第一章 贈り物
『コレでよし!』
俺の伸びた髪をリボンで縛って、《彼女》はうんうんと何度も頷いた。
慣れない髪型でに違和感。
ポニーテイルにされた髪を振り回していると、周りの仲間が笑っているのに気付いた。
皆の視線は、俺の髪を纏めたリボンに注がれている。
『なんか、ちょっと恥ずかしいな』
『大丈夫、似合ってるわ』
『いや、似合ってる似合ってないの問題じゃなくてだな』
ピンク色のリボンは、この年頃の男子には少々恥ずかしい。
髪を切った方が良いのではと思ってしまう。
『仕方ないでしょ? 私が持ってる物じゃ、これしかあなたの髪を結べなかったの』
そして、何故か照れたような笑みを浮かべる。
何か言いたそうにしているので耳を近づければ、俺にだけ聞こえるように彼女は呟いた。
『それとも、運命の赤い糸を結んでほしかった?』
一度失って、再び手に入れたリボン。
その時隣りにいたのは彼女ではなく《あの子》だったが、俺は再びそのリボンで髪を結んでみた。
正直、俺はあまり似合ってないと思っていたので、同意を求める視線を向けてみたのだが、
『似合ってる』
微かに笑みを浮かべてあの子は頷く。
ダメだった。どうやら、この二人の思考は極めて似ているようだ。
頼んでもいないのに、頼む事も無いと思うが、狐の尻尾みたいになっている俺の髪を楽しそうに触っている。
『大事なの?』
リボンの位置を適当に直していると、あの子が尋ねて来る。
『大事だよ。今となっては、これだけが絆の証だから』
『それだけじゃない。目に見えなくても、繋がってるものもある』
そう言って、あの子は胸に手を添えた。
心、だとでも言うのか。
生意気な小娘に、俺には似合わないリボンをつけてやった。
リボンも二人も、もう俺の手元には無い。
俺が無力だった結果だ。
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太陽や月など天体は、Gardenでも地球と変わらない。
エデンの街に二日目の朝日が降り注いでいた。
フィールド開放から一日、エデンは恐ろしい程に静かだ。
デスゲームだと宣言されたからではない。朝日が昇って間もないからだ。
目が覚めれば夢だった、というような期待を抱いて目覚めて尚ベッドに籠っている者は大勢居そうだが。
「……今日も行くのか?」
「おはよう、ダイスケ」
滅多に使わない本来の意味での朝の挨拶をかけるが、門の前で待ち構えていた武器屋店主の表情は硬いままだ。
「聞いたぞ。魔物、生きてるんだってな」
どうやら、あの血生臭い話を他の冒険者から聞いたようだ。それで俺を心配して来たなんて、随分とお人好しだ。
「心配するな。その手の話は、昨日帰って来てからお前の家族からも散々聞かされてる」
昨日俺が帰って来たのは夕方頃だろうか。
その時にはエデンに騒ぎなどなく、むしろ街は閑散としていた。
夕食に向かった俺を待っていたのは、何の挨拶もせずに旅立った(別の意味でも旅立つと思われていた)俺を叱りつけるダイスケの嫁と娘で、散々説教された訳で。
聞いた話によると、俺以外にエデンから出た冒険者は皆、二時間もしないうちに帰って来たらしい。
早速作られた街のルールとして、出て行く冒険者の数の確認をしたのだという。
その結果、俺だけが日が暮れる直前まで帰ってこず、早速死んだと思われたらしい。
で、俺以外の冒険者はやはり、ドッペルゲンガーの洗礼を受けたとの事だ。
これは、四人パーティーでドッペルゲンガーに挑み、早々に攻略を挫折した者達の話だ。
洞窟が見えた頃、突如森から四つの黒ずんだスライムが現れ変化、戦闘となったと言う。
当時の彼らは知らなかったが、それが変化前のドッペルゲンガーの姿だ。
ドッペルゲンガーは、完璧な擬態を見せたという。髪や肌の色、体格などの見た目は勿論、言葉遣いや仕草などちょっとした動作すらも真似たらしい。
といっても、図書館情報によれば、実力は擬態したものに若干劣るもの。
若干。
決して覆らない実力差ではないと言う事だ。
初の魔物、初の戦闘、初の仲間との連携で実力が出し切れるかと問われれば、答えは否。興奮、緊張、慢心など色々と行動に影響を与える感情が作用しているのだ。
だが、問題はそこじゃない。
ドッペルゲンガー達は派手な土埃を上げる戦いを仕掛けたのだ。
その結果、彼らは仲間かドッペルゲンガーか判断出来なくなった訳だ。
一週間、徹底的にチームワークや結束力を鍛えたのであれば問題は無かっただろう。だが、彼らは極めて即席に近いチームだった。強い超能力、優秀な魔術師を揃えただけのパーティー。
疑心暗鬼に成りながら戦う彼らに、ドッペルゲンガーは魔物同士の結束でもあるのか、迷わず攻撃を仕掛けてくる。
能力的には優れていても実力を発揮出来ない四人。ぐんぐんと減って行くHPに恐怖し、一人がエデンに向けて走り出したのを皮切りに、残った三人も駆け出した。敗走だ。
そのとき、土煙の中から逃げ出した者の声が響いた。
「騙されるな! 俺はこっちだ!」
そのとき、三人は一瞬足を止めそうになった。常識的に考えて、いや、これまでのゲームの知識から考えて、魔物がプレイヤーの精神を直に揺さぶる行動などあり得ないと。
だが、彼らがエデンを背に戦っていたのが幸いした。完璧に擬態されているが、デスゲームと知っているが故に、死にたくなくてエデンに向かって走る。その心理は、魔物には理解出来ないと。
