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第一章 ゲームである意味

「儂には剣の天賦の才がある」

「……爺さん。それが一体どれほど役立つって言うんだ」

「安心せい。御主にも見えるぞ、儂と同じ勝利の剣の道を究める道が!」


 巻き込まないで欲しかった。

 剣の才能なんて、現実の世界ならいざ知らず、このゲームの世界であっても役に立たない。生まれて来る時代を間違えた、ただその一言に尽きる。


「この混沌たる世界を切り開き、覇者と言う栄光を掴む未来が! 見える!」


 老人の話は真摯に聞くべきだろうが、やはりそれは時と場所、そして何より雰囲気で選んだ方が良い。



 老人の朝は早いと言うが、どうやらそれはゲームの世界でも同じようだった。

 昨日同様、朝日が昇ると同時に街を出ようとしていた俺達は、門の前にいた老人に捕まってしまった。

 フィリア? 

 昨日はあの後、ごく自然な流れで一緒に俺の部屋に泊まった。ベッドは小さかったが、寝苦しいとかはない。朝起きて布団が全部剥ぎ取られていたが、全く問題ない。というか召還獣、全然消えないんだな。むしろ視認出来ない状態になるだけで、ずっと居続けているのだろう。

 閑話休題。

 先ほどから爺さんが俺達に語るのは、昔は某国のエージェントで美人のスパイと色々あったとか、魔術の仕組みだとかだ(公式HPのPVから法則性を見つけ出した猛者のまとめ情報と似ていた)。そして現在は、剣技が凄いと言う自慢。

 もしかしたら嘘じゃないのかも、と思わせる多少引き締まった肉体に、確かに剣捌きに似た動きを見せる杖。


「じゃあ爺さん、その自慢の知識と技術でアンタも洞窟攻略をしたらどうだ?」

「……すまんな若いの。儂には無理じゃ」


 秘められた力を持っているとか、輝かしい過去を持っているとか、見聞きしただけの情報を我が物で語ったような感じ。そして、本当であれば実に羨ましい能力を持ちながら行動しないこの爺さんを、俺はこう呼ぶ事にしよう。

 『廚爺』と。

 理由なんて特別語らなくても良いと思うが、このネーミングを決意したのには大きな原因が一つある。

 それは、初対面の台詞だ。


『勇ましき者よ。汝がこの先辿り着き得る物は、それ相応の報いであろう』


 彼はNPCですか? と思った。話し方が変なのも気になるが、それ以上に未来を案じさせる台詞がゲームのフラグを思わせた。

 が、当然ながらこのゲームに住民のNPCは一人もいない。というか、話を聞けばこの爺さん、どうにも冒険者臭い。しかし語る内容はゲームの中の存在、NPCっぽい。

 俺は門番にチェックを受け、用事がある雰囲気を醸し出して退散を試みる。


「じゃあ廚爺、俺は洞窟攻略に行ってくる」

「おお、頑張りなさい。御主の生き様、この儂がしっかりと記録しよう」


 生き様とか、死亡する前提にしか思えない。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 ドッペルゲンガーはイベントモンスターのようで、一度倒すと出現しないらしく、まるで敵と会わずに洞窟に付いた。会わなかったのは他の冒険者もだが、そもそもドッペルゲンガーを倒せていないのではないだろうか。

 昨日同様、影に擬態していたシャドーランサーを倒して転移の間に入る。

 今回は洞窟の転移システムを使って、昨日攻略した十層の転移の間に移動する。


「何があるか解らない。危険」


 とフィリアが手をつないで来たが、その通りだ。安心し切って転移した先がモンスターハウス(だだっ広い空間にモンスターしかいないフロア)なら、正直笑えない。と言っても、昨日帰って来る時に使用したので、一応安全だとは思っていた。


「じゃあ、行くぞ」


 頷くフィリアを確認して、俺達は同時に蒼く光る円陣に入る。第一層の転移の間から常にある転移の間使用方法を記した看板情報に従って、指で転移したい階層の数字を空に描いた。

 瞬間、ふわりと浮かぶ感覚と同時に視界が歪み——。


「おぉ……」


 でかでかと10〜11と描かれた部屋に到着した。ちなみに、最初の転移の間に戻る時は、0を描けば良い。ところで0って、上から円を書くんだったか下から書くんだったか、いまいち覚えていない。多分どちらでも大丈夫だろう。


