第一章 Fate-運命-
『……どうしてあなたは生きているの?』
『酷いな。俺は生きていちゃダメなのか』
『とぼけないで。私はあなたが死んだのを知ってる』
『巫山戯るな。勝手に俺を殺すなよ』
俺の言葉は二つある。
ちゃんと考えて使う言葉と、少し考え事をしている時のその場しのぎの言葉だ。
あの頃の会話は、ほとんどが後者だった。だから、俺は周りから見たらお調子者だっただろう。その割に突然鋭い事を言う、キャラがぶれた存在だ。
『もういい。じゃあ、もう一回死んで』
『そりゃ無理だ。生憎と、時間は無駄に出来ないんだ。ナインだけに』
ちなみにこの会話、俺は後頭部に銃口を突き付けられハンズアップ状態。必死に生き残る手を考えており、勿論紡いでいた言葉は後者のもの。
これは、俺と《あの子》が初めて交わした会話の一部分。
そして、ここからが前者。生き残る手段を思いつき、それを実行に移す過程の言葉だ。
『ああそれと、大丈夫か?』
『あなたに心配される事など無い。むしろあなたは、自分の事を心配した方が良い。主に頭』
『いや、俺は大丈夫。さりげなく俺を馬鹿にするな。心配なのはお前の方だよ、暗殺者さん』
その言葉に動揺したのを見逃さず、俺は素早く反転し銃口を頭から逸らし、触れられないはずの存在に触れてみせた。煽って危険を招くような事をしながらも、必死に考えた活路を生かしてみせるのだ。
対してあの子は驚いていた。なにせあの子は、『ポルターガイスト』。
『なっ、どうして……』
困惑するあの子に、俺は笑みを浮かべた。
『だから俺は心配してたんだ。狙撃じゃなくて大丈夫かってな?』
銃を握る腕を取り押さえ、組み伏せる。
形勢逆転。不敵な笑みを浮かべる俺に、あの子は目をパチクリさせた後、至って真面目な顔で尋ねて来た。
『……あなたは、運命を信じる?』
悪質勧誘お断り、と顔にでも貼っていれば良かったと思った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
現れたみんなのトラウマ、ドッペルゲンガーが擬態する前に剣を投擲。
全ての武器についている[投擲]のスキルで放たれたスチールソードは、流れ星のような光となって、ドッペルゲンガーをざくりと地面に縫い付けた。
ドッペルゲンガーはぐにょぐにょと剣に刺されたまま蠢く。
不定形の魔物の癖に、繊維状の肉体なのか剣から抜け出せないようだ。人間に完璧に近い形で擬態するだけある。
俺に化けるでも無く、ただ必死にもがく黒いスライム状の魔物を観察する事数分。部位欠損ダメージだろうか、ドッペルゲンガーは液体状に変化し、突き刺さった剣先に黒い水溜まりを作った。
身体が軽くなる感覚。どうやら、倒したようだ。
剣をアイテムボックスに収納。霧散するエフェクトの残る剣とトラウマの骸を背に呟く。
「魔法少女じゃないんだから、変身シーンに攻撃してもいいよな?」
残念。例え擬態して来たとしても、俺は魔法少年だ。
エデンから道なりに歩く事数十分、不意に視界が開き、巨大な山が姿を現した。そして、ぽかりと開いた巨大な洞窟。
中を覗き込めば、ご丁寧に等間隔で配置された松明で一定の光量が保たれている。
「これが例の洞窟だな」
入ってみれば、ゴォーと底から吹き上げて来たようなひんやりとした空気が俺を出迎えた。壁に触れてみれば、冷たい岩石のざらざらとした手触りを知覚する。天井は剣や槍を振り回そうとも接触しないくらいに高い。
「……ふぅ」
ここまでチュートリアル、ここからが本番。全五十層からなる巨大迷宮の始まりだ。
確か一層ごとにボスフロアがあり、そこから階下に降りて行くシステムだっただろうか。
ネットでGardenの情報を調べていたのが、随分と昔のように思えた。まだ一週間ちょっとしか経っていないと言うのに、もう戻れない遠い昔のような気がする。
