えあぷろ
広い体育館に、次々と緑色の板が並べられていく。
今日の体育は卓球だ。
「じゃあ、二人一組に分かれて下さい」
天上先生が学校での決まり文句を言い放った。
当然、一般人の俺が頂天学校で、普通に体育なんて受けたら死ぬ。
……死ぬとは言い過ぎたけど、リッキーと組んだら簡単に死ねる。
これまでは三首か静枷と組んでなんとか乗り越えてきたが、今日は男女で別れているため、その手は使えない。
しかし、今の俺はもう気兼ねなく組める人を知っている。
「組もうぜ、将演」
「……いいだろう」
偽りの探偵、鈴木将演。
……偽りの探偵はちょっとカッコ良過ぎるな。芝居探偵くらいにしとこ。
とにかく、頂天学校男性陣の中で、俺が組むのに丁度いいのは将演なのだ。
「そんなに俺と組みたいのか~?」
「俺は別にギャンフとかでもいいんだぞ」
「お願いします、組んでください」
「よろしい」
まあ、ギャンフは読みがヤバすぎて相手にできないので、スポーツの相手にするなら将演が一番だ。
小声で話しながら、卓球台の対面に移動する。
「やったことあるの?」
「無い。けど、この探偵の洞察力をもってすれば、お前が次にどこに打つかなんて簡単に――」
「ほい」
適当にボールを打つと、ペコペコいいながら将演の方に飛んでいき――将演は空ぶった。
「次にどこに打つか分かっても、それじゃ意味ないだろ」
「うるせえ、喰らえ!」
「甘い!」
今度は将演がサーブを打った。
卓球台で三回跳ねるようなヘナチョコサーブ。俺は完璧にそれを捉え、空ぶった。
「あれ?」
「ふん。誠一だって空振りしてるじゃないか」
「いや、俺のラケット小さいって。絶対合ってたもん」
なんか……空気を打ってた。
飛んで行った球を回収してから、ラケットの感覚を修正しておく。
「二人とも初心者なんだし、ラリーからしよう」
「そうだな」
まずは、打ちやすいように将演の利き手側に球を出した。
覚束ない動作ながらも、将演はそれに合わせて球を打ち返す。
身体の方に来て少し難しかったが、打ちやすい方に移動して、無事に球を返すことができた。
「おー、なんかそれっぽい」
「油断したな!」
将演は思いっきりラケットを振りかぶり――卓球台にぶつけた。
バキッ
嫌な音がして、折れたラケットの先が宙を舞う。
「……あーあ。こりゃ先生に怒られるぞ」
「こんな簡単に割れると思わないじゃん……」
「ほら、さっさと新しいのに変えてこいよ」
「……付いてきてよ、怖いから」
「しょうがねえなぁ」
不安で震える将演の背中を押して、先生の元へ向かわせる。
「ちょっと待ってくれ」
「ヘタレだなぁ」
「違う、スイッチを入れ直すだけだ!」
溜息をついて片眼鏡に手をかけた瞬間、雰囲気が変わった。
空気が締まり、余計な音が聞こえなくなる。
「あとは一人でいい」
「お、おう」
さっきまでのヘタレと同一人物とは思えない。
なんだか、犯人を尾行する探偵のようで――折れたラケットが、虫眼鏡に見えてきた。
「先生、ラケットが折れました」
「そっちでもですか。新しいのを持って行ってください」
「……そっちでも?」
「ん」
先生が指す先では、リッキーと野崎君のペアが……卓球のような何かをしていた。
「ダア!」
「甘いぜえええ!」
あり得ないパワーで俺には残像しか見えない球を撃ち込むリッキーと、それに無理やり追いついて打ち返す野崎君。
二人とも歯を見せて笑いながら、ベコベコになった球を打ち続ける。
毎回ありえない体勢になっており、このラリーは野崎君の執念によって成り立っているように見えた。
野崎君……いつもリッキーの相手をしてくれてありがとう。
「ッア!」
ドガッ、バキ!
ピンポン球とは到底思えない音と共に、野崎君のラケットが割れた。
「チィ! 先生、新しいの!」
「はい」
虚ろな目をした先生が新しいラケットを投げ、野崎君は勢いよく取ったままの腕で球を打ち返した。
しかし、ラケット交換は無理があったのか、球は卓球台をバウンドせずに飛んでいき――後ろの壁に当たった球を、リッキーが打つ。
凄いけど、何も参考にならねえ。
ってか、後ろに無数にラケットの残骸があるんだけど。
「アレ、いいんですか?」
「後で衣川君が繋げてくれるそうなので、幾らでも割っていいですよ。……でも、君たちにはラケットを壊すような筋力ありませんよね」
「あー、そろそろ戻ろー」
危ない、バレるところだった。
もう少しリッキーと野崎君の戦いを見ていたい気持ちもあったけれど、自分たちの台に戻って、ラリーを再開することにした。
タンタンと軽快な音を鳴らしながら、球が飛び交う。
段々慣れてきて、打ちにくいものでも返せるようになってきた。
「とりゃ!」
「あっ!」
将演の球がネットに引っかかって、ラリーが途切れる。
何度連続か。将演のサーブから再開した。
「運動不足なんじゃねーの」
「いや、誠一が上手いんだって。経験者だっけ?」
「学校の授業でやったくらいだよ」
余裕が出てきて、雑談しながらでもラリーが続くようになってきた。
にしても、以前の俺では考えられないくらい思い通りに身体が動く。
超人達に揉まれて、俺も少しはレベルアップしているのだろうか。
「隙だらけだぞ!」
「ハッ!」
また急に撃ち込んできた。
球は速いけれど、頭で考える前に身体が反応する。
ここら辺に来そうだ、という場所でラケットを振るうと、球を打った感触があり、飛んで行った球は、ワンバウンドして将演の頭に直撃した。
「ッツー!」
「変に撃ち込むせいだろ」
「クソ……俺は、ここまでなのか……」
「泣くなよ……そうだ、探偵じゃなくてプロ卓球選手のフリしてみたら?」
「何だそれ。そんなこと出来るわけないだろ」
「だよな」
ほんの思いつきだったが、将演にはできないらしい。
俺は、将演の演技の天才というラベルを剥がし、探偵の演技の天才というラベルを貼ろうとした。
が。
「ハァ……やってみるか」
「ッ――」
将演は片眼鏡を外し、顔の前にラケットを構えた。
存在感が、魂が。ラケットに注ぎ込まれていく。
カッ カッカッカ
ボールを台でバウンドさせてから構え直し、楽しそうに笑みを浮かべながら、サーブを打った。
低い。一瞬で二回バウンドしてしまいそうな球は、ギリギリでネットを越えてきた。
「ッ!」
滑り込むようにラケットを差し込み、どうにか返すことに成功する。
しかし、球は大きく打ちあがっており、打ちやすいそれを将演は――空ぶった。
転がっていく球を見送りながら、頭を掻く。
「ダメだ。卓球のプロなんて見たことなかったわ」
「……今のエアプロかよ」
「ん? 誠一、汗かきすぎじゃね?」
「気のせいだって。いいから球取ってこい」
「分かったよ」
将演が球を取りに行っている間に、体操服で顔の汗を拭い。
『探偵の演技の天才』の、『探偵の』の部分を消しておいた。
「よし、今度は俺のエアプロを見せてやる」
「何だそれ」
「シュッシュ!」
謎反復横跳びをする俺に、将演のサーブが飛んできて。
エアプロが打った球は、普通にネットに引っかかった。