「行こう」


 と先行したフィリアは、十一層の扉まで手を離さなかった。




「なっ、なんだこれ……」


 十一層、その扉を抜ければそこは今までと全く違う空間が広がっていた。

 チチチと鳥の囀りが聞こえた。俺達を歓迎するように風が吹き抜け、ザワザワと木々がざわめく。見上げれば、遥か先に天井らしきものが薄らと見える。ただ、猫型ロボット映画に登場した場所のように、その天井自体が発光しているようだ。

 要するに、十一層とは、


「森……」


 洞窟の中の森林を攻略しろと言う事だ。


 しかしながらこの変化は、強いて言うならば魔物がいつどこで出現するか予測出来なくなった程度で、あっさりと攻略出来た。ちなみに、ボスは壁際にあった開けた広場にいたが、縄張り設定でもあるのか、こちらから視認出来るのにその広場に入らない限り攻撃してこなかった。そのため、広場に入らず狙撃で倒している。だからフィリアはチートなのだ。

 一層の広さは、俺の感覚が正しければ大体二キロ平方程度。基本的にボスは壁際にいるので、一層攻略するのに最短距離で二十五分かかる。

 ゲームの疲れない身体ならば、一時間もあれば余裕で一層攻略出来ると言う事だ。


「よし、ここらで休むか」

「ん」


 今だ地形は森の十四層。天井に突き刺さらんとばかりに伸びた巨大な大木を前に、昼ご飯タイムと洒落込む。

 魔物に襲われる心配はあるが、大木の周りは草原で、落ち着いて対処すれば問題ないという判断だ。転移の間ではシャドーランサーが出ると見つけづらいし、何より景色を楽しめるのでここでの休憩だ。

 唯一の問題は、先ほど倒した十四層のボス、巨大なお化け大木タイラントツリーの枝が転がっている事だろうか。フィリアの爆弾に、俺の風魔法[渦巻]で木っ端みじんに吹っ飛ばした結果だ。幸か不幸か、血肉をまき散らすタイプの魔物ではなかったので、いい気分で食事にありつける。

 本日の昼ご飯は、笹の葉に包まれたおにぎりが二つ。艶のある銀舎利、海苔が具を隠しているが中の具は鮭と梅だ。見た目で中身が解らないが、俺はどちらでも食べられるので問題ない。


「フィリア、鮭と梅どっちが良い?」

「……鮭」


 と言われても、見た目はほとんど一致。

 だが問題ない。俺には審察眼がある。


 [Name] 鮭おにぎり

 [効果] HP15%回復。骨は無いので安心してお召し上がりください。


 [Name] 梅おにぎり

 [効果] HP12%、状態異常麻痺回復。種は無いので安心してお召し上がりください。埋めても木は育ちません。


 無駄に詰め込まれたゲーム要素がこういう所で生きる。審察眼をこんな使い方するのは俺くらいじゃないだろうか。しかしそれを見越した、具の詳細テキスト。実にありがたい。小骨は危ない、赤色に光らせよう! なんて考えなかったようだ。