「一ヶ月前の俺は何してたっけな? ……ああ、布団を被ってゲームしてた」
なら。
「何にも変わっちゃいないな」
初めてのダンジョンに怖じ気づき、奥へ進むのを躊躇うゲームの主人公はいない。俺は前だけを見て、洞窟攻略を始めた。
まあ、手ぶらで攻略するような主人公もいないだろうが。
松明で全体が照らされる、広くも狭くもない一本道を歩く。
いつ魔物が出現してもいいよう辺りに目を配り、時折振り返ったりするが何も現れない。さっきから魔物が隠れられそうな場所なんて全くないから、過剰になっているだけだ。常に俺の斜め後ろに張り付く影に。
そうして辿り着いたのは、先ほどまでの通路より広くなった空間、一室と呼べるような場所だった。
その中心にあるのは、淡い蒼色に輝く円陣。
「そう言えば、そんな話があったな」
このダンジョン、一層攻略するごとに階段を下りて次の階層に向かうが、次の層への前に転移の間と呼ばれる部屋があり、そこまでショートカット出来たりするんだったか。ここが最初の転移の間。ここから自分の攻略最深部まで飛べるのだ。
そして、その奥に見えるのは巨大な重たそうな扉。
「ってことはつまり、俺は自分の影に注意を払ってたが、ここまでは安全地帯で……」
まだダンジョンは始まっていなかった訳である。
無駄に緊張したなー、と溜息をつき、膝に手を当てて、影が動いて、
「……なんて言うと思ったか?」
ふと横にずらした俺の手に翡翠色の長剣、ジェイダイトが現れた。剣は影と洞窟の床を貫くが、硬さの他に慣れた肉の感触が間にある。見れば、影が勝手にバタバタと暴れ出した。
「光源からの角度を考えるんだな」
何で影が常に斜め後ろに張り付いているんだか。まさか鳥肌なんて実装しておいて、影だけ失敗しましたってのはあり得ない。
と自分で気付きました感を出しているが、実際は図書館情報。
[Name] シャドーランサー
洞窟に存在。影に潜み、油断したところを串刺しにする。実体化するのは、攻撃する時のみ。遠足は家に帰るまでが遠足。
関係なさそうな最後の一文が印象的かつヒントだった。洞窟に安全地帯なんて無いよ、とでも語っている気がする。
最初の敵がドッペルゲンガーのゲームだ。自分そっくりの姿に変身して来て、自分と同じ声で話しかけて来て、死にそうになったら命乞いしてきて、断末魔も自分と同じ。そんな敵が最初の敵のゲームだ。
「敵もこっちも命がけ。だからデスゲームなんだろ」
洞窟に突き刺さった剣を消し、扉を開けて俺は第一層の攻略を始めた。
洞窟は簡単な迷路程度にしか入り組んでおらず、大体二つか三つの分かれ道で、道の途中に少々広いフロアがあり、そこに魔物がいる。行き止まりは木製のチェスト、所謂宝箱があるので道を間違えても損した気分にはならない。
ならないが。
「またポーションか……」
というように、一層にして三度目の行き止まりで、三度ともポーションを手に入れると、さすがにげんなりする。もう少し良いアイテムは無いのかと。
文句を言っているが、序盤の回復アイテムは貴重だ。
HPとMPの回復手段には大きく分けて二つある。
一つは、アビリティによる回復。中でもレベルアップボーナスの回復が最高だ。
これは、HPとMPを全回復させてくれるのだが、フェリザでレベル上げを済ませてしまった俺には中々訪れない。
もう一つは、飲食や睡眠などによる肉体的疲労回復だ。
HPは摂取した物のkcal分だけ回復する。これはGardenの仕様で、そのため食堂なんかのメニューにはkcalが表示されている。一応、昨日HPを失った状態で昼食にサンドイッチを食べて確認した。
だからと言って、ゲームのこの世界でkcalの高い物を食べると太る、と言う事は無いだろう。ただの変数に違いない。
で、問題のMP。
