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六人の伝説が頭を下げる店  作者: パルパル


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第7話 六人で休日を過ごしただけなのに、裏社会が騒ぎ始めました

 その日の朝、俺は六人の顔を見て、思わず首を傾げた。


「……皆さん、寝てます?」


 カウンターに座る《王冠》は、いつもどおり姿勢がいい。


 《黒百合》も、静かにコーヒーを飲んでいる。


 《葬送》は腕を組み、《道化師》は眼鏡を直し、《渡り烏》は新聞を開いていた。《零》はいつものように、少し離れた席に座っている。


 見た目だけなら、いつもの六人だ。


 ただし。


 全員、妙に疲れているように見えた。


「いや、なんか顔色が悪いですよ。ちゃんと休んでます?」


「問題ありません、マスター」


 《王冠》が即答した。


「本当に?」


「はい」


「昨日は何時に寝ました?」


 沈黙。


 《王冠》が、ほんのわずかに視線を逸らした。


 《道化師》が咳払いをする。


 《黒百合》はコーヒーを口元で止めた。


 ……あれ?


「もしかして、皆さんも仕事が忙しいんですか?」


「……まあ、そうですね」


 《渡り烏》が新聞を畳んだ。


「少々、考えなければならないことがありまして」


「考えごとですか。そりゃ疲れますよね」


 俺は厨房から水を持ってきて、六人の前に置いた。


「でも、休むときは休まないと駄目ですよ」


 その瞬間。


 六人の空気が変わった。


 ……え?