 言われた通り鮭おにぎりをフィリアに渡して、いただきますと梅おにぎりに齧り付く。

 薄塩味のご飯に、海苔の磯の香り、梅の酸味が加わる。すっぱいが、それが良い。

 鮭はどうなんだろう、と思って隣を見ると、フィリアが首を傾げていた。


「どうした?」

「……?」


 俺の問いかけにも何故か首を傾げる。可愛らしい仕草で微笑ましいが、ちっとも何が言いたいのか解らない。

 おにぎりを一口食べては、何かが腑に落ちないらしく小難しい顔をしている。


「取り替えるか?」


 と梅おにぎりを差し出せば、瞳が梅おにぎりと俺の顔を行ったり来たり。

 何度か繰り返した後、ひょいと俺の手から梅おにぎりを取って、ぱくりと一口。ぱぁーと顔を明るくした。どうやらお気に召したようだ。

 その後、俺に取り返されてなる物かとハムスターの如くいそいそと食してしまった。あまり味わってるようには見えない。

 その後、手元に残った鮭おにぎりを味比べに一口食べて、俺の口元に押し付けてくる。

 ほら喰えよ、と言わんばかりぐいぐいと押し付けられるので、恐縮してしまい小さな口で齧り付いた。


「美味しい?」

「はい。大変美味しゅうございました」


 上目遣いでそう尋ねてくるフィリアに、俺は味も何も解らなくなる。

 小さく笑みを見せて、また自分も一口食べて、俺に押し付けてくる。そんなやり取りを何度か繰り返し、あれ? 俺の食べた分少なくない? とか思いながら昼食終了。

 塩味のついた指を舐めているフィリアを尻目に、そう言えば俺は昔からあまり空腹を感じないなとぼんやりと思った。

 食い意地張ったフィリアに丁度良い相棒だろと、何か間違った自信をつける。

 確かに俺の食べる分は減ったが、健啖な女の子は結構好きなので一向に構わない。




 節目の第十五層を突破し、続いて入った第十六層では砂が目に入った。


「……砂漠だ」


 一面砂のフィールドだ。洞窟の壁も前までの岩肌から、どこまでも続く砂漠を演出する見えない壁となった。

 イソイソと俺の渡したマントを脱ぎ、水着の一種かと思う例のきわどい忍び装束になるフィリア。ギラギラと強い日差しが彼女の白い肌を焼きそうだ。

 小麦色の肌は嫌いじゃないが、日焼けも火傷の一種。


「あ〜、これ羽織っとけ」


 ゲームなのに日焼け対策というか、俺の性的欲求が高まりそうなので、フィリアにはその格好を自重して欲しく足下まであるワンピースに、薄手の白いカーディガンを渡す。ちなみにこれは、先ほどの森にあった宝箱の中身と、蚕のような十五層のボスのドロップアイテムだ。

 元々服が薄かったのか受け取って直にそれらを着た直後、着心地が良かったのか、目を見開くフィリア。パチパチと何度か瞬きし、不思議そうに服を見ている。どうやら、この階層を攻略するのに丁度良いアイテムだったようだ。


「うん、似合ってるぞ」


 白いレースのカーディガンの下に透けて見える肌色に、なんかそそられる。

 褒めたのに、何故かフィリアはどこからか取り出したスカーフですっぽりと頭を覆った。完璧な紫外線対策完成だ。

 この砂漠フィールドは、足下から魔物が出現すると言う鬼畜設定で最初は驚いたが、一秒にMPを1消費して空を飛ぶアビリティ、[飛行]を習得した俺に死角は無かった。ボスも文字通りの対空砲火で倒していく。


 [飛行]のアビリティは走るくらいの速さで移動出来る。ちなみに、翼はない。その際、フィリアを背負っているのだが、そこで俺は気付いた。

 MPが減っていないのだ。

 女の子を背負うとMP消費が無くなる、なんて考えてみたが、どうにも違うようだ。試しに嫌がるフィリアを無理矢理お姫様だっこして飛んでみたが、むしろそっちの方は消費を越えて回復し始めた程だ。

 一体何がMPを回復させるのか、まるで見当がつかない。というよりも、そんな事考えていられなかったというのが正しいかもしれない。

 時折背中で動く少女に、なんやかんやいってドキドキしている俺がいた。




 第二十層のボス、巨大なスコーピオンを空から魔法と銃撃で倒して入った第二十一層。

 辺り一面真っ白だった。しんしんと降るのは、小さな水の結晶。

 扉を抜けるとそこは、雪原だった。どうやら、五層ごとに地形が変わるみたいだ。


「……場所を変えれば良いってもんじゃないぞ」

「くしゅんっ」


 フィリアがくしゃみをした。可愛い。

 イソイソとどこからから、恐らく俺と同じくアイテムボックスに格納していたのだろう、先ほど脱いだマントを羽織るフィリア。

 今日の攻略を始めてからどれほど時間が経ったか解らないが、そろそろ良い時間だ。


「じゃあ、今日はこの層で最後にしよう」


 俺が断言して、フィリアが頷いた。

 なんとなく、ここで止めるか? とフィリアに訊くのは駄目な気がする。多少無理していても、首を縦に振らなそうだから。

 肉体的に疲れはしないが、だからと言って無理は禁物だ。精神はすり減る。


「……しかし、歩きづらいな」

「…………」


 ざくざくと雪を踏みして歩く。一歩一歩を踏み出すが大変だ。吹雪ではないが結構なペースで雪が降っていて視界が悪いので、空は飛べない。

 時折、二足歩行の目が血走った可愛くないシロクマが襲って来るが、フィリアの銃撃で一発KO。雪原に赤い花が咲く。


「なんか、楽して進める案は無いかな」

「……」

「スノーモービルは無理だが、スキーとかどうだろう?」

「…………」

「傾斜が無いから駄目か。まあ、靴で雪の上歩くよりはマシか。俺の能力ならスキーの板があれば簡単に持って来れるし、明日はそうするか」

「……………」

「フィリア?」


 フィリアの返事が無い。

 一瞬、嫌な予感が頭を過り、ぱっと振り返る。


「…………」


 大丈夫、いた。

 足取りは重いが、あまり離れずに俺について来ている。

 いや、何が大丈夫なんだ!?