こちらは、食事ではほとんど回復しない。もしかすると、食事によってはMPを大きく回復してくれる物もあるのかもしれないが、それはメニューに表示されていないので、独自の検証が必要だろう。
代わりに、MPは飲み物で回復出来ることが解った。これは、某RPGで魔法の聖水、賢者の水、エルフの薬と水をイメージした物がMPの回復アイテムになっていた影響だろう。
回復量は少ないが、ただの水でもMPを回復する事が出来る。勿論、ポーションを飲んでも。この事実を知った瞬間、俺に取って薬草は完全に用無しとなった。
ちなみに、睡眠は両方を全回復させてくれる。宿屋は万能だ。ただし、朝日が昇るまでちゃんと寝た時だけ。逆に言えば、朝日が昇る前に何らかの原因があって起きた場合、回復していないと言う事だ。じゃあ、朝日が昇る数分前に寝たらどうなのかなど、検証すべき内容は多いが、正直眠くならなくても精神が参るので、今は無理。
そんな訳で、MPの回復が容易であったため。
「邪魔だ」
何十匹と群れをなし、俺の行く手を遮る魔物に対して、俺は魔力を指に通し魔法発動。
消費MP8の全体攻撃、[爆炎]。俺の知覚出来る範囲にいる魔物全て、その腹部付近で爆発を起こす魔法だ。
轟! と閃光と轟音が洞窟に鳴り響いた。辺りに漂う焦げ臭い匂いは、魔物の肉が焦げたから。素材の剥ぎ取りが要らないから、俺は容赦なく魔法で魔物を蹂躙する。
[Name] ナイン [Level] 25
[HP] 1190/1280 [MP] 85/120 [状態] 異常なし
[攻撃] 180 [防御] 205 [敏捷] 330
[種族] 人間 [職業] 魔法使い
こうしてステータスを見てみると、一週間続けたジョギングがなんやかんや言って効いている気がする。努力値だと嬉しい。単純に俺の敏捷が上がり易かっただけとか、そんな話は聞きたくない。
ちなみに、Levelアップによるステータスアップはかなり不規則だが、ここ最近は安定して増えている気がする。
武器は基本的にアイテムボックスに格納しているので、攻撃は羽根つき帽子装備分しか上がってない。それにしては高い方ではないだろうか。
ちょっと防御が心配だが、HPが千を越えているのだ。ポーションもあるし、[回復魔法]も覚えたので問題ないだろう。鎧を着れば大部変わるのだが、着るのが面倒、動きづらくなるのも大きなデメリットで、今の所考えられない。
目の前には、巨大な重苦しい二枚扉。ステータスをチェックし、万全を期す。
初のボスフロアだ。
確かボスはボスフロアから出られない、閉じ込められる事は無いという話だったが、要所要所で殺しに掛かって来ているこのゲームの事だ。第一層のボスだからと舐めてかかれば痛い目を見るに違いない。ボスに関しては図書館情報も無いので油断ならない。
魔物にはLevelもHPもないため、俺の25レベルというのがどんな物なのか解らないが、全五十層の洞窟の最初にしては十分じゃないだろうか。
ポーションを飲んで、HPを全回復。MPも全体の5%分、6だけ回復する。
「じゃあ、行きますか」
と手をかけた扉だが、最初に開けた洞窟の扉とは比べ物にならないくらい重い。あそこは手をかけるだけで開いたのだ。
開かない! じゃあ帰ろうか! とか弱気な冒険者なら言い出しそうである。
確かに重たいが、開かない重さじゃない。グッと押せばぎぃぎぃと軋む音をたて、扉が内側に開いて行く。
これまでと比べ物にならない広さのフロアだった。入り口の両脇を固める松明では部屋全体を照らせず、丁度部屋の真ん中より奥が闇となっている。
ジェイダイトを出現させ、臨戦態勢でフロアに入った。扉は閉じない。
じりじりと闇に近づくと、不意に獣臭さに襲われた。他の魔物だってあるだろうが、随分と強烈な匂いに思わず顔をしかめずにいられない。
