第4話 店の周りが静かすぎるんですが、何かありましたか?
CAFE 灯の売上が、開店以来の最高記録を更新した。
理由は簡単だった。
客が増えたのである。
ただし、少し問題があった。
「いらっしゃいませ!」
「おはようございます、マスター!」
「本日もよろしくお願いいたします!」
「……えっと、皆さん、以前どこかでお会いしましたっけ?」
「いえ! 本日が初めてでございます!」
「そ、そうですか」
初めて来た客に、なぜか全員、ものすごく丁寧に挨拶される。
注文するときも、食事をするときも、帰るときも、まるで高級ホテルにでもいるような態度だった。
いや、うちは普通のカフェだ。
コーヒー一杯五百円。
日替わりランチ千二百円。
ケーキセット八百円。
ごく普通の、どこにでもある小さな店である。
「マスター、本日のおすすめをお願いできますでしょうか」
「はい。日替わりランチですね」
「ありがとうございます!」
なぜ、注文ひとつでそこまで感謝されるのだろう。
俺は首を傾げながら、注文を厨房に通した。
◇
昼過ぎ。
ようやく客足が落ち着いたころ、No.1《王冠》がカウンター席に座った。
「マスター。最近、店の周囲で何か変わったことはありませんか」
「変わったことですか?」
俺は少し考えた。
「お客さんが増えたことくらいですかね。ありがたいことですけど」
「……それだけですか?」
「はい。あとは豆の消費量が増えたので、仕入れを見直そうかと」
No.1は、何か言いたそうに口を開きかけた。
しかし、すぐに閉じた。
「そうですか。仕入れの調整は大切ですね」
「ですよね。商売って、思ったより大変です」
俺が笑うと、No.1は静かに頷いた。
その横で、No.2《黒百合》がコーヒーを飲んでいた。
「マスターは、周囲の人間をよく見ているのね」
「え? そうですか?」
「ええ。変化に気づいているのに、必要以上に騒がない」
「いや、豆のことしか考えてませんでしたけど……」
《黒百合》はカップを置いた。
「……そう」
なぜか、納得したような顔をされた。
◇
一方、そのころ。
灰都の裏側では、ひとつの組織が動いていた。
《灰蛇》。
情報収集と裏取引を得意とする組織である。
その構成員たちは、ここ数日、CAFE 灯の周辺を調べていた。
店主は朝霧透、二十四歳。
祖父の死後、店を引き継いだばかりの青年。
経歴に目立った点はない。戦闘経験も、裏社会との接点も確認されていない。
それなのに、あの鷹宮宗一郎が店を訪れ、六人の伝説が再び動き始めた。
偶然と片づけるには、不自然なことが多すぎた。
「店主本人に接触するべきでしょうか」
部下の問いに、黒瀬は資料を閉じた。
「まだだ。余計な刺激を与えるな」
「しかし、鷹宮会長まで動いているとなると……」
「だからこそ慎重に動く。相手が何者なのかもわからない段階で、正面からぶつかる必要はない」
黒瀬は資料の表紙を指で叩いた。
そこには、CAFE 灯の看板の写真が貼られていた。
「まずは、店主が何を守ろうとしているのか。それを見極める」
◇
翌日。
俺は、店の前に立って周囲を見回していた。
「……静かだな」
昨日まで、店の周りには見慣れない人たちがいた。
ところが今日は、誰もいない。
店の前も、道路の向こうも、妙にすっきりしている。
「何かあったんですか?」
背後から声がした。
振り返ると、《零》が立っていた。
「いや、何も。なんだか急に静かになったなと思って」
「……そうですね」
《零》は周囲を見渡した。
「静かになったのは、良いことです」
「まあ、そうだね。お客さんが安心して来られるなら、それが一番だし」
俺は店の扉を開けた。
「今日も頑張ろう」
《零》は、しばらく俺の背中を見つめていた。
「……はい」
その返事が、なぜかいつもより少しだけ重く聞こえた。
◇
その夜。
六人は、BARの奥で向かい合っていた。
「《灰蛇》が調査を続けている」と《道化師》が報告した。
「鷹宮宗一郎の警告を受けても、完全には引いていないようです」
「接触はあったのか」と《王冠》。
「まだです。ただ、時間の問題でしょう」
《黒百合》が静かに言った。
「店主に余計なことを知られる前に、止めるべきでは?」
「いや」と《渡り烏》が首を振る。
「店主の望みは、店を普通に続けることだ。こちらの都合で騒ぎを大きくするのは違う」
《葬送》は腕を組んだまま、短く息を吐いた。
「ならば、相手が動くまで待つのか」
「店に害が及ばない限りはな」
《王冠》の言葉に、全員が黙った。
そのとき、《零》が口を開いた。
「……店主は、今日も豆の仕入れを心配していました」
「何?」
「お客さんが増えたので、仕入れを見直すそうです」
しばしの沈黙。
やがて《道化師》が、眼鏡を押し上げた。
「……なるほど。外部の圧力に動じることなく、店の本質を守っている、と」
「いや、豆の話だろう」と《渡り烏》。
「その豆が、店の平穏を支えているのです」
「……そういうことにしておこう」
《王冠》は立ち上がった。
「引き続き、店主の望みを優先する。誰も勝手に動くな」
六人は静かに頷いた。
そのころ俺は、自宅で仕入れ先のサイトを眺めていた。
「うーん……もう少し安くて、おいしい豆はないかな」
裏社会の大物たちが、俺の知らないところでどれほど頭を悩ませているのか。
もちろん、知る由もなかった。