「フィリアっ!?」


 叫び、身体を翻してフィリアの元に駆け寄る。俺が踵を返したのに気付かなかったのか、フィリアがそのまま前進して来て、俺に体重を預けて来た。

 慌てて抱きとめて、俺はその異常に気付いた。

 オカシイだろ。今までと明らかに違う。精神的に疲れたとか、そういう話じゃない。


「お前、すごい熱いぞ!?」

「……ん」


 額に手を触れると、もの凄く熱くなっていた。逆に手足はもの凄く冷たくなっている。そして、俺が語りかけても目の前で手を振っても、ほとんど反応しない。意識が朦朧としている。

 どうやらこの層に到達した時点で、随分と無理をしていたみたいだ。

 この症状、俺自身かかった事が無いが、知識として知っている。


「か、風邪か?」


 なんて無駄な設定を。まさか、砂漠と雪原の温度差によって引き起こされたのか? また出た、Garden謎のリアリティ。

 だが、こちらにはたった60ptの頼もしいアイテムがある。俺は比較的落ち着いて、ある物をフィリアに差し出す。


「これ飲めるか?」


 手に現れたのは、万能薬。フィリアの症状は風邪っぽいが、はたして効くのだろうか。

 万能薬を飲ませるが、一向に熱が冷めない。風邪は普通の状態異常ではない、特殊な状態異常のようだ。理不尽なゲームシステムを思わせる。なんだか、この後どこかにある大樹の葉を取りに行かされそうな展開だ。


 とにかく、すごい熱だ。さっさとエデンに戻った方が良い。

 フィリアを抱きかかえ、効くかどうか解らないが、気休めに[応急回復]と[治癒]を掛けておく。

 そして、魔法使いが洞窟攻略に最適だと言った訳、消費MP10の転移系魔法、[脱出]を発動。一瞬で洞窟の入り口に戻れるという便利な魔法だが、他の冒険者に会いたくないので使っていなかった。が、この緊急事態にそんな事言ってられない。

 さらに消費MP6の転移の羽根同様の効果がある、[転移]を発動。ふわりと身体が浮く感覚、直後エデンの街の自室へと到着した。門番には後で連絡しよう。


「無理してたんなら言ってくれよ……」


 そっとフィリアをベッドに寝かせた後、俺は思わずベッドに顔を埋めた。悔しい。

 俺はフィリアの体調の変化に全く気付けなかった。

 まさか、温度によって体調が変わるなんて、そんな事知るはずも無い。俺は砂漠でも雪原でも暑い寒いとは感じていないのだ。確かに、ちょっと涼しかったり暖かかったりしたが。

 もしかして、召還獣は別なのか?

 ふと気になったので、俺はフィリアのステータスを見る事にした。

 審察眼を発動し、フィリアの身体の横に出た情報を見る。


 [Name] フィリア [Level] 50

 [HP] 6800/6800 [状態] 呪い

 [攻撃] 900 [防御] 700 [敏捷] 1200

 [種族] 人間 [職業] 召還獣

 [パーティーメンバー] ナイン


 数値は無視して考えれば、状態異常呪いと召還獣というのが気になるが、今はそれどころではない。


「万能薬じゃ風邪は治らないのかよ」


 フィリアの頬をつーっと汗が流れる。顔がやや紅潮していて、呼吸も少し乱れている。シャワールームで濡れタオルを作り、汗を拭いて額に乗せた。

 汗をかいているみたいだが、さすがに俺が服を脱がす訳には行かない。サラにでも着替えを頼もう。




 サラに事情を話して、少しの間看病してもらう事にした。

 ちゃんとフィリアの格好がアレな事を覚えていた俺は、サラがフィリアを着替えさせている間に門番にチェックを受けに行く。これで、少しは冷めた感情のサラと話が出来るだろう。