ずしん、と何か巨大な物が立ち上がったのが解った。そちらに視線をやり、
「——ッ!?」
瞬間、闇の中から白銀の閃光が俺を襲って来た。なんとか反応し剣を合わせたはずが、軽く吹っ飛ばされ壁に強く打ち付けられる。吹っ飛ばされた衝撃でぱさりと、被っていた羽根つき帽子が床に落ちた。
「ッ!」
ビリビリと身体に走る衝撃。ゲームで良かった。HPが壁にぶつかる寸前に俺の身体を減速させ、衝撃を緩和してくれたのだ。現実ならば、骨が折れている所だ。
これがHPの効能。万物の緩衝剤というのは伊達じゃない。
だがあくまで緩和。衝撃を無くしてくれる訳ではない。
HP残量を見るためというよりも思考時間欲しさに審察眼を発動し、HPを確認する。
戦闘中のため、表示される情報は少ない。
[Name] ナイン
[HP] 800/1280 [MP] 85/120 [状態] 異常なし
(残りHPが800!? 防御が全然意味を為してない!)
HPがダメージを肩代わりしてくれているため、すんなりと身体は立ち上がってくれた。それと同時に、部屋の壁に松明が灯る。卑怯だ、などと言いたいが今更だ。
俺の視界に、部屋の主の全貌が入る。
そいつはオークと呼ばれる、猪の頭を持った二足歩行する魔物だった。二メートル近い体躯に、同程度のサイズの鋭い槍を構えている。先ほどの一撃は、あれの刺突だ。
防御して尚ダメージが400弱。完全に、他の魔物と桁違いだ。ボス補正がかかり過ぎである。単純計算、三発で死ぬ。
いつもの笑みが浮かべられない。頬を伝うのは、確実に冷や汗。
「結構やばいな……」
オークの頭上で槍が縦横無尽に振り回され、空気を切り裂く音が響いていた。ビリビリとダメージのない衝撃が伝わってくる。
単純に考えて、あいつの攻撃は500オーバー。どうなって……いや、思い出した。
そう言えばこのゲーム、異能の力を使って洞窟を攻略しろと言っていたではないか。武器なんて飾り。戦士乙。
あの攻撃に対抗するべく、いくつものステータスアップ効果の魔法を発動させる。
「ブア!」
「っ!」
動いた。そう認識したその時には、もう遅い。巨体に似合わず、オークの動きは速い。敏捷上昇魔法[アクセレーション]を発動しているにも関わらず、避けられない。
突き出される槍を、先ほどとは違い正面から迎え撃って防いだ。ビリビリとその衝撃が身体を伝い、手の感覚が麻痺を起こし、剣を強く握れなくなる。だが、それだけでは終わらない。
槍をくるりと回し、激しい横薙ぎの一撃。強く握れずにいた剣を弾かれ、ジェイダイトは金属音を上げて洞窟の床を転がった。
「冗談きついぞ!」
槍を構え、一歩踏み出した勢いの乗った一撃が来る。なんとかしようと昨日まで使っていたスチールソードを瞬時に取り出し、なんとか槍との間に差し込んだ。が、
「っ!」
槍と接触した瞬間、剣は粉々に砕け、槍が肩に直撃した。ぐりっと捻られたような痛みと共に、再び俺は壁まで吹っ飛ばされる。
現実ならば槍はいとも簡単に身体を貫いただろう。だが、HPという見えない壁にぶつかりそこで計算が行われる。こちらの防御と、あちらの攻撃。どちらが弾かれるかの計算だ。HPがある限り、俺の肉に槍が突き刺さる事は無い。
防御上昇魔法[ハードン]を使っても、オークの500オーバーの攻撃を弾ける訳が無い事は解っていた。まさか、攻撃上昇魔法[アタックアップ]で増加させた迎撃すらも弾かれるとは思わなかったが。こんな事なら、ダイスケから盾ももらえば良かった。
だが、そんな悠長な事も考えていられなくなる。
HPバーが左端に寄り、赤く光っている。
すなわち——。
「——やばっ」
審察眼を発動。現状把握。
[Name] ナイン
[HP] 40/1280 [MP] 79/120 [状態] 異常なし
現状は悪。
「——ッ!!」
本当、冗談じゃない。