結果、四人はなんとか生き残ったが、同時に恐怖を感じ、この話をしたのだ。
『もしもあの時、足を止めていたら』と。
この話だけではない。
ドッペルゲンガーを倒した冒険者は語る。
魔物を斬った感触が手に残っていると。どれだけ洗っても血の匂いが落ちないと。ぶにょぶにょした肉の感触が、指と指の間で糸を引く魔物の体液が忘れられないと。
そして、未来の自分の断末魔を聞かされたと。
それだけの話をされて、俺の言った最安定行動にどれだけの冒険者が移行したか。
だが、それでもほんの僅か、数える程度の人数は、今なお洞窟攻略を目指している。俺もその一人に過ぎない。
「……お前、辛くないのか?」
「憂いも辛いも食うての上さ。大丈夫、毎日三食ちゃんと食べてる」
辛いと言えるから、まだ大丈夫。俺は壊れちゃいない。
他の冒険者同様、いやそれ以上に、俺は昨日殺した魔物の感触を覚えている。
最後の最後まで、決して俺を敵視しなかった魔物の瞳を、俺は忘れられない。
だが。
強くなれるのに辛いからと弱いままでいたら、それじゃ俺は何も変われない。またあの悲劇を繰り返しそうだ。そっちの方が、よっぽど辛い。
「なあ、ここでテスト終了の日まで過ごしてから、攻略を始めたって良いんだろ?」
「現実より死が近い世界で怠惰を極める程、俺は愚かじゃない。言っただろ? 魔法使いは、レベルが上がらなければ強くなれないんだ」
「…………」
無茶してほしくないってのは解る。心配なのも。
だが俺の大丈夫って言葉は、そんなに信用出来ないのだろうか。
「それにな、ダイスケ。ゲームはもう始まってるんだよ」
デスゲームは、もう始まっている。
「ゲームに過ごした時間が無駄? そんなの、人それぞれだ。現実で体験出来ない事を経験するのが本当に無駄か? 俺は無駄じゃないと思う。俺がここで積み重ねる死だろうと、その苦しみだろうと、全てが俺の人生だ。他の誰のでもない、俺の人生だ」
あの事件で俺が得た教訓。
『やり直せない』
だから、俺は俺の思ったように生きる。
「デスゲームはもう始まってるんだ。いつこの世界に死が溢れるか解ったもんじゃない。その時には、抗えるくらいには強くなっていたいんだ」
その過程で俺がどれほど苦しもうと、俺はそれを楽しんでみせる。辛くとも、その辛さをバネに成長してみせよう。
「じゃあ、行ってくる」
「待った!」
門に手をかけた俺に、ダイスケが何かを投げて寄越して来た。我ながら器用に片手で受け取れば、それは鞘に入った剣。
「これは?」
「約束、だ。約束しただろ? 生きて帰って来たら、俺の最高傑作をやるって」
鞘から引き抜けば、翡翠色に輝く美しい刀身を持った長剣がその姿を現した。ファンタジー要素を組み込まれたのか、転移の羽根みたいに剣を取り巻くように粒子が飛んでいる。
「……おいおい、これって本当にお前の最高傑作か? なんかのクエスト報酬とか、ラストダンジョンの宝箱からかっぱらって来たんじゃないよな?」
「アホ。ラスダンから取って来れるなら、俺も攻略に参加しとるわ」
回りくどい褒め方だったが伝わったようで、満更でもない顔をしているダイスケ。
「……そいつは、俺がこのGardenで一番最初に作った剣だ。スキルテストで、何でも一本好きな剣を打っていいって言われてな。最高の素材、最高のスキルで作った奴だ。俺が将来、自分の手で作れるようになりたいような剣だ。多分、本来はもっと出し惜しみするべきもんだぞ。それこそお前の言った通り、なんかの依頼の肩代わりに渡すような代物だと自負してるぜ」
「いいのか? そんな物もらっちまって」
「ああ。代わりに、俺達が困った時に助けてくれや。先払いの報酬だ」
俺は一瞬驚いたが、大きく頷いた。この剣が手に入ると言うのなら、安い物だ。
「了解。この剣に誓って、俺はお前を助けよう」
返せって言っても返さないからな、と笑みを浮かべ、俺は剣をアイテムボックスに格納。やばい、笑みが消えない。最初に言った通り、この剣はやばい。
俺には審察眼という、強さを数値化する能力があるから、もうその強さは折り紙付き。
[Name] ジェイダイト [属性] 長剣・魔剣
[攻撃] 680
[効果] ???
最初のダンジョン到達前に攻撃が五百オーバーの武器なんて、ゲームバランスが崩れかねない。
昔、ディスク抜きという裏技を使って強力な武器を手に入れたことがあるが、その時の感覚に近い。
これこそ、NPCがいないゲームならではの展開か。勇者の魔王討伐に住民の惜しまない協力を仰げたような物だ。檜の棒なんてなかった。
おまけに、何か効果がある。何故か今は解らないが、マイナス効果でないのならばなんだっていい。いや、この際マイナス効果でも良い。
これが魔剣であることには変わりないのだから。
魔剣。
MPのない者でも魔法が使える用になる武器。どれほど助けになるか。
ちなみに、俺が昨日使っていたスチールソードの攻撃は70。防具も一新しているので、昨日とステータスは大きく違う。お気に入りの羽根つき帽子は変わらないが。
「……っと、そうだ。ダイスケ!」
早速剣の切れ味を試したく門から出かけて、ある事に気付いたのでダイスケに声をかけた。今まですっかり忘れていたが思い出したので、今日らしい感謝の言葉を返してみる。
「最高のクリスマスプレゼントありがとう」
今日はクリスマス。
俺の初めてのクリスマスプレゼントは、頼れる相棒になるだろう。