 一応、言い訳は考えている。

『アレはアレで、良い防具なんだ』と。

 勿論、事実無根。一応上に羽織っていた物があるとはいえ、あれで雪原を歩いたのは怒鳴られそうなので隠そう。

 色々と後ろ暗い事を抱えながら食堂で夕飯を食べていると、サラが降りて来た。


「悪いな、色々と」

「……うん」


 先手必勝と謝る俺だが、予想に反してサラはどこか沈んでいた。


「あ〜、なんかまずかったか。それとも、フィリアが何かしでかしたか?」

「あっ、ううん、そういう事じゃないの」


 何でも無いと手を振って笑顔を見せるサラだが、どこか暗い。


「そんな顔で何でも無いとか言うなよ。サラダのようなフレッシュ感が足りない」

「どういう意味よ」


 腰に手を立てて頬を膨らませ、なんとか誤摩化そうとするサラに、同席するように目で促す。現在の時刻は十時、今の時間に飯を食べているのは俺だけだ。


「なんかあるんだろ? 話してくれよ」

「うっ……」


 俯き、目をそらすサラ。そして一言。


「ナイン君には……関係ないよ」

「…………」


 ……どうしよう。

 俺は友達がよく解らない。

 利害関係を無視して人付き合いをした事がほとんど無いからだ。というより、知識だけならあって、人生経験が圧倒的に足りていない。

 どうやら、俺は間違えたようだ。

 友達ってもんがよく分からないから、自然体で話せば良いと思った。けれど、今の俺の発言は、友達のラインを踏み越えたみたいだ。

 どうしよう。どうすれば良いんだ?

 もう解らない。友達、止められるかも。

 それ以前に、俺達は友達だったのか? 友達って何? 俺、友情の証なんて持ってないし、友達の契りなんてのも結んでない。

 サラの友達だと思ってたけど、それって俺だけ?

 どうしよう。俺の唯一の友達、いなくなるかもしれない。


「あ、あの……さ」


 いつも通りの声が出ない。自分で訊こうとしておいて聞きたくない。

 こんな事で情けないな、なんて嘲笑が聞こえる。誰の言葉か解らないが、決して負けては駄目な相手の声だ。

 ここでちゃんとしなきゃ駄目だと思う。


「俺は……サラの友達だと、思ってたから。友達って初めてだからよく解らないけど、何でも包み隠さず話せる相手だと思った。……ごめん」


 面倒だったら、さっさと友達を止めていい。それは寂しいけど、仕方が無い事だ。

 一瞬のようで、すごく長い沈黙があった。

 そして、


「……ズルいな、ナイン君。そんな事言われたら、話さないわけにはいかなくなるよ」


 顔を上げると、困ったような照れくさそうな顔をしたサラがいた。


「俺達、友達?」

「うん、友達。私も、ナイン君が初めての友達かな」


 えへへと笑うサラに、先ほどまでの暗さは無い。良かった。

 むしろいつもより明るくなって、意地悪そうに笑みを浮かべる。


「覚悟しなよ、ナイン君。私、そういう友達ならすぐ頼っちゃうからね」

「任せろ。多分、なんとかする」

「そんなはっきりと曖昧な事を……」


 だって、俺は引き籠り。精力的に活動していたのは、たった三日。人生経験が乏しい。

 この軽い話の流れで、サラはなんでも無い事のように語り出した。


「私ね、歩けないの」

「え?」


 思わずちらりと足を見るが、失礼だと思ってすぐ顔を上げる。と、サラは少しだけ意味深な笑みを浮かべて足を上げた。

 彼女の白い足は細いけれど健康的で、とても異常があるようには見えない。

 遠くを見るように、サラは言う。


「小さい頃に交通事故にあってね、それで両足切断。十年以上歩いたことは無かった。正直、もう自分の足じゃ歩けないと思ってたよ」


 サラは愛おしそうに足を撫でる。繋ぎ目も動きに不自然さも無い。誰がどうみても、それは彼女の足だ。


「私、昔からこんな性格で落ち着きが無くってね。そのせいか、走るのが好きだったの。大地を踏みしめて、風を切ってく感覚が気持ち良かったんだ。小学生の時だけど、陸上選手として凄い期待されてたんだよ? ……だから、事故で一瞬記憶が飛んで、目が覚めたら足が無くなってて、すごいショックだった」


 [飛行]を使える俺だって、足が無くなったらショックを受ける。走る事が好きだったサラなら、そのショックは大きいだろう。


「事故からの生活は、すっごい苦しかった。やっぱり、迷惑だったんだろうね。友達もいなくなっちゃたし、私も希望が無くて。もう自分の足で走れないのか、って思うとね。車椅子じゃ、駄目なの。我が儘だけど、私は自分の足で走りたかった」


 その気持ちは、俺がこのゲームをクリアしたいのと同じようなものかもしれない。

 誰がクリアしても同じだろうが、俺がクリアしたいと思う気持ち。


「今年の夏ぐらいかな? 私の事故からずっと沈んでたお父さんが今まで見た事も無い喜んだ顔をして、『自分の足で歩けるようになるかもしれない!』って言ったの。何言ってるんだろうこの人、なんて思ちゃったのはお父さんには内緒だよ?」