一撃で760ダメージ。初期HPが400、一撃で死ぬような威力だ。
良かった。Levelが高くて良かった。HPが増えていて良かった。
……強力な魔法が使えるようになっていて、本当良かった。
「これで、どうだ!」
魔力を半分程度消費、俺が現在使える最高位の攻撃魔法を放つ。
指に走らせた魔力が、ごっそりと消えて行く。虚脱感に襲われるが、それも相俟って初めて使う魔法に対する期待感が高まる。
不意にオークの周りの空気がどんよりと曇った。黒々とした雷雲だ。反応し、オークがこちらを睨むが、睨まれた所で発動が止まる事は無い。
消費MP35、全体攻撃魔法[地獄の雷]発動だ。
その一撃は普通の雷とは異なり、激しい音なんて無い。音エネルギーをその威力に込めた地獄の業火。黒ずんだ雷が低く重い雷鳴を響かせ、オークの身体を包み込んだ。
「ブァアアアアアア!」
黒い炎に包まれたオークの肉が沸き立つ音が聞こえる。苦しそうに呻き倒れるオーク。ぶすぶすと肉の焦げる音も聞こえる。オークがピクピクとしていた。
どうやら、やったようだ。
ほっと一息つき、[応急回復]でHPを回復させる。
妖精を思わせる小さな球体が俺の周りを飛び回り、数秒程暖かい光に包まれた。
[応急回復]は消費MP3で20%のHPを回復させてくれる便利な魔法で、一度使えばHPは今なら256回復する。四回使って、千の位にHPを乗せた所で、やっと安心出来た。
「一層目のボスでこれとか、先が思いやられるな」
この強さ、ボスを弱らせる方法とかあったのだろうか。武器での攻略に絶望を覚えるぞ。
壊れた剣はどうしようもないが一応アイテムボックスに閉まって、吹っ飛んだジェイダイトを拾いに立ち上がり——真横からの激しい一撃を受けて俺は吹っ飛ばされ、本日三度目となる壁との邂逅を果たした。
「なっ!?」
何が起こったのか、それは理解出来ている。だが、信じられない。
肉が沸騰していた。沸騰した水に指を入れるだけでも俺には無理だ。それなのに。
黒い炎が立っている。いや、違う。
ふらつきながらも、地獄の雷を受けて尚形を失わない槍に身を預け、オークが立っていた。
「ブァアアアアア!!」
そして今、勝ち鬨の咆哮。咆哮による空気の振動だろうか、その身を包んでいた地獄の炎が霧散する。
見れば、オークの身体についた火傷が音をたてて癒えて行く所だった。
敵にHPは無いが、無尽蔵ではない再生力はある。
「は、はははっ……。そういう事かよ」
笑うしか無い。
ジェイダイトは吹き飛ばされた。以前使った剣は砕け散った。代わりの武器は無い。
頼みの攻撃魔法も突破して来た。生物として、奴らは根本的に構造が違う。
状況の悪さに、俺は苦笑いを浮かべるしか無かった。
本当……このゲームは俺達を殺しに掛かって来ている。
正真正銘、デスゲームだ。
「ブァアアアア!」
雄叫びを上げ、オークはいよいよ俺に止めを刺すべく槍を構えた。先ほどの一撃はクリーンヒットした。もう、俺に奴の攻撃を受けられるだけのHPは残っていない。
後が無くなる。
「本当、きつい」
握る武器も無く、俺は俯き地面に手をついた。
ポーションはある。だが、たかだかHPを40しか回復しないアイテム、使おうが使うまいが変わりはしない。俺の攻撃は全て、奴に致命傷を与えられない。
一つだけ俺でも奴に致命傷を与えられるかもしれない技があるが、検証していない。とてもじゃないが使えない。
絶望的だ。
「だけどな、これで死ねるかよ」
だが、諦めない。
諦める要素など無い。
「出し惜しみは無しだ」
辛い時こそ笑え。傲慢にして、余裕を持って対処しろ。それだけで人生は楽しくなる。この危機的状況も、血湧き肉踊ると豪語しろ。
見栄を張る相手はいない。俺の行為は無謀に近しいだろう。
だが、それは違う。
俺が一体何のためにLevelを上げたと思っている?
