第6話 初めての相談客は、店主を試しに来たようです
御堂は、情報を扱う仕事をしている。
誰が誰と会ったのか。
どの組織が動いているのか。
表に出ない取引が、どこで行われているのか。
そうした情報を集め、必要とする相手へ渡す。
時には、情報そのものよりも、情報を持つ人間のほうが価値を持つこともあった。
その御堂が、ここ数日、ひとつの店について調べていた。
CAFE 灯。
店主は朝霧透、二十四歳。
祖父の死後、店を引き継いだばかりの青年だ。
特別な経歴はない。
裏社会との関わりも、目立った戦闘能力も確認されていない。
それなのに、あの六人が再び動き始めた。
さらに、鷹宮宗一郎まで店を訪れたという。
情報屋として、気にならないはずがなかった。
「……一度、自分の目で確かめるか」
御堂は資料を閉じた。
彼が知りたいのは、朝霧透という青年が何者なのか。
そして、なぜ裏社会の大物たちが、あの小さな店を気にかけているのか。
その答えを探すため、御堂はCAFE 灯へ向かった。
◇
午前十時。
店内には、数人の客がいた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうから、若い店主が笑顔で迎えた。
「お好きな席へどうぞ」
御堂は店内を見回し、窓際の席に座った。
「コーヒーをお願いします」
「かしこまりました。ケーキもいかがですか? 今日はチーズケーキがおすすめですよ」
「では、それも」
「ありがとうございます」
店主は慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。
御堂は、その様子を観察した。
緊張しているようには見えない。
周囲を警戒している様子もない。
ただ、目の前の客にコーヒーを出そうとしているだけだった。
やがて、コーヒーとチーズケーキが運ばれてきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
御堂はコーヒーをひと口飲んだ。
悪くない。
少なくとも、客を追い払うためだけに店を開いている人間の味ではなかった。
「……実は、少し相談したいことがあるのですが」
御堂が切り出すと、店主は顔を上げた。
「相談ですか?」
「ええ。長く付き合っている仕事相手がいるのですが、最近、どうにも信用できなくなりまして」
透は困ったように眉を寄せた。
「それは大変ですね」
「相手を問い詰めるべきか。それとも、今までどおり付き合うべきか。判断がつかないのです」
もちろん、これは本当の相談ではない。
御堂は、相手の反応を見ようとしていた。
相手の嘘を見抜くのか。
裏を読むのか。
それとも、こちらの事情を聞き出そうとするのか。
透はしばらく考えたあと、口を開いた。
「うーん……無理に今までどおり仲良くする必要はないんじゃないですかね」
御堂は黙って続きを待った。
「でも、すぐに縁を切る必要もないと思います。仕事で付き合わなきゃいけない相手なら、必要な距離を取ればいいですし」
「距離、ですか」
「はい。信用できないと思うなら、大事なことを全部任せないとか。確認できることは自分でも確認するとか」
透はカップを拭きながら続けた。
「それと、相手を疑ってることだけで頭がいっぱいになると、疲れちゃいますからね。すぐに答えを出さなくてもいいと思いますよ」
御堂は、店主の顔を見つめた。
「……あなたなら、どうしますか」
「俺ですか?」
透は少し困ったように笑った。
「俺だったら、まずはちゃんと話してみます。それでも難しかったら、無理しない距離にしますね」
「それだけですか」
「それだけ、というか……相手のことを全部わかるのって、難しいじゃないですか」
透は、当たり前のことを話すように言った。
「だから、自分ひとりで全部抱え込まないほうがいいと思います。信頼できる人がいるなら、相談してみてもいいですし」
御堂は黙り込んだ。
裏社会では、弱みを見せた者から利用される。
誰かに相談することは、情報を渡すことでもある。
それを、この青年は何のためらいもなく勧めるのか。
いや。
そもそも、この青年は裏社会の常識など知らないのかもしれない。
「……参考になりました」
御堂は、ゆっくりと頭を下げた。
「それならよかったです。あ、チーズケーキのおかわりもありますよ」
「いえ、今日はこれで」
透は笑った。
「またいつでも相談してくださいね」
御堂は立ち上がった。
「ありがとうございます。また来ます」
店を出る直前、御堂は一度だけ振り返った。
透はすでに、次の客の注文を聞いていた。
自分が何を試されていたのか、気づいている様子はない。
◇
御堂が店を出てから、少し時間が経った。
BARの奥で、《道化師》が報告していた。
「先ほどの男は、御堂という情報仲介人です」
《王冠》が視線を上げた。
「《灰蛇》の黒瀬とは別人か」
「はい。少なくとも、現時点で同じ組織に属していると断定できる情報はありません。ただ、御堂も帳簿について調べているようです」
《黒百合》が静かに尋ねた。
「彼も、店主に接触したのね」
「ええ。コーヒーとケーキを注文し、しばらく話をしていました」
「何を聞き出した?」
《道化師》は少し間を置いた。
「仕事相手との付き合い方について、相談したようです」
《葬送》が眉を寄せた。
「それだけか?」
「はい。店主の返答は、ごく一般的なものでした。無理に関係を続ける必要はない。距離を取り、ひとりで抱え込まず、信頼できる相手に相談すればいい、と」
《渡り烏》が、静かに頷いた。
「……店主らしいな」
「御堂は、何かを確かめに来たのでしょう」と《黒百合》。
《王冠》は腕を組んだ。
「帳簿を求める者が増えている。だが、店主に余計な警戒心を植えつけるわけにはいかない」
《零》が、小さく口を開いた。
「……店主は、今日も普通に営業していました」
「そうだな」
《王冠》は窓の向こうを見た。
透はカウンターの中で、客に笑顔を向けている。
何も知らず、何も疑わず、ただ目の前の客に向き合っている。
「我々が守るべきものを、忘れるな」
六人は静かに頷いた。
◇
その日の閉店後。
俺は帳簿をもう一度、机の上に広げていた。
《灰蛇》の黒瀬さん。
今日来た御堂さん。
二人とも、祖父の帳簿について何か知っているようだった。
「……そんなに大事なものなのかな」
ページをめくる。
日付と名前。
注文の好み。
短い覚え書き。
そこには、祖父が誰かを助けた記録なのか、誰かと約束した記録なのか、俺には判断できない言葉が並んでいた。
そして、表紙に何も書かれていない分厚い一冊。
俺は、その本に手を伸ばした。
けれど、開く直前に手を止めた。
「……明日にしよう」
今日はもう遅い。
大事なものなら、落ち着いて読んだほうがいい。
俺は帳簿を箱に戻し、蓋を閉じた。
祖父が何を残したのか。
なぜ、いろいろな人がそれを気にしているのか。
今の俺には、まだわからない。
ただひとつだけ、決めていることがあった。
祖父が大切にしていたものなら、俺も大切に扱いたい。
それだけは、間違いなかった。




