魔法
「2048年の技術革新により、食料の生産量は――」
「グー」
ペシ!
机に突っ伏して眠っていると、本で叩かれて目を覚ました。
「いったあ!?」
「佐藤君、先生の目の前で居眠りとは良い度胸ですね」
「あ、あはは」
「教科書の三十五、三十六ページ、全部読み上げて下さい」
「……はーい」
「あ゛ー」
「お疲れみたいでござるな」
土、日とバイトした後。身体はへとへとだったが、当然学校はある。
多分大丈夫だと思っていたけど、いざ授業が始まると意識が遠のいて眠ってしまった。
「一番前の席でも悪くないと思ってたのに、こんなところで牙を剥くとは……」
「困っとるみたいやなあ。治したろか?」
「……いいや。疲労まで治したらゾンビみたいになりそう」
「そか。まあ、肉体疲労は治せるけど、精神的な疲労はウチも専門外やからな。精神病とかにはならんようにせいよ」
「ヒーラーの癖に『混乱』治せないの?」
「ん? 一瞬だけ脳を削り取って、それっぽい健全な状態に治すことはできるよ。同一性を保っとるかは知らんけど」
「何それ怖い」
相変わらず謎能力を持った医浪ちゃん。
ケラケラと笑いながら冗談みたいに言っていたが、やろうと思えばできるのだろう。
「バイトはどうでござるか?」
「まだまだミスばっか。頼れる先輩がいてよかった」
「そうでござるか……その先輩って、どんな方なので?」
「ん? 若い女の人。厳しいけど優しいよ」
「ほう……」
三首は犬耳をピクピクさせ、目を細めた。何その反応。
「そういえば、その耳ってどうなってんの?」
「耳? 普通でござるよ? 忍者なので多少は鍛えてますが」
頭を傾けて、顔の横に付いてる人間の耳を見せつける。
「いや、この頭の上の――」
「何のことでござるか?」
頭の上の犬耳に触ろうとすると、三首の姿はかき消え、上から声が聞こえた。
見上げると、フードを片手で握って天井にぶら下がっている。
……まだ親交度足りない?
「……然るべき時になったら、でござる」
「いつになるだろうなあ」
まあ、いつか話してくれるならいいや。別に話さなくてもいいけど、やっぱりちょっと気になる。
静枷がいなくてよかった。アイツがいたら無理やりフード盗んでそう。
「……降りてこないの?」
「静枷殿の魔の手から逃れるには、手が届かない場所に逃れるのが一番でござる」
「俺と同じこと考えてたのか……」
今は盗みの謝罪回りしてるから大丈夫だろ。……多分。
この時間中は降りるつもりがないのか、蜘蛛のように天井を這う。
「まだ休み時間が終わるまで時間あるのに……」
「……」
三首も静枷もおらず、少し退屈だ。
誰か絡める奴がいないかと、教室を見回すと――魔法を使うスペラが目に付いた。
そういえば、スペラに聞きたいことがあったんだ。
「おーい、スペラー」
「っ、誠一さん?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……俺って魔法使えるの?」
何故か使えないと思い込んでいたけれど、魔法がこの世に存在している以上、俺にだって使える可能性はある。
もしかしたら、すごい才能があったりして。
「特別な家系にしか使えないとか……」
「そんなことないっすよ。誰にでも使えるものっす」
「本当か!?」
「はい! 魔力っていうのは全人類、全生物が持っているものなんっす。何もなければ魔力の腺が閉じていて、使えないだけなんっすよ。じゃあ、どうやってその腺を開くかというと、既に腺が開いて魔法が使える人に開けてもらうんっす。それだと最初に腺を開いた人は誰? ってなるんすけど、それは紀元前十世紀の魔法の始祖――」
「……歴史授業はちょっといいかな」
「あ、すみませんっす」
「今リョウみたいになってたぞ」
「えっ……」
氷のように表情が固まった。結構ショックだったらしい。
「つまり、スペラにその腺とやらを開けてもらえば、俺でも魔法が使えるようになるってこと?」
「そ、そうっすね。その後ちょっと体調を崩すかもしれないっすけど」
「……まあいっか。俺は魔法を使ってみたい!」
「分かりました。じゃあ、この椅子に座ってください」
スペラが引いた椅子に座り、彼は俺の後ろに回った。
新しい道が開けるような感覚がして、心臓が高鳴る。
背中にスペラの手が置かれ――血管のような何かに、スペラから送られた熱が通るのが分かった。
「祭天の魔法使い、スペラ・マジッカ。アナタの開き手の名前です。覚えておいて下さい」
「分かった」
「行くっすよー、フッ!」
体中に熱が巡り――それが身体の外に吹き抜け、少しの気だるさと爽快感が同時に押し寄せた。
「これで腺は開きました。これで魔法を使えるっすよ」
「意外とあっさりしてるのな……。まあいいや。早速使える魔法とかない?」
「すぐ使える魔法があるっすよ。火よ、我が魔力を元に燃えよ。ライター」
スペラは人差し指を立て――その指先に小さな火が灯った。
「おー!」
「やってみてください。手がライターになったようなイメージをして、さっきの呪文を唱えるんっす」
「分かった!」
人差し指を立て、言われた通り手がライターになったようなイメージをした。
急にそんなイメージと言われても難しいけれど、出来る限りやって呪文を唱えてみる。
「えっと、火よ、我が魔力を元に燃えよ、ライター」
血のような何かが指先から出る感覚がして、俺の指先にスペラのよりも小さな火が灯った。
暖かさが伝わって来る、小さな灯。感動的で指が震える。
これが、魔法。
「スゲー! 本当に魔法できた!」
「うーん、これくらいだと――」
「どうかした?」
「開きたての時に使った魔法で、その人の才能が大体分かるんっすよ。力の制御ができないときに使う魔法っすからね」
「へー、そうなんだ。 ……どうだった?」
「ちょっと少な目……いえ、一般人だと普通くらいっすね」
「そっか……」
まあそんなものかという気持ちと、内心期待していた分、ちょっとがっかりした気持ちがある。
「素材としては良かった分、もしかしたらって思ってたんすけどね」
「ハハ……まあ、一発芸くらいにはなるだろ。そうだ、鍛えたらライブパフォーマンスとかできるかも!」
「あ、あんまり公の場では使わないで下さいね。魔法協会から審問官送られるっすよ」
「……せめて飲み水とか作れるようにならない?」
「この世に定着させる技術がないと、すぐ消えちゃうっすよ」
「……これどうやって使うの?」
「アハハ……バースデーケーキの火を付けるとか?」
「そうだ、料理の時バーナーにできるじゃん」
「いいじゃないっすか! それくらいならすぐ出来るようになるっすよ」
さっそくバーナーの魔法を教えてもらおうとしたとき、予鈴が鳴った。
時間が無いのでスペラと別れて、自分の席に戻る。
魔法には他にも使い道がありそうだし、たまにスペラに教えてもらおう。
「えっと、次の教科なんだっけ」
「迷走しているようだな、凡人よ」
「……王」
……珍しいな、王から話しかけてくるなんて。
元からそんなに親交が深かった訳でもないが、あの件があってから、正直ちょっと避けてる。
「迷走……確かにしてるな」
「いいじゃないか、迷え迷え。それが凡人に許された特権だ」
言うだけ言って、自分の席に戻っていった。
何だったんだ、アイツ……。
まあ、王のお墨付きも貰ったことだし、これからも存分に迷うとしよう。