「ああ、勿論」


 その時のダイスケの様子は、ありありと想像出来る。

 とすると、俺がダイスケの店に行った時のあの反応は、娘が友達を連れて来た、という喜びも含まれていたのかもしれない。


「で、よくよく話を聞いたら、お父さんの知り合いのお医者様がこのゲームのテスターとして紹介してくれるって言ってね。そんな話聞いた事無かったし、所詮ゲームでしょ? なんて思ってた。でも参加するのにお金ももらえて、もしかしたら本当に歩けるかもしれないって思うとデメリットは無かったから、参加したの。……そういえば、今考えると露骨にデスゲームですってアピールしてたなって思うんだけど、『Gardenでは怪我をすれば血が出ます』って注意があったんだよね」

「うわぁ……。俺達の時は『Gardenにて死亡された場合、強制ログアウト。再ログインは不可能となります』だったけど、確かにそうだな」


 デスゲームとは言っていないが、気付かなかったのかと言われれば、少しは気に留めていた。けど、まさか政府の国策たるゲームがデスゲームだとは思わないだろ。

 ふと気になったが、俺達の時はテスターの資格に健康な身体のみと書かれていたが、住民は違うのか。


「初めてこのゲームの世界で目が覚めたとき、起き上がれた事が嬉しかったな。完璧なリアリティは、こういう事のためにあるんだと思った。で、思いっきり走ったの。最初はうまく歩けなかったけど、痛みは無かったから、そんなに時間はかからなかった。風を切る感じとか、踏みしめる大地の感覚とかが懐かしくて涙が出ちゃった」


 思い出して照れくさそうにするサラだが、別に恥ずかしがる事じゃないだろ。サラがそんなに恥ずかしがるなら、起きてほぼ全裸で体操していた俺はどうすればいいのだ。

 それで、とサラは少し申し訳なさそうする。


「これがデスゲームだって知った時、私、ちょっと嬉しかった」

「嬉しかった?」

「……うん。現実の私は、こんな風に歩けない。現実じゃナイン君はそばにいない。また元に戻るのかって思うと、このβテストが終わるのが怖かった」


 この世界で生きると言う事は、現実と比べて命を失う危険性があると言う事だ。

 けれど同様に、何か大切なものも得られる可能性があると言う事か。


「だから、さ……」


 サラの手が震えていた。ぎゅっと唇を噛み締めて、怖々と語る。


「フィリアちゃんがあんな苦しい思いしてるのに、それなのに私はゲームがクリアされる事を望んでないなんて……、こんな酷い現実逃避無いよ」


 でも、とサラは目に涙を浮かべながら俺を見た。


「ねえ、どうしても……このゲーム、終わらなくちゃ駄目なの? フィリアちゃんがあんなに苦しんで、それでもクリアしなきゃ駄目なの?」


 結局、そういう事なのだ。堰が崩れたサラの言葉は止まらない。


「現実逃避は、しちゃ駄目なの? ゲームの世界で生きてちゃ駄目なの?」


 俺はその答えを知らない。


「私は! フィリアちゃんが魘されてるのを、ナイン君が傷つくのを見たくない! だから!」


 サラは涙が流し、胸に秘めていた思いを告白する。



「攻略、やめてよ……」



 その思いは、とても嬉しかった。

 嘘偽りの無い本音での言葉に、友達してるな、なんて思う。

 だから、俺も自分の本心を告げる。


「……俺も。現実で死んだあの子に似たフィリアと会えて、凄く嬉しかった。けど同時に、このゲームをクリアしたら会えなくなるって考えたら、攻略を止めたくなった」

「じゃあ!」


 迫るサラを片手で押しとどめる。


「だけど、俺は解らないままにしたくない」


 俺はフィリアと出会えた。サラも足を取り戻せた。

 どうして、それだけじゃ駄目だった?

 どうしてGardenがデスゲームなのか、俺はそれを知りたい。

 だからこそ、


「現実の俺達の身体が持つのがどれくらいか解らない。俺は、ある日突然皆が消えて行くような世界でなんて生きたくないんだ。だから、ゲームをクリアする」


 そして。

 クリアして終わりだなんて、そんな事は言わない。言えるはずが無い。



「デスゲームじゃないこのゲームでもう一度、再会したいんだ」



本編の内容に伴い、あらすじの内容を変更致しました。

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