 何か、まずいことを言っただろうか。


「マスター」


 《王冠》が、真剣な顔でこちらを見た。


「休む、というのは……何もしない時間を作る、という意味でしょうか」


「え? はい。そうですけど」


「仕事をせず、誰とも連絡を取らず、ただ過ごす」


「まあ、そういう日があってもいいんじゃないですかね」


 俺は笑った。


「せっかくですから、今日は皆さん、休みにしたらどうです? いつも来てくれてるんですし、たまには好きなことをして過ごしてくださいよ」


 六人は黙り込んだ。


 俺は慌てて付け加えた。


「もちろん、店には来てもらって構いませんよ! ただ、仕事の話とか難しい話は抜きで。ゆっくりコーヒーでも飲んで、のんびりしてください」


 《黒百合》が、静かにカップを置いた。


「……仕事の話を、しない」


「はい」


「目的を決めずに、時間を過ごす」


「はい。そういう日も大事ですよ」


 《葬送》が低い声で呟いた。


「……目的のない時間か」


 《道化師》は眼鏡を押し上げた。


「なるほど。店主は、我々に一度立ち止まることを勧めているのですね」


「いや、そんな大げさな話じゃ……」


「承知しました」


 《王冠》が立ち上がった。


「本日は、全員で休ませていただきます」


「えっ、全員で?」


「はい」


「いや、別々でもいいんですよ?」


 俺の言葉は、なぜか誰にも届かなかった。


     ◇


 その日の昼。


 灰都の裏社会に、妙な情報が流れ始めた。


 六人の伝説が、一斉に姿を消した。


 《王冠》が、関係者との連絡を絶った。


 《黒百合》が、情報の確認を中断した。


 《葬送》が、予定されていた会合に現れなかった。


 《道化師》が、複数の連絡を未読のままにしている。


 《渡り烏》が、いつもの場所にいない。


 そして、《零》の所在も確認できない。


 それぞれが別々に動いていた頃でさえ、彼らの行動を正確に把握できる者は少なかった。


 それが、同じ日に、全員そろって連絡を絶った。


 偶然だと考える者はいなかった。


「何が起きている?」


 裏社会の情報を扱う男が、部下に問いかけた。


「わかりません。ただ、六人は昨日まで、CAFE 灯に出入りしていました」


「店主の指示か?」


「確認できていません」


「鷹宮宗一郎は?」


「今のところ、動きはありません」


 男は机を叩いた。


「動きがないことが、かえって不気味なんだ!」


 別の組織では、もっと単純な結論が出されていた。


 ――六人が、一斉に何かを始めた。


 何を始めたのかはわからない。


 だが、わからないからこそ、誰もが警戒した。


 そして、誰もが考えた。


 今は動かないほうがいい。


     ◇


 そのころ、六人は街の公園にいた。


 ベンチに座る《王冠》は、手に持った缶コーヒーを見つめていた。


「……何をすればいいのだろうな」


 《黒百合》が隣で答えた。


「休めと言われたのだから、休めばいいのでは?」


「それはわかっている」


「なら、何が問題なの?」


「何をすれば、休んだことになるのかがわからない」


 《黒百合》は少し考えた。


「……難しいことを考えるのをやめればいいのよ」


「それが難しい」


 《葬送》が、少し離れた場所から戻ってきた。


 手には紙袋を持っている。


「何を買ってきたの?」


 《黒百合》が尋ねた。


「焼き菓子だ。店主が、休むなら好きなものでも食べればいいと言っていた」


「……それで、焼き菓子?」


「他に思いつかなかった」


 《道化師》が紙袋を覗き込んだ。


「これは、なかなか合理的な選択ですね。食べることに集中している間は、少なくとも余計なことを考えずに済む」


「お前は何でも理屈にするな」


 《渡り烏》が呆れたように言った。


 《零》は紙袋から小さなクッキーをひとつ取り出し、口に運んだ。


「……おいしい」


 その一言に、全員の視線が集まった。


 《零》は首を傾げた。


「……何ですか?」


「いや」


 《王冠》が、ゆっくりと息を吐いた。


「そのとおりだな」


 彼もクッキーをひとつ取った。


 甘さが口の中に広がる。


 戦いの前に食事を済ませることはあった。


 任務の合間に、栄養を補給することもあった。


 だが、ただ甘いものを食べて、何も考えずに過ごす時間は、ほとんど記憶になかった。


「……悪くない」


 《葬送》が呟いた。


 《黒百合》は、ほんの少しだけ笑った。


「でしょう?」


 六人はしばらく、何も話さなかった。


 誰かを追う必要もない。


 誰かから逃げる必要もない。


 何かを守るために、次の手を考える必要もない。


 ただ、同じ場所に座っている。


 それだけの時間だった。


     ◇


 午後になり、六人は公園を出た。


 《渡り烏》が、ふと足を止めた。


「……このまま帰るのも、少しもったいないな」


「何かしたいことがあるの?」と《黒百合》。


「いや。何もない」


「なら、散歩でもしましょう」


 《道化師》が、意外そうに彼女を見た。


「散歩ですか」


「ええ。目的地を決めずに歩くのも、休みのうちでしょう?」


 《王冠》は少し考えたあと、頷いた。


「そうだな。行こう」


 六人は、灰都の街を歩き始めた。


 店先の花を眺める。


 通りに並ぶ古本を手に取る。


 屋台で飲み物を買う。


 どれも、彼らが普段なら立ち止まることさえなかったものだった。


 《葬送》は、花屋の前で足を止めた。


「……この前、店主が花を贈っていたな」


「ええ」と《黒百合》。


「花を選ぶのも、悪くないのかもしれない」


 《道化師》が目を丸くした。


「《葬送》が花屋に興味を持つとは」


「何か問題があるか」


「いえ。まったく」


 《葬送》は花を一輪、手に取った。


 店員に勧められるまま、名前も知らない小さな花を買った。


 何に使うのかは、自分でもわからなかった。


 ただ、きれいだと思った。


 それだけで、買ってもいいのだと、今さらながら気づいた。


     ◇


 夕方。


 六人は、いつものCAFE 灯に戻ってきた。


「おかえりなさい」


 俺はカウンターから顔を上げた。


「どうでした? ゆっくりできました?」


「……はい」


 《王冠》が答えた。


「そうですか。よかった」


 俺は笑って、六人分のコーヒーを用意した。


「何か楽しいことでもありました?」


 六人は互いの顔を見た。


 《黒百合》が、静かに答えた。


「特別なことは、何も」


「それなら、それでいいんですよ」


 俺はコーヒーを置いた。


「休みの日って、何もしないのも大事ですからね」


 《王冠》は、カップを手に取った。


「……マスター」


「はい?」


「本日は、ありがとうございました」


「え? いや、俺は何もしてませんよ」


「いいえ」


 《王冠》は、真剣な目で俺を見た。


「我々には、必要な時間でした」


 他の五人も、静かに頷いた。


 俺は少し照れくさくなって、頭を掻いた。


「そんな大げさな。明日からも、いつもどおり来てくださいね」


「承知しました」


 六人は、そろって頭を下げた。


 ……やっぱり、この人たちは礼儀正しいな。


 俺はそう思いながら、厨房へ戻った。


     ◇


 その夜。


 灰都の裏社会では、ひとつの結論が広まりつつあった。


 六人は、同じ日に姿を消した。


 しかし、何も起きなかった。


 誰も襲われず、誰も消されず、どの組織にも直接的な被害はなかった。


 そして夕方、六人は何事もなかったかのように、再びCAFE 灯へ戻った。


「……何のために動いていたんだ?」


「わからない」


「店主が、何か指示したのでは?」


「だが、六人は何も実行していないように見える」


「実行する必要がないほど、準備が整っていたということか……?」


 誰も答えられなかった。


 その話は、やがて鷹宮宗一郎の耳にも届いた。


 報告を受けた宗一郎は、しばらく黙っていた。


「……六人が、休んでいた?」


「はい。少なくとも、表向きは」


「何も起きなかったのだな」


「はい」


 宗一郎は、椅子の背にもたれた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「そうか。何も起きなかったか」


 それは、裏社会では簡単なことではない。


 力を持つ者が動けば、誰かが警戒する。


 誰かが警戒すれば、別の誰かが動く。


 何もしないというだけで、周囲がこれほど騒ぐ。


 だが、あの店主は、そんなことを何も知らないのだろう。


「……まったく、恐ろしい青年だ」


 宗一郎は呟いた。


 もちろん、透は何も恐ろしくない。


 ただ、客の顔色が悪かったから休めと言っただけだ。


 そして六人は、その言葉に従って休日を過ごしただけだった。


 それだけの出来事が、灰都の裏社会では、ひとつの伝説として語られ始めていた。

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