレオンタイプの敵が想定される。サーモスコープがあれば位置特定が可能かもしれないが、早々都合良く持っちゃいないみたいだ。暗視スコープを持っていた時点で十分すぎる。
広いフロアに見えない敵。大人数で来ればきっと、恐怖と共に『そして誰もいなくなった』を体験出来ただろう。
今まではボスフロアの入り口から、ボスを狙撃して倒して来た。だが、今回はフロアに入らなければならないようだ。扉を背に、いつでも逃げられるように一歩だけフロアに入る。
右腕にぴたりと張り付くように寄り添って来たフィリアを一瞥し、見えない敵を警戒しながら作戦を伝える。
「俺がフロア全体を対象にした魔法を使う。さすがに魔法がヒットすれば姿を見せるだろうから、フィリアにはそこを攻撃してほしい」
こくりと頷くフィリア。頼もしい相棒だ。
十層となれば俺もレベルアップするようになり、MPの消費はほとんど気にしなくなった。なんなら俺の魔法だけで倒してやるぜ、くらいの気持ちで魔力を指に流し、魔法を発動。
消費MP60の全体攻撃魔法、[極閃波]。Levelが35に到達した俺が覚えた、火属性で最高位の魔法だ。小さな太陽の拡散をイメージしたもので、その通りなら約200万度のプラズマによる攻撃。ゲームじゃなければ、地球壊滅規模である。
この魔法に限らず全ての魔法は、どうにも使用者とその仲間に対しては作用しないものが多い。勿論、対象に取れば攻撃は当たるので、[水流]で水浴びが出来るのだ。その際気付いたのだが、HPはどうやらON/OFF状態があるようで、HPが減少しなかった。
閑話休題。
俺の手から放たれたプラズマが拡大し、ボスフロアは200万度の灼熱地獄へと変わった。ゆらゆらと蜃気楼のような空気の揺れが生じ、想像を絶する熱さが窺える。視覚出来る程の謎の膜が俺達を囲っており、俺達の周囲にその揺れや熱は生じていない。
「いた」
と、フィリアが指したのは壁に張り付く、トラック並みのサイズを誇るカメレオンの魔物だった。恐ろしい事に赤色に変色するだけで呻きもしない。非常にタフだ。いや、このゲームに登場するボス、なんやかんやいって魔法は効くけど、それだけでは死なない気がする。
だが頭部がある以上、フィリアの敵ではない。
パッとフィリアの手に現れる銃。照準を合わせ、躊躇う事無くフィリアは引き金を引いた。
銃弾の速度は音速を超える。知覚を超えて、その攻撃は魔物にヒットするのだ。だからそれは、フィリアが引き金を引いたと同時に聞こえた物だ。
リン、と鈴のなるような音が聞こえた。
「——ッ」
その音を、俺は知っている。それは、魔術の発動音だ。
刹那、何かと何かが激しくぶつかる音が激しく響いた。そのときにはもう、俺の身体は勝手に動き出している。
何が起こるか頭で理解していなくとも、経験で解る。
これはゲームだ。
ゲームの経験に従って、俺はフィリアを押し倒した。
ほぼ無意識の行為だが、そこにほんの僅かに思考があるとすれば、それは未練。
果たせなかった約束を守りたい、そんな思いだろう。
それは一瞬の出来事だが、確かに俺には見えた。押し倒された事に驚き、即座に事態を理解して、泣きそうな顔を浮かべるフィリアの顔が。
「いやぁ!」
叫び声は後に聞こえた。
俺がフィリアを押し倒したのと同時。
閃光が見えた直後、俺の左腕に激しい衝撃が走った。
(持って行かれる!)