残った魔力をフル動員で、俺の切り札たる魔法を発動。
MPが無くなれば凡人となる魔法使い。このデスゲームに置いて、役立たずを仲間に入れる事は死神を仲間に持つような物だ。だからこそ、誰も俺を仲間に入れなかった。
それでも、魔法使いが戦えない、と言う連中を論破することも、実力で納得させる事も出来た。だが、俺はそれをしなかった。
それは何故か?
俺は知っていたからだ。レベルアップで俺が習得する、ある魔法の存在を。
『あなたに相応しい魔法があります。あなたが使わなければ意味が無い魔法が』
俺のLevelは25。その魔法の習得レベルは20。
見せてもらおうじゃないか、女神様。
俺に相応しい魔法って奴を。
MPが空っぽになり、どうしようもなく不安に陥る。何せこの魔法、非常にギャンブル性が高いのだ。その効果が発揮されるかどうかは確率論。
俺の目の前の足下に転移のまで見たような、淡い蒼色の円陣が広がった。
「鬼が出るか、蛇が出るか。はたまた何も出ないか」
沸き上がる青い光に自信満々、不敵な笑みを浮かべる。
突風が吹き、壁の松明の炎が揺れる。落ちていた羽根つき帽子がふわりと浮かんだ。
激しい青い閃光が部屋を埋め尽くした。続いて起こる爆風に、オークも俺も目を覆う。この派手な演出に高まる期待感。自然と笑みが浮かぶ。
これこそが俺の切り札。
「俺は、一人じゃない」
円陣から立ち上る煙の奥に気配がある。
俺達以外の存在が、そこにはいた。
消費MP32、[召還魔法]が成功した。
のだが。
「——ッ!?」
俺は気付いた。
それは、だって、おかしい。
「……あり得ない」
俺の呟きに反応し、円陣の中の存在、召還獣がこちらを振り返りながら言葉を紡ぐ。
「あなたが私の——え?」
召還獣——否、少女の驚いたような声は、俺の言葉の代わりにもなる。
あの時と変わらぬショートの黒髪が、[召還魔法]のエフェクトで靡いている。
人形のような整った顔立ちに感情は乏しく、見開かれた口と目だけが彼女の驚きを表現している。
彼女の双眸は、思わず飲み込まれてしまいそうな程黒い闇だ。
あの時と変わらぬ、やけに露出度の高い忍びっぽい黒い服から覗く肌は、透き通るように真っ白い。
数秒だろうが、何時間も見つめ合ってしまったような一時が流れた。
その間、俺は色々と考えては言葉にできず、ただただその少女を見つめていた。
やっとの思いで口にしたのは、いつぞやの質問に対する解答。
「俺は——運命を信じたくなったよ」
召還獣は、見知った顔の《あの子》だった。