あまりの衝撃に、俺は吹っ飛ばされて床を転がる。その最中、カメレオンの正面で、半透明な結晶が砕け散るのが見えた。遠くで、フィリアの叫びも聞こえる。
床が冷たい。転がるの好きだなとぼんやり思いながら、先ほどの一撃を考える。
……反射、だろう。あいつはフィリアの銃撃を反射して来たのだ。
チートの一撃は、やはりチートのようだった。
熱した鉄を当てられたように、さっきの一撃を喰らった部分が熱い。そこから何か液体が腕から左手を伝って床に滴り落ちている。左腕の感覚が麻痺していて、ピクリとも動かない。
これは……。
「まじか」
出血、していた。左腕からダラダラと血が滴り落ちている。
そして視界から、HPバーがなくなっていた。
HPが無い。
瞬間、弓使いの死に様が脳裏に鮮明に甦って来る。
それは昨日の出来事、決して遠い昔ではない。心臓の鼓動が早鐘を打つ。
慌てて審察眼でHPを確認し、
「……はっ」
俺は思わず笑った。
[Name] ナイン
[HP] 0/3200 [MP] 220/280 [状態] 裂傷有り
HP……0。
0という数字が重くのしかかる。顔を真っ青にしたフィリアが駆け寄ってくるが、あまりの絶望感に起き上がれない。
HPが0ということは、死。
俺は死んだのだ。
叫ぶフィリアに優しげな笑みを浮かべ、俺の身体が光に包まれ——なんて。
「俺はまだ死ねないんだ。ナインだけに、な」
起き上がると同時に[治癒]を発動。
瞬間、俺の身体が淡い蛍火のような光に包まれた。
[治癒]は消費MP12の単体魔法だ。HPを回復させる[応急回復]と違い、部位欠損に作用する。
光が消え去れば、俺の左腕の傷は消失していた。全治一週間の怪我も、一瞬で完治。魔法様々である。
「よし。……死んでないよな」
傷が無いのを確認して、今度はMPを8消費して[快癒]を発動。HPを全回復。俺を指す長いHPバーが復活した。
正直ひやっとしたが、どうやら俺の理論は正しかったようだ。
このゲーム、HPの全損が死に直結する訳ではないらしい。
HPはあくまで肉体を守るための盾に過ぎず、俺達の生死を決めるのは現実同様、肉体の状態だ。HPがなくなろうと、致命傷を負わなければ俺達は死なない。
だから弓使いは死んだ。
前述した通りHPにはON/OFFがある。HPがいくらあろうと、HPがOFFの状態で攻撃を受ければ、首を飛ばされたりすれば俺達は死ぬのだ。
尤も、あと少しずれていたら、俺もHPの有無にかかわらずお陀仏だったが。
エデンの街に病院があることや、[治癒]を覚えた時に思いついたが、正直こんなに早く検証出来るとは思わなかった。というか、検証なんてする気も無かったのだが。
「種が解れば怖くない」
異能の力を駆使して洞窟を攻略しろ! だ。
消費MPが増えると、発動までの時間が多少増えるが、あちらから攻撃してこないなら大丈夫だ。
消費MP36の全体攻撃魔法、[竜巻]を発動。反射も何も、全方位からの攻撃はこちらに返ってきはしない。
思ったよりカメレオンは柔く、実に呆気なく竜巻に引き裂かれて細切れの肉片となった。消失する竜巻、ぼたぼたと落ちる肉片。
「……風、弱点だったのか」
何か申し訳ない気持ちになった。こう、せっかく用意していた渾身のネタを不発にしてしまったような、妙な罪悪感。笑える事に、生き物を殺した罪悪感じゃない。
と、
「うわっ!」
感極まったようなフィリアが、思い切り俺に抱きついて来た。
突然の事で受け止めきれず無様に尻餅をつく。と、なんか妙に柔らかな感触を感じた。
それはつまり、あれだ。
視界に映るバーが減少。……HPを消費したのだ。
「……あ、危ない奴だな」
HP全損で死ぬゲームだったら、凄くしょうもない事で死ぬぞ。
その事を注意しようと起き上がろうとして、出来ない事に気付いた。
思ったより強い力でぎゅっと両肩が掴まれていて、早々に起き上がる事を諦める。
「何を、してるの……」
それはこちらの台詞だが、キッとこちらを睨むフィリアには言えない。
フィリアが言いたい事は解っている。
それでもあえて、彼女の口からその言葉を聞く。
「どうして、庇ったの」
「フィリア……」
ぐっと両肩に掛かる力が強まる。見れば、今にも泣きそうな顔で、口をきゅっときつく結んだフィリアがいた。
「私は召還獣。死んでも、問題ない」
「それは初耳だな……」
そもそも、フィリアが自分を召還獣だと認識していた事が驚きだ。
ますます、俺に召還される以前が訊けなくなる。
「私が死んでも、問題はない。……けど、あなたが死んだら、駄目」
「……召還獣は死んでもまた召還出来る、とかって言いたいのか?」
こくりと頷くフィリア。
フィリアは俺の記憶から生み出された俺のための召還獣で、俺と言うデータ源があればいくらでも複製出来ると言う事か。だから、俺が死ねばフィリアも死ぬ。それなら、自分が死んだ方が良いと。
実に合理的な思考だ。本当、このゲームは良く出来ている。
ただ一点、少しミスしたみたいだな。
「……わかった。今度から、気をつけるよ」
「本当に?」
「ああ。俺はゲームクリアのために幼気な魔物を虐殺した男だぞ。合理的に判断出来るさ」
「……なら良い」
お前を盾にする、と暗に宣言したような物だと言うのに、フィリアは納得したように俺の上から避けた。
ああ〜しんどかった、と伸びをして、今日はこれで攻略やめるか、とわざとらしく大声で言う。フィリアもこくりと頷き、同意を見せた。
召還士と召還獣の関係は、主従関係のようだ。
ボスフロアを突っ切って、奥にある扉を開けて階段を下りる。その途中、前を行くフィリアの背中をなんとなく見ていると、不意にぽつりと呟きが聞こえた。
聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声音。だがそれは、確かにこう言っていた。
『ありがとう』と。
……ああ、もう。
解らない召還獣の心理に思わず叫びたくなるが、けど、それ以上に。
感謝の言葉が嬉しくて。今度は助けられて。助けた意味があって。それだけで過去の失敗が報われたような気になる。
《あの子》とフィリアは違う。でも、俺に取っては同じだ。
俺は、ちゃんと生きて先に進めている。二人が歩めなかった道を、俺はちゃんとまだ。
……もう、色々とやばい。
階段を踏み外し、無様に転んだ。
「……大丈夫?」
振り返ってこちらを呆れたように尋ねてくるフィリアに首を振る。
フィリアの顔を直視出来ない。
「凄く、痛かった」
HPをOFFにしていたが、全然痛みは感じなかった。だが痛みは感じずとも、痛そうに見えるはず。
だからだ。涙が出たのは、仕方が無い事。
「ん」
と無愛想に差し出される手に、痛みがぶり返す。
所詮この世界はゲームなんだと、現実で二度と出会えない事実に苦しくなる。クリアすれば消えてしまうと言う結末に、そのゴールに向かう事が辛くなる。
「……悪いな」
そう言って取った手が、思いのほか暖かくて、また胸が痛んだ。
停滞したい。ゲームをクリアしたくない。俺は、この世界で生きたい。
そんな思いがいくつも生まれる。
だけど、そんなの俺じゃない。そんな俺に、フィリアは手を差し伸べてはくれないだろう。
ゲームクリアを掲げた俺を、フィリアは手伝ってくれているのだから。
「本当に、ごめん」
「……ん?」
俺の謝罪の意味が分からないのか、フィリアは首を傾げた。
だが、俺はその真意を語らない。
言葉には出さず、行動だけで示そう。
これから洞窟攻略を進めるにあたって、今日のような選択肢がこの後何度も現れる事だろう。客観的には、召還獣とその主の命をかけた天秤は、どちらに傾くかなんて迷う必要も無いだろう。
だがきっと、その度に俺はフィリアに怒られ、最後は誓いの言葉を述べて、また同じ事をする。
だから、ここで伏線を張っておく。
「安心しろ。俺は、死なない。お前もだ」
これは、俺の自己満足のために始めたゲームなのだ。
もしもフィリアが俺の記憶から作られた俺のための召還獣だというならば、フィリアは決して俺に文句を言いはしない。
死んでも問題ない? いいや、大問題だ。
ゲームだろうとなんだろうと、俺はもうお前が死ぬのを見たくないんだ。
今度こそ、俺はお前を助ける。
こうして、ゲーム攻略開始から二日目、洞窟攻略一日目は十層の攻略で終わりを告げ——なかった。